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第120話 「身体的急成長!?」

森全体が爽やかなそよ風に揺れ、たくさんの葉っぱが螺旋を描いて飛んでいく。


ツバメたちは朝を告げるように鳴き太陽は森を背に地平線から登ってくる。

一人の青年と少女は、初めて孤独ではない朝を迎えた。


「……んー」


「すぅ……すぅ……」


重たい瞼をゆっくりと開いて耳元で聴こえてくる声の主人を見つめる。


「……レオン?」


クレイラは目を覚ました。

そして、不思議な感覚が彼女を包み込んだ。


視界が、視野が、広がっている。

暗闇に閉ざされていた左目が光を捉風景を捉えて離さない。


「あれ、目が……治ってる?」


ちょこん、と丸太の上に敷かれたベッドから起き上がって、降りていく。

自分の身体をくるりと回して、これまで見えなかった雪の森の中を見回す。

レオンはクレイラから背を向けて自らの腕を枕にして未だに寝息を立てていた。


「綺麗……」


両眼で見る世界は何と素晴らしいものか。鳥も、草も木も、青い空も、その中を漂う雲も、真新しいものに感じた。


クレイラは近くの畔まで駆けていく。

鳥達が水を飲みにやってきていた。


「あのね、一緒にお水飲んでもいい?」


鳥達はクレイラを見つめて、ちゅんちゅんと鳴き声をあげた。肯定の意思表示だろう。

彼女は笑顔を浮かべてありがとうと

お礼を言った。

そして、両手で水を掬いあげて一口飲む。


「美味しい……!……ん?」


掬った水が波紋を生み出して、それが静まるとクレイラの顔が鏡の様に浮かび上がった。

そして、その変化に気づいた。

左目がレオンの目の色と同じだということに。


「あれ……なんで?レオンの目の色、何で私の目にあるの?」


くるりと踵を返してレオンを見つめる。

彼は未だ目覚める様子はなく、ゆっくりと身体を上下に揺らしていた。


ちょこちょことクレイラはレオンの元へ駆けていく。


「ね、ね、レオン?起きて?

聞きたいことがあるの」


「んー……?あと5分だけ……うぅ」


クレイラはゆさゆさと一生懸命に

揺さぶるが、それでもレオンは返答っぽい何かを溢すだけで進展がない。

5分くらい強めに揺すっても、起きなかった。


「……記憶、読み取る」


クレイラは頬を膨らませてレオンの頭に両手を当てて目を閉じた。真っ暗闇の世界の中に幼いレオン遠くに立っているのは、彼の兄らしい。顔つきや身体つきが今のレオンと似ていた。


“もう助からない。レオン、ライルはもうダメだ。正気を保っていられるのがやっとだよ”


小さなレオンの頭を撫でながら、膝を崩して悲しげな表情を浮かべるのは

彼の兄、レイだった。


“何言ってんだ!あいつは悪い病気になったんだ!医者に見せれば必ず治せる!治るんだろ!?”


“無理なものは無理だ、レオン。

悪いが邪神退治はお前独りでやれ”


弟を切り捨てる無情。

そして責務から、ゼクスは邪神退治をレオンに託す。


“独りで———?馬鹿言うなよ!お前が、レイがいるだろ!?一緒に戦ってくれるはずじゃないのか!?”


ライルは平手打ちをかました。

レオンの頬に、赤い手の痕が残る。


”甘えるな!!私は父と母の仕事を継ぐのに忙しいんだ!!一緒には行けない!!行けないんだ!”


“……わかった、特訓も独りでやる。

独りで強くなってやるよ!

お父さんも、お母さんもいない今、家を支えられるのはレイしか、お前しかいないんだもんな”


溢れ出そうな涙を唇を噛み締めながら堪えて、立派に大人ぶるフリをするレオン。


“わかってくれるのか……。

すまない、ぶってしまった。

少し休ませてくれ———”


そう言って、ゼクスはレオンに背を向けて立ち去った。


“独り……俺は、独りだ。

でも、頑張ればさ、ライルも元に戻ってお父さんお母さんもきっと戻ってきてくれるよな。うん、なら、大丈夫だ。頑張るよ、みんな”


レオンは涙をこぼさないように暗闇の空を見上げて、全身を小刻みに振るわせた。


「レオン……」


しかし、やがて下を向いて涙をこぼし

慟哭する。


クレイラは無意識に、これ以上はやめよう。

と手を離した。

目を開けて、現実世界に戻ると、レオンは未だに深い眠りについていた。


「う、うぅ……俺は、独りで、奴らを———」


悪夢にうなされる様に、苦悶の表情を浮かべたまま、言葉を溢すレオン。

そんな彼を安心させようと、クレイラはレオンが最初に自分にやってくれたことを自分からもしてみた。


「よしよし、大丈夫、大丈夫だよ。

レオンは独りじゃないよ。

私がいるから。大丈夫」


頭を撫でれば撫でるほど

レオンの記憶がクレイラの頭の中に飛び込んでくる。彼が魔帝都に入ってからの最初の一年は地獄のような日々だったらしい。


そこの教師や同級生たちは彼を蔑み

正攻方で勝ち取ったはずの成績も

全てが他人によって掻き消されてしまう。だが、それでも彼はめげることはなかった。


ライルのために、家族のために邪神と戦うことに比べれば、同期らの偏見など大したことはない。

しかし、それは次第にレオンの心に穴を開けていった。そして、それを埋めるように、一年後には後輩となるルークやアデルバートが魔帝都へやってきて、三年後にはイングラムやルシウス、ベルフェルクなどが入帝。

彼に理解を示してくれた。


だが、レオンは家に帰ればいつも独りだった。彼を出迎えてくれる父も母も、そして二人の兄もいない。

共に魔帝都に行くはずだったヴァルも

いなかった。


だから、魔帝都を卒業してからは

まるで逃げるように、打ち込むように兄から与えられた邪神封印のために世界を放浪した。あらゆる障壁となる怪物達をたった独りで殺し、血まみれになっても、寝ることも、食べることも忘れて、前に進み続けた。


そんな彼に初めて寄り添ってくれた“女性”がいた。

それはとても幼かったが、初めて温もりを感じさせてくれた相手だった。


「これは、私……?」


クレイラは大切な人の記憶の中に

自分がいることを知った。

喪った心を取り戻すように、孤独だった自分を嫌な表情を一つ浮かべずに受け入れてくれたクレイラが、そこには映っていた。

そこだけは、映画のワンシーンのように色が宿り、華やかだった。クレイラは思わず穏やかに微笑む。そして、彼女の身体に変化が訪れた。


「え……ぁ」


柔らかく、暖かい光が彼女の身体をベールのように優しく包み込んだ。

背は成人女性のように伸びて、髪は腰まで伸びた美しい白銀色になり

顔付きや雰囲気が、出会った頃の物よりも著しく変わった。


「か、身体が———」


そして、胸元も大きく成長している。

前まで胸に触っても、何もなかったのに。


「……レオン!

起きてってば!ねぇ!」


これは非常事態だ、レオンと原因を究明しなければならない。だがしかし、今はまだ眠っている。


「うぅん、まだ8時間寝てない、もう1時間〜」


どうも眠りが深いらしい。

半分聴こえているかもしれないが、このままでは時間を無駄にするだけだというのはハッキリしていた。


「……えいっ」


クレイラはレオンの右腕を掴んで電子媒体を無理矢理起動させた。


〈おはようございますレオンさ……ま???〉


「あ、おはよう電子媒体」


〈え、えぇっと?どちら様でしょうか?クレイラ様はいずこに?〉


機械が困惑している。

こんなこともあるのか、とクレイラはレオンから読み取った記憶をもとに納得した。


「クレイラは私、なんかね、レオンを撫でてたら身体が大きくなったんだ」


〈は、はぁ……〉


「ねぇ、原因を知りたいから一緒にレオンを起こしてくれないかな?」


〈え、えぇ、それは構いませんが

まだ睡眠時間が1時間たりません。

それを過ぎてからでも———〉


「今すぐじゃないともやもやするの!」


〈わ、わかりました!

ですから揺らさないでください!〉


ゆさゆさと宙に浮かぶ電子媒体を揺らして半強制的にレオンを起こすように恐喝する。


〈も、目標睡眠時間8時間、完了致しました。レオン様、起床の時間です。〉


「ん〜?バグったかぁ?」


寝言にしては随分凄まじいことを言う

電子媒体は普通に起こしても埒があかないと判断したのか


〈クレイラ様に異変が起こりました!

ご覧下さいレオン様!〉


「んああ……?」


クレイラに背を向けていたレオンは

痺れつつある左腕を払いながらナマケモノの様にゆっっっっくりと起き上がる。


髪はボサボサ、目は焦点が合っていない。

目の前にクレイラを捉えているはずだが、ぼやけて分身しているように見える。


「クレイラ?あれ?大きくなってないか?まさかこれも夢だったりす———」


ぎゅっ、クレイラはレオンが言い終わる前に自分の胸元に来るように抱き寄せた。柔らかい胸の感触、程よい弾力がレオンの頭の中を極楽浄土へと誘う。


「ふごごふご———」


「おはようレオン。大きくなっちゃった。胸もね」


レオンの両手は唐突の展開すぎてくうをバタバタとしている。

そして、ようやくクレイラの両腕を掴み、ちょっと力を入れて離す。


「ぷはぁ!いい心地、いや死ぬかと思ったぞ!」


「本音漏れてるんだけど」


レオンは顔をフリフリしながら髪を高速でとかしつつクリアになった視界で改めてクレイラを捉えた。


「あ、あぁ、おはようクレイラ。

どうやら電子媒体が驚いていたのは本当らしい。それにしても、どうしてそうなった?」


「うん、なんかね、レオンの頭撫でてたら突然……もしかして、こんな感じの女の人がタイプだったりする?」


「あぁ、大好きだね」


最速サムズアップでクレイラを褒めたたえる。レオン、朝は基本機嫌が悪いのだが今回は上機嫌である。


「まあそれはいいか。俺は起きるまでガキの頃の夢を見ていたんだが、突然なんだかあったかい気持ちになってな。クレイラにそっくりな声で「大丈夫」って言われたんだ。

そしたらスッと気持ちが楽になってな……そうか、それは君のおかげか」


「うん、撫でてたらレオンの昔の記憶が入ってきて、なんかごめんね。

覗き見しちゃったみたいで」


レオンははははと笑いながらクレイラを撫でる。


「別に隠すようなことでもないしな。

それに、そのおかげで言葉も流暢になったらしい。俺の技術とか戦術とかももしかして会得したりしてるのか?」


「うん、凄い速さで流れていったけど

きちんと体に叩き込んで馴染ませたよ」


「いくつ?」


「全部かな?」


すげえな、とレオンは驚愕する。

となれば彼女は応急処置の技術も槍術も剣術もCQCも、馬も弓も全部学び取ったことになる。


「八極拳もか?」


「ハッキョクケン??」


(やっぱり知らない武術は会得出来ないみたいだな。んー、書籍で覚えられるだろうか)


レオンは試しに、李書文の八極拳の

技術が記された古文書を電子媒体で表示する。


「これは、旧西暦時代の日本語!」


「そう、いまは海深くにある国にいた日本人という種族が翻訳した中国の伝導書だ。ちょっと読んでみてくれ」


「うん……」


クレイラは文字を指でなぞるように

目で追うようにして文を読み進めていった。

そして、30秒ほどで一項目読み終えた。


「よし、読み終わったみたいだな。

試しにその木で八極拳を打ってみてくれ」


レオンは興味深そうにクレイラに指示を出す。すると彼女は目の前に立っていた大きな木に相対するように向き合い、そして構えた。


(ふむ、基本の構えは問題なしか

あとは突きの威力だが———)


「殴っていいの?」


「おう」


左腕を引っ込めると同時に右腕の拳を

正拳突きの様にして突き出した。


「破ァッ!」


ズンッ、と大木に大きな衝撃が走り

そして、クレイラはそのまま静止していた。


「……お」


レオンが声を出した直後、彼女が突いた部分が木を切られたような亀裂を描きクレイラから見て前方にへし折れ、倒れこんだ。


「いててぇ……」


「ほぉ、すごいな。

クレイラの奴、凄まじい吸収力と応用技術を持っている。並の人間が受けたら内臓が停止するだろうな」


右手をフリフリしながら息を吹きかけ

炎症を抑える。


「いやそこで俺の応急処置使わないんかい」


「あ、忘れてた……」


痛みで忘れるほど痛かったのか。

レオンはクレイラに心底興味を持ち

そして、惚れたのだった。

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