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第119話「想い出をくれた人」

「とりあえず避難所に着いたけど、ぎゅうぎゅうだなぁ」


クレイラはイングラムを地面に下ろして、視力の感覚を鋭敏にし、中の様子を確認する。


床一面、壁の隅にまで人が大勢いる。

中に入ることは不可能だろう。


「んー、仕方ないかな。

それじゃあこの近くの瓦礫やら木材やらをこれこれこうしてっと———」


クレイラは家の部位を鉄と銅に分離させ、柱を鉄に変えた。彼女はそれで簡易ベッドを作成する。そこら辺の安い展示用ベッドよりは見栄えもいいし、防寒防雨対策もされてある。クレイラはよしっ、と両手を腰に当てて

額を腕で拭うと、イングラムを再び抱き上げてベッドに横にする。一人分が座れるスペースを作ったおかげで、クレイラも一休みができる。彼女はベッドに腰を下ろして空を仰ぐ。


「ふふ、久しぶりに張り切っちゃったなあ。

さっきも全力で戦ったし。あんなに戦ったのはレオンと出会って以来だったかな?

懐かしいなぁ———」


5年と半年前、一人の少女が雪山の断崖絶壁の雪の中に倒れていた。吹雪は止むことはなく降り積もっている雪は、急斜面の方向へと落ちていく。少女も、あと少しすれば、落ちてしまうだろう。だが彼女は動かない。動くことができないのだ。


「———ぁ」


彼女のいる場所に亀裂が入り、それは層を重ねて、やがてそれは崩れ去った。


落ちていく感覚だけがあった。

朧げな視界、薄れゆく意識の中で、地面が急速に迫ってくる。彼女には避ける力すら残っていない。地面に激突するのは時間の問題だった。それを、一人の青年が救った。


「……間に合ったか?」


目を開くと、吸い込まれるような

トパーズブルーの双眸を持った男が

少女を抱き抱えていた。


「———だ、れ?」


震える口で、言葉を吐き出す。


「俺か……俺はさすらいの風来坊。

たまたま通りがかっただけの人間さ」


「——————」


受け答えはしてくれた。

だが、それ以上のことをする前に、意識が夢の中へと飛んでしまった。

男の声も、遠く離れていくように小さくなっていく——————



少女が目を覚ました時、空はたくさんの白い星で埋まっていた。思わず目を見開く。


視界も徐々に定まって、今度は聴覚が

機能を果たした。

薪を燃やす音と、仄かな温もりが凍っていた心を少しずつ、ゆっくりと溶かしていった。


「お、目が覚めたか。おはよう。

いや、こんばんはか?」


男は丸太を椅子代わりにして座っていた。

手には乾燥した薪、それを少しずつ少しずつ火の中へ潜らせていく。


そして、男はコップを電子媒体から取り出してスープを勧めた。


「ほら、飲めよ。

見たところ何も食べてないっぽいからな。まずは飲め」


温かい熱を帯びたコップを少女は両手で持つ。初めて触れたその感覚に

驚いて、手を離して落としてしまう。


「…………」


「大丈夫か?火傷は?怪我はしてないか?

熱いとこないか?」


「…………」


少女は何と言えばいいのか分からなかった。


“人間”と会話をしたことなんてなかったから。


自分以外の生物に、初めて会ったから

言葉が、わからなかった。


「君は、言葉は喋れるか?」


「ん……」


辛うじて、返事はできた。

それだけだったが、男は理解したようだった。


「あー、じゃあこうしよう。

俺が君に言葉を教える」


「こと、ば?」


「そう、言葉。

みんな話すことができるんだ」


少女は目を輝かせた。

言葉、とは初めて聞いたが

なんだかとても胸が躍った。

目の前の男と、意思疎通が取れると

そう無意識に悟ったのだろう。


「ん、じゃあな、返事をする時は

頭を縦に振るんだ。見てろ?」


男はこくりと首を縦に振った。

少女はオウムのようにそれを真似する。


「おー、上手だなぁ!偉い偉い」


よしよし、と頭を撫でてやる。

少女の心はなんだかポカポカとしてきた。

それに、この男は敵意もない。

少女はちょこんと、男の横に詰めた。


「嬉しい」


「……嬉しい?どこで知った?」


「貴方の、頭の中、暖かいのがたくさんある。手を通して、見れた」


(人の心の中を詮索できるのか。

ルシウスが開眼しかけているやつの上位互換だな)


男は少女の特異体質を即座に見抜き

にっこりと微笑んだ。


「なぁ、君は自分がどこからきたか覚えてるか?

何であそこで倒れてたか、思い出せるか?」


ふりふり、少女は首を横に振る。


「わからないの」


「そうか、名前もないのか?」


こくり、今度は首を縦に振った。

国籍も、血筋も、能力も、何もかも謎めいているらしい。男は腕を組み、そしてすぐに質問した。


「いい名前がひとつある。

いつまでも“君”呼びじゃあれだからな」


男は人差し指を立てた。


「欲しい」


少女は前のめりになって聞いてくる。


「よし、君の名前は今日から

クレイラだ」


「クレイラ……?」


「今の時代の言葉で“清らかなる者”って意味だ。ピッタリだろ?」


にっこりと、男は笑う。

クレイラ、それが大切な人になる彼から与えられた最初の宝物だった。


「クレイラ!クレイラ!嬉しい!!」


ぎゅっ、とクレイラは男の胸元に飛び込んでにっこりと微笑んだ。

その笑顔はまるで天使のようだった。

彼は思わずにやけ顔が止まらず、髪を掻く。


「気に入ってくれてよかった」


「ね、貴方の名前は?」


クレイラは人差し指を指して問いを投げてきた。男はそうだった、と思い出したように

その質問に答えてやる。


「俺はレオン。よろしくな、クレイラ」


「うん!レオン、レオン!よろしくね!

大好きだよ!えへへ!」


「おいおい、出会ってまだ半日も経ってないぞ?気になった記憶だけ見てるな?さては」


「うん」


こくりと首を縦に振る。

覚えたことを早速実践した。


「はぁ、まったくもう。これは教え甲斐があるな」


「頭、なでなでは?」


「今回は無し」


クレイラはむすっ、と頬を膨らませる。

どうやらレオンの気に触ることをしてしまったようだ。掌に映り込んだ記憶を頼りに

クレイラは初めて謝罪した。


「あの、ごめんね?

コップも、割って、ごめんね?」


「……その言葉も覚えたのか。

知識の吸収が速いな、ふふ、偉いぞクレイラ」


「えへへ」


この時のクレイラは見た目が幼い少女だった。レオンが発見した時は全身が凍傷していたし、左目はその後遺症によって潰れていた。あと少し遅ければ、もう片方潰れていただろう。レオンの応急処置は的確だった。


「なぁ、クレイラ。

左目、見えるか?」


「……ううん」


レオンは左目の前に手を添えて優しく撫でてやる。その感覚すら、彼女にはなかった。


(何故この子があんなところにいたのか。

俺にはわからない何かが起こったんだろう。両親らしき人を見かけたら怒鳴るか)


そんなことを思っていたレオンの右手に小さな両手が重なった。凍傷の影響はほぼ無くなり手には人肌並みの温もりが戻っていた。


「寒いのか?」


「もう寒くはないよ、でもね、こうしてると心がほかほかするの」


レオンは目を見開き、そして笑った。

徐々に、クレイラは人間らしさを得ていっている。些か早すぎる気もするが

それはそれだ、個人のペースというものがある。とやかく言うのは野暮というものだ。


「そっか、じゃあもっとあったかくしてあげよう。ほら、これ、毛布だ。絹とコットンを織り混ぜた最高品質の———いや、長くなるな、やめとくか。とりあえず暖かくなるから

これを羽織るといい」


「……一緒に、寝る」


「一緒に?」


「うん……」


「お、おう、わかった。

じゃあ寝るか」


女の子と寝るなんて何年振りだろう。

いくら小さいとはいえ、ドキドキしないわけがなかった。


「手、握るの」


「わかった。じゃあ今日は手を握る。

君が眠れるまで頭を撫でてあげよう」


「えへへ……嬉しいな」


「さぁ、おやすみクレイラ。

明日の朝はゆっくりしような」


優しい声色、まるで包み込まれているような感覚が、クレイラを静かに夢の世界へと誘う。


「可愛い寝息をたてちゃってまあ……」


レオンは左側に髪が下りているをよけて自分の左目に触れる。

そして、電子媒体を起動した。


〈痛覚遮断機能、移植機能ともに正常です。レオン様、いかがなされますか?〉


「世界は片目だけで見るには狭すぎる。

この子には両目でしっかり見てもらわないとな」


〈では、移植を開始されるのですね?〉


「あぁ、この子は世界を知らない。

だからこそ、俺の目が支えになればいいんだがな」


レオンはクレイラの手を強く握りしめて電子媒体の項目を選ぶ。

その間、電子媒体は微量の熱エネルギーを照射し、身元を調べ終えた。


〈クレイラ様の遺伝子構造を解明できませんでした。拒絶反応が起こる

確率は未知数です〉


「0じゃないだけマシさ。

始めるぞ」


レオンは右手を熱湯消毒し、

手に保護膜を張ってから眼球を傷つけないようにゆっくりと左目を取り出した。


綺麗な青い瞳はまるで海を見下ろしている

かのように澄んでいた。思わず目を見開く。


〈眼球内出血を止血、痛み止めの内服薬が今広がりました。痛覚遮断解除時間は約8時間後です〉


レオンはそれを聞いて安堵の息を漏らしクレイラの損傷した左目を摘出し自分の瞳を丸ごと埋め込んだ。綺麗なトパーズブルーの瞳の片方はクレイラの身体の一部となったのだった。


「ふぅ」


レオンは懐から受け取り済みだった眼帯型のデバイスを左目部分を覆う様にして装着した。


「このデバイスも、あらゆる痛みを緩和してくれるらしい、さすがベルフェルクだ。

いい仕事をする」


僅かに感じる痛みに声を堪えつつ

クレイラを自身の横に抱き寄せて、

空を見上げながら、友の技術に感謝の意を

述べる。


〈暗視化、熱源探知機能を備え、暗闇での生体反応を探知、及びレオン様の身体能力を

ステータスとして閲覧できる様です。体調不良等があれば該当部位を明滅させる物のようですね〉


「これで試作品だっていうんだから驚きだ。

さしずめプロト・アイってところか?

正規品ができたら一番に買いに行ってやろう。この分の代金も含めてな」


〈はい、それがよろしいかと。

レオン様、そろそろご就寝されたほうが良いです。クレイラ様は夢の中へと入られました〉


「そうか、なら俺も休む。

お前も休んでおけ、電子媒体。今日もお疲れさん」


〈ご厚意ありがとうございます。

レオン様。お休みなさいませ〉


「あぁ、お休み」


レオンは薪を光のマナで掻き消して

クレイラを抱き寄せて寝息を立て始めた。


そして、電子媒体も主人が眠ったのを確認すると自動的にシャットダウンに入ったのだった。

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