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第114話「邂逅、そして疑惑」

イングラムは、ナイアーラトテップにより地上に無理やり弾き出された。

ここはどうやら、スアーガの何処かのようだが、人の気配は全くない。辺り一面は真新しい瓦礫やら倒壊後が目立つ。


「誰かがここで争ったらしい。

マナの残滓を感じる」


自分の掌を広げて、紫電を僅かに放出する。

すると、溢れんばかりにマナの痕跡が出てくるのだ。四つの属性、いや、それ以上の数を使いこなして、敵対象を徹底的に潰したに違いない。


「こんな荒技をやってのけるのは、クレイラくらいしかいないな」


彼女は無制限かとでも思えてしまうくらい

多くのマナを扱う、そのどれもが、イングラム達の本気に並ぶ力を持っている。


いや、もしかしたら、それ以上の力を宿しているのかも知れない。なんにせよ、彼女が全力で相手を潰す場合、敵が彼女の虎の尾を踏んだということだ。


「相手は無惨に殺されたか、あるいは四肢をもがれて地を這わせられたか……」


嫌な想像しかよぎらない。

キレたクレイラを見たことがないので、考えたこと以上に恐ろしい事をしていそうだ。


イングラムははぁ、とため息を吐く。

すると、彼の視界に黒い何かが目の前に降り立ってきた。


「———お前が、イングラムか?」


「誰だ……!?」


自分を知っている存在、敵の新たな刺客か。

少なくとも、知っている声ではない。

だが、そんな疑問を相手が応えることもなく言葉を紡いでくる。


「この子の幼馴染だそうだな。

ちょうどいい。預かってくれ」


「———ソフィア!!」


イングラムは目を見開いて、気を失っている少女の元へ駆け寄る。


(この男から邪神の残り香を感じる。

悪い方向へ矛先が向かわなければいいが、さて———)


「あなたは……この間の宿屋の!」


騎士は顔を見上げて、叫んだ。

あの時の大柄の男がぴくりと眉を浮かせる。


「……顔を見せたのはまずかったな。

声を聞かれたのもまずかった。

俺の思慮不足だな」


はぁ、とウルフカットの男は顔に手を当てて溜息を吐く。


「貴方は、何者なんです?

どうして、ソフィアを背負っていたんですか?」


「——————」


この男の槍のように鋭い眼差し。

そして、人の眼を見てその言が偽りかどうかを選別するような心理的な口調。


嘘を言うのは得策ではないと、男は踏み、言葉を溢す。


「仕方ない、簡潔に結論だけ話そう。

俺はレオンに頼まれ、この少女を救い出して、お前達のいるこの国までやってきた」


「レオンさんと……?

貴方たちはどういう関係なんですか?」


「俺は神側にも邪神側にも付かない一人に側についた神だ。レオンとは半強制的に俺の方から縁を結んだのだよ。

あの男のあの澄んだ青くも鋭い眼差しは、かつての激戦、ラグナロクを思い出させる。

奴と共にいれば、北欧の一柱としてもう一度この力を振るえると、俺は踏んだ」


「ラグナロク……まさか貴方は、フェンリル……!?オーディンをかつて呑み込んだと

いうあの戦狼、軍神テュールの腕を噛みちぎったという———」


「そこまで知っているなら、自己紹介はいらないようだな。」


フェンリルはにやりと笑いながら、幼馴染を見下ろす。彼女は未だに眠るように気を失っているまま、目覚める様子はない。


「この女、邪神にレオンの命を奪うように命令されていた。レオン側から邪神を攻撃すれば彼女にもダメージが入る。命の楔を無理矢理結ばれたんだろう。

レオンは渾身の力で奴らの楔の力を弱体化させ、最後には俺が断ち切り、どうにか繋がりは無くなったが、後遺症がなくなったわけじゃない。まだ、悪夢の狭間にいるはずだ。

そのわりには、綺麗な顔をしているがね」


あぁ、悪夢にうなされているとは思えぬほど、綺麗で穏やかな顔をしている。幼かった時に見たあの頃の寝顔と同じだ。


イングラムは腰を下ろして優しく髪をどかして頭を撫でてやる。少しだけ荒れていた呼吸が、和らいでいるような気がした。


「レオンさんは、どうなったんです?」


「あいつは、この少女を逃すため

邪神達を外に出さないために自ら敵地に残ったよ」


「なんですって!?」


焦燥が、怒りと共に湧き上がってくる。

その話が真実であるのなら、レオンは今でも、戦っているということだ、イングラムは即座に立ち上がって、槍を手に持つが———


「やめておけ、マナを使える人間とはいえ所詮は生身、あそこに行くことは死を意味する。レオンがあそこに行けたのは、神殺しの血の力がある故だ。今この時は、あいつに任せておけばいい」


「出来ません、俺はレオンさんを探すためにここまできたんです!仲間たちと共に!」


「——————」


イングラムの意思は強い、鋭い双眸は フェンリルを捉えて離さない。しかし、彼も神の一柱、人間の出すプレッシャー如きで屈するはずがない。


「その仲間とやらは、本当にお前と同じ目的を持っているのか?レオンを心の底から助けたいと、お前はその仲間達から本当にそう聞いたのか?」


「それは——————」


「ふん、その顔では聞いていないと答えているようなものだな」


フェンリルは鼻で嗤い、背を向けて顔だけをこちらに向ける。


「もし、お前一人でもあの男を救おうという気があるのなら、その時は俺に会いに来い。

ソラリスへの行き方を教えてやる」


「——————!」


じゃあな、とフェンリルは風のように

消えていった。

そして、後にはイングラムと幼馴染だけが残る。ソラリスの在り方よりも、かつて時を共にした幼馴染よりも、イングラムの中には強い感情が渦巻いていた。それが、ニつのワードに靄をかけている。


(みんなは、同じ思いじゃないのか……?)


“イングラムくん、俺もレオンくんを探すのを手伝うよ。”


“手を貸してやる。あいつのあの顔を見ないと、始まった気にならんしな”


“レオンさんを見つけよう。必ず”


彼らがイングラムに言ってくれた言葉だ。

それは昨日のことのように、脳裏に声が浮かび上がる。普段であれば、糧にするべき言葉だが。


(三人は、レオンさんを———)


浮かび上がらせてはいけない感情を

無理矢理押さえ込む。仲間に不信感を持ってはいけない。感じてはいけないのだ。


“お前の仲間の中に、裏切り者がいる”


先程のナイアーラトテップの言葉が

頭の中で共鳴する。

もしや、誰かがレオンの命を狙っているとでもいうのか。


「いや、ダメだ、彼らはそんな事をする人間じゃない。何年も共に過ごしていたじゃないか」


彼らでないのなら、ベルフェルク、ユーゼフ、フィレンツェ。

この三人も候補に入る。いや、それをするのであればこれまで手を貸してくれたスクルドや現在ルシウスと交流のある獅子王も入ることになる。


イングラムの頭の中に、疑惑が渦を撒き始めた。


「俺は、どうすれば———」


「やっほぉイングラム、どうしたの?

そんな暗い顔して———」


上空から軽快な声が響いた。

彼女はイングラムの隣に降り立つと、ソフィアを抱え始める。


「クレイラ……」


「なんか凄い力を感じたから来たんだけど、遅かったかな?怪我とか、ない?」


「いや、俺は平気だよ。

なあクレイラ、聞いていいか?」


不安げな表情を浮かべていたのだろう。

クレイラは優しく覗き込むようにして

首を傾げた。


「うん?なあに?」


「君は——————」


君は、裏切り者なのか?


その時、冷たい風が静寂だった戦場に

瓦礫の破片を巻き上げながら空へと昇っていくのを感じた。


◇◇◇


「おい、親父」


フェンリルは人間界のその果て。

のんびりと潮風に当たりながら釣りをしている父に声を上げた。


「お、息子か。お前が戻ってきたってことはあれか?面白い人間がいたってことでいいんだよな?」


「ふん、まあな。期待に添えるかは親父が奴とまみえ次第というやつではあるが」


「ん、そうか、まあお疲れさん。

ほれ、ジンベエザメ釣れたぞ、食う?」


「食うか」


なんだよ、と残念そうに竿を波止場の石の近くに置いてんー、と欠伸をするロキ。

そして、小さな子ジンベエザメを海に返してやった。


くるりと、息子のフェンリルに身体を向ける。見事な口髭、揉み上げは顎髭と繋がり、瞳は黄土色で肌は綺麗に整っている。


軽装に身を包んでいるものの、決して

おかしな目で見られないように着こなしているようだ。この男こそ、北欧のトリックスターであり、フェンリルの父親であるロキだ。


「やれやれ、随分と人間界に慣れ親しんでるじゃないか」


ははは、と愉快げに笑う。

ロキは竿を肩に掲げてニカッと口角を上げる。


「そりゃあ西暦が無くなってからずぅっとバイクツーリングやらサーフィンやら色々しまくって来たし人類が再興するまで、楽しませてもらったけどな?今は釣りが趣味。

どうだ、一緒にやらないか?

ジンベエザメ、美味いぞ?」


「結構だ。釣りは性に合わん」  


あらそう、とロキは残念そうに頭を掻きながらフェンリルに背を向けて竿を手に持ち釣り糸を垂らす。


「ところで、お前が聞いているかは知らんが教えてやろう。ヨルムンガンドが面白い人間を海の中で見つけたって話だ」


ククク、と可笑しそうにロキはそう言った。

フェンリルは思わず眉を細める。


「弟が?一個人をいちいち報告してくる男でもあるまい。あいつは今気ままに海を泳ぎまわっているはずだろう?」


「それがな?どうやらマナ使いらしいぜ?

今はギリシャの海の女神、名前〜なんだったかなぁ?

アン、アン、アンリマユ?」


頭をうーんと悩ませて人差し指で頭の天辺をつんつんとする。そんなことをしても出てこないのを知っているので、フェンリルが答えを示した。


「アンピトリテだ、仮にも同じ神、海の世界を守っていたんだぞ、名前くらい覚えてやったらどうだ」


「あー!そうそれ!その子その子!

ははは、いや長生きするとボケがな?

わかるだろ?とにかく、ヨルムンガンドはその人間をアンピトリテに預けてまた泳ぎにいくらしい。」


「……マナ使い、か。なるほど

いい情報を得た」


「お前もなんだかんだ言いながら、一個人のこと心配してるんじゃないのか?人のこと、いや、神のこと言えないな?」


「ふん、どうとでも言え。

俺はまたあいつらを見て回ることにする」


フェンリルはそそくさと歩いて去ろうと踵を返す。が


「まあ待て、その見回りってやつ。

今から俺の趣味に入った。同行させてもらおうか」


「……どういう風の吹き回しだ?」


制止するロキに鋭い眼差しを向けるフェンリル。しかし彼はそんなことに気付きもせずに言葉を溢す。


「昔の血が騒ぐだけさ。それに、俺がいた方が何かと都合が付くだろ?」


「確かにな、じゃあついて来い」


「はいよ」


北欧の神の親子は同じように不敵な笑みを浮かべながら波止場を後にした。


「あ、人間達の見回りついでによ

ジンベエザメ持ってかないか?」


「いらんと言っているだろ」

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