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第113話「スニーキング、そしてマンチェンジャー」

エレノアがダンボール箱を被った時

得体の知れない安心感が、彼女たちを包み込んだ。外界の空気を一切遮断して独自の木の香りがほんのりと漂っている。


いうなれば、そう、山の奥にある一軒の茶屋。年老いた老夫婦が腰を曲げて笑顔でお茶とみたらし団子を提供してくれるような


これを食べて一息ついていきなさい。

自分の家だと思ってくつろぐといいよ。


柔らかい笑顔を浮かべて、そう言葉にしてくれているようで、エレノアの心は既にこのダンボールに鷲掴みにされていた。


(あれ、なんだろう。ずっと被っていたい気がしてきた)


「お姉ちゃん〜」


「はっ、いけないいけない」


エレノアを夢の世界から引きずり離すのは用を足したいのを堪えているリルルの声だった。


彼女は自分の頬をむにっとつまむと

持ち上げるために必要な穴から前方を凝視する。


ここは避難所だ。大勢の人たちがぎゅうぎゅうになって地べたに座っている。


そうでもしないと、収容しきれないからだ。

周りを見れば見るほど立つことすら困難になっているのが理解できた。


こんな状況だ、トイレだってもしかしたら空いていないかもしれない。

だが、それはあくまで仮定、万が一の話だ。


今ここにいる人々全員がトイレに向かって並んでいるのであれば、それはきっとアナコンダよりも太くて長い列になっているはずだし、見ればすぐにそう判断できる。


だからこれは、結論ではないのである。

でももし、トイレに既に定員がぴったりいたとしたら……?

並んではいなくても、今は用を足している人たちがいるかもしれない。

立つところ然り、ドアを閉めるところ然り


(う〜ん)


「お姉ちゃ〜ん?」


エレノアは悩んだ、あらゆる可能性を考慮した。進みながら、唸り声を小さくあげる。

周囲の大人や子供達が揃って後退りするくらいには変に見えるらしい。


それもそうだろう。獅子王レネアの趣味がダンボール箱に入って隠れんぼという子供じみた物なのだから。

城の隅っこに隠れて兵士達が慌てて探し出す様が楽しいのだという。


そんなことをして、普通ならば何の得になるわけでもないが、あの王からすれば、それもきっと大切な経験になると踏んだのだろう。


「なら、私にこれを与えてくれたのもきっと王の温情ゆえ、答えないと!」


「漏れそう……」


「いい?リルルちゃん。

一滴たりともこぼしたらだめだよ!

そしたら怖い人がリルルちゃんに襲って来るんだって!」


「そ、そうなの?」


不安げな声がダンボールの中に小さく木霊する。表情は窺い知れないが、きっと怖い目に遭うのだと想像しているはずだ。


「うん、多分イングラムさんもそう言うよ!」


だから、その不安を和らげるために

エレノアはイングラムの名を小さく呟く少女の我慢強さを助長するだけではなく、怖さを勇気に変えるために。


「騎士様が言うなら、うん、我慢する。

だから、連れてってくれる?」


「お姉ちゃんに任せて!さあ、行くよ!」


もそっ、もそっ。

ダンボールが左右に揺れながらトイレに向かうのを、何人もの人が目撃したとかしないとか。一方その頃———


「アデルバート・マクレイン。

ルーデリア王妃へ変身する!」


アデルバートは小さく変身ポーズを決めて、電子媒体が照射する青い粒子を浴びて性転換、おほん、いやルーデリア王妃へと変身した。


厳しい顔は、穏やかで気品のあるものへ。痛々しい傷跡の見える肉体は、華やかなドレスで見えなくする。

普段纏っている怒気とか殺意とか、この姿の時だけは笑顔と上品さに変えていた。

そう、それこそが———


「ふふん!ルーデリア王妃なのよ!」


ババァン!とどこかしらで効果音がなったような気がした。

ルシウスは口を開けたまま目を見開いている。ドッキリのネタバレを喰らったような面くらった顔をしている。


「あら?どうしたのかしら」


ルーデリアとなっても腕の傷は回復していない。セリアは微動だにせず治療を続けている。


「……転換性粒子、完成してたんだね。」


「してたわよ。コレはそれを応用したアプリ……高かったけど」


転換性粒子とは、男性を女性に

女性を男性に性転換させることのできる地球産粒子の名前である。

これを一定量浴びることによって、年齢と体型に見合った異性に変身することが出来るのだ!


「ほほう、女子に変身するとは、なぁかなかな人の子も面白いことをする。ちょいと貸してみてくれんか」


「NO!これは持ち主のみに許された変身道具なのよ!欲しければ貴方も媒体をお買いあそばせ」


「むぅ、そうかぁ。あとで買ってみるかな!

弟が買わせてくれれば、だが」


「アカウント、お持ちでないんですか?」


ルシウスが疑問符を浮かべながら

そんなことを聞いて来る。


「うむ、持ってはいるがな?

仕事やら政治やらの管理用のアプリだけで、ゲームなど全くやらせてもらえぬのだ!至極つまらぬ!」


「あぁ、それは確かに退屈よね、わかるわ」


「ところで、なんで今女に変身したのだ?」


「顔を見られたら一発でバレるからに決まってるでござんしょ?頭を使うのでありんすよ」


「口調めちゃくちゃだなおい」


レネアとアデルバートのやり取りを見て、少し困惑しているルシウスの肩を、誰かが叩いた。背筋が凍るような感覚、感じたことのない言葉にし難い感情が、彼を襲った。


「……」


「ルシウスさん、私です。レベッカです」


「あ、え?レベッカさん?

御本人ですか?すいませんが本人確認を取らせてもらっても?」


「えぇ……」


「後ろを振り向いたら別人でした。

なんてことがないようにしたいので」


アデルバートを頼りたいが、彼、いや彼女は今レネアとトークに夢中である。


花を咲かせているとはこういう状態のことをいうのだろう。セリアも治療に集中しすぎて

こっちに気をかけてもらえていない。

だから、質疑応答をするしかないのだ。


「おほん、あなたの好きな人は?」


「ルークですよ」


「では、生牡蠣を食べると何に当たる?」


「下痢」


「イングラムくんが旅をしている理由は?」


「レオンという人を探し出すため」


全問正解だ。どうやら本人らしい。

ルシウスは安心して振り返った。

そこにはにやにやとしたレベッカが立っていた。


「な、なんでしょう……」


「ルシウスさん、ハンサムですよね」


うっとりしているような声色でそんな事を言ってくる。何か変なものでも食べたのだろうか、ドン引くことを内心に押し殺して返事をする。


「え、ま、まあ、母さんにもよく言われました。そ、それが何か?」


「アデルさんがあんなに綺麗で可愛らしい品のある女の子になれるんですから、ルシウスさんもさぞ綺麗な人になれるんだろうなぁ。と」


「——————なりませんよ?」


「なりましょう!見たいです!凄絶に!」


レベッカ、美男美女が大好物らしい。

そういえばルークがかつてそんなことを口走っていたか。


「いいかいルシウス、俺に剣友の女の子が1人いるんだけど、その子は凄く美男美女が大好きなんだ。食いつかれることはないかも知れないけど、気をつけて」


(あぁ、それってこういうことだったのか)


ルークのかつての警告が現在のルシウスの頭に木霊する。山彦のように反復する。

うっかりしていた。


「しましょうよ!アデルさんと同じようにすれば見つかる可能性が下がりますって!」


「——————」


ルシウスはすごく引き攣った顔で腕を組み、唸った。ハンサムで穏やかな彼には似合わない凄い顔をしている。何がそんなに嫌なのか

レベッカにはわからない、一生わからないはずだ。


「わかりました。確かにこのままじゃ不味いですよね。ちなみに、これってお試し品あるんですか?」


「サンプルですか?ありますよ?

1日だけ出来るお試し無料体験版が!」


キラリンとした眼差し。

それを輝かせながら電子媒体の画面を見せて指を指している。


「あ、ははは……、じゃ、じゃあアカウントもあるから、変身しよう、かな?ははは……」


ポチッとダウンロード。

その時、突如としてシークバーの下に説明欄が登場した。


【初回の性転換は出産する時の痛みと尿管結石の痛みが同時にやってくる】


シークバーが右へ行けば行くほどその文字が大きくなっていく。特に尿管結石という字がデカデカとなっていく。

ルシウスの全身が小刻みに震えて、奥歯をガタガタ言わせ始めた。

いくら治療のエキスパートのセリアがいるとは言え、尿管結石は女性の出産にも匹敵する激痛だ。それが、今ばれてはいけない状態で襲ってくるというのだ。絶対に声が漏れる。


「大丈夫です!私が必死こいて抑えますから!」


ぐっ、と親指を立てる。

ルシウスはそれどころではない、汗が尋常ではないほど噴き出ている。


「あら、どうしたの弓兵さん」


「おう、顔色が悪いぞ」


ようやっと気付いた時にはもう遅かった。

プルプルと顔を揺らしながら後ろへ向く。

彼の頬に、一筋の涙が伝っていた。


「「!?」」


「ごめん、ルーデリアさん。

声、出るかも」


【ダウンロード・完了】


ルシウスの秘部と腹部に

猛烈な激痛と異物感が襲ってきた!


「あがぁっ———もごっ」


「さぁ、我慢ですよ!結果にコミットするまで我慢しましょう!大丈夫、人生は長いんです!その痛みは平均で一生に一度きり!

今耐えずしていつ耐えますか!今でしょ!!!」


「———————!!!!!」


悶絶するような痛み、いっそ死んでしまった方が楽だと思えるような激しい痛み。

もしかしたら死ぬのでは、という恐怖。


これで人生が終わるという感覚。

そしてレベッカに僅かに沸いた憤怒。

あまりの恐ろしさ故に悲しみの涙が溢れる。


「ル、ルシウス!?落ち着きなさい!

セリア、私は後でいい!鎮痛剤早く!」


「えっ?あ、はい!」


注射を即座に用意して、秘部と腹部に注射する。あまりに急なことだったので、麻酔は入れなかった。


「がぁっごぉっ!」


ルーデリアとレネアも必死こいてばたつき抵抗するルシウスを押さえ込む。

彼から溢れんばかりの炎が二人の身体を蝕む。


「あっつ!!」


「何かわからんが燃えてきたぞ!がはははは!!!」


「ま、まずいぞルシウス!

周囲の注目の的だ!

くそ!おいレベッカ!てめえ体験版やらせたな!?」


「え?まあ、はい、そうですけど」


「あほんだら!すぐに普通のやつにすりゃこんなことにならなかったんだよ!!!!

このすっとこどっこいが!」


ルーデリアの姿で罵倒する。

一部の亜人たちは興奮しているようだ。


それに紛れ、白い頭巾の影がこちらに近寄って来る。青い蟹の頭部もなんか迫ってきてる。おのれレベッカ許すまじ。


アデルバートは初めて仲間に敵意を抱いた。

もうだめだ、おしまいだ———!


「おや、あの時僕を殺しかけたお姉さんじゃないですか!罪を償ってもらいましょ!」


「げぇっ!?」


おめえのせえだよとルーデリアは声を大にして言いたい気持ちを押し殺した。


レベッカは目元をうるうるさせた状態でこちらを見ている。懺悔しろよとルーデリアは視線で圧倒した。


「あぁぁぁぁ!ご飯くださいぃぃぃぃ!!!」


「がはははは!

賑やかだのう!良いことだ良いことだ!」


最悪だ、カニとニンニクがこちらに合流してしまった。全てはレベッカのせい。

体験版などやらせるからこうなるんだ。


「くそったれええええええええ!!!!!」


ルーデリアことアデルバートは咆哮した。

事態は最悪な方向へと向かってしまうのだった。

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