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第112話「戦後の気苦労」

「アデル様、ルシウス様。

お疲れ様でした。こちら、治療薬になります」


「おう、助かる」


アデルバートとルシウスは王国軍に保護されたセリア達と合流していた。彼らは薬を口に含んで、腰を下ろす。


「ふぅ、お前の薬にはいつも助けられる。ありがとうな」


「いえ、これが私の役割ですから。

……あの、アデル様」


「うん?」


「どこか、悪いところはありませんか?」


そういえば、とアデルバートは左腕を見せた。急速冷凍と超高温による解凍で、腕の感覚が半々になっているようだった。


青白く変色しかけていたし、拳を握ることも出来ないようだった。


「セリア、治せるか?」


「はい、治せます」


アデルバートはにやりと笑って

腕を見せた。


「おいお前ら、あまり目にいいもんじゃねえ。そっち向いてろ」


手でしっしとジェスチャーをしなかまらアデルバートは怒気を孕んでそう叫ぶ。


リルルに解剖されていくところを見せるわけにはいかない。ショックがデカすぎる。


「だって、リルルちゃん。向こう向いてようか」


「はぁい」


リルルとしては、セリアとやっと再会できてたくさんお話ししようと思っていたのにこんなことになってしまって少し気が滅入っている。


それに、彼女自身も今体調が優れているわけではない。

あの光景を、リルル以外の全員が覚えているのだから。


エレノアとレベッカは顔を見合わせて

小さく首を横に振ると

リルルに近づいて頭を撫でてやる。


「もう少し、我慢しようね。リルルちゃん。

大丈夫、騎士様は戻ってくるよ」


「うん、わかってる。

でも、不安だなぁ」


「ガハハハハ!」


轟音にも似た豪快な笑い声が響いた。

セリア以外の全員が一斉に発生源に顔を向ける。無数の兵士達が王を支えて歩いてくるのが見えた。


「いやはや、よもや歩けなくなるとはな。うむ、まこと情けない!」


黒いライオン頭の人間がふんぞりかえりながら自嘲している。

そして、彼等に気がつくと、両手を用いて全身を持ち上げてこっちにやってきた。


「うぇっ!?」


その前進速度の早いこと早いこと、僅か一回で全員の輪の中に入り込んでしまった。


そしてにこやかに笑顔を浮かべて目を見開きながら聴いてきた。


「なあお前達、ルシウスの仲間か!」


「わぁ!ライオンさんだ!」


周囲の兵士たちがびくついてリルルに銃口を向ける。レベッカは反射的に柄に手を添えたが、それをレネア王が止める。


「待て待て、ここは争いの場ではない。

お前達、下がれ。あと銃も降ろせ。

子供の言うことだ、気にするな」


兵士たちは渋々銃を下ろして道を開けるように後退していった。


「うーむ、すまんなお嬢ちゃんたち。

怖がらせてしまったかな?」


歯を見せながらにこやかに微笑む獅子王。

戦場での彼とは比較にならない、仁君の顔である。


「ううん!大丈夫!

それよりライオンさん!モフモフさせてもらってもいい??」


「もふもふとな?それはどんな遊びだ?」


「ライオンさんの毛をね、わしゃわしゃするの!」


「ほぉ、わしゃわしゃとな!

どぉれやってみよ、ほれ、ちこうよれ!」


エレノアはガタガタと震えながらリルルの身を案じている。失礼なことをしてしまわないか不安と心配で今にも押し潰されそうな表情をしている。

レベッカはちょっと羨ましそうにその光景を眺めている。


「こうやるんだよ!わしゃわしゃー」


「ガハハハハ、擽ったいが心地よい!

あ、もうちょっと顎の下辺りをだな、あー!そうそうそこだ!上手いな!」


ルシウスは柱の影からその様子を眺めていた。


「ルシウス、どうするつもりだ?」


「なにをだい?」


「紅蓮の騎士共の進軍に決まってるだろ。

どうやって止める」


「それなんだが、実は既に議会で決まっているんだ。君と、イングラムくんが来ていることも王に伝えたら、ぜひ手伝って欲しいと」


アデルバートはもふもふわしゃわしゃされているレネア王に目線を移して笑う。


「ふん、まあ確かに“あの馬鹿王”よりは余程場数を踏んでると見える。ここは下手に意見を述べるよりは従った方が吉だろうな」


「コンラの王の事だね……?

彼が戦死されたのは非常に残念ではあるけど」


「お前、あいつにあったらそんな言葉言えなくなるぞ。馬鹿すぎて話にならん。

フィレンツェよりはマシだが」


ルシウスが凄まじい笑顔を浮かべて口元に人差し指を立てた。


「噂をするとやってくるって昔の人は言っていた。もう彼の話題はやめよう」


「あ、悪い」


なんとも言えない圧力に、言い返せなくなってしまったアデルバート。しかし、その話題は予想だにしないところで続いてしまうことになる。


「その方はどのようなお方なのですか?」


「「えっ?????」」


セリアが一旦手を止めて、アデルバートとルシウスに目配せして聞いてきた。

まさかの飛び火である。


「あ、コンラ王の事だろ?」


「いいえ、アデル様、そのフィ———」


はっくしょん、とデカいくしゃみが聞こえたような気がした。

とてつもなく耳心地の悪い声が、戦士二人の精神を逆撫でした。


「んあー、くそっ!何がスアーガだ!

クソ寒いじゃねえか!布団よこせ!ベッドよこせ!こたつよこせ!」


「「…………」」


すごく遠くにいるのに、すごく近くにいるような、そんな錯覚を覚える。

覚えたくない錯覚だ、脳に教え込むしかない。


「セリア、いいか。声に出すとバレる。

電子版の文字でお前に教える。いいな?」


状況を察したセリアは首を縦に振る。

そしてルシウスはいつの間にか中腰になって柱の影に身を隠している。


リルル達レディースの方は、まだ気付いていない。


フィレンツェ 人の成功を自分のものにする。思い込みが激しい。屑の中の屑である。


美女を見つけるとストーカーの如く迫ってくる。レオンを含めた四人をカモにしている。

塵芥の中の塵芥。


指で文字列を一段一段なぞりながらアデルバートは無言で説明する。見たことのない表情を浮かべた彼に対してセリアはなぜか申し訳なさそうにするが、彼女が奴の名を呼ばなければいいだけだと小声で説明する。


「と、言うわけだ。いいか、口に出すなよ?

寄ってくるからな?」


「はい、承知しました」


と———


「お姉ちゃん、私ちょっとトイレ……」


「よし、じゃあエレノアお姉ちゃんと一緒に行こっか。離れると迷子になるから手を繋いでいこうね」


「うん!」


レベッカは微笑ましそうにその光景を眺めていた、が、その視線の先に、僅かなニンニク臭を彼女の鼻腔が捉えた。


(この感覚……!この不快感!

間違いない、あのニンニク鼻野郎だ!)


運の悪いことに、レベッカは視力と嗅覚がいい。そのニンニク鼻野郎の先に、トイレがあるのだ。レベッカは中腰で早歩きしてアデルバートたちの所へ脱兎の如くやってきた。


「あ?どうしたよ、ええっと、名前は確か」


「私のことは後で!そんなことより大変です!トイレの少し前に、ニンニク鼻野郎がいます!!」


「「なっ」」


アデルバートとルシウスの二人は思わず顔を引き攣らせた。その特徴的な鼻の話をされれば、誰だってその正体に気がつく。


今の人類、ニンニクの形をした鼻を持つのは数億人にひとりと言われる程珍しいのだ。


「ジョークはエイプリルフールだけにしてください……でも念のために、と」


千里眼を使うルシウス。

確かに、鼻ニンニク野郎がいる。

亜人の女性に声をかけてはナンパをしている。後口から黄色い煙が放出している。


やろうニンニク食いやがったな、アデルバートはそう呟いたそうだ。


「ふむ、訳ありと見た!

俺が日頃被っている物と同じやつをやろう!

これで人混みに紛れてトイレに向かえ」


すぽんと、リルルの全身を覆い尽くすような

黒くて四角い物が上から置かれた。


「あの、レネア様、これは?」


「ダンボール箱だが?」


「なぜ!?」


「ただのダンボールと思うなよ?

これはDX BOXブラックカラーバージョン!

二人まで入れて尚且つ周囲を見渡せる手持ちが数カ所にある。

移動も楽々だ、貨物トラックに紛れ込めば目的地までひとっ飛び!」


「あなたが言うと、その、どこかの英雄みたいですね……」


「?????」


ルシウスの届くことはなかったその思いは、虚空へと消えていった。


「リルルとやら、これをエレノアと共に被り、鼻ニンニク野郎とやらに見つからぬようにトイレへ辿り着け!これは潜入任務だ!」


「……うーむ」


アデルバートが両腕を組みながら

唸り声をあげている。上手くいくのか。

と、そんな不安をさらに増長させる要素が加わってしまう。


「はぁぁぁぁらぁぁぁぁへぇぇぇったぁぁぁぁ!!!幼女!ご飯!美人なお姉さん!

プリーズ!!!!!」


「「——————」」


アデルバートとルシウスは顔を見合わせた。

この声は間違いない、全国に指名手配中の青いカニだ。ブルークラブマンだ。


ニンニクやろうとは反対に、左側に位置している、が、徐々に這いずりながらこちらに近づいてきている。


「なぜアイツがここにいる。逮捕されるんじゃねえのかよ。フツー」


「今は緊急事態だ、そんな余裕はない。

———はっ!?」


ルシウスは思い返した。

ユーゼフの言う幼女とは、リルルにも当てはまる。これは大変だ、早く向かわせなければならない。そう思うと、気が早まるのが人の性だ。


「まずい!リルルちゃん!エレノアさん!

早く行くんだ!」


「おいっ、馬鹿っ!デカい声を———!」


思わず声を荒げたルシウスを、アデルバートが口を塞ぐ、しかし、それも虚しいものとなった。


「あぁん?ルシウスの声がした気がするんだけど、どうせモテてるんだろ?からかいにいってやるかぁ!」


「ルシウスぅぅぅ!飯ぃぃぃぃ!!!」


全員の頭にびっくりマークが出現するくらいには驚いた。関係者の心臓がみんなバクバクしている。

そして、ルシウス・オリヴェイラ。

人生で最も悔やまれる一日になってしまった。あの凄まじい2人の視線が一気にこちら側に向く。


「ごめん……僕としたことが……!」


「あほんだら、ったく、反省は後だ。

エレノア、早くダンボールに入ってリルルを連れて移動しろ。今は人混みに紛れているから匂いが分からんかもしれんが、ユーゼフはやばい!リルルの僅かな匂いを嗅ぎつけてここにやってくる!」


「ええっ!?」


と小声で驚くエレノアは即座に頷いて

ダンボール箱へリルルと共にINした。


「うむ、ダンボールこそ戦士の必需品だ。

いけ、未来を担う少女よ!スアーガを照らす希望の娘よ!レッツラゴー!」


「うるっせぇ!でけえ声出すなぁ!」


ぺちんと頭を叩く。

痛みを感じていないようだ


「え?あ、そう、そりゃあすまん!

ガハハハハ」


「くそっ!やっぱり王様って奴ろくなのがいねえ!」


がん、と地面を殴りつけて怒号を吐き散らす。


「いいか、無事にトイレに行って用を足してこい。そしたらすぐに戻ってくるんだ。

さっさとずらかるぞ!」


アデルバートは息を荒げながらも冷静にすべきことを伝えた。

リルルとエレノア、果たして見つからずに用を足せるのだろうか。


「イングラム、なるべく早く戻ってこい。

ここが修羅場になる前に!」


そして、アデルバートの思いは届くのか———?



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