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第110話 最強と最強、重なり合う時

「最悪、だな」


鬼神と覇王の混ざり合った全く別の存在に対して、アデルバートは嫌悪感を滲ませながらそう呟いた。


あの男の周辺だけ、まるで別世界だ。

そう思ってしまうのも、仕方がないかもしれない。


片や西楚の覇王、片や三國の鬼神。

どちらも異なる時代の中国で最強と称される程の実力者。

個々の存在が混ざり合うなど、本来は

あり得ない。

しかし、これをそうさせたのは、あの呉の小覇王を殺した仙人、于吉だ。


三國時代当時と比べ、仙術のレベルが上がっている影響もあるのだろうか。

両雄はお互いが反発しあうとなく、見事に溶け合って、一人の無銘の英雄として、立ちはだかっている。


「おい、ルシウス。

お前の火、俺に貸してくれねえか」


「え……?」


その言葉の意味を、ルシウスは視線を寄越しただけで理解した。

アデルバートの左腕が、指先から上腕まで凍っている。


これでは、ただの肉塊、感覚の通じていない腕などもはや自分のものではない。邪魔なだけだと。


きっと彼は、ルシウスのマナを当てにしていたのだろう。だから、斬り落とさずに放置していたのだ。


「わかった、でも火をつける必要があるなら僕たち自身で取り替えて仕舞えばいい」


「理解した。早速やるぞ」


アデルバートはルシウスの考えを汲み取るとニ人は右手の拳を小突き合わせた。


アデルバートの持っている水のマナが

ルシウスの持っている火のマナが、互いに入れ替わるのを感じだ。


青く燃える業火と赤く滴る残水。

彼らの背後には、それぞれのマナがオーラとして発露していた。


これは、入れ替わったことを証明するための一種の示しである。


「……」


アデルバートの左腕、いや、凍っていた肉塊が溶けるような音を奏でて水となって落ちていく。


地面に付着する頃には、すでに蒸発してしまうほどの高温。その温度ゆえに、腕の戻っていく様も異様に早かった。


10秒経つ頃には、既に肉塊としてではなく、左腕として機能が回復し始めていたらしい。

青い戦士は手を開いたり閉じたり、腕を軽く回したりして様子を見ると、にやりと笑った。


「サンキュールシウス、応急処置ではあるが、使えるまでに回復はした」


「あとできちんと診てもらうんだよ?」


「へいへい」


悪態をつきながらも、アデルバートは

自身の双刃を呼び戻して左手を逆手持ちして構える。ルシウスも、アデルバートから借りた水のマナを用いて弓を構える。


「「——————!!!!!」」


戦場に轟く二重の咆哮。

空気を震撼させ、バランスを失ってしまいそうな感覚を覚えた。


「あーうるせえ奴だ。鬼神だの覇王だの。死んだら大人しく口閉じて横になってろ!」


腰を屈めて、忍びのように素早く移動する。

落ちてくる落石を視線をずらすことなく避けながら、そして時にはそれを足場にしながら

怪物の距離を縮めていく。


「オラァッ!」


双刃をその屈強な腕で受け止められる。

この怪物が身に纏っているものは、三国時代のものでも西楚の時代のものでもないらしい。ならば、結論は一つ。

あの仙人お手製の防具だろう。


「避けるんだアデルくん!」


「ギリギリまで待ってやる!

キツイやつを据えてやれ!」


アデルバートの猛攻、怪物は最も容易く躱し、避けて、身体を逸らしていなしている。反撃など一切してこない。


「……こいつ、ルシウスの一撃の方が強いと理解してやがる。呂布の記憶と混ざったか!」


アデルバートは察したようにそう溢した。

ならば今のままでは到底倒すことはできない。たとえ矢を放ったとしても

躱され、隙を突かれるのがオチだ。


「ちっ……!」


バク転しつつ後退する。

ルシウスは弓から手を離さず、視線を逸らしていない。


「おいルシウス、お前の火、手荒に使うが別にいいだろ?」


「うん、構わないよ。

君の水も、好き勝手に使わせてくれるという条件付きだけどね」


「はっ、好きに使え!

俺も好きにやるからよぉっ!」


青い炎が全身を膜のように覆い尽くす。

アデルバートの身体が小さく、それでいて力強い青色に燃え上がっている。


「しっ———!」


蒼い影は項羽と対した時と同じように、

怪物に向かって斬りつける。

青い炎を刀身に宿したそれは、ルシウスの時とは比にならない程の熱を帯びていた。

鎧に触れた瞬間に火花が散り、斬りつけた一部が赤橙色に変色して溶解していく。


「はぁぁぁぁ!」


太陽を背に弓を引く弓兵。

高圧縮された水のマナが、通常の矢に纏わりついていく。弦をギリギリまで引き絞り狙いを定め、発射する。


1本が2本に、2本が4本に

4本が8本に、というように、敵との距離が近づけば近づくほど、矢の数は威力を殺さぬまま、無数に分裂して、人工的な雨となって降り注いでいく。


圧縮された水は、どの刃よりも

鋭く、どんなものでも容易く切り裂いていく。そして、今はそれが天から降り注いでくる。怪物は方天戟と剣を構え、迎撃の態勢をとる。


自分の身に降り注ぐ矢だけを、弾いて飛ばしていく。どれだけ降ろうとも、どれだけ迫られようとも、四肢がある限り、英雄だったものは抵抗するのだ。


「裂水弓!」


ルシウスは飛び込む姿勢を取りながら

急降下していく。

身体を螺旋状に回転させながら

I秒間に一度矢を放つという荒技を繰り出す。


先程の矢の雨よりも、それは速かった。

怪物が身を固めたと同時に、連続して放たれた矢は怪物の全身を貫いていく。


「よそ見すんなオラァ!」


アデルバートが咆哮しながら灼熱の青い炎で

二刀のもとに両断していく。


そして、着弾するまでの数秒間、両腕を排熱器官のように活用して、不要な火のマナを排出、新しい炎を顕現させ、超高速で斬りつけて、その度に、黒い鎧が赤く溶解していく。超高熱の青い炎は、怪物の肉体を赤裸々にした。


そして、アデルバートは後方に跳躍

すると同時に、空から螺旋を描いて

飛んできた矢が数秒毎に突き刺さっていった。


「トドメだ!」


ルシウスの全身から赤色の水が溢れ

それが弓全体を覆っていく。

彼は突貫して高圧縮された弓で

怪物を斬り伏せた。

何度も何度も、剥がされ貫かれた肉体を切り刻んでいく。


「ルシウス!いくぞ!」


「あぁっ!」


アデルバートは双刃で空中に青い円を描きそれに身を潜らせて英雄を斬りつけた。


ルシウスも続き、後方へ飛びつつ

精神を集中、威力を最大にまで上げた矢を放つ。空気中の酸素を取り込んだ水の膜が怪物に着弾すると、それは青い炎と結合して膨張、空から雷が降ったかのような凄まじい灼熱が青いまま空に立ち込める。


「ふん、これで撒ければいいんだな」


「……さて、どうかな」


相手は英雄と英雄を重ね合わせた戦士の幽鬼。そう簡単に膝をつき、首を差し出すことはない。


「見てごらん。まだご存命だよ」


「死人が存命とは、空気の読めんやつだ。

さっさと獄楽にでも行きやがれ」


方天戟で青い煙を斬り裂く。

全身を炎で包みながら、獣のような雄叫びを上げて、ゆっくりと歩いてくる。青い炎の男だ。


「ちっ、おいルシウス、取り替えだ。

やっぱり俺は、“こっちの方”がいいらしい。」


「そうだね、僕も同意見だ」


アデルバートとルシウスは再び手を小突き合わせた。戦士たちの身体に、使い慣れたマナが戻ってくる感覚が伝わってくる。


「俺たちもあまり余裕がない。

さっさと仕留めるぞ!」


「あぁ、瞬間最大火力で決める!」


弓に火のマナを注いでいく

双刃に水のマナを注いでいく

鋭利な水の刀が見えた。

熱波纏う矢が見えた。


英雄だった怪物は、最早身動きは自由に取れない。それほどまでに、彼らのこれまでの攻勢が凄まじかったのだ。


「綺麗に斬り飾ってやるぜ!」


高周波のような波紋が、空気を震わせる。

陸地には絶対に存在しない水面が、緩やかに現れて、そして揺れた。


その正体アデルバートの持つ水を纏う双刃にある。彼が体内に溜めているマナ、そしてこれまで斬り伏せてきた生物たちの体液が周辺一体に飛び散り水面にも似た風景が浮かび上がる。


もちろん、これにも数千メートル潜水した深海の圧力と同じ質量を放出しているのだ。


「紅蓮に燃える我が弓よ、かつての偉人に安らぎを与えよう!我が心、その矢と共に!」


三人の戦士は熱波に包まれた。

英雄の身体を、地獄の業火の如き熱量が襲いかかる。アデルバートの放った一撃すら蒸発させてしまいかねないほどのそれは、弱りかけている英傑を追い詰めるのには充分だった。


「龍深水爪牙!」


「爆裂剛烈破!」


深海を住処とする巨大な青い龍の爪が、牙がアデルバートの持つ双刃に顕現した。鋼鉄すら両断するそれは、容赦なく英雄の身体を破片に変形するまで斬り刻んでいく。


蝶のように舞い、蜂のように刺す。

まさに、今の彼にはその言葉が似合うだろう。一糸乱れぬその剣舞は、両雄の時代に存在しなかったものだ。

彼らに心があったなら、どう溢しただろう。

今は、それだけが惜しかった。


「ルシウス!」


後退と共に叫ぶアデルバート。

そして、一人の弓兵が莫大な熱エネルギーを英雄に向けて射った。

音を越え、酸素を巻き込み、火炎を纏って心臓部深くに突き刺さり、爆発する。


大気中の電子が、ルシウスの体内から放出されたマナと結合して、原子爆発の如き爆炎を巻き上げて黒煙を立ち上らせた。


現世を担う戦士達は空を仰ぐ。

双つの白い魂が、満足したように天へと昇っていく姿が見えた。

ということは、死体の束縛から逃れることができたのだろう。


「火葬も済んだようだ」


アデルバートがぼそりと、そんなことを呟いて背を向けて歩き出した。

轟々と、酸素を燃やし続けるその炎に対して振り返ることはせず、セリア達の避難している場所へと、ゆっくりと———


「呂布殿、そして項羽殿。

どうか、“そちらの世界”では戦とは無縁の生活を送られますよう。ただひとりの望みではありますが」


ルシウスは空を見上げたまま、アデルバートを追うことはせずにそう溢した。


そして、暗雲が立ち込めて、そこから

滝のような雨が降り始めた。

全てを包んだ炎が、天の恵みによって浄化されていく。

ルシウスの手のひらに溢れた雨は透明な筋となって滴り落ちていく。


(泣いているのか……)


ルシウスは悲しげな顔を浮かべながら、アデルバートと肩を並べて歩いて行ったのだった。

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