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第109話「凍てつくは英傑、燃え盛るも英傑」

ニヤリと蒼い戦士は不気味に嗤う。

自身の血液を利用した足止めの罠に掛かる西楚の覇王。そして、まるでそれを取り除こうとしめいるのは、彼の周囲を漂う可視化出来ない“何か”である。


「ふん」


鼻を鳴らして、凍らせた左腕を無理やり引き摺り下ろす。冷たい肉塊が付いているようだった。こうしている瞬間にも、激痛が襲ってくるはずなのだが、彼は平然としている。


「右手だけで充分だ」


ヒラヒラと空いた右手を動かして

余裕のあることを理解させる。

それにイラついたのか、項羽は自らの足を地面に縛り付けている赤い結晶を粉々に打ち砕いた。


そして、同時に足は崩れ去り

彼の周囲に漂うそれが足の代わりとなった。浮遊しているような状態だ。


「ふん、親交により得たものか?

なら俺も負けちゃいねえ。

俺はアイツを探してるんでな!」


右手に持った赤い鞭をしなやかにうならせて項羽の鎧に直撃させる。

岩が粉々に砕けるように、鎧にも亀裂が入り始めた。


「そらそらそら!」


鞭の扱いに対しては素人同然であるが

戦士としての勘と直感のおかげで

上手く扱えている。


まずは身を守る鎧を打ち砕かなければ

何も始まらない。


アデルバートは踊るように鞭を振るい

項羽は浮遊しながらそれを躱していく。


ふわりふわりと浮かびながら

自身の獲物を用いてアデルバートの左腕を固執に狙う。


赤い氷の鞭も、そんなことを繰り返していたら亀裂が入って、中に閉じ込められていた血液が滴り落ちた。


「ふん、やめ時か、それに、時間もかかる。めんどくせえなこりゃ」


そんなことを呟いて、アデルバートは

片手で鞭全体に触れると、そこに自分のマナで生成された水を被せ始めた。

そして、再び凍結させる。


1本の赤い槍のように、先端は鋭い氷柱のように変形した。


「そらよ、くれてやらぁ!」


赤い結晶をくるりと回転させながら

右腕だけの力で項羽に投擲する。

踏み込みながら放たれたそれは、衝撃波と共に音速を越えた。


彼を取り巻く何かが事前に行動していても、それがあまりにも速すぎて避けることが出来なかったのだ。それほどまでに、勢いが凄まじかったらしい。


「再び凍結しろ!」


アデルバートが吠えると、項羽に突き刺さろうとしていた直前に赤い結晶体の槍は、全体にかえしのようなものを生やし、そして、西楚の覇王の心臓部分目掛けて突き刺さった。左胸部を容易に貫いて、槍はそのまま静止した。


アデルバートは不敵にニヤリと嗤い

右手を伸ばして掌を広げ

心臓を握り潰すように閉じた。


すると途端に鏃のようなものが項羽の身体の中を突き破って出現した。

それは球体状であり、360度のあらゆる方向から一切の隙間なく鋭利な鏃が心の臓を起点として飛び出し、真っ赤に染まった。


そして、無数の液体が地面へと飛び散っていく。


「ふん、死人だから死にはしねえだろうな。ちっ、やっぱりアイツに借りるしかねえか。こいつもそろそろ持たないだろうしな」


氷の肉塊に成り果てた左腕を見て、溜息を吐くようにそう溢すと。

アデルバートは項羽を再び見据える。


「さて、シメと行くか!なぁ覇王!」


口角を上げてニヤリと笑う。

蒼い戦士は左腕を庇いながら街灯から街灯へと飛び移り、飛び蹴りを放つ。

岩のように硬い感触が、アデルバートの脚に伝わってくる。


「———!」


「ちっ!」


足を掴まれ、建物の壁に放り投げられるアデルバート。


しかし、ぶつかる直前に体勢を整え、足裏に水のマナを集約、張り付くようにして垂直に立つと、掌から円を描くように水を放出しそれを凍らせて足場にすると、壁から足場へ跳躍して移動する。


掌に僅かに放出する水を足場だった場所に撫でるように触れて、自らの手を接着剤として用いり円形状の切断具として持ち上げた。


「そらぁ!死に晒せ覇王!!」


激昂と咆哮と共に振り下ろされる巨大な死の影。動こうとする項羽だが、先程の球体状の鏃の影響で吹き出した自身の血液が、周囲の温度に影響されて凍ってしまっていた。


これすらも、アデルバートは策として利用していたのである。


高速回転させながら、覇王の鎧の隙間にぶち込んでいく。摩擦と冷気という本来共存し得ない現象が、覇王の鎧を切り刻み肉という肉をミンチの形に変えていく。


身体を形成していたものが、小刻みに震え小さな肉片と化してあたり一面に散らばっていく。


そして蒼い戦士は後方へ浮かびながら跳躍し──


「冷えの貰ってけ!」


アデルバートは自分の左腕をマナで無理やり動かしてか殴りつけた。


身動き出来ぬまま、吹き飛ばされていく項羽。かの英雄の動きは完全に静止した。


地面の液体が、項羽を覆うようにして

凍っていく。


「ふん、アディオス」


鼻を鳴らし背を向けて親指を下にさげ

勝利を宣告する。


アデルバートは、左腕を押さえながら

歩き始める。すると、項羽の氷像は音を立て割れ、中身だけが突如空へ舞い上がり何処かへと飛んでいく。

その方向は———


「ルシウスと鬼神のところか、ならもたついてる暇はねえな!」


アデルバートは僅かに苦悶の表情を零しながらも倒壊しかけた建物から建物へ飛び移って跡を追いかけていった。



「おおおっ!!!!!」


「———!!!」


火を纏った弓で呂布の鎧を殴り捨てるようにぶつける、大気中の酸素がルシウスの炎に結合して、鎧の外部から内側へと業火が侵食していく。


ルシウスの現在の体温は、およそ100度近く。常人であれば塵すら残らず風にかき消されてしまうだろう。しかし、彼は火を自在に操ることのできる能力とマナの持ち主。


それに加え、彼には優秀な兄がいる。彼の指導によりルシウスは四人の中でも群を抜いて扱いがうまかった。そのおかげで自分の体が保たれる最低限かつ最大限の火力を今全力で叩き込んでいるのである。


「はぁっ!!!」


宙に出現した矢筒から矢を取り出して矢に触れ即座に着火、火の矢とする。

そしてそれを弓に装填し、呂布目掛け発射する。この動作を僅か数秒。


常人であれば一生をかけても足元にすら及ばない神がかりの技。それを彼は

圧倒的な集中力と絶対的な技術、そして精神力を持って体現していた。


視線は呂布から一度も外さず、手と耳の感覚だけを頼りにしてルシウスはそれをこれまでに5度、繰り返していた。


だが、それを受けても倒れないのが

三國一の武勇を持つ鬼神、呂布である。


自慢の獲物、方天戟を自在に操って

遥か未来の時代であるマナの使い手相手に互角に立ち会っているのだ。


飛ばされてくる矢を、方天戟で弾く、弾く、弾く。マナを纏った矢が、古代の鉄を灼いていく。冷たく硬かった武器を手に持っているような感触が、生きていた時の感覚が。


死した身である鬼神に伝わっていく。

生きている時には、決して出会うことのなかった強者を前にしたからか、はたまたルシウスのマナの力なのかはわからないが彼は初めて“笑った”。


「——————!!!」


矢をさらに弾く、弾きながら身体を屈め前進する。2メートルを越える巨体、高速を越える脚力は、トラックにぶつかった数十倍の衝撃だろう。呂布は獲物を盾にしながらルシウスにタックルをかましたのだ。


ルシウスを守ろうと出現した炎の膜が破壊され、ルシウスの身体に衝撃を走らせる。


「ぐぅっ!!」


吹き飛ばされた。

建物に激突し、そして全焼する勢いで燃えていく。ルシウスは倒壊する中で立ち上がり矢で落下してくる天井を破壊する。


「まだまだぁ!」


意思を持つ炎の如し、その勢いは数分毎に増していく。圧倒的な熱量とその千里眼でで呂布の攻撃をいなしていく。


呂布は方天戟を弓に装填し迫りくるルシウスに狙いを定める。

ルシウスも直感的に移動を停止して、鬼神を眺める。


「なるほど、決着をつけよう。

そう言いたいのですね。呂布殿」


「———」


言葉は不要、ルシウスは呂布の意志を汲み取りニヤリと笑うと空へと跳躍する。


「もちろんです!僕の全力を、最強と謳われた貴方に!」


空中で静止したルシウスは

手にしていた弓にさらなるマナを注いでいく。2倍、3倍、4倍と、大きさも質量も徐々に規格外なものへと進化していく。

そして———


空中に浮かぶは数メートル規模の紅蓮の弓。青い空を赤に染める焔なり。


矢から放たれる火は全てを燃やし、新たな命を芽吹かせる。その威力はもはや自然災害そのものだ。


「我が身、我が力、そして我が想いを刮目してご覧じろ!」


巨大とも言える弓が、ルシウスと同じように弓を弾き始める。


轟々と酸素を燃やしていく熱波を纏った矢の先端に灼熱の炎が何層にも重なっていく。


そして、呂布は“視た”。

あの弓を引く、炎の巨人の姿を———

その巨人は、ルシウスが弓を引くのと同時に弦を強く引き絞り始める。


周囲に浮遊している酸素が、爆竹にも似た轟音を轟かせながらただただ真っ直ぐに呂布に向けられた。


地上に立つ鬼神は負けじと、天空に佇む巨人に弓を向ける。


彼を援護しようと、周辺の靄は

呂布の弓と矢へ取り憑いていった。


膨張する死者たちの感情が発露し、

巨人に対抗しうる程の巨大な弓が地上へ顕現した。


特徴的なその風貌は、三國時代の呂布そのものであった。


“ゆくぞ、戦士”


「いざ、まみえましょう!

呂布殿!」


呂布の声が聞こえた気がした。

心に、いや、頭に直接響いたような感じだった。屈強な見た目からは想像も出来ないほどの柔らかな声色で


「破ァァァァァァ!!!!!」


「——————!!!!!!」


お互いが吠え、弦を限界まで引きつける。


天に在るは巨人、地に在るは鬼神なり。


今この時より、時代の異なる英雄たちが最後の一撃を放ったのである。


そしてそれは、天空と地上の境目で激突した。轟々とけたたましいほどの爆音と、周辺が爆心地と化したかのような無残な有様へと変貌した。


そこに立っていたのは、火のマナを扱う弓兵。穏やかに微笑みながら、呂布の立っていた場所へ向き直り、敬礼する。


「ありがとうございました!呂布殿!」


視線の先には、仰向けに倒れ燃え盛る鬼神だったものがあった。

彼自身の戦意も、そしてそれを慕う者たちの気配も、今は微塵も感じない。感じ取れなくなっていた。しかし———


「———!」


呂布の肉体は突如起き上がり、空中へと飛んでいった。


慌てて上を見上げると、別方向から来たもう一つの“英傑”と混ざり合った瞬間が見えた。


「ルシウス!」


「アデルくん、どうやらまだ終わりじゃないらしい」


「あぁ、らしいな」


アデルバートもまた、上を見上げてそう呟く。そして———

乱世の鬼人でも西楚の覇王でもない、全く新たな存在が天から神の如く降臨するのだった。

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