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第108話 紅と蒼が成す双璧

「ふぅ、さすが乱世の鬼人と呼ばれていただけはある。プレッシャーが尋常じゃない。

身震いが止まらないよ」


かつての漢王朝、三国時代が成立する以前の時代に、人ならざる肉体と武勇を持つ者がいた。その名は呂布、字名を奉先という。


人中の呂布、馬中の赤兎とは誰もが聞いたことのある言葉であろう。彼はその言葉の体現者なのである。


最強の武を以って、劉備と関羽と張飛の義兄弟3人と同等の戦いを繰り広げた三國随一の戦士が、今、現世に幽鬼となって蘇った。


自身の身の丈以上の長さを誇る方天戟を振り翳しながら、呂布は鬼神と呼ばれたその眼差しがルシウスを睥睨する。


「ふん、全くもって信じ難い体験だ。

俺たちだけタイムスリップの特典付きか?」


心底可笑しそうに蒼い髪の男、アデルバートは笑った。彼の目の前に立ちはだかるのは清楚の覇王項羽その人である。


2メートル以上はあるその肉体は、古代の中国を彷彿とさせる鎧に固く守られ、腰元には無数の武器が備わっている。


彼が剣を抜いて風を断ち切れば、兵達の首はたちまち飛び、辺り一面が赤く染まったという伝承もあるほどの実力者である。


今の彼からは生気はたちまち消え失せ、敗死した時と同じ表情を浮かべながら立ちはだかるその姿はまさに幽鬼そのものだった。


「ふん、レオンがいたなら何か有用な事を教えてくれるんだろうが、まあいい。先人の武勇ってやつを味合わせてくれよ、なぁ覇王?」


項羽は応えない代わりに、手にしている槍をくるりと回してアデルバートに先端を向けた。戦意だけはその肉体に残っているらしい。


眼前の死者もどき二人は古代中国の英雄豪傑であることは確からしい。

しかし、あまりにも大きすぎる。


目の前にいる彼らは2メートルをゆうに超えていた。古代の中国人の背丈については、二人とも全くといっていいほど知識がない。


補足をすると、大昔の人類の歴史書籍は個人戦だろうが軍団戦だろうが大げさに誇張されていることがほとんどである。


だがそれも、かつてその時代を生きて散って逝った英雄達実際に見てみるとあながち嘘でもないかもしれない。そう思えてしまうほど幽鬼に成り果てた二人は凄まじかったのである。


「項羽と呂布……どちらもその時代最強の実力を持った英雄ではあるが、ふん、お前たちの胸を借りるのも一興か!」


「呂布殿、行きますよ!」


アデルバートは腰元のホルスターに両手を回して短刀を取り出し、彼がそこに水のマナを注ぐと青い刀身が出現し、見事な刀とも思える刃へと仕上がった。


彼は口角を僅かに上げながら項羽の獲物に自身の獲物をぶつけた。鉄と水とがありえない撃鉄音を奏でながら拮抗している。


「はっ、最強と謳われていたってのも

あながち嘘でもねえらしいな!

面白え!俺を殺してみろ!」


自身の鼓舞も含めた笑みを浮かべアデルバートは水面を描く双刃を再び振り下ろした。


その迫りくる二撃を項羽はただの一振りで迎撃する。


その勢いはまさに風をも巻き込んで首を刎ねてしまいかねないほどの凄まじい物だった。これは、とても人間に出せるものではない。


その攻撃を受けたアデルバートの全身に鈍重な衝撃が襲った。西楚の覇王の一撃を、蒼き戦士は身をもって感じ取ったのである。


「ちっ、こりゃあ、一筋縄じゃいきそうにねえか!」


アデルバートは後方へ跳躍しつつ、建物へと飛び移ると、足裏にマナを集約させて忍者のように建物から建物へと走りながら蒼い影となって駆け抜けていく。


項羽は表情を一切変えずに、まるで自動的にプログラミングされた機械のように走ることはせずに、淡々とアデルバートの方へと歩き始めて行った。


「———!!!!!」


視線だけでも人を射殺してしまいそうな重圧感と共に方天戟の一撃が、ルシウスに迫りくる。


弓兵は身体を屈めたままの姿勢から熱を帯びた矢を3度発射する。鉄すら容易に溶解するほどの温度を保有しているそれは、見事に方天戟に着弾した。


「なに……!?」


しかし、かの鬼神の持つ獲物が溶けることはなかった。ルシウスは距離を取りつつ、千里眼を発動させて呂布全体を即座に観察した。


(あの人の肉体全域に、可視化できない何かが漂っている。邪神の気配は全くしないが、怨霊の類か何かか)


視線を方天戟の方へと向けると

やはりそこにも怨霊らしき存在があった。まるで呂布を守るかのように漂っているようだった。


(いや、もしかすると、あれは生前に彼を上司に持っていた者たちの魂か?マナの効果を弾くほどの強い意志と想いを持っているなんて……死してもなお呂布奉先という人物を慕い続けているというのか)


ルシウスは自嘲気味に笑った。

そして、様子見のために行っていた攻撃を恥じた。それでは、先人たちに無礼であると。


なれば、こちらも全力で応えなければなるまい。


「申し訳ない。呂布殿。そしてその同胞たちよ。これより、ルシウス・オリヴェイラは貴方達に恥じぬ戦いをご覧にいれましょう」


ルシウスは自身の中に眠る火のマナを

自分の意思で解放した。

灼熱の炎が、全てを焼き尽くす業火が

その身を包んでいく。


「おおおおおおおお!!!!!」


全身が炎に包まれたルシウス。

しかし自信を焼き焦がすという心配はない。


あれは、彼の中に眠るマナが暴発的なまでに増大し、強力なものになった証なのだ。


左腕に持つ弓の大きさは、普段の1.5倍に膨張し、それにも炎が宿る。


太陽神スーリヤを彷彿とさせるその異様な風貌は、呂布の戦意を向上させるのは充分だった。


突如跳躍して方天戟を振り下ろす呂布に対して、ルシウスは火炎を纏った弓を即座に引き

無数の焔を発射する。


それら全てを弾く、弾く、弾いていく。


彼の時代では到底見ることのなかった脅威に

驚く様子もなく、自らに迫る攻撃を淡々と

処理していく。


そして、降下して接近した呂布は再び

方天戟を振るう。ルシウスの場合は

遠距離を主軸としているので、彼は必然的に弓で鍔競り合うしかなかった。


「心なしが熱くなって来ました!

戦士の血が滾りますね!」


鬼神の一撃と、火の神の如き防撃。

呂布は心なしか愉快そうに口を歪めたように見えた。彼ももしかしたら、生前ぶりに戦いを楽しんでいるのかもしれない。


そう思うと、ルシウスも思わず頬が綻んだ。

二人の戦士は距離を置いた。

弓兵は弓を向け、呂布も部下達の魂で作り上げた弓を持ち、そして向けた。


熱き闘志が矢に注がれていくのを感じる。

目に見えずとも、全身に伝わっていく高揚感は、彼らにしか理解できない。

それだけ、戦士達は戦いに没頭しているのだ。


「喰らえっ!!」


「——————!!」


熱波を纏った矢が放たれた。

主人を慕う者達の想いが籠った矢が放たれた。それは2つは中間地点にて激突し、凄まじい衝撃波を放ちながら周囲の建物を崩壊させていった。


蒼い影の駆け抜けていた建物を、項羽は獲物の一振りで倒壊させた。


砂塵を巻き上げて、古き城のように崩れ落ちていくそれに、アデルバートはいち早く気付き、項羽の前に降り立った。


「ここならルシウスの邪魔にはならんだろ。さあて、第二ラウンドと行こうぜ!西楚の覇王さんよ!」


風を切るように、影は腰を屈めて突貫する。


項羽の振るう一撃よりも先に、アデルバートは蒼い双刃でその獲物を叩き落とした。


が、しかし、アデルバートは表情を変えぬまま、そのまま後退する。


「“何か”いやがるな。人じゃねえ……か」


殺意と緊張が渦巻くこの戦場に

アデルバートは違和感を感じ取り

睥睨する。


地面に落ちていたはずの項羽の武器がまるで意志を持つかのようにゆっくりと浮かび上がり、手元に戻っていくのだ。


「幽霊か何かの類か。

ふん、面白味のねえ。俺にも見えるようにしやがれ」


悪態と愚痴を吐きながら、水を纏わせた双刃で項羽に斬りかかる。が———

肉を斬る感触が、獲物越しに伝わってこなかった。その代わりに、不快感を抱かせる嫌な感触が伝わって来た。


「ちぃっ、なんだこれ。

膜か何かか?」


双刃を見やると、蒼い刃先に液体のようなものがべっとりと付いていた。

アデルバートは舌打ちし、それを地面に投げ捨てた。


「ったく、俺の獲物を汚しやがって」


項羽は隙ありと見て突貫し、アデルバートの頭部へ獲物を振り下ろした。

グサリ、と、血液が散布し地面を赤く染める。


「ふん、高くツクぜ?」


アデルバートはその一撃を、左腕で受け止めていた。そして、その左腕は、徐々に凍っていく。


「俺がただなんの策もなしにこんなとこまで散歩しに来たと思うか?」


アデルバートから吹き出した血溜まりに足を付けている項羽。しかし、それは徐々に液体から固体へと変わっていった。


水から、氷へと変換されたのだ。

彼の体内から漏れ出しているのは、紛れもない冷気だった。


項羽の足場が、赤い結晶に包み込まれていく。


「どうだ、冷凍庫とまではいかねえが

その肝っ玉も冷えたろ?」


嫌味を吐き捨てて、アデルバートは

後ろ回し蹴りを項羽の顔側面に繰り出した。


青く硬かった頬が、まるで氷のように冷たくなっていくのを、覇王は感じた。


腕の半分を斬られても、苦悶の表情は見せず彼は傷口を凍らせてしまった。

そして———


「どうだ、面白えだろ。

今の人間てのは———」


蒼い戦士は不敵で不気味な笑みを浮かべてそう溢したのだった。



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