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第107話 呪縛を祓う者

于吉は、今までに受けたことのない衝撃を全身に味わっていた。五臓六腑にはいとも容易く届き、魂の核のその奥にすら到達してしまいそうな、感じたことのない驚愕が目の前に立ちはだかる。


少女から放たれているものだとは、こうなるまでわからなかっただろう。


「ぬうっ……!」


今彼を襲っているのは生身の人間では到底耐えることの出来ない高重圧の波動だった。


脳が激しく揺さぶられ、指の先端すらも自分の意思に従わない。

そうさせようにも、この重力場がそれを押し留める。まさに、手も足も出ない状態だった。


「ねぇ、レオンの偽者を創ったのってあなたでしょ?」  


「なぜ、だ。仲間の小僧どもから聞いたか?」


喉の奥から絞り出すように出そうとした声は掠れるようなものへと変わっていた。それでも、きちんと言葉には出来た。


「ううん、誰からも聞いてないよ。

禍々しい物、あんな不快感がレオンから出せるわけないじゃない。罪のない人たちの魂で練り込まれ、造られたフェイク、私にとって最も大切な人の存在を、感じ取れないとでも思った?」


「———!!」


ぐらつく周囲の重力波に押し負けまいと必死に抵抗する于吉はクレイラの鋭くも冷徹な眼差しを見た。

全身に突き刺さるナイフのような感覚。


五臓六腑が壊死して瓦解する不快感を身体が脳に伝えた“ような気がした”

クレイラの視線はそれを錯覚させてしまうほどのものだった。それだけの殺意を、干吉は一身に受けてしまったのだ。


すぅっ、とクレイラの右手が上がると同時に于吉の身体は押し潰されるような重力波から解放され、宇宙空間にいるかのように体重を無視して浮かび上がった。


全身にまだ余波の影響が残ってはいるものの先程よりは思考回路もハッキリとしているし言葉を発しても問題はなさそうだった。


「ねえ于吉。一つ聞いてもいい?

“どうしてレオンを造ったの?”」


心臓を鷲掴みにされているような不快感。脳をピックのような何かでいじられているような嫌悪感を于吉は感じた。


彼女の最後の一言には、それだけの力が宿っているのだ。


「———っ」


「おかしいな、もう話せるはずだよ?

あなたの口元、さっきより生き生きしているの、わかってるんだから」


「貴様は、貴様は一体何者———」


クレイラの眼は怒気が宿り、それと同時に于吉の視界は上下逆さまとなって

頭から勢いよく落下した。


凄まじい振動が、脳を伝って全身に伝わっていく。常人であれば頭部を始めとした全身がバラバラになってしまう程の衝撃だが、干吉は人を超えた仙人の身。重傷程度で済んだ。


「ぐふぅっ———!」


「一問一答って言葉、知ってる?」


叩きつけられた頭部を押さえつけて、痛みを少しでも和らげるよう努力する。が、そんなことは気にもせず、クレイラは冷ややかな笑みを浮かべながらそんな問いを投げてくる。


「———」


「長生きしてると思うから知ってるものだと思ってたけど、知らないみたいだし教えてあげるね。一問一答っていうのは、一つの問いに一つの答えを返すという意味なの」


クレイラは、倒れて蹲っている于吉の胸ぐらを掴んで引っ張り上げる。成人男性が出す力の数倍はあるそれは、于吉のまとまりかけていた思考を瓦解させるのには充分だった。


「ぬっ……」


「もう一度だけ聞くよ?

“どうしてレオンを造ったの?”」


笑顔を浮かべて顔を覗き込む。

于吉は震える口元で言葉を紡ごうとする。


(この女、強い……!

儂の呪いの影響を微塵も受けておらぬ!小覇王の時とは、時代が違いすぎるか……!)


「ふぅん、違うことを考える余裕はあるんだね」


「———!!!!」


ふわりと身体が浮いて、于吉の身体は時がゆっくりと動くように少しずつ下に落ちていく。それと同時に、クレイラはその身を翻して強烈な下段蹴りを心臓部に叩き込んだ。


身体中の血管は裂かれて、酸素と二酸化炭素を運搬する肺はその衝撃から機能を停止させ、心臓は膨張したスイカのように破裂するような痛みを全身に訴えた。


「ぐぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!!!」


激痛を紛らわせるための咆哮が

人のみならざる仙人から発せられた。


打ちつけ、吹き飛ばされていく肉体は

柱へ、柱へと激突して背中に確実にダメージを蓄積させていく。


杖を用いて、なんとか地面に足をつけたものの、五臓六腑から湧き上がる不快感を口の中から外へと吐き出した。

大量の血が、池の中の水溜りのように

周囲へ飛び散る。


「ご……ぁぁ……」


強靭な精神力と肉体、そしてレオンに対する一途で純粋な想いに、干吉は初めて恐怖した。


ぼやけて、揺らぐ視界の中で、彼の聴覚はクレイラの足音をハッキリと、嫌というほど聞き取った。


地面を踏み、瓦礫を踏み、そしてやがて自身の血溜まりを踏んでいく音は、彼の眼前で止まった。


「最後のチャンスだよ、お爺ちゃん」


「ぜぇ、ぜぇ…………」


于吉はゆっくりと、顔を見上げた。

そこには純粋な怒りを露わにしたクレイラの顔があった。下衆を、外道を見下す感情のこもった瞳があった。

そして、彼女は優しい表情を浮かべて

最後の問いを投げる。


「“レオンを造ったのは、どうして?”」


彼はもうダメだと悟ったのか

とうとう口を割った。


「それは、己の戦力増強する為だ。

圧倒的な力が、儂たちには必要だった!そのために、何も出来なかった不出来な魂を神を殺す存在であるレオンに生まれ変わらせてやったのだ!

神々の邪魔さえなければ、今頃はもっと早く他国を侵略出来ていたというのに———!」


「イングラムでも、ルークでもなく

アデルバートでも、ルシウスでもない。

この四人は戦闘のエキスパートなのに、なぜレオンにこだわったの?」


荒ぶる呼吸を素早く整える。

が、しかし、彼女の視線が、その言葉がそれを許さなかった。

于吉の身体は、まるで干吉のものでないように自分の意思に従っていないのだ。


「確かに、あやつらのうちの誰かにすれば騙し討ちも出来ただろう。

だが、それは出来なかった。

儂が“最も近くで見た存在”でなければ、複数の魂を用いた戦士は造れぬのだ」


「——————いつからなの、レオンを監視していたのは」


「お主と出会う前までの期間をずぅっとだ。あの圧倒的な力を儂は欲したのだ。他の者を惹きつけるカリスマ

最小の負担で最大の損害を与えるあの者にはそう、“江東の小覇王”を彷彿とさせおる。

殺してやってもよかったが、奴の人生を無茶苦茶にしてやる方が、愉快と感じたのだ。

故に、レオンの偽者を作り上げ、同士討ちをさせようと思った。それだけじゃ!」


于吉は杖を叩いて、黒煙を撒き散らす。

不気味な声をあげて笑い、その姿を消した。

クレイラのあらゆる方向から、仙人の嗤い声が響く。


「儂の野望は、あのレオンを殺すこと!

小覇王を殺した時に感じたあの快楽を

もう一度味わうために!貴様には死んでもらうぞぅ!」


空から無数に堕ちてくるスアーガで死した者達の魂、他にも無数の魂が、生前の姿という皮を被って再び世に舞い戻った。


両腕を前に突き伸ばして、まるでゾンビのように走り迫ってくる。


「すぐ楽にしてあげるから、ごめんね」


穏やかに溢す言葉とは裏腹に、拳にははちきれんばかりの力が溢れていた。

クレイラは于吉を真っ直ぐ見据えると、迫りくる幽霊たちを氷の鎖で封じ込め、跳躍しながら右腕を突き出した。


「烈風よ、魂を天に運んで!」


深緑のマナがエメラルドのように光り

そこから三日月状の光弾が無数に撃ち放たれた。歪な存在達に直撃したそれは、小さな球体を、風は母親が子を包み込むようにして風とともに空へ消えていった。


「一度の攻撃で全ての魂を……!?」


驚きを隠せずにいる于吉に

クレイラは休まず次の手を繰り出した。


それは彼女が天へと伸ばした掌の先に出現した。それは黄金色に発光していてとてつもなく小さかったが目に見えるほどの大きさだった。于吉はそれを視界に捉えた瞬間に全身が打ち震えた。


「まずいっ!」


于吉はすぐに姿を消そうとした。

しかし、その式がなるよりも先に

クレイラが駆けていた。


本能的に迎撃態勢をとりながら、空中で後退する。


「ええいっ!面倒じゃ!」


杖の先端を自分の体にぶつけて呪術を唱え魂にもなれない歪んだ物質を飛ばしていく。


「———!」


クレイラは大地を駆けながら于吉を見据え、その内に迫りくる黒い光弾を見ると空気中の水分を周囲からかき集めて一つとし、それを氷柱のようにして自身の背後から発射する。


どちらも中間距離で激突して、四散していく。それを潜り抜けて、干吉に向かってクレイラは走り続けていた。


「ぬぅっ!」


呪力も残りわずか、これ以上連射してしまえば瞬間移動は使用不可能になる。

あと3発が限度だった。

黒い光弾が、杖の先から3つ現れて

クレイラ目掛けて飛んでいく。


しかし、クレイラはそれを自身の手から放った冷気で凍らせて、足場にした。一段、二段、三段と、跳躍して眼前まで近づいていく。


「終わりよっ!」


「おのれぇぇぇ!!!」


瞬時に5色に光る右手。

于吉の動きを予測していた彼女は、頭部を掴み指先に力を入れた。


「火よ、風よ、水よ、雷よ、土よ!

かの悪しき者を葬る力となれ!」


掴まれたまま急降下していく肉体。

地面に向かってノンストップで落下していく。


「おのれ!このようなところで!このようなところでぇぇぇぇ!!!!!」


老人は叫んだ。

こんな少女に、青二才に敗れなければならないのか。と

しかし、その圧倒的な戦闘能力とオリジナルと比類ないマナの力を存分に扱うクレイラには成す術もなかった。


「小覇王とその一族に詫びるといいよ!ばいばい、レオンを造ったのがアンタのツキだった。」


「やめろっ!やめろぉぉぉぉぉ!!!!!」


ぐしゃり、頭蓋骨がへし折れる鈍い音が響いた。からり、と白い骨が皮の中から露見し、崩れた脳みそが割れ目から溢れ出てくる。


「……呪術か、そんなものは使いたくないね。ロクな末路にならないもの」


「はぁ、はぁ、はぁっ!

本体にすら届くマナの質とはな……!

驚いたぞ。儂の分身全てを、粉砕してしまうとは」


辛うじて原型を留めている口元が開き

そう溢した。


「だって邪魔でしょう?

“本当に戦う時に”邪魔をされたら困るもの」


「もしや貴様、最初からこれが本物ではないと見抜いて———」


クレイラは頭部を無惨にも踏み潰した。


「さぁて、と———レベッカたちのところへでも行って守ってあげないとね。アデル達が背後を気にしなくてもいいように」


うーん、と伸びをしてクレイラは深呼吸した後に、その場を飛び立って去っていく。


そして、最後に吹いたそよ風は、干吉だった亡骸を塵芥と共に空へと運んでいくのだった。

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