表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/168

第106話「獅子王、吠える!」

中央広場の巨大な噴水場。

人気のない場所に、ひとつの小さな影と大きな影が降り立った。

水飛沫を巻き上げて大胆に着地する。


「ふははは!ジェヴォーダンの獣よ!

ここでなら、邪魔は入るまい!

さぁ!存分に死合おうぞ!」


全身に闘気を込めてオーラを放出する。そして対抗するようにジェヴォーダンの獣は大きく吠えた。


「おおおおぉ!!!」


地面を蹴って飛び蹴りを放つ。

それは怪物の頬に直撃する。牙を見せながら唸る獣。手をコキコキと鳴らしながら笑みを溢す獅子王。


「よぉし!そうこなくては面白くない!」


その巨体からは想像もできない軽快な動きで

獅子王に爪牙を振り下ろす。

がちゃり、と金属の重たく冷たい音が鈍く響いた。


「ふん、効かぬ!」


20センチ以上の爪が鎧に直撃したにも関わらず鎧は攻撃を受け流した。

獅子王は敵が手を離す瞬間を狙っていたかのように両腕でそれを掴み背負い投げ、噴水の中へ叩き落とした。

怪物は即座に体制を立て直して距離を置く。

全身が水浸しの獣たち、獅子と狂犬は

お互いに笑っているように見えた。


「ふっ———」


「———」


果たして、どちらが狩る側なのか。

どちらが狩られる側なのか。

運命の天秤はどちらに傾くのか。


「アストレア、お前は既に決めているのか?

この勝負の勝敗を」


空に2度と浮かぶことのない天秤座のあった座標を見上げる。同じ時期に輝くことのなかったあの宇宙で、気にかけていた女神の名を呼ぶ。


「ふ、せめて勝利の天秤が俺に傾むくようにしてやる!見ていろよ女神!」


吠えるように叫ぶと、獅子は両腕に闘気を顕現させて、ボクシングスタイルの構えをとる。


「よぉし!ウォーミングアップは終わりだ!

さらにペースを上げていくぞ!」


ジェヴォーダンの獣の懐に入り、ネメアは

リズムを刻むようにして軽快かつ鈍重なジャブを10数発、腹の急所に確実に打ち込んでいく。


「そらそらそらそらぁ!」


その一撃一撃が、獣の全身が打ち震えるほどの衝撃。五臓六腑を空へかち上げるほどの痛み、どうやらジェヴォーダンの獣にも効いているようだった。思わず唸り声をあげてジリジリと後退している。


「まだまだぁ!」


渾身の一撃が見事に鳩尾に打ち込まれた。

逃げること、避けることを考慮された的確な攻撃は、今この場で叩きのめすという明確な意思が感じ取れる。


ジェヴォーダンの獣はそれを汲み取ったのか獅子王の次の一手を相殺せんと牙を向けた。


異様に発達した二本の犬歯は腕を貫かんと迫ってきたソレに歯を立てた。


「むんっ!」


獅子王の視線はその振り下ろされた

二本の犬歯に変わり、そして彼自身も繰り出したアッパーを寸前のところでやめた。


「おおっと、さすがにそれは危ないな。

では、引っこ抜いてしまおうか!」


ニッ、と歯を見せて笑うと

彼は歯の側面をまるで柱を掴むような勢いで掴み取り、強烈な肘打ちで根本から打ち砕いてみせた。


「そぉれもういっちょ!」


まだ無事な片方の歯にも勢いよく飛び上がり、回し蹴りをかましてその牙をへし折ってやった。左右非対称に揃った牙を剥き出しにして苦悶の表情を浮かべながら声を溢す怪物。してやったりと笑顔を崩さないまま

口内へと一撃、一撃と打ち込んでいく。


「うおぉ、ねちょねちょして気持ち悪い……」


粘液にも近しいどろどろとした液体を両腕に垂れ流したままにしながら、それを払うようにして腕をブンブンと振るう。

こんなことなら普通に腹を殴り続けておけばよかったと後悔している獅子王であった。


と、突如狂ったような雄叫びを上げたジェヴォーダンの獣。獅子王は思わず飛び退いて何か来ると警戒し、周囲を観察する。


(この邪悪な気は一体……)


ジェヴォーダンの獣を、まるで取り囲むようにして黒い靄が漂いはじめた。


(……あれがそうか!)


負傷し、唸っているだけだったジェヴォーダンの獣は、その靄を睨み付けているようだった。そしてそれは、怪物の周辺一帯をゆっくりと漂い、そして———


ジェヴォーダンの獣が、苦悶の声を溢した。


「!?」


あのどこからか出現したのかもわからない黒い靄が、ジェヴォーダンの獣の意思とは関係なく身体の中に取り込まれていく。


獅子王ネメアによって打ち続けられた肉体の部分には靄がかかる。

へし折れた非対称の牙も、靄が無理やり形成し直しているようだ。


「■■■■■!!!!!」


黒い咆哮が大地を震撼させると

ジェヴォーダンの獣はついに黒い靄に呑み込まれてしまった。


赤混じりの靄が一際ジェヴォーダンの獣を大きく見せている。

そして、ネメアがそれを睥睨していると怪物は口を開いた。


「ヘラクレスに絞殺されしネメアーの獅子よ。私を滅ぼせるか?」


「なに?何者だ貴様!」


「私は、私は、クトゥルフ。

今はレオンの妨害でこの程度のことしか出来ないが、余興にはちょうどいい。この身体で、私の力をその身に刻み込むにはな」


この黒い靄の正体は、西暦を滅ぼした元凶であるというあの邪神だった。

獣の身体に言の葉を宿したそれは、ニヤリと嗤う。


「神殺しの一族もなかなかにしぶとい。ガタノソアを石化させ、己が石化されてもなお、私に影響を与えるとはな」


ジェヴォーダンの獣、いや、もはやそれは獣ではない。巨獣の戦犬に乗り移った邪神そのものだ。邪気を放ちながら、吠えるように嗤う。


「とはいえ、貴様を潰すには充分な靄だ。私の力を頭の先から足の爪先まで

存分に刻み込んでやる!」


「ふふ、ネメアーの獅子をあまり舐めるなよ?」


獅子王に恐怖や狂気といったものは感じ取れない。彼が何の力も持たないただの人間であったのならばそういった感情を剥き出しにされ、狂わされてしまっただろう。


しかし、彼は神性を持つ存在である。

故に靄から出現している悪感情に呑み込まれずに済んでいるのだ。


それに、彼は今滾っているのだ。

西暦を滅ぼし、生物を完全絶滅一歩手前まで蹂躙していたあの神が、目の前にいて、そして、戦おうとしている。

古き獅子の力が、どこまで通用するのか。


それが楽しみで仕方がない

だから、本気で殺る


「おおおおお!」


全身の鎧が戦車の装甲のように展開して両手の拳と両足の爪先を覆って、獣型の重機機関となった。


「俺の本気の一撃、その身体うつわで耐えきれるか?」


「耐えてみせよう、神故に」


「よぉしきた!ならば受けてみろ!

俺の渾身必殺技を!」


獅子王は口角を上げて不敵に笑いながら、手をポキポキと鳴らしてふん、と息を荒げはじめた。


大地を震撼させるたった一歩の前進。

遥か宇宙の果てから人類の暗闇を照らし続けていた獅子座は、今度は邪悪を前に立つ一つの光となった。そして———


「ふっ!」


獅子王は中腰のまま跳躍して高圧縮したエネルギーを全身に纏ってそれを炎のように顕現させる。


「爆裂咆!」


全身を金色に輝かせたそれは全て口内へと集約、莫大な質量で以って獅子王はそれを口から放出した。


直線を描いてジェヴォーダンの獣の皮を被った邪神へけたたましい轟音を轟かせながら衝突した。

円形状に膨張し、一気に爆発。

立ち込める黒煙は天まで昇っていく。


周辺一体は焦土と化したが、王と獣は生きていた。


「ほほぉうっ、さすが邪神。

俺の一撃を受けて尚、衰えぬ殺意とは畏れ入った」


「……“私は”な」


声とは関係無しに、獣の巨体が膝をついて身体を地べたに下ろした。

大量の血を全身から吹き出して、獣は舌を出したまま獅子王を見据える。


「———!」


「この体が、耐えられなかったらしい。器の質を見誤ったことが敗因だろう。だが、私は所詮靄、お前を満足させるには至らなかった」


「では、本体はもっと手強いということか!それは面白い!」


「ふん、普通ならば畏怖して敬遠するところだろうが、そこはさすがネメアの獅子。常識外れだな」


「がははは!褒め言葉として受け取っておこう!……ん?」


靄が明滅しはじめる。

まるでエネルギーを使い果たした機器のようだった。


「ふむ、まだ楽しみたかったが、

レオンめ、相変わらず邪魔をするな。

仕方がないか」

 

そういうと、靄はジェヴォーダンの獣から離れていき二つに分離して流星の如く飛んでいった。


後には、動かなくなったジェヴォーダンの獣と、腰を下ろして空を見上げる獅子王の姿があった。


「レオン……神殺しの一族か。

ふむ、俺も一度手合わせをしてみたいものだな!」


むくりと立ちあがろうとしたネメア。

しかし、全身に力が入らない。

頭の中でどれほど命令しても、一切動かないのだ。


「むぅ、疲弊が一気に全身を覆い尽くすような不可思議な感覚だ。

身体が重苦しくて仕方ない……!」


今までものともしていなかった自分を守る鎧さえ、ただの重りにしか感じられなくなっていた。


「ネメア様ぁ!」


兵士達が騒音を聞きつけてやってきたらしい。小型の機銃を手に携えながら

一目散に駆け寄ってくる。


「おぉお前達!無事だったか!

何よりだ!」


「はっ!ありがたきお言葉にございます!」


兵士たちはよく訓練されている。

王の言葉が終われば、敬礼して

次の指示を待つ。


「うむ、ところですまんのだが

肩を貸してはもらえないか。

思うように動かせんのだ」


「はっ、よし、二人で王をお支えするのだ」


兵士たちはネメアの両腕をそれぞれの肩に

乗せて移動し始める。


「この獣はどうされます?」


起き上がったネメアは少し様子を見たあと

鼻をひくつかせる。

死の匂いはいつまで経ってもしてこなかった。ということは、まだ生きているということになる。


「こいつも運んでやれ」


「なっ!?」


「こいつはまだ生きている。

それに、相当の重傷だ。今すぐ手当てしなければ死んでしまう」


「しかし王よ、それでは———」


「なに、また牙を向けるようであれば

その時はまた倒してやるさ!

信じてくれい!」


がはは、と豪快に笑うネメアだが

その瞳には揺るぎない信念が宿っていた。


兵士たちは無意識にそれに気圧されて、運ぶことにする。


「救護班を呼んでこい!

20人近く頼む!」


「わかりました!」


ネメアとジェヴォーダンの獣は兵士たちに保護されて、安全な場所へと移動するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ