第103話「疑惑が確信へ変わる時」
スアーガへ出入りするためのたった一つの門。ゾンビ化させられてしまった亜人、獣人族は獲物を求めてゆっくりと入り口へ向かってくる。
「此処から先には行かせない。
他の国や外の動物達に迷惑はかけられないからね。僕が止める」
ルシウス・オリヴェイラは門よりも遥かに高い建物から迫り来るゾンビ達を見下ろしながら颯爽と降り立ち華麗に着地する。
(視たところ、先程の靄が散布した鱗粉の様なものが彼らを屍同然にしていると考えて間違いない。だとすれば、それを体内から取り除けばもしかしたら助けられるかもしれない)
ルシウスは赤い弓を顕現させて空に向かって業炎の矢を放った。
赤い光を放ちながら流星の様に飛んでいくそれは、軌道を変えてゾンビ達の足元に着弾した。
(鱗粉ごと燃やせば———!)
ルシウスが指を鳴らすと、轟轟と音を立てて炎の壁が出現した。
そして、咳き込むゾンビ達。
赤くて不気味な光を放っていた瞳が
明滅し始める。
(やっぱり効果はあったらしい……!
だが、僕のマナの量を考えれば、全員を助けるのは厳しいだろう)
奥歯を噛み締めて拳を強く握りしめる。
紅蓮の騎士軍団は他種族の住まう国まで滅ぼそうとしている。
彼らがなぜ、悲劇の連鎖繋げ続けているのか。問い詰めねばならない。
(亜人にも僕たちにも家族がいて、友人がいる。自分の欲のために他人を不幸に陥れるなんて、あってはならないんだ!)
ルシウスはゾンビの群れに駆ける。
肉を喰らい、骨を断とうと亜人たちが
牙を向けて襲いかかってくる。
「僕は諦めない!貴方たちを元に戻すためにも、絶対に!」
「ふぉー、ルシウスくんー!」
「この声は、ベルフェルクくん!
危ないから下がってるんだ!」
後ろから聞こえてくるのは同期の声
遠慮なんてなしに距離を縮めてくる足音。それも彼だけじゃなく、あと二人は迫ってくる。
「大丈夫大丈夫、ワクチンあるからさぁ〜君ひとりで背負わせるつもりはないでさぁ!」
「わ、ワクチン!?
どうして君がそんなものを持ってるんだい?」
ゾンビ達の噛みつき攻撃を回避し続けてベルフェルクに方向転換する。
彼はヒラヒラと何やら小さなカプセルを手に持っていて、それを見せつけていた。
しかし、ルシウスがそれを見たのはほんの一瞬、ベルフェルクに迫るゾンビに意識が向いたのだ。
「ベルフェルクくん!危な———」
ルシウスは思わず叫んだ。しかしベルフェルクは
「ほあちょぉ!」
後ろを振り返ることはなかった。
ただその一言と、後ろ回し蹴りが後ろにいたゾンビに直撃した。それだけだった。
「———え?」
「いやぁほらぁ、僕ぁ動物愛護団体会長でありながら、世界を股にかける商人でもあるんでさぁ、だからねぇ、自分の身くらいは守れる様にって、昔からちょっとだけ鍛え始めたんでさぁ!がははははは!」
なんて話してるうちに、群がっていたゾンビを笑顔で、声を上げながら蹴散らしていくベルフェルク。その間、視点はこちらにずっと向いていた。
「それ、本当に“ちょっとだけ”のレベルかい?」
「僕にとってはねぇ」
それにしては随分、仕込まれたものの様な気がした。しかし、今はひとりでも人手が欲しい頃合いだ。ベルフェルクが戦えることは予想していなかったが、加勢してもらえるならありがたい。
「さぁて、ルシウスくぅん。
僕ぁ今しがた此処一体を見てきたけども、みんななりかけでしたぁ、早いうちにこのワクチン剤を散布しないと被害者は増える一方でさぁ!というわけでほーい!」
「おおっとと!?」
ワクチンの入ったカプセル剤を見事にキャッチするルシウス。
「それをレネア王に頼んで散布してもらってぇ〜、僕が頼んでも誰お前で終わるから〜」
「し、しかし君はどうするんだ!?」
「んー?僕ぅ?もうこの国に用はないから今から出国しようかなって」
「えぇ!?」
ルシウスとベルフェルクは互いに迫り来るゾンビを峰打ち程度に打ち倒して会話を続ける。
「大丈夫大丈夫、イングラムくんが国にいますしおすし、クレイラさんだっていますぅ、きっと今もどこかで僕の後ろにいるリルルちゃんたちを探しているはずでさぁ!」
「弓兵様〜!」
「ど、どうも……初めまして」
リルルはこんな状況なのに元気そうに手を振っているし、エレノアは軽く会釈する。
「リルルちゃん!それに、生存者の人も!」
「と、言うわけでぇ〜」
周囲のゾンビの気配を探知したらしい
ベルフェルクはエレノアとリルルを同時に抱き上げてルシウスに投げ渡した。
「うあぁぁ何やってるんだベルフェルクくん!?」
しかしきちんと二人をキャッチする。
騎士警察は伊達ではない。
2人を優雅に下ろしたあと、ルシウスはベルフェルクの方向を見た。
「待つんだベルフェルクくん!
今の状況下でここを出るのは得策じゃない!
僕たちと一緒に———!」
「いや〜、しがない商人よりも
騎士警察の方がいてくれた方が二人も安心でしょ?」
ベルフェルクはルシウスの言葉を遮りながら電子媒体を起動しつつ、迫り来るゾンビ達を蹴散らしていく。
「ええと、人型輸送ドローンは……あった」
ポチッとボタンが押される様な音がしてそれからすぐにベルフェルクの上空からヘリコプター並みの大きさのドローンが出現した。
人を掴むことに適した巨大なアームと、ヘリコプターにも似たプロペラが上部から突起物を起点にして回転している。
ドローンは掴むための縄をベルフェルクに向けて照射すると、彼はそれをベルトに装着して、腕を伸ばして縄を掴んだ。
「んじゃ!ばいばーい!
またどっかでお会いしましょう〜!
あ、そうだそうだ。
ルシウスくんにお土産〜」
空中で展開したままの電子媒体を操作してルシウス宛に何かを贈ったらしい。
「んじゃ!有効に使って下さいね〜!
僕は僕を必要としてくれている商売を求めて東へ西へ〜、ぼばいちゃー!!」
プロペラ型ドローンは風圧を放出しながら遥か空へと飛んでいった。
キラン、と星が光った時の様な音も聞こえた気がする。
「ねえねえ弓兵さま!
何が届いたの?」
「それは後で確認しよう。今はこのワクチンを王に届けないとね!
さあ、付いてきて!ええと、お姉さんも!」
「はい!ルシウスさん!
同行します!」
なぜか敬礼するエレノア。
騎士だと聞いたからなのだろうか
軍隊でもないのに敬礼する必要はないのだがそれはあとで訂正しよう。
「むぅ、一向に敵が迫ってくる気配がないな」
「兄上っ!大変です!
亜人達が凶暴なゾンビとなって国の中を徘徊し始めました!」
「なにぃっ!?
敵の狙いはそれだったか!
しかし、いつの間にそんなブツを撃ち込んだのだ!?」
「それはあとでいいでしょう!
敵は我々を内側から瓦解させんとしています!命令を下してください!」
ネメア王は腕を組みながら国の外から迫り来る紅蓮の騎士軍と、自分の背後で起きている惨劇を交互に見た。
「よし、半数は俺と共に内部のの沈静化を図る!残る一方は外の敵軍を侵入させないように押さえ込め!弟よ!指揮は任せた!」
「はいっ!全軍配置につけ!
なんとしても敵の侵入を防ぐのだ!」
味方は一斉に手を掲げて叫んだ。
王の指示はいつだって外れたことはない。
的確な指示、冷静な判断、柔軟な思考。
このどれもが欠けてしまえば、国は持たないだろう。“星の名の元に降り立った”彼だからこそ、できる英断なのである。
「とうっ!」
ネメアは容易に国の内部へ降り立った。
腕を組んで、改めて状況を見る。
苦しみ悶えて道端に這う様に倒れている亜人達、赤ん坊を喰らう母親。
息子に惨殺される父親、ありとあらゆる家庭が、崩壊していた。
「ふむ、こりゃあ酷い!
紅蓮の騎士は國崩しの連中だと聞いていたが、よもやここまでやるとは!
正に外道!正に邪道!許すまじ!」
獅子王は吠えた。
自らが立てた国の地面を踏みつけた。
怒りに震える、身体に力が入る。
この人の所業とも思えぬ異常さに、思わず吐き気が込み上げてくる。
「皆の者!獲物を取れぃっ!
怪物となった者たちは、決して外に出してはならぬ!例えそれが、身内だろうと、友人だろうと、牙を向けてくるのならば
躊躇うことなく殺すのだ!」
「王よ……!それでは———!」
「なに、諦めてはいまいさ。
あいつらの頭を捕まえて、この惨事の止め方を聞く。吐かないなら吐くまで聞き続けるまでだ。何度でも!」
地面が再び、獅子の号令にに震える。
そして———
「いくぞ!お前たち!」
王は堂々と両腕を組みつつ、ゆっくりと進んでいく。
“獅子王の弟よ”
獅子王が去ってすぐに弟、レネアの脳内で不気味で妖しい声が木霊する。
頭を震わせるようか不快感ゆえに、思わず頭を押さえる。
「誰だ!俺の頭の中に語りかけてくるやつは!」
“私は、仮面の魔術師とでも言っておこうか。これからお前の元へひとりの騎士警察がやってくる。亜人の生き残りと、人間の娘を連れた男がな。”
「それが、なんだというんだ!」
“その男の名はルシウス、やつがこの状況を作り出した張本人だ。騎士警察というおのれの職を活用し、この国へ潜入した。紅蓮の騎士が迫るという真実を流し、やつは裏でこの悲劇が起こる様に画策していたのだ。奴の言葉を信じてはいけない。これは警告だ。”
レネアの頭の中で、とある映像が、頭の中で映画のワンシーンのように流れていく。
獅子王に面会し、情報を提供し不敵な笑顔を浮かべるルシウス、そして、夜な夜な国を駆け巡り、騎士警察の名を利用して民たちと交流も図っていた。
その者たちが、苦しみ悶え、ゾンビになり周辺の者たちを喰らう。
「こ、これは———!」
“ルシウスだけじゃない、イングラムもレベッカも、リルルという小娘もその男の仲間だ。裏工作に協力した犯罪者だ!その者たちを見かけたら、部下に殺す様に指示をするんだ、奴らを殺せ。惨劇を、止めたいのなら、お前が降り立った国を守りたいのなら。俺の声に耳を貸せ。”
レネアの頭に、不気味な笑顔を浮かべるイングラム、レベッカ、リルルの顔が映し出される。彼らも怪しい行動をしている。
民と交流を図り、関わった者たちが苦しみ出して、ゾンビになっていく。
レネアの頭痛と共に、民たちの悲痛の雄叫びが頭の中で轟いた。
「やはり———人間は———!」
“そうだ、人間は危険な存在だ。
自然を滅ぼさんとする悪そのものだ。
獅子王の弟レネアよ、お前が英雄となるのだ。兄に認められし英雄に!”
兄の獅子王は人を信じている。
しかし、彼自身は半信半疑だった。
史書を通して、人の侵してきた罪と罰を知ってしまった時から、彼は人に対して嫌悪感を抱いてしまったのだ。
それが今、魔術師の言葉で憎悪へと変貌する。
「レネア様、どうされました?」
兵士が声をかけると、レネアは狂った様に笑い、そして告げる。
「皆の者、兄獅子王に代わり指令を下す。ルシウス、イングラム、リルル、レベッカを見つけて抹殺するのだ!奴らが、この国を滅ぼす元凶だ、奴らを殺し、この悪夢をを止めるのだ!」
“そうだ、それでいい。それでお前は英雄だ”
(私が、英雄———!)
顔を上げたレネアの瞳には不気味な光が宿っていた。そして、そんなことをつゆ知らず、ルシウスたちはレネアのいる場所へと向かっているのだった。