第100話「ヒューマン・ダンシング」
「ふふふ、素敵な踊りにしましょう?
ソルヴィアの元騎士様?」
「ええ、忘れられないダンスにしましょう。お互いにね」
ルーデリアは穏やかな笑みを、イングラムは不敵な笑みを浮かべながら
両者は手を取り合った。
同時に、レベッカとリーゼも手を取り合うと、会場内に「仔犬のワルツ」が大音量で流れ始めた。
「〜♫」
「———」
ルーデリアは軽やかなダンスを披露しつつ、イングラムの手は決して離さない。
彼女はその赤い瞳で紳士となった元騎士を笑顔で見据える。
「あら、表情が固いわよ?
リラックスリラックス」
「貴女方二人は何者なのです?
少なくとも、俺は貴女を知らない」
「ふふ———」
ルーデリアは笑みを浮かべながら優雅にターンをし、イングラムもそれに応えるように身体を動かした。
「情報通のルーデリア妃。そう言ってもわからないかしら?」
「わかりませんね。俺は他の奴らに邪魔されて情報というものが手に入らなかったもので」
「あら、そう。やっぱりそっけなく返すのね。もう、あなたって本当に面白いわ。昔から変わらない」
ルーデリアは含み笑いを浮かべて
クスクスと笑った。
“昔から”共に踊っている女性はそう言った。
「昔から?」
「ふふ、まだ気付かない?でもまだダメ、あなたの驚く顔はもっともっと愉しみたいもの。ね?イングラム」
「——————」
そして、レベッカの方はというと———
顔面イケメンという凶器に打ちのめされ、本来の目的を忘れていた。
(あ、やばい。カッコいい。
身長175センチ、体重約60キロ系と少し細めのイケメン。ラベンダーのいい香りが強すぎず弱すぎずほんのちょっと鼻にかかるくらいの感じで中性的だけど整った顔立ちの方。
服装のおかげなのか、それともこの人が成せる技なのかわからないけど、私が一度も転ばずに踊れているんだから、相当な訓練を積んだに違いない。やっばいカッコイイよぉ!
あ、でもルークには負けるのよ?うん、私を助けてくれた最高の剣士様であるわけだし———)
「あの〜」
外界の音や感触をシャットダウンしていたレベッカの聴覚に、穏やかかつ艶やかな声が囁かれた。
「ひゃい!?」
思わずびくついて顔を赤くしてしまった。
恥ずかしいという気持ちを必死に抑え込むけれど、レベッカは表情に出てしまうタイプだ。今日この時ほど、この体質を殴りたいと思ったことはない。
(こっちを、みないで〜!)
でもイケメンは見ておきたいので顔を伏せたとしても片目だけはぱっちり開いている。
その視界にはきっちりとイケメン執事のリーゼが10L以上の高画質(4Kの10倍の画質)で
映し出される。
「ふふ」
リーゼは優しく微笑んで片目ウィンクをかましてきた。
(はわわわわ……!)
キラキラオーラが全開のこの空間に、イングラムとルーデリアも思わず踊るのを止めて、凄まじい表情で凝視するほかなくなった。
「何やってるんですかね。あの二人」
「楽しんでるわねぇ」
「レディ、今宵は素晴らしい日だ。
ぜひ貴女と仲良くなりたいのです。
いくつか質問をしてもよろしいですか?」
「もちっ!!!げほっ!もちろんです!」
「あぁ、咳が出ては会話に支障が出てしまう。失礼」
リーゼは人差し指をレベッカの喉元に当てて治癒した。
「え、あれ?喉が普通に戻った」
「ふふ、お話がしたかったので、特別です。このことは、内緒ですよ?」
人差し指をレベッカの口元に近づけて
またウィンクをかます。
レベッカは顔を赤くして無言で首を何度でも縦に振っていた。
「ではレディ、まずはあなたから──
色々私に聞きたいことがあるのでしたら、どうぞ?」
「彼女さんはいらっしゃいますか?」
この間、0.5秒である
即答すぎる。
「いえ、恋人はいませんが、大切な方はおりますよ。私の命の恩人が」
「その人は女性ですか、男性ですか」
怒涛の質問攻めである。
「だ、男性ですよ……?」
(ほっ……)
内心安堵するレベッカだが顔に出ているのを忘れている。
「あ、あの、なぜ安心されているのかわからないのですが」
「ふぁっ!?顔に出てましたか!?
あーもう!!」
てしてし、と自分の顔をポコポコ優しく殴る。リーゼはレベッカのてんやわんやぶりに
少し困惑しているようだった。
「あの、ええと、今度は私からご質問しても?」
優雅にターンをしながら、それでいてレベッカを引き立たせつつ踊り続ける。
「あなたに、大切な方はいらっしゃいますか?」
「———!」
少し覗き込むように、リーゼは口元を引き締めた。
「います。今は、どこにいるかわからないけれど、私は必ず見つけ出して、改めて「ありがとう」って伝えたいんです!そして、強くなった私と剣を交えて欲しい!
それが、私を助けてくれたルークに対して出来る私なりの恩返しですから!」
「———素敵な出逢いです。
私とよく似ている」
「あなたも?」
リーゼはこくりと首を縦に振る。
「はい。私には拾われる前の記憶がありません。
強い衝撃によるものかもしれない。と
その方は仰せられました。何者なのかもわからない私も、その方は助けてくださった。私は、戦うことも、誰かに見栄を張れるほど得意なこともありません。ですが、その方からは人を癒す術を教えてもらいました」
「もしかして、さっきの治療もその人が?」
「はい。あらゆる技術をこの身体に刻み込んでくれました。おかげで、私は多くの人たちの怪我や心のケアを施すことが出来た。
感謝してもしきれません」
「素敵な、人なんですね。
もしよければ、その人のお名前を聞いても?」
「ええ、それが私の伝えるべきことでしたから。貴女にも、そしてイングラム様にもね」
そして、リーゼはレベッカの耳元で優しく囁いた。彼が告げたその名は———
「ふふっ、向こうはいい雰囲気になってるみたいよ?イングラム・ハーウェイ」
ルーデリアとイングラムは踊りを再開していた。しかし、彼からはまだ疑惑の念が醸し出されている。
騎士の表情は未だ固かった。
「あら?そんなに恐ろしい顔をしないでもらえる?もう顔見知りでもなんでもないのだし」
「踊るだけの仲、というだけですよ。
ルーデリア様。それに、レベッカにあの男が手を出してしまわないか、俺はそれだけが不安で仕方ない」
「大丈夫、あの子はそんな気は更々ないのよ?はじめてのお友達だからきっと嬉しいのね。ふふ、あんなに楽しそうな顔は初めて見たわ」
(悪い奴ではない、のか?)
怪しい雰囲気は満載ではあるが、自分を慕うリーゼに対してはまるで弟のように扱っているように見える。歳の離れた姉と妹のような———
「あの子は出自がわからないから
私が拾って紳士的に育て上げてきたの。
それはもうどこに出しても恥ずかしくないくらいにはね」
その言葉には、嘘の気配がなかった。
しかし、どう考えても、ルーデリア王妃。などという人物は思い浮かばないし、聞いたこともないのだ。
「あなたはルーデリア王国の王妃なのですか?
いや、そんな国は聞いたことがない。
あるはずがないんだ」
「えぇ、その通り。
私の名前も、身分も、ぜーんぶ嘘」
嘘という割に、その道を極めたに等しい美しく軽やかなダンスを、不慣れなイングラムに対して披露しつつ、共に踊る。
「それにしては、ずいぶん上手いじゃないですか。ダンス」
「あぁ、これ?練習したからなの。
昔、ちょっとね?」
何年前から踊っていたのか全く想像がつかないが、さぞかし愉しげに踊ったのだろう。
今の身分も名前も嘘であるのなら、きっとリーゼという男と一緒に、苦楽を共にしてきたに違いない。
「ふふ、まぁだ気付かないんだ?」
「え……?」
ルーデリアは怪しく嗤い、クスクスと声を殺して踊り続ける。
彼女は赤い目を怪しく光らせて、軽やかにターンをすると、再び口を開く
「私の本当の名前は———」
突如、シャンデリアの照明が切れて
代わりに赤いランプが突起し、緊急警報のブザーが鳴り始めた。
{緊急連絡!緊急連絡!
紅蓮の騎士軍が我が国を包囲した!
戦闘員は直ちに配置に付き、それ以外の者は避難せよ!繰り返す!紅蓮の騎士軍が——〉
「奴らがここにも来たのか……!」
「はぁ、全く、この国は人の愉しみを奪うのが趣味なのかしら、本当、いいタイミングで邪魔が入るのよねぇ」
パッ、とイングラムの手を離して、手袋をギュッと付け直すと、天井の赤ランプを睨みつけ、ドレスをはけて右足を上げホルスターからナイフを投擲した。
赤いランプが粉々に砕かれて、人のいない場所でバラバラに落ちていく。
人がバラけた瞬間を狙ったようだ。
「ふふ、うるさくなくなった。
耳障りな音も、人の悲鳴もぜ〜んぶね」
ぐらり、と会場内のシャンデリアが揺れて落下する。それと同時に一人の戦士が降り立った。
「……ふむ、華やかな会場を蹂躙するのは些か気が引けるが、このシュラウド・レーヴェンハイト。主命であらば容赦はせぬ!
貴公ら貴族の首、貰い受けん!!」
「あれが名高いシュラウド……ルーデリアさん、どうかここから離れて
裏口から脱出して下さい。ここは俺が———」
トン、とルーデリアは肩に手を置くと
今までにないほど愉快な笑顔を浮かべた。
「ふぅ、そろそろこれを解いても宜しいですか?“アデル様”」
リーゼはそう叫んだ。
イングラムは思わず視線をリーゼに向ける。
「えぇ、構わないわよ。
せっかくの愉しみがこんな形で終わるハメになるだなんて思わなかったけれど」
ルーデリアはリーゼの言葉に返答し
ドレスの肩部分に手をかけて、それを
外して、天井へ放り投げた。
「ふん、まあ今からダンスよりも動くハメになるんだ。久方振りに血が騒ぐな」
「アデル!?
それじゃあ、もしかして———」
リーゼはレベッカの手を引き、にっこりと微笑むと。紳士服に手をかけてそれを天井へと投げ捨てた。
見覚えのある女性が、髪をなびかせて
「はい、お考えの通りです。
お久しぶりですイングラム様。
お変わりのないようで何よりです」
変わらない微笑みを向ける。
レベッカは何が起こったのか困惑しているが久方振りに再会した友人は、そんなことお構いなしにいつもの獲物を両手に構えて、迎撃体制をとる。
「さて、イングラム、話は後だ。
今は、目の前の敵を打ちのめすぞ!」
頷いたイングラムは、槍を顕現させて
シュラウドと刃を交えるのであった。