第92話 お泊まり③ —同衾—
「約束するよ。今年の十月三十一日、シャルが十六歳になるまでは、絶対に手を出さないって」
「っ……!」
シャルが息を呑んだ。
以前から考えていた事だ。
なんとなくの区切りで決めたわけじゃない。
十五歳、特に高校生になったら、そういう事をするのは珍しい事じゃない。
子供を孕むカップルだってちらほらいる。
高校には妊娠した生徒のための休学制度があるくらいだ。
けど、結婚が可能になるのは十六歳。
せめてそこまでは待つべきだと思う。
もちろん、ちゃんと自立して生活基盤を築いて、子育てに万全の状態が整うまで避妊はする。
けど、避妊をしても妊娠する可能性はゼロじゃないし、間違いや事故が起きないとも限らない。
……それなら僕の誕生日まで待つべきじゃないか、とはツッコまないでね。
そこまでは我慢できる自信がないんだ。
シャルも、言葉の意味はわかったのだろう。
もじもじと指を絡め、視線は宙を彷徨っている。
十六歳になるまでは手を出さない。
言い換えれば、彼女が十六歳になったら手を出すつもりだという事だ。
僕から視線を逸らしていた彼女は、それでも最終的には目線を合わせ、こくりと頷いてくれた。
「わ、わかりました」
「ありがとう、シャル」
今日何度目になるかもわからない抱擁を交わす。
「お礼を言うのはこちらです。ありがとうございます、大切にしてくれて」
「当然だよ。だって、シャルが大好きなんだから」
「……もうっ、すぐそういう事を言ってしまうのですから」
シャルが胸に頭突きをしてくる。
「仕方ないじゃん。好きなんだから」
「っ……ばか」
視線を逸らしてそう呟くシャルは大変可愛らしい。
文句を言いつつも体は預けてくれているし、よく見れば口元も綻んでいる。
嫌がってはいないみたいでよかった。
「順番が前後しちゃった気もするけど、お泊まりのルールも決めよっか」
「ルールというと……頻度とかでしょうか」
「そうだね。あんまり厳密に数を決める必要はないと思うけど、お義母さんも言っていたように、さすがに毎日ってのはやめようか」
「私もその方が良いと思います。ただ、その……お泊まりでなくとも、たまにでもいいので寄っていただけると嬉しいです」
「それはもちろん。なんなら学校帰りは毎日入り浸るかもよ?」
「望むところです」
「無駄に男前だなぁ」
グッと拳を握り込んだシャルが可愛いので、取りあえず頭を撫でておく。
「あとは、寝る時のルールだね」
「ね、寝る時?」
「確か、シャルのベッド以外にも一枚だけ敷布団あるんだよね? 僕がそっちで寝るのは確定として、どこで寝るかって問題がある」
「待ってください。なぜノア君が敷布団確定なのですか? ノア君のお家でもここでもベッドを使わせていただくのは、結構罪悪感があるのですけど」
シャルが唇を尖らせた。
「それは男女の違いだよ。女の子の方がより体に気をつけるべきだし、シャルは体が凝りやすいんだから」
「そ、それはそうですけど……」
理屈としては納得していても、感情の整理がつかないらしい。
ウンウン頭を悩ませたシャルは、何か閃いたのか、「あっ」と手を叩いた。
途端にその頬が真っ赤に染まる。
「どうしたの?」
「う……そ、その……私のベッドで二人で寝るというのは、どうでしょうか?」
「っ……⁉︎」
まさか、シャルから同衾を提案してくるとは。
「シャル……もしかして僕の理性を試そうとしてる?」
「えっ? い、いえ、そんな事はありませんっ! ただ、どちらもベッドで寝られますし、そ、その、寝る時にて、手とか繋いでくれたら嬉しいな、と思って……」
シャルの言葉は尻すぼみに小さくなっていった。
僕は呆気に取られてしまい、すぐに答えられなかった。
「や、やっぱりダメですよね! す、すみませんっ、ノア君は大切にしようとしてくれているのに、ワガママを言ってしまって——」
「いいよ」
「……えっ?」
まさか了承されると思わなかったのか、シャルが瞳を丸くして固まった。
「いいよ。一緒のベッドで寝ようか」
リスクは高まるし、僕も理性的な意味で辛くなるのは確定だ。
でも、寝る時に手を繋ぎたいなんて彼女の可愛らしいお願いを無碍にできるものか。
同衾? 結構じゃないか。
シャルが大切なら、それくらいは堪えるべきだ。
「ほ、本当ですか⁉︎」
シャルが瞳を輝かせた。
エリアも言っていたけど、意外と寂しがり屋なんだよね、この子。
「うん。でも、あんまり煽らないでね」
「も、もちろんっ……で、ですが、少し甘えるくらいなら構いませんよね?」
「うん、いいよ」
時計を見る。いつの間にか、二十三時を回ろうとしていた。
「どうする? もう寝ようか?」
「そ、そうですね」
自分から提案したのに、シャルは頬を染めて縮こまっている。
加虐心がくすぐられた。
「じゃあ、ベッドに行こうか」
「えっ、ちょ……⁉︎」
背中と膝裏に手を回し、シャルを横抱きにした。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「の、ノア君⁉︎」
「何?」
あえてすっとぼけてみせれば、シャルは真っ赤な顔で視線を背けた。
降ろして、と言うのはプライドに障ったのだろう。
大人しくなったのをいい事に、そのままベッドまで抱えていった。
先にシャルを寝かせ、自分の枕を持って隣に寝転がる。
シャルがピクッと体を小さく震わせた。
緊張してるなぁ。
もちろん僕もドキドキしてるんだけど、ここは男がリードすべきだよね。
毛流れに沿って、頭を優しく撫でる。
しばらくそうしていると、シャルは僕の手に指を絡ませて、鈴を転がすように笑った。
だいぶ緊張がほぐれてきたみたいだ。
「シャル」
繋いでいる手をクイっと引き寄せれば、シャルはモゾモゾと体を近づけてきた。
そのまま、ノアの胸に顔を寄せる。
「ドキドキしてます……」
「当たり前じゃん。余裕そうに見えた?」
「はい」
「余裕なんてないよ。ただ、そう振る舞っているだけで」
「そうなのですか?」
シャルが目を瞬かせた。
「そりゃそうだよ。女の子と一緒のベッドで寝た事なんてないんだから」
昨日も同衾はしてるけど、寝ぼけていて記憶がないためノーカンにした。
「なんなら、キスしている時とかも普通に鼓動早いよ」
「そうなのですね。なら今度、触ってみます」
「あれ、今じゃなくていいの?」
「えっ?」
シャルの頬に手を当て、親指で唇を撫でれば、彼女はたちまち頬を茹で上がらせた。
「どうする?」
「……い、今がいい、です」
頬を赤らめたまま、シャルは顎をあげて目を閉じた。
その手は僕の胸に添えられていた。
わざと音を立てたり唇を舐めたりはせず、ただ触れるだけのキスを何回か行う。
ん、とシャルが喉を鳴らした。
「どう? 嘘じゃなかったでしょ?」
「はい……ノア君の鼓動、思っていたよりもずっと早いです」
「シャルよりも表情に出ないだけで、僕だって緊張するし恥じらいもあるんだよ。そうじゃなきゃ——いや、なんでもない」
僕は慌てて口を閉じたが、シャルは何が言いたいのかわかったらしい。
イタズラっ子のような笑みを浮かべ、上目遣いで、
「……エッチ」
「っ〜!」
……それは破壊力が高すぎるって。
頬が熱を持つ。
「ふふ、可愛い」
シャルが頭を撫でてくる。
嫌ではないけど、こそばゆい。
「……元はと言えば、シャルが可愛いのが悪いんだからね」
「それはすみません」
シャルがおかしそうに笑った。
そして、再び胸に顔を埋めてくる。
片腕を背に回し、もう片方の手で頭を撫でた。
「……ありがとうございます。安心させてくれて」
「約束したからね。僕、意外と約束は守るタイプなんだよ?」
「知ってます」
腕の中から、シャルが見上げてくる。
目を見合わせ、クスクス笑い合った。
「ぼちぼち寝よっか」
「そうですね」
シャルが自分の枕に戻ってから、両手を差し出してくる。
「ノア君」
「ん」
両の指をどちらも恋人繋ぎする。
「これでいい?」
「はい、バッチリです」
シャルが安心したように笑った。
「良かった。おやすみ、シャル」
「はい。おやすみなさい、ノア君」
指から伝わる温もりに幸せを噛みしめながら、僕は目を閉じた。
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