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第9話 校舎裏に呼び出される

「クソがっ、クソがぁ!」


 レヴィは込み上げる苛立ちに任せて壁を殴りつけた。

 魔力で身体能力を強化しているため、痛みはない。

 むしろ、ダメージを被るのは校舎の方だ。


「ダメよ、校舎を壊しちゃ。魔法を使ってたことがバレるし」


 イザベラが(なだ)めてくる。

 魔法師養成学校は基本的には自主自律を(うた)っているが、教師の許可のないところでの魔法の使用に関しては厳罰が下る。

 校舎を壊しでもしたら、言い訳のしようがない。


 レヴィは渋々拳を収めた。

 しかし、怒りは到底収まりそうにない。


「何でノアがシャーロットと一緒にいやがるんだ……!」


 先程、ノア、シャーロット、エリアの三人が談笑しながら歩いているのを目撃してしまった。


 シャーロットは、レヴィが是非とも手に入れたいと思っている存在だった。


容姿端麗(ようしたんれい)頭脳明晰(ずのうめいせき)、魔法の才能もピカイチで、家柄も良い……シャーロットは俺にこそ相応しいんだ! Eランクの雑魚ごときが隣を歩いていい存在じゃねえんだよ!」


 レヴィにとって、ノアはゴミ以下の存在だった。

 魔法もロクに使えない、何を言っても反論することすらできない無能。

 そんなやつがシャーロットと談笑している? 冗談じゃない。


「まぁ、落ち着いて。ノアのやつ、生徒会に入ったみたいよ。アローラに捨てられたから、今度はシャーロットに寄生しようとしているんじゃない? あいつ、シャーロットと趣味同じだし」

「雑魚のくせにちょっと共通の趣味があるってだけで調子乗りやがって! 身の程知らずが!」

「それは同感だけど、雑魚だからこそ隣に居られるのかもよ?」

「……どういうことだ?」


 レヴィは、イザベラの言葉の意味するところがわからずに眉をひそめた。


「普段の様子からもわかるように、シャーロットは相当警戒心が強い。でも、相手がノアなら何をされても反撃できる。警戒する必要もないほどの雑魚で、趣味も合う。暇つぶしの相手にとって、これほど相応しいのはいないんじゃないかしら。逆にレヴィ相手だと、万が一襲われたりした時に後手を踏む可能性がある。実力を認められているからこそ、警戒されているのよ」

「なるほど、そういうことか。実力のなさがプラスに働くこともあるんだな」

「神様もさすがに不憫(ふびん)に思ったのよ」

「違いねえ」


 レヴィはせせら笑った。


 ——ノアを見下して気持ち良くなっているレヴィをみて、イザベラは思った。

 あぁ、やっぱりこいつはバカだ、と。


 シャーロットが単なる暇つぶしでノアと関わっているわけではないのは、イザベラから見れば明らかだった。

 昼休みにノアが生徒会室に入り浸るようになったのだって、元はと言えばシャーロットが誘ったからだ。


 考えることが似ているからこそ行動を共にしているが、何でも自分に都合の良いようにしか解釈できないレヴィのことを、イザベラは見下していた。


 第一、身の程知らずという観点で言えば、レヴィだってそうだ。

 自分こそがシャーロットに相応しいと思っているようだが、彼とシャーロットではスペックに違いがありすぎる。

 魔法の才能だけならともかく、性格などを考慮すれば、よほど同じBランクのアッシャーの方がシャーロットに相応しいだろう。


 ではなぜ、イザベラはレヴィの機嫌を取ったのか。

 それは、レヴィを利用してノアとシャーロット、どちらにも嫌がらせをしようと思ったからだ。


 無能なノアのことはもちろん、自分よりもスペックの高いシャーロットのこともイザベラは嫌っていた。

 周囲と壁を作って孤高の存在であるかのように振る舞っているのが気に入らない。


 ノアとシャーロットがお互いに意識しているのは見て取れる。

 ならば、嫉妬に狂うレヴィを使ってその仲を裂いてやれば良い。


「ああでも、やっぱりムカつくな!」

「それは私も同じよ。だから、寄生虫を宿主から引き剥がしましょう」

「どうするんだ?」

「簡単よ。レヴィがノアのことを痛めつけて、金輪際シャーロットに関わらないように脅すの。その間、シャーロットのことは私が足止めしておくわ」

「……さすがにバレたら先公たちも黙っちゃいねえんじゃねえか?」


 イザベラは舌打ちしたくなる衝動を堪えた。

 この意気地なしが。


「……ノアには自転車で転んだとでも言わせておけばいいわ。あんな肝っ玉の小さい男、レヴィに本気で脅されれば従うに決まっているから」

「まあ、それは間違いないな」


 おだててやれば、レヴィはすぐに食いついてきた。


「でも、いつやるんだ? あいつ朝はギリギリに登校してくるし、さすがに学校の敷地外は誰の目があるかわからねえからまずいだろ」

「一週間後、最適な日があるじゃない」

「一週間後……? あぁ、先公たちが研修かなんかでごっそりいなくなる日か!」


 レヴィが膝を叩いた。

 イザベラは前のめりになった。


「そうよ。その日の放課後なら部活はないし、先生もほとんどいなくなる。こんな絶好の機会はないわ。これ以上ノアを調子に乗らせないためにも、立場をわからせるのよ」

「そうだな。ふっ、楽しみだな」


 悪どい笑みを浮かべるレヴィを見て、イザベラは満足げにうなずいた。


「本当に、低脳は扱いやすくていいわ」


 レヴィに聞こえないようにそう呟き、イザベラは失敗しても自分に火の粉が降りかからないように計画を練り始めた。

 計画の成功よりも、自分が不利にならないこと。

 そちらの方が、彼女にとってはよほど重要なことだった。




◇ ◇ ◇




 生徒会に入ってから一週間と少し。

 例外なく時間ギリギリに登校した僕は、机の中に何かが入っていることに気づいた。

 手紙だった。


『シャーロットについて話したいことがある。お前一人で来い』


「呼び出し状……か」


 今日は先生たちが研修でごっそりいなくなる。

 レヴィあたりのもので間違いないだろう。


 視線を向けてみる。

 レヴィは慌てて目を逸らした。確定だな。


「かいちょ——」


 隣の席に座る少女に話しかけようとして、僕は言葉を止めた。


 会長にはこれまで散々お世話になっている。

 これ以上迷惑はかけられないよね。


「ノアさん、何か言いましたか?」

「あっ、うん。今日って放課後集まるんだよね?」

「はい。期限が迫っているものもありますから」

「少し遅れるかもしれないけど大丈夫?」

「はい……でも、珍しいのですね。何かあるのですか?」

「ちょっとした野暮用だよ」

「そうですか……」


 会長は完全に納得した様子ではなかったが、それ以上は尋ねてこなかった。




 放課後、一人で校舎裏に向かう。

 案の定、待っていたのはレヴィだ。


「校舎裏まで呼び出して、何の用?」

「はっ、簡単だ。ノア、てめえは今後二度とシャーロットに近づくんじゃねえ」


 やっぱりな。

 このタイミングでの接触なら、それしかない。


 むしろ、ここまでよく我慢していられたものだ。

 イザベラあたりがうまくコントロールしたのだろうか。


 僕の答えは最初から決まっていた。


「嫌だ」

「……あっ? てめえ今、何つった」


 一瞬の空白があった。

 まさか拒否されるとは思っていなかったのだろう。


「嫌だって言ったんだ」

「ってめえ!」


 レヴィの拳が振り上げられる。

 防御しようとした腕ごと殴り飛ばされた。


「いっ……!」


 この力、まず間違いなく魔法で身体能力を強化しているな。


「断るたぁ、良い度胸じゃねえか。あぁっ?」


 胸ぐらを掴まれる。

 正直、かなり怖い。


 それでも、あっさり引き下がる気はなかった。

 会長やエリアと過ごす時間は楽しい。

 誰にも取られたくない。


「僕と会長が何をしていようと、君には関係ない。彼女自身が関わりたくないと言わない限りは、僕から離れるつもりはないよ」

「てんめえ……!」


 レヴィの顔が真っ赤に染まった。


「調子乗んじゃねえ!」


 頬を殴られる。

 脳が揺れた。


「てめえみてえな雑魚がシャーロットと話してんじゃねえよ! 思い上がんな、落ちこぼれが! 何で俺が相手にされなくて、てめえみてえなゴミが笑顔向けられてるんだよ!」


 自分が避けられているのを僕のせいにするな——。


「あいつは俺だけのもんだろうが! てめえごときがシャーロットと関わる権利なんかねえんだよ!」


 僕は後方に吹っ飛んだ。

 血の味がする。全身が痛い。

 まずいな、今日はもう生徒会には行けそうにない。


 レヴィは深呼吸をした。

 血だらけの僕を見て、冷静さを取り戻したのだろう。


「……最後にもう一回言うぞ。二度とシャーロットと関わるな」

「嫌だ」


 もう従ってしまってもいいのかもしれない——。

 そんなことを考えていたのに、口からスルリとこぼれ出た言葉は明確な拒絶だった。


「あぁ、そうか……」


 レヴィが静かに呟いた。


 ——まずい。

 僕の全身の毛が逆だった。

 何だか嫌な予感がする。


 レヴィが手のひらを向けてくる。

 魔力の球が出現した。どんどん大きくなっていく。

 レヴィが魔力を込め続けているのだ。


「ま、待って……!」


 僕は後ずさった。

 すでに大きさはサッカーボールを上回っている。

 あんなものをぶつけられたら洒落にならない。

 最悪、死んでしまう。


「だ、誰か!」


 僕は叫んだ。


「遮音の結界を張っておいた。誰も気づかねえよ」

「なっ……⁉︎」


 レヴィの瞳を見て、僕は金縛りにあったように動けなくなってしまった。

 彼の目には、光が宿っていなかった。

 やばい、狂ってる。今のレヴィは明らかに正常じゃない。


「てめえが悪いんだよ、ノア。身の丈をわきまえなかった自分を恨むんだな」

「まっ——」


 口元を歪め、レヴィが魔力の球を放った。

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