第89話 ナンパを撃退する
シャーロットは、カミラとマーベリックより一足先に会計を終えた。
「ふふっ」
ノアに選んでもらった服が入っていると思うと、ただの入れ物であるはずの袋すらも大切なものに思えてくる。
店から出たすぐのところは人がいたため、少し離れた場所で、通行人の邪魔にならないように端に寄っておく。
「ねえ君。一人?」
三人の男がシャーロットに近寄ってきた。
軽薄そうな男たちだ。少し年上、高校生だろうか。
(明らかにナンパですね。適当にやり過ごしましょう)
「連れがいるのでお気になさらず」
「何、友達? あっ、それとも彼氏?」
シャーロットは、無意識に漏れそうになるため息を必死に堪えた。
別に喧嘩になっても勝てるし、正当防衛なら魔法で攻撃しても構わないのだが、穏便に済ませられる可能性があるのならそうすべきだろう。
幸い、カミラとマーベリックからは見えていないのだし。
「……彼氏ですけど」
「えー、君みたいな可愛い彼女を一人にするなんて酷いね。そんな気を遣えない奴なんて放っといて、俺たちと遊ぼうよ。退屈はさせないからさ」
「っ……」
ノアを悪く言われ、シャーロットは苛立ちを覚えた。
(我慢です、我慢。こんな人たちに何を言われても関係ありませんから)
怒りを鎮めているシャーロットの沈黙を何と勘違いしたのか、三人組はニヤリと笑い、さらに近寄ってきた。
手を伸ばしてくる。
「ほら——」
「僕の彼女に何か用ですか?」
シャーロットの視界がカラメル色で覆われた。
「ノア君っ」
「ごめん。遅くなった」
シャーロットを振り返り、ノアが申し訳なさそうな顔をした。
「いえ、ありがとうございます」
怖くはなかったが、やはり彼氏に助けられるというのは嬉しいものだ。
「あぁ? てめえがそいつの彼女か?」
「そうです」
三人組が急にオラオラし出した。
格好つけているつもりなのだろうか。
(だとしたら二重でダサいのですけど……)
シャーロットに軽蔑の目を向けられている事にも気づかず、三人組はノアを取り囲むように立った。
「もう一度聞きますけど、僕の彼女に何か用ですか?」
ノアの口調は淡々としていたが、少しだけ怒りが滲み出ていた。
それが、シャーロットには嬉しかった。
「おうおう、ヒョロガリの割には度胸あるじゃねーか」
「彼女の前だから頑張ってんだろ? 格好いいねえ」
ヒューヒュー、と男たちが馬鹿にしたような笑みを漏らした。
それでもノアは全く表情を変えない。
相手にされていない事がプライドに障ったのだろう。
三人組は不機嫌さを隠そうともせずノアに詰め寄った。
「何か用かって? 簡単だ。お前の彼女、俺らに貸せよ」
「お断りします」
「……あっ?」
男たちは、ノアの顔を覗き込むようにガン付けた。
「何スカしてやがんだてめえ、あぁっ⁉︎」
「調子乗ってんじゃねーぞ、ガキ!」
「痛い目見たくないなら消えな。安心しろよ、借りるだけだ」
「そうそう。用が済んだらちゃんと返してやるよ。まあ——そいつがお前よりも俺らを選んだら別だがな」
「確かにな!」
男たちがギャハハハハ、と下品な笑い声を上げた。
そして、声を低くして言う。
「これが最後のチャンスだ。痛い目に遭いたくなかったら、黙ってそいつを貸せ」
ノアが毅然とした態度で告げた。
「もう一度言いますが、お断りします。迷惑なので他を当たってください」
「ってめえ!」
元々こういう連中は沸点が低い。
はっきりと拒否されて、自尊心が傷ついたのだろう。
一人の男がノアに掴みかかった。
軽々しく避けたノアは、男の手首を掴んで捻った。
「いててててっ……は、離しやがれっ!」
「はい」
ノアはあっさりと男を解放した。
男に怯えたのではなく、余裕があるからこその行動なのは明白だった。
「てめえ……舐めてんのかっ!」
「舐めてんのかはこっちのセリフだよ。これ以上僕たちに関わるな」
敬語をとっぱらったノアから、背後にいるシャーロットでも恐怖心を覚えるほどのプレッシャーがあふれ出した。
三人組の顔に恐怖が浮かぶ。
しかし、それを認められるほど、男たちの器は大きくなかった。
彼らは自分たちが怯えた事を誤魔化すように、大声を出した。
「な、何だよその目はっ!」
「やんのか⁉︎」
「別にやってもいいけど、大勢の人が見てるよ」
ノアが周囲に目を向けた。
三人組はちょくちょく大声を出していたので、周囲の注目を集めていた。
上手いな、とシャーロットはノアのやり方に感心した。
恐怖心を与えた後に、逃げ道を提示した。
この三人組のような連中は、心のどこか劣等感を抱いているため、本当は怯えていても素直に引き下がれない場合が多い。
それでも、周囲の目を集めているこの状況なら、「ノアにビビったから」ではなく「警備員に捕まったら面倒だから」という理由でその場を離れる事ができる。
「……ちっ、行くぞ」
「あ、あぁ、そうだな」
「覚えていろよ!」
あまりにも定番の捨て台詞を残して、三人組はそそくさと立ち去った。
「ノア、シャーロットちゃん!」
「二人とも、大丈夫かい?」
カミラとマーベリックが駆けてくる。
ちょうど買い物を終えたようだ。
店内にいた彼らからは見えない位置だったので、シャーロットたちが絡まれていた事には気づいていなかったのだろう。
「はい。ナンパの類でしたけど、ノア君に助けていただきましたから。ありがとうございます、ノア君」
「ううん、ごめんね。一人にしちゃって」
「いえ、お手洗いまで一緒に行くわけにはいきませんから」
「そりゃそうだけどさ」
ノアが苦笑いを浮かべた。
「私たちが一緒にいればよかったね。申し訳ない」
「ごめんね、シャーロットちゃん」
「い、いえ!」
頭を下げるカミラとマーベリックに対して、シャーロットは慌てて手を横に振った。
「お二人には何も責任はありませんから、お気になさらないでください」
「そうはいかないよ。いくら強いとは言っても、シャーロットちゃんは子供で、私たちはその保護者だからね。なるべく一人では行動しないようにしようか」
「っ……はい、ありがとうございます」
親からの愛情を与えられていないシャーロットにとって、マーベリックの言葉は涙が出るほど嬉しかった。
まるで、本当の子供のように扱ってもらえたから。
こんなところで泣いても迷惑をかけるだけなので、せり上がってきた熱いものは必死に飲み込んだが。
「ノア、お手柄だったわねぇ」
「父親として鼻が高いよ」
「彼女を守るのは当然の事だからね」
両親に褒められ、ノアが照れ臭そうにしている。
(本当、私の彼氏は格好良くて可愛いです)
男たちを怯えさせた時の威圧感などかけらも感じないノアを見て、シャーロットは小さな笑いをこぼした。
「それにしてもノア君」
「何?」
「先程助けていただいた事は本当に嬉しかったのですが、なぜAランク魔法師カードを見せなかったのですか?」
ノアはWMUの本部に行った際に、Aランクの魔法師であるという証明になる、Aという文字が印字された魔法師カードを受け取っていた。
本来なら魔法師養成学校の生徒は学校でもらう決まりがあるが、ノアをEランクのままにしておく方が問題だという結論になったらしい。
あれさえあれば、ナンパ男たちをもっと簡単に撃退できたのではないか——。
シャーロットの頭にふと浮かんだ疑問に対するノアの答えは、単純明快だった。
「忘れたんだよね、家に」
「何をやっているのですか。しっかりしてください」
「いやぁ、うっかりうっかり」
苦笑いを浮かべながら頭を掻いていたノアは、「ん?」と何かに気づいたように声を上げた。
「ていうかさ、それを言うならシャルだって、カード見せれば一発だったじゃん」
「非現実的な事を言いますね」
シャーロットはニヤリと笑い、胸を張って答えた。
「忘れたに決まっているでしょう」
「いや、そっちもかーい」
ノアのツッコミを受けて、シャーロットはクスクス笑った。
「自分も忘れたくせに、よく僕の事をなじれたね君」
ノアがこのやろう、とでも言いたげに肩を揉んでくる。
シャーロットは肩が凝りやすい。
気持ちいいだけなのでされるがままになっていると、背後から不満げな声が聞こえた。
「……気持ちよさそうにされると複雑なんだけど」
「だって気持ちいいんですもん」
シャーロットはノアを振り返ってにへらと笑った。
ナンパに絡まれた事など、彼女の頭からはすでに消え去っていた。
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