第86話 朝の戯れ
「う……ん」
目が覚めて寝返りを打つ。
二、三回ゴロゴロしてから薄っすらと目を開けると、視界に淡い空色が飛び込んできた。
「……えっ?」
……シャル?
(えっ、はっ? ちょ、ちょっと待って。何でシャルとベッドで寝てるの僕⁉︎」
思った以上に疲れてたみたいで、全然昨晩の記憶がない。
「ん……」
同じように身じろぎをした後、シャルは僕の方に体を向けてきた。
まぶたがゆっくりと持ち上がる。
(えっ、ちょ、これ大丈夫⁉︎ シャル、叫んじゃうんじゃ——)
そんな予想に反して、彼女は僕の姿を視界に捉えても動揺する事はなかった。
まるで僕が隣にいる事がわかっていたように、窓から差し込む朝日よりも眩しい笑みを浮かべた。
「おはようございます、ノア君」
「お、おはよう……って、そうじゃなくてっ! 何で僕までベッドにいるの⁉︎」
「あぁ……昨日の夜、ノア君ほとんど寝ていましたから、覚えていなくても仕方がないですよね」
「えっと……何があったの?」
衣服の乱れもないから、変な事はしていないはずだけど。
「ノア君が相当お疲れのご様子だったので、ベッドに無理やり寝かせたのです。こちらの方がよく眠れると思いまして。ただ、布団では私が寒いのではないかと心配してくださったノア君が、私をベッドに引っ張り込み、その、抱き枕のようにして眠ってしまったのです」
「マジか……」
全然記憶にない。何やってんだ、昨晩の僕。
シャルの頬はほんのりと赤く染まっている。
キスすらも恥ずかしがる彼女だ。
同衾は、精神的に堪えたに違いない。
「ごめん。迷惑かけた」
「別に謝っていただく必要はありませんよ。何もされませんでしたし……ただ、は、恥ずかしかったですけど」
「だよね。今後は気をつけるよ」
寝ぼけている時にやってしまったという事は、無意識下で同衾したかったという事なのかもしれない。
というより、許されるなら一緒に寝たいし、想像した事もある。
でも、今後はなるべく、特に夜はそういう事は考えないようにしよう。
大抵の事はシャルも許してくれるだろうけど、間違いを犯してしまったら後悔してもし切れないから。
ベッドから降りて、着替え始める。
「キャッ……!」
突然、シャルが小さな悲鳴をあげた。
「シャル、どうしたの⁉︎」
「な、何で服を脱いでいるのですかっ!」
「へっ……? だって朝じゃん」
何を言っているんだ、この子は。
「そ、そういう事ではなく、私がいるのにじょ、じょ、上半身裸にならないでくださいっ!」
「あぁ、そういう事。ごめんごめん」
そう言えば、シャルって全然男の肌に対する免疫ないんだよね。
今も、布団で顔を隠してぷるぷる震えている。可愛いなぁ。
「可愛いなぁ」
「っ……!」
シャルが息を呑み、耳まで赤くさせた。
ミスった。感情が言葉になって溢れ出ちゃった。
まあいいか。褒めただけだし、恥ずかしがるシャルってめっちゃ可愛いし。
でも、このまま放っておくと拗ねちゃうかもしれない。
昨晩やらかした身だし、謝っておくか。
「シャル、ごめんって。今後は気をつけ——おおっ?」
シャルから放たれた魔力の縄が、僕の体を拘束した。
引っ張られる。
気がつけば、ベッドに寝転がったシャルと正面から向かい合っていた。
シャルは掛け布団で僕らの体を包んだ。
「えっ? ちょ、何——」
「これで、二人とも寒くないですね」
「っ〜!」
状況はわからない。
ただ、へにゃりと笑ったシャルが可愛い事だけはわかる。
吐息がかかるほどの近さで、最愛の彼女が頬を染めつつも笑いかけてくる。
そんな状況で落ち着いていられるほど、僕は大人じゃなかったようだ。
頬が熱を持つのを自覚して、咄嗟に寝返りを打ってシャルに背を向ける。
そのままベッドから抜け出そうとするが、シャルが僕のお腹に手を回して抱きしめる方が早かった。
彼女は僕の首元に鼻を近づけて、スンスンと匂いを嗅いだ。
「ひっ……!」
「いい匂い……ノア君の匂いです」
「あ、あのっ、シャルっ?」
一体どうしたのだろう。
「昨日、ノア君がやった事ですよ」
「……えっ?」
衝撃の事実に、思わずシャルを振り返ってしまう。
「……マジで?」
「はい」
「魔力の縄でベッドに連れ込んで?」
「連れ込んで」
「一緒の布団にくるまって?」
「くるまって」
「背を向けたシャルの匂いを嗅いだの?」
「嗅ぎました。嗅いで先ほどのセリフを言いました」
「……っはあー……」
……本当に、何やってんの。
ただの変態じゃん。
「ふふっ、赤くなって可愛いです」
シャルが笑って頬をつついてくる。
声だけでもわかる。確実に揶揄って楽しんでいる。
原因は十割僕にあるので、甘んじて受け入れよう。
でもそれ以上に、無性にイチャつきたかった。
無言で起き上がり、ベッドから出る。
「あ、あの、ノア君?」
途端に不安そうな声を上げながら、シャルが慌てて追いかけてくる。
「す、すみませんっ。今のは少し揶揄っただけで——」
——ちゅっ。
振り向きざまに、シャルの唇に自分のそれを押し当てた。
空色の瞳が、これでもかというほど見開かれた。
「まさか、僕が悪いんだし、あれくらいじゃ怒らないよ」
「よ、良かった……」
安堵の息を吐くシャルが愛おしくて、再び口付けをする。
シャルの頬がどんどん赤く染まっていき、瞳にはみるみる雫が溜まっていく。
「……も、もう無理です!」
キスの回数が二桁に迫ろうかという時、シャルが後ろを向いてしまった。
「無理って、嫌って事?」
「い、嫌ではありませんし、それくらいはわかっているでしょう! きょ、供給過多何ですっ! これ以上されたらし、しんでしまいますっ」
「それは困るなぁ。じゃあ、これで我慢するよ」
バックハグをして首筋に顔を埋め、匂いを堪能する。
自分のキスでいっぱいいっぱいになっている彼女を放っておける男なんていないよね。
「ひっ……!」
「うん、本当にいい匂い。安心する」
「っ〜!」
耳元で囁くように言えば、シャルの体がビクッと震えた。
涙目でこちらを睨みつけてくる。
……もっといじめたくなるけど、流石にもうやめるべきだな。
「それじゃ、僕は下で着替えてるから、シャルも着替えておいで」
クールダウンが必要だろうと思い、着替えだけ持って一階に降りる。
それから、シャルが降りてきたのは、たっぷり三十分も経ってからだった。
未だに恥ずかしそうにしているので可愛いなぁと口元を緩めれば、真っ赤な顔で二の腕をぽこぽこ殴られた。
体ではなく心が悲鳴を上げた。
もちろん、いい意味で。
その後、両親に微笑ましいものを見るような視線を向けられている事に気づき、二人で赤面した。
シャルも交えての和やかな食事を終えた後、僕たちはそれまでとは打って変わった真剣な表情で食卓を囲んだ。
僕がWMUの特別補佐官のポストを受けるか否か——。
僕の将来すら決定しかねない、重要な話し合いをするためだ。
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