第79話 WMUからの呼び出し① ——予期せぬ来賓
「実力を見せる……というと?」
僕はルーカスさんに尋ねた。
「お前がケラベルスとかいうサター星の刺客を倒した事を公にうだうだ言うやつはいねえ。シャーロットたちの証言もあるしな。だが、魔法師の中には自分の目で見たものしか信じない奴も多い」
「要するに、僕の実力を疑っている人たちに、刺客を倒せるくらいの力はあると証明するためのテスト……のようなものですか?」
「あぁ」
ルーカスさんが顎を引いた。
「だが、前も言ったように本気を出す必要はねえ。できる限りの全力でやれ。それで問題ない」
「……結構買ってくれているんですね。僕の事」
「瀕死の人間の魔法構造を完璧に治療できるやつは、少なくとも俺の知っている中ではお前以外にいないからな。そもそも実力を認めていなけりゃ、どんな理由でも弟子にはしねえよ」
「はぁ……」
ルーカスさんはすでに認めてくれている、という事なのだろう。
なんだか少し、こそばゆいな。
「そういうわけだ。わかったら行くぞ。シャーロットも来い」
「あっ、待ってください。両親がもうすぐ帰ってくると思うので、WMUの本部に行く旨だけ伝えさせてください」
両親にも、WMUから何らかの接触があるかもしれないという事は話してあるが、いきなり姿を消したら驚くだろう。
「わかった」
有無を言わせない口調で連行しようとしていたルーカスさんは、特に嫌な顔もせずに頷いた。
やっぱり、多少口が悪いだけでいい人なんだよね。
「シャルは大丈夫?」
「はい。ですが、私も付いていってよろしいのですか?」
「あぁ。お前にも用事はあるからな」
「用事とは?」
「報奨金だ」
「「報奨金?」」
僕とシャルは顔を見合わせてから、ルーカスさんに視線を送った。
「ケラベルスを野放しにしていれば、被害はもっと拡大していた。足止めをしたシャーロットと倒したノアには、国とWMU、UPNから報奨金が出る事になった。ただ、ケラベルスを倒したのがノアである事は情勢的に秘密にしなきゃなんねえから、爵位とかではなく金って話になった」
「な、なるほど……」
なんか話の規模がデカくなったな。
UPN——国際平和連合はWMUと双璧をなす、もう一つの国際的な組織だ。
正式名称は United Peace Nation だったかな。
WMUがスーア星の平和を守るための権力とは切り離された組織であるのに対して、UPNは各国の権力者たちによって構成されている。
WMUが魔法の中枢、UPNが政治の中枢といったところかな。
僕らの住んでいるラティーノ国に加えて、WMUとUPNまで関わってくるなら、安い金額ではないよね。
どのくらいだろう。
ルーカスさんは知っているんだろうけど、何となくがめつい気がして聞けなかった。
あんまり、シャルに金に目がない男だと思われたくもなかったしね。
それから程なくして帰ってきた両親に事情を説明し、無事に許可をもらってから、ルーカスさんとシャルともにWMUの本部に向かった。
ここから近くはないが、僕とルーカスさんが空を飛べばすぐだ。
さほど時間のかかるものではないため、遅くとも夜には家に帰れるだろうとルーカスさんは言っていた。
ちなみに、空を飛べないシャルは僕の背中に乗っていた。
特段高所恐怖症ではないものの、やはり自分以外の力で空を飛んでいるというのは怖いらしく、抱きしめるように背中にしがみついてきた。
決してずっしりとはしていないものの、柔らかいものが背中に当たっているのはわかったが、何も言わなかった。
一応シャルが落ちないように魔法はかけてあるが、その体勢が一番安全だったからだ。
WMUの本部は華やかさはなく、広大な敷地にさまざまな建物が乱立していた。
訓練場や実験施設まである、まさにスーア星の魔法の中心部だ。
「大きいですね……」
背中のシャルが感心したように呟いた。
「シャルも来るの初めて?」
「はい。何度か通りかかった事はありますが、ここまで大きいとは思っていませんでした。地上から見ていても全貌はわからないので」
「そりゃそうか」
空から侵入するわけにはいかないため、地面に降り立って普通に正門から入る。
ルーカスさんに連れられてたどり着いた場所は、会議室のような部屋だった。
「ノアとシャーロットを連れてきた」
ルーカスさんの声に、会議室のにいた者たちが一斉にこちらを向いた。
十名はゆうに超えている。
入り口にいる僕たちから最も遠い席に座る三人を見て、僕は息を呑んだ。
(な、何であの人たちがここに……⁉︎)
その三人とは、WMU総監のデイヴィットとUPN事務総長のウィリアム、そしてラティーノ国の首相であるリチャードだ。
デイヴィット総監はわかる。
WMUのトップとして、僕の実力は確かめておきたいのだろう。
もしかしたら、テストの出来を見て僕の扱いを決めるつもりかもしれない。
問題は、というより衝撃を受けたのは、ウィリアム事務総長とリチャード首相だ。
UPNは政治の中枢なので、そのトップであるウィリアム事務総長は、もはやスーア星のトップと言っても過言ではない。
スーア星は周辺諸星に比べて小さな惑星ではあるが、WMUとUPNが直接統治をしているわけではなく、いくつかの国に分けられている。
その一つが、僕やシャルたちが住んでいるラティーノ国だ。
ラティーノ国は異星人を迎え入れるための特定来訪区域やWMUの本部があるなど、スーア星の魔法の中心である。
そのトップがリチャード首相だった。
……報奨金の授与があるから、それなりの人物が来るかもしれないとは思っていた。
それでも、まさか政治の中枢のトップと自国のトップが来るとは思わないって。
「やあ、待っていたよ」
気安い態度で声をかけてきたのはデイヴィット総監だ。
「君たちの席はそこだ。かけたまえ」
総監が入り口に一番近い席を示す。
どうしよう、これって普通に座っていいのかな。
同じようにシャルも思ったらしく、すぐには席につかなかった。
そんな僕らの迷いは、デイヴィット総監にはお見通しだったようだ。
「あぁ、細かい礼儀作法などは気にしなくていいよ。WMUは権力とは切り離された組織だからね。ここでは最低限の礼儀さえしっかりしていれば、誰も文句は言わんさ」
「は、はい」
いくら権力から切り離された組織とはいえ、ウィリアム事務総長やリチャード首相もいるのにいいのかと躊躇ったが、どちらも特に表情は変えていない。
郷に入っては郷に従えとも言うし、彼らが何も言わないのであればいいのだろう。
立ち往生している方が非礼にあたるだろう。
シャルが「失礼します」と腰を下ろしたため、僕もそれに倣った。
「私はともかく、ウィリアム事務総長やリチャード首相がいらっしゃるのには驚いただろう?」
「「はい」」
素直に頷けば、デイヴィット総監は得意げな顔をした。
彼は自らが名を出した二人に視線を投げた。
総監と頷き合ってから、ウィリアム事務総長とリチャード首相は、僕とシャルに視線を向けてきた。
口を開いたのはウィリアム事務総長だ。
「ノア君、シャーロット嬢。今日、私とリチャード首相がこの場にいるのはノア君の実力をこの目で見たいから、というだけではない。情勢的に君たちがサター星の刺客を倒した事は公表できないが、それでもラティーノ国の、ひいてはスーア星の危機を守ったのだ。その報酬を授与するために我々はここにいる」
ウィリアム事務総長とデイヴィット総監、リチャード首相、そして首相の背後に立っていた男性二人がこちらに歩いてくる。
二人の男性——おそらくはリチャード首相の側近だろう——は、それぞれアタッシュケースを抱えていた。
……えっ、まさか。
男性がアタッシュケースを開けて、中を見せてくる。
「っ……!
見た事もない量の札束がぎっしりと詰まっていた。
「こんな形で申し訳ないが、報奨金を贈らせてもらうよ」
リチャード首相の言葉を受けて、二人の男性が僕とシャルにそれぞれアタッシュケースを差し出してくる。
「刺客を倒してくれた事に感謝する。足止めをしてノア君の覚醒も助けたシャーロット嬢には二千万円、実際に倒したノア君には一億円だ」
「い、一億円⁉︎」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
ちょ、ちょっと待って。
二千万円でもやばいのに、い、一億円って、ラティーノ国の平均の生涯収入の約半分じゃん!
「「い、いえ、そんなもの、受け取れませんよっ!」」
僕とシャルは異口同音に言った。
「いや、君たちの功績は計り知れない。本来ならこれでも足りないくらいなのだ。私とウィリアム事務総長、リチャード首相の顔を立てると思って、受け取って欲しい」
その言い方はずるいって。
受け取らないっていう選択肢、なくなっちゃったじゃん。
結局、僕とシャルは渋々報奨金の受け取りを受諾した。
……驚くだろうな、お義母さん、お義父さん。
というか、いきなり一億円なんてもらってもどうしようかな。
今渡されても扱いに困るだろうという事で、報奨金は本部を出る時に受け取る事になった。
すでに精神疲労がすごいんだけど、これで終わりじゃないんだよね。
「さて——」
デイヴィット総監が仕切り直すようにそう言った。
場の雰囲気が一気に引き締まった。ピリついた……という感じだ。
「それではいよいよ、ノア君の実力を見せてもらうとしようか。君がサター星の刺客、ケラベルスなる者を倒した事は疑っていない。シャーロット嬢を始めとした多くの者が証言しているし、ルーカスとアヴァも君がケラベルスを倒した魔法を、遠目ではあるが見ているからな」
デイヴィット総監の言葉に、ルーカスさんとその正面に座る女性が頷いた。
彼女がアヴァさんなのだろう。勝ち気そうな女性だ。
「ただ、我々も話だけを聞いてそれでおしまいというわけにはいかない。サター星の刺客を倒せるほどのものなら、実力は確かめておかなければならない。その事情は理解してくれているか?」
「はい」
理解しているし、不満もない。
「ありがとう。ルーカスも弟子入りを認めているほどだから、地味なテストをやっても仕方がない。君には、これから実際に対人戦を行ってもらおうと思う。要は模擬戦だね——ロバート」
「はい」
切れ目の神経質そうな男が立ち上がった。
「彼はラティーノの国家魔法師、ロバートだ。ノア君の師匠には及ばないが、先のサター星襲撃の際にも活躍した実力者だ。彼との戦いで、君の実力を見せてくれ。あぁ、ルーカスから話は聞いている。できる限りの全力でやってくれれば良いから」
「それでよろしいのですか?」
やばっ、思わず尋ねちゃった。
デイヴィット総監は大きく頷いた。
「構わないよ。そもそも味方とはいえ、模擬戦で奥の手を隠しておくのは珍しい事ではないし、ここには各国の代表クラスの腕利きの魔法師が揃っている。片鱗だけ見せてくれれば十分だ」
「わかりました」
正直ホッとした。
ルーカスさんを信頼していなかったわけではないけど、やっぱり総監直々の承認は安心感があるね。
模擬戦のフィールドは、白い壁に囲まれた物が何もない空間だった。
その中央に僕とロバートさんがいて、他の人たちは壁際で僕たちを見守っている。
……見守っているというには、少々視線が鋭すぎるが。
「よろしくお願いします」
僕は試合前の礼儀としてロバートさんに握手を求めたが、差し伸べた手は握り返されない。
どうしたのだろう。
表情を窺うと、ロバートさんは憎々しげに僕の事を睨みつけていた。
「……ガキが。ちょっと手柄を上げたからって調子に乗るなよ」
ロバートさんの声は神経質な見た目にそぐわず、成人男性にしては高かった。
「お前が刺客を倒せたのは、覚醒後にハイになっていたからこそのビギナーズラックだ。それに、二人がかりでもあるし、相手も僕らが戦っていたものよりも弱かったのだろう。たまたま勝てただけで、僕らに並んだと思わない事だ」
僕にしか聞こえないくらいの小声で一息に言ってのけ、ロバートさんは皮肉げに口元を歪めた。
初対面なのにすごい嫌われている。
どうやら無名の僕がいい感じに扱われているのが、気に食わないらしい。
こういう人は往々にして話が通じない。
変に刺激してもいい事はないし、黙っておこう。
「ふん、言い返せもしないか。そうだろうな。なぜなら全て図星だからだ。ここで僕にボロ負けして、惨めに逃げ帰るんだな。安心しろ、死なない程度に手加減はしてやる」
いや、それはそうでしょう。
思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
デイヴィット総監からも殺傷性の高い魔法は使わないように言われているし、そもそもこれは模擬戦。
死人が出たら本末転倒だ。
言いたい事を言って満足したのか、ロバートさんは僕から距離をとって戦闘態勢に入った。
「はあ……」
気疲れを感じて、思わずため息が漏れてしまう。
最初から簡単な事だとは思っていなかったけど、思った以上に悪いクジを引いちゃったみたいだ。
シャルから、心配そうな視線が送られてくる。
大丈夫だと安心させるように、笑みを作ってみせた。
……シャルの前で、嫌味なやつに負けたくはないな。
メラメラと闘争心が湧き上がってくる。
彼女の前で格好をつけるという意味では、相手がロバートさんで良かったのかもしれない。
もしも相手が優しい人だったら、ここまでやる気にはならなかっただろう。
「双方準備はいいな? ——それでは始め!」
デイヴィット総監の合図で、僕とロバートさんは同時に魔法を放った。




