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第54話 シャルの検査

 ルーカスさんが、シャルを背負って空を飛んでいく。

 僕とエリアは、エリアが呼んだ執事さんの車で病院に向かった。


 ルーカスさんは待合室にいた。

 シャルはまだ検査中だと言う。


「この検査に引っ掛からなければ、大丈夫なんですか?」


 待合室に設置されている背もたれのないベンチに座るなり、エリアがルーカスに尋ねた。


「絶対とは言えないがな。どんな高度な治癒魔法でも、そいつの魔法構造まで治せねえ事は知ってんだろ」

「はい」


 僕とエリアは頷いた。

 魔法構造は、内臓の制御や血液の循環などを司る、生命活動の根幹だ。

 そこに他人の手が加わると拒否反応が起き、双方が大きなダメージを被る事になり、最悪死に至る。

 心中に使われた事例だってあるほどだ。


「だが、いくら【統一(とういつ)】が体を酷使するからといって、普通は魔法構造自体まで傷つく事はねえ。せいぜい繊維や筋肉、骨の損傷程度だろう。それに、できるだけ細部まで診てもらうように頼んでおいた。一週間くらいは毎日検査をさせるが……それで異常が出てこなければ安心していいだろう」

「なるほど……」


 どうか、異常が見つかりませんように——。

 僕は検査室を見ながら、祈るように胸の前で両手の指を絡めさせた。


 エリアも全く同じ所作をしていた。

 二人で顔を見合わせ、プッと吹き出す。


 その後は、シャルが【統一】を発動させて以降の話をした。


 事実関係はそのままに、少しだけ改編した。

 具体的には、記憶の封印が解かれて気を失いそうになった事や、僕が【魔吸光線(ドレイン・レイ)】を使える事は伏せた。

 僕が、サター星人との混血(・・・・・・・・・)であるとバレないように。


「お姉ちゃんが【統一】を使っても倒せなかったやつを倒しちゃうとか、覚醒しすぎじゃない?」


 それが、話を聞き終えたエリアが最初に発した言葉だった。

 彼女は笑っていたが、ふと真剣な表情を向けてきた。


「覚醒おめでと、ノア」

「ありがと」


 祝ってくれる嬉しさと、騙している罪悪感が同時に襲ってくる。


「ノアがこれまで頑張ってきたのは知ってるし、純粋に嬉しいのは間違いないんだけど……なんか少し悔しいな」


 エリアが寂しげに笑った。


「えっ、何でさ?」

「だって、ノアは間違いなくAランクになるじゃん? そしたら私一人だけBランクだし、素の戦闘能力も低いし——」

「エリア」


 僕はエリアを(さえぎ)った。


「何?」


 こちらを向いた額を、人差し指で小突く。


「いたっ。ちょ、何すんのよ?」

「そっちこそ、何ネガティヴになってるのさ。魔法の才能や強さで、人の価値は決まらないんでしょ?」


 かつてのエリアのセリフを真似てやれば、彼女は気まずそうに目を逸らした。


「それは、そうだけどさ……なんかこう、あるじゃん」


 抽象的な言い方だが、エリアのモヤモヤは僕にはよく理解できた。


「まあ、それはわかるけどさ。エリアは感知魔法とか使い魔とか、色々ユニークな事ができるじゃん。どっちがすごいもないと思うんだけど……いてててっ」


 エリアが僕の頭を拳で挟んでぐりぐりしてくる。


「い、痛いって! エリア、何でっ?」

「何となくやりたかったのよ」


 涙目になった僕を見て、エリアは満足げに頷いた。

 それから微妙に目線を逸らしながら、


「まあでも、ありがと」


 と小声で言った。

 ツンデレか、とはさすがにツッコまなかった。


「ケラベルスはこっちを狙ってくる理由について、何か言っていたか?」


 ルーカスが尋ねてくる。


「スーアの最強魔法師を殺すためだと言っていました。他は何も……尋問する前にこちらの不手際で追い詰められて、殺してしまったので」

「俺らもまんまと逃している。気にするな」

「はい、ありがとうございます」


 口調や態度が雑なだけで、普通にいい人なんだよな、ルーカスさん。


WMUダブリュー・エム・ユーとしてはどう対応するんですか?」


 エリアがルーカスに尋ねた。

 WMU。世界魔法連合とも呼ばれ、正式名称は World Magic Union だ。

 各国の魔法界のトップが属している組織であり、国家魔法師は全てここに所属している。


「あんだけの惨状だ。犠牲も出てんだろ?」

「一年生を中心に、何人か……」

「なら、相応の対応をしねえとな。それに、世間の信頼もガタ落ちだ。誘導装置の強化と、今後もし誘導装置が効かなかった場合の予防措置は急務だろう」


 WMUはこれまで、誘導装置の有用性を世間にアピールしてきた。

 それが機能しなくなったとなれば、混乱と非難は免れられないだろう。


 重苦しい沈黙がその場に立ち込めるが、扉の開く音がそれを破った。

 検査室から、白衣を着た女性とシャルが出てくる。


「先生、検査の結果はっ?」


 僕とエリアは女性に駆け寄った。

 女性はニコリと笑った。


「異常は見当たらなかったわ。これから一週間は毎日検査を受けてもらうけど、今日のところは帰って大丈夫よ」

「良かったー……」


 僕らは膝から崩れ落ちた。


「二人とも、絵に描いたような崩れ方ですね。心配してくださってありがとうございます」


 シャルが口元を緩めた。


「助かった、ハンナ」

「いえ、ルーカスさんにはいつもお世話になっていますから」


 白衣の女性——ハンナが、ルーカスのお礼に対して口元を緩めた。

 大人の色気を感じさせる、綺麗な笑みだった。


「何見惚れてんのよ」


 エリアが脇腹を突いて耳打ちしてくる。


「綺麗だなぁ、って思っただけだよ」

「それを見惚れてるって言うのよ」

「何をコソコソ話しているのですか?」


 シャルが会話に入ってくる。


「お姉ちゃん、聞いてよ。ノアが浮気したー」

「うわぁ、最低ですね」

「シャル、そっちに行かないで」

「ごめんね、ノア。私とお姉ちゃんは一卵性の双子。誰よりも深い絆で結ばれているんだ。もはや、へその緒で繋がってるようなもんだもんね?」

「それは普通に気持ち悪いです」

「突然の裏切り⁉︎」


 エリアが愕然(がくぜん)とした表情で崩れ落ちた。

 僕らは顔を見合わせ、一斉に笑い出した。


 こうしてまた、三人で笑い合う事ができて本当に良かった。

 細部まで検査しても異常がなかったのだから、シャルもきっと大丈夫だろう。


 これからもずっと、こうやって笑い合っていたいな——。




◇ ◇ ◇




 シャーロット、エリア、ノアがイーサンの車で去っていくのを見送ってから、ルーカスは魔法師養成第一中学校に引き返した。

 すでに生徒や先生の姿はなく、校庭にはただ一人、アヴァの姿があった。


「あっ、お帰り」


 ルーカスを見ると笑みを浮かべたが、憔悴(しょうすい)しているのは見てとれた。

 アヴァ個人に責任はないとはいえ、WMUの誘導装置が機能しなかった事が原因で生徒を死なせたのは紛れもない事実。

 その状況の中で一人で学校の相手をするというのは、かなり精神的に堪えたはずだ。


「すまない。嫌な役を押し付けた」

「あんたが押し付けたんじゃなくて、私が引き受けたのよ。だから気にしないで」

「そうか」


 ルーカスはたった一言、それのみを返した。

 アヴァの言葉を譜面(ふめん)通りに受け取るほど馬鹿ではないし、彼女の気遣いを無駄にするほど空気が読めないわけでもなかった。


「学校側は何と言っていた?」

「原因の究明と損害への賠償、同じような事が起きないようにするための具体的な案をWMUに要求するそうよ」


 妥当だな、とルーカスは思った。


「学校はどちらかと言えばこっちに好意的な印象を受けた。問題は遺族ね」

「貴族のガキも死んだのか」

「そう……」


 アヴァがため息を吐いた。

 意図的というよりは、思わず漏れてしまったといった感じだった。


 二人はしばらく無言で歩いた。


「私、自分が情けないわ」


 唐突にポツリと漏れたアヴァの声は、震えていた。

 彼女は拳を固く握りしめていた。


「実力派の女魔法師なんて言われていたのに、実際にはサター星の刺客を捕まえる事もできず、子供の命すら守れなかったっ……! 挙句、貴族の子供が死んだから対応が面倒だ、なんて考えている。これほど自分に嫌気がさしたのは、初めての事よ」


 ルーカスは何も言わなかった。

 言えなかったのだ。


 サター星の刺客を捕まえる事もできず、子供の命すら守れなかったのは、ルーカスも同じだ。

 そんな彼に、アヴァを慰める言葉などあろうはずがなかった。


「ごめんなさい。愚痴ってしまったわ」


 アヴァが鼻をすすった。


「別に愚痴りたければ愚痴れ。溜め込まれて使い物にならなくなる方が迷惑だ」


 ルーカスは前を向いたまま、淡々とした口調で告げた。


「本っ当、あんたはデリカシーないわね」


 アヴァがルーカスの背中に頭を押し付ける。

 ルーカスは歩みを止めなかった。

 アヴァはその姿勢のまま歩きながら、ぼそっとつぶやいた。


「……ありがと」

「お前に感謝される謂れはない」


 そう返すルーカスの声は、いつもより少しだけ柔らかかった。

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