第53話 サター星の撤退
シャルの事を抱きしめようとしていたらエリアに飛びつかれて、僕らは三人仲良く地面に倒れ込んだ。
「良かったっ……良かったよ〜!」
エリアが僕とシャルの首に腕を回しながら、幼子のようにわんわん泣きじゃくっている。
シャルと僕は顔を見合わせて頬を緩めてから、それぞれエリアの頭と背中を撫でた。
「心配してくれてありがとうございます、エリア」
「僕たちは大丈夫だから、安心して」
「うんっ……」
エリアが顔を上げた。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃ。可愛い顔が台無しだ。
ぐずり続けるエリアをシャルに任せ、僕はエリアの後に顔を出したエブリン先生と向かい合った。
「二人とも無事で良かった……ノア。覚醒したんだな」
「はい」
魔法学的に言えば覚醒ではないのだが、あえて訂正はしない。
「お前がケラベルスを倒したのか?」
「はい。すみません、尋問する前に追い詰められてしまって……消し去ってしまいました」
「い、いや、そんなのはどうでもいい」
エブリン先生が慌てたように手を横に振った。
その眉が垂れ下がる。
「ノア、シャーロット」
僕らの顔を交互に見比べてから、エブリン先生は深々と腰を折った。
「すまなかった。私は教師なのに、お前たちを見捨てた」
「や、やめてくださいっ」
今度は僕たちが慌てて手を振る番だった。
「見捨てられたなんて、これっぽっちも思っていませんよ。先生は魔力が尽きるまで戦ってくださった。感謝しかありません」
「私もです。先生が守ってくださっていたからこそ、気兼ねなくノア君のフォローができたのです。本当にありがとうございます」
二人揃って頭を下げると、エブリン先生が言葉を詰まらせた。
「まったく……」
彼女はふっと苦笑した。
僕らの頭にポンッと手を置く。
「生意気な生徒だよ、お前たちは」
僕らの頭を優しく撫でた後、エブリン先生はシャルの胸でぐずっているエリアの頭にも手を置いた。
◇ ◇ ◇
ヘストスの炎の槍が、ルーカスの腕をかすめた。
先程から、細かい傷が増えてきている。
「少し焦りすぎですよ。学校に、大事な方でもいらっしゃるのですか?」
「黙れっ」
余裕の笑みを浮かべるヘストスを一喝して、ルーカスは様々な魔法を撃ち込んだ。
全て防がれる。
「駄目ですよ、そんな力任せの攻撃は。ただ魔力を無駄に消費するだけではないですか」
ヘストスのカウンターがルーカスを襲う。
また、傷が増えた。
「やれやれ、あなたにはがっかりです」
ヘストスは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「久しぶりに面白い戦いになると思ったら、すぐに焦って集中を乱して……多少魔法が上手だからといって、精神が未熟では一流にはなれないのですよ」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか? なら、力ずくで黙らせてやろう」
ルーカスは危険を承知で、ヘストスに突撃した。
しかし、攻撃はかわされ、逆に背後から炎の槍を喰らう。
急所は何とか避けたが、右腕は使い物にならなくなった。
「焦りすぎと言ったでしょう。あなたは治癒魔法が得意でないのだから、捨て身の攻撃はリスキーなのに」
ヘストスの口数が多くなってきている。
余裕が出てきている証拠だ。
「あくまで命令は足止めでしたが、このまま自爆されるのもつまらないですし——」
ヘストスが炎の剣を生成し、ニヤリと笑った。
「——特別に、私があなたをあの世に送ってあげましょう」
ヘストスが自ら距離を詰めてくる。
初めての事だった。
「ルーカス、焦るな!」
アヴァからの忠告に、ルーカスは答えなかった。
「お仲間にも心配されていますよ。頑張ってください! そらっ、そらっ!」
ヘストスは煽り文句を口にしながら、意気揚々とルーカスに斬りかかった。
自分が優位を取れている状況に、彼はすっかり気分を良くしていた。
炎と氷の剣が、空中で火花を散らす。
お互いが少し距離を取った瞬間、ルーカスが氷の槍を放つ。
ヘストスは体を捻って回避し、鼻を鳴らした。
「ふっ、単調な攻撃ですね」
確かに、ここまでの戦況だけを見れば、ヘストスがルーカスを一枚も二枚も上回っていた。
彼が勝てると思ってしまうのも無理はない。
しかし、ヘストスは気づくべきだった。
本来なら実力で下回っているはずの自分が、優位になりすぎているという違和感に。
「もっと慎重に——がっ……⁉︎」
得意げにルーカスに助言をしようとしていたヘストスは、背中から腹にかけて、焼けるような鋭い痛みを感じた。
視線を下に向ける。氷の槍が貫通していた。
「な……に……?」
ヘストスは、自分の身に何が起こったのか理解できなかった。
「まさか、本当に勝てると思っていたのか?」
唖然としているヘストスを見て、ルーカスは口元を歪めた。
「何……?」
「一方的な試合展開になった時点で、疑問を持つべきだったな」
ルーカスはヘストスの隙を作り出すため、それまでわざと手を抜いていたのだ。
プライドの高そうなヘストスであれば、自分が勝てると確信すれば自ら攻撃に出てくるだろうと見越して。
「……ふん、たかが一撃をあてたところで、調子に乗らない事です」
「はっ」
ルーカスは鼻で笑った。
ヘストスが現実を受け入れようが受け入れまいが、どうでもいい。
先の腹を貫通した一撃で、勝負はついているのだから。
ルーカスはヘストスに正面から突っ込む事はせず、あえて左右に動いて揺さぶりをかけた。
体勢を変えるたびに、ヘストスが顔を歪める。
止血だけはしたようだが、腹に穴が空いたのだ。
尋常な痛みではないだろう。
ルーカスはさらに精神的ダメージを与えるために、右の拳でヘストスを殴った。
「なっ……⁉︎ き、貴様っ、右腕は使い物にならなくなっていたはず……!」
「治癒魔法で治しただけだ。あぁ、言っておくが、俺は治癒魔法はかなり得意だぞ。さっきまではほとんど使っていなかったがな」
「っ……!」
傷跡一つないルーカスの右腕を見て、ヘストスが顔を歪めた。
ようやく、自分がルーカスの掌の上で転がされていた事に気づいたようだ。
「……クソがっ!」
ヘストスが突っ込んでくる。
ルーカスはそれを軽くいなして、追撃してきたところで剣を振り下ろした。
ヘストスの右腕が、肩口から千切れて宙を舞った。
「さて——」
ルーカスがヘストスを拘束して尋問しようとした、その時。
突如として、ヘストスを含むサター星の人間全員の腕に装着されていた魔道具が光り出した。
「何だ⁉︎」
途方もない魔力を感じて、ルーカスは飛び退いた。
アヴァたちもそれぞれの相手から距離を取る。
ヘストスたちの体を眩い光が包み、
「——次は殺します」
捨て台詞を残して、彼らは忽然と姿を消した。
「待て!」
スーア星の魔法師が放った魔法は、全て空を切った。
「何だ……?」
「逃げ出したのか?」
「取りあえず、この周辺にはいねーな」
ルーカスたちはそれぞれ、困惑した表情で顔を見合わせた。
「まさか……学校を襲ってたサター星の刺客が倒されたんじゃねーか?」
普通に考えれば、それを実行できる戦力は現在集っている魔法師たち以外には存在しない。
しかし、否定の声は上がらなかった。
「なんにせよ、不測の事態が起きたのは間違いねえだろう。俺とアヴァで、魔法師養成第一中学校に行く」
「わかった」
「頼むぞ」
「お偉いさんたちへの報告はしておく」
「あぁ」
ルーカスとアヴァの実力は、この集団でも頭一つ抜けている。
文句は出なかった。
「行くぞ、アヴァ」
「はいよ」
ルーカスとアヴァは、最高速度で空を飛んだ。
中学校が近づいてきた時、紫色の光線が空を駆けた。
とてつもない強度の魔法である事はわかった。
「何、今の……!」
「急ぐぞ」
中学校の校舎は、半壊とまではいかないまでも、メチャクチャになっていた。
二階の教室に見知った水色を見つけて、ルーカスは一目散にそこを目指した。
アヴァも何も言わずについてくる。
シャーロットとエリア、そしてノアの姿を認めた時、ルーカスは無意識に一息吐いてしまった。
「ふーん、ちゃんと師匠してんじゃん」
「黙れ」
「あっ、ひどーい。というか、私があえてあんたの作戦に乗ってあげた時、無視しなかった?」
というアヴァの文句を無視して、ルーカスは教室に降り立った。
「師匠!」
シャーロットとエリアが駆け寄ってくる。
「怪我は?」
短い問いかけに、二人は首を横に振った。
ルーカスはノアに目を向けた。
格段にレベルが上がっているのがわかった。
「覚醒したのか、ノア」
「はい」
「こっちにも、サター星の奴が来たか?」
「ケラベルスという者が来ました」
「お前が倒したんだな?」
「はい、一応」
驚きよりも納得感の方が強かった。
ルーカスは、初めてノアに会った時点で、彼の中に強大な力が眠っている事に気づいていた。
先生のエブリンも含めた四人から話を聞く。
その中で、シャーロットが【統一】を使ったという話が出てきた。
ルーカスの後ろで、アヴァが息を呑んだ。
「シャーロット、どれくらい【統一】を使った?」
「ええと、五分ほどです」
思わぬルーカスの食いつきに、シャーロットが少々慌てながら答えた。
「体の調子は?」
「その時は少し痛みもありましたが、ノア君にも治療してもらったので、今は大丈夫で——」
「だめだ」
ルーカスは強い口調で遮った。
「今すぐに検査をしろ」
「えっ?」
「【統一】をそれだけ使ってれば、体の奥まで傷ついているかもしれねえ。すぐに症状が現れない場合もある。普通の治癒魔法で治せるもんじゃねえから、専門の奴らに見てもらえ。先生もそれでいいな?」
「えぇ。詳しい話は明日で、今日は生徒たちには帰宅してもらう事になるでしょうから」
エブリンが頷いた。
心配そうな瞳をシャーロットに向ける。
ルーカスの危惧は、決して大袈裟ではなかった。
事実、【統一】を使った魔法師が、その直後は元気だったのに三日後に急死した、という話もある。
命に関わる危険な技だとは認知されていても、その実態は意外と知られていないのだ。
そもそも使用者が少ないから、話が広まりにくいというのもあるのだろう。
「場所は教えるから、俺の名前を出して——」
「あんたも行けばいいじゃん」
アヴァが事もなげにそう言った。
「だが——」
「この場は私一人で十分よ。あんたが行った方がスムーズに診てもらえるだろうし」
「……わかった。助かる」
ルーカスはアヴァにその場を任せ、シャーロットを連れて病院へ向かった。
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