第52話 ケラベルスの末路
「ノア君……⁉︎」
シャルが口をあんぐりと開けて固まっている。
そんな表情も可愛らしいな。
駆け寄って抱きしめたくなるけど、生憎と今はそんな余裕がない。
不意を突いた一撃だったはずだが、ケラベルスはただのパンチで沈むほど弱くない。
案の定、彼はすぐに体勢を整えた。
「なるほど、覚醒ではなく復活というのは事実のようだね……力を扱い慣れている」
「まだ思い出している最中だけどね」
シャルが殺されそうになって、僕は一度気を失いかけた。
封印していた幼少期の記憶が一気に流れ込んできて、脳がショートしてしまったのだ。
しかし、僕はすぐに記憶の流入を止めた。
今は、戦闘に関する情報だけを選んで取り出している。
最初にケラベルスにぶつけた光線は、記憶と同様に封印していた魔力が溢れ出してきたため、それを放出しただけだ。
「なるほど……あまり時間はかけない方が良さそうだ」
ケラベルスが魔法を放ってくる。
シャルと戦っていた時は本気を出していなかった事がわかる強度の高い攻撃だったが、僕は全てを結界で防いだ。
「何……⁉︎」
「なっ……⁉︎」
ケラベルスとシャルが、同時に驚愕の声をあげた。
「シャルとハモらないでよ」
お返しとばかりに魔力の槍を放つ。
いくつかはケラベルスの結界を貫通し、彼の四肢を撃ち抜いた。
血が噴出するが、傷はすぐに塞がった。
「早いね。治療」
「このっ……!」
ケラベルスの額に青筋が浮かんだ。
先程までの余裕そうな表情は、すっかり影を潜めている。
「落ち着いて、怒りを鎮めた方がいいよ」
「黙れっ、少し優位を取ったからといって調子に乗らない事だ!」
ケラベルスが猛然と突進してくる。
スピードは凄まじいが、何の捻りもない単調な攻撃だ。
繰り出された拳をかわした勢いそのままに、背中に蹴りを入れる。
「攻撃が単調になってるよ。もっと工夫しないと」
「貴様……!」
「あぁ、ごめん」
無意識のうちに、相手を挑発するような事を言ってしまう。
本当に久しぶりに全力で戦えて、ハイになっているな。
気をつけないと。こういう時が一番足をすくわれやすい。
僕の方が強いのは間違いないだろうけど、ケラベルスだって相当強い。
油断したら負ける。
(僕が負けたら、シャルが殺される)
シャルの事を考えると、スッと体の熱が冷めていった。
視野が広がった気がする。
「シャル、ありがとう」
「はっ……? な、何がですか?」
「何でも」
「はぁ……」
僕の結界の中で、シャルが怪訝そうに眉をひそめた。
以前、似たようなやり取りをした事を思い出す。
その時は立場が逆だったけど。
「ふざけやがって!」
「真剣だよ」
僕は少しだけアプローチを変えた。
相手をあしらうのではなく、最速で制圧するために。
ケラベルスの攻撃が止んだタイミングで、今度は僕から攻撃を仕掛けた。
難しい事をする必要はない。
実力で優っているのだから、堅実に戦えばいい。
弾や槍で切り崩して、魔力で生成した剣で斬りかかる。
ケラベルスの腕目掛けて振り下ろすが、肩をかすっただけだった。
さすがの回避能力だ。
「このっ……!」
至近距離からの魔力弾を体を捻って回避し、距離を取ろうとするケラベルスを追いかける。
ちょうど二人の位置関係が入れ替わったところで、逃げてばかりだったケラベルスが光線を生成した。
「馬鹿正直に俺を追いかけ回すとは、どれだけ強くても所詮はただのガキだな。馬鹿が!」
そう口元を歪めたケラベルスは、自身の背後——シャルに向かって光線を放った。
光線は、彼の手を離れた瞬間に消滅した。
僕の生成した結界に弾かれたからだ。
「なっ……!」
「君がシャルを狙っている事には気づいていたよ」
ただがむしゃらに逃げているようには見えなかった。
状況と動きから、狙いを察するのは難しい事ではなかった。
追いかけつつ、いつでもシャルを守れるように結界を準備しておいたのだ。
「くそっ!」
ケラベルスが地面を蹴った。
シャルの頭上を超えるように、高く。
「校庭には行かせないよ」
僕は魔力の縄を射出した。
空中にいるケラベルスの足に巻きつけ、地面に引きずり落とす。
その衝撃で床が抜け、一つ下の階にまで落ちていったため、僕もシャルを抱えて追いかけた。
三年生の教室は三階にあるから、今は二階にいる事になる。
ケラベルスに攻撃をしつつ校庭に目線をやると、先生や生徒たちとダーナスの間で、ギリギリの戦いが繰り広げられていた。
「急いだ方がいいな」
魔法を扱う感覚もだいぶ思い出してきた。
ギアを上げて、一瞬でケラベルスとの距離を詰める。
「まさかっ、まだ早く——ぐふっ!」
みぞおちに拳を入れると、僕のスピードが上がった事に驚愕していたケラベルスの顔が歪んだ。
拳を捻りながら殴り飛ばす。
ミシミシ、という確かな手応え。
内臓までダメージが入っただろう。
「がはっ!」
ケラベルスは背中から壁に突っ込んだ。
口から大量の血液がこぼれた。
すかさず距離を詰め、魔力の縄で全身を拘束する。
「くっ……!」
サター星の刺客は懸命に振り解こうともがいているが、そもそも力が入りにくいように縛っているため、縄が緩まる事はなかった。
緩まっても、またキツく締め直せばいいだけだしね。
「くそっ、この縄を解け!」
「うるさい。殺すよ?」
ケラベルスの顔面スレスレに魔力の光線を放つ。
校舎の壁が吹き飛んだ。
彼はヒッと情けない悲鳴をあげた。
自分を殺すには十分な威力だとわかったのだろう。
正直、ケラベルスはもういつでも殺せる。
けど、それはまだ早い。
「ねぇ、今から僕の言う事を聞いてくれたら見逃してあげるけど、どうする?」
「き、聞く! 何でもするから頼む、殺さないでくれ!」
ケラベルスが額を地面に擦り付けた。
従順すぎて、逆に怪しいな。
何か、裏があるのかもしれない。警戒しておこう。
まずはダーナスを回収させて、その後に背景やら何やら色々尋問するか。
「じゃあまずは、生き残りのダーナスをすべて回収して。君はさっき、扉からダーナスを呼び寄せる時に魔法を使っていた。そのままの格好でもできるでしょ?」
「あ、あぁっ、できる!」
ケラベルスが校庭に視線を向けた。
皆を襲っていたダーナスが、一斉に攻撃を停止した。
浮き上がり、こちらに向かってくる。
ダーナスは自分では浮けないようだから、全てケラベルスが操作しているのだろう。
大した制御力だ。すごいな。
ダーナスが残っていないのを確認し終え、ケラベルスへの尋問を始めようとした、その時。
突如として、彼から強大な魔力が溢れ出した。
「なっ……!」
馬鹿な。ケラベルスにこれだけの魔力が残っているはずがない。
供給源はすぐに判明した。
ダーナスが次々と死んでいく。
ケラベルスは、回収したダーナスから魔力を吸収しているのだ。
「ノア君、あれはやばいです!」
「わかってる!」
魔力の光線を放つが、結界に防がれた。
「なっ……!」
もう一発、さらにもう一発。
全て防がれる。
「そんな……!」
最後の一発は、今の僕に出せる最高火力だった。
時間をかければもっと強力な一撃を繰り出せるが、ケラベルスの技は完成間近だった。
まずい、このままじゃ——!
「さっさと殺しとけばよかったものを、ない頭を働かせるからそうなるんだ、バカが——【魔吸光線】!」
……あぁ、そっか。
こちらに向かってくる濃密な魔力の光線を見て、僕は一人頷いた。
——これなら問題ないな。
「ノア君、避けて!」
シャルの悲痛な叫び声が聞こえる。
「大丈夫だよ」
泣きそうな表情の彼女に向かって微笑んで見せてから、僕は両手を前に突き出した。
「フハハ、バカが! 全てのダーナスの魔力を吸収した技だぞ! いくら貴様でも、この火力を浴びれば——」
「——【魔吸光線】」
光線は僕の両手に触れた瞬間、跡形もなく消滅した。
ケラベルスがあんぐりと口を開けた。
「なっ……はっ……? な、何が起こったっ……?」
「僕も【魔吸光線】を使って、君の魔力を吸収しただけだよ。君がダーナスの魔力を吸収できたなら、僕が君の魔力を吸収できてもおかしくないよね」
吸収した魔力を凝縮させ、さらに僕の魔力も込める。
ケラベルスがハッと目を見開いた。
「貴様、まさかっ、我々とのこんけ——」
「ご明察」
口元を緩めて頷き、【魔吸光線】を放つ。
「くそがっ……!」
その悪態を最後に、ケラベルスは空気中の塵と化した。
◇ ◇ ◇
ノアの光線を喰らったケラベルスは、跡形もなく消え去った。
シャーロットは、目の前で起きている事が信じられなかった。
覚醒というより復活だとノアは言っていた。
つまり、昔は魔法を使いこなしていたという事だ。
であるならば、なぜEランクと判定されるほど使えなくなっていたのか、という疑問が生じる。
それに、ケラベルスを倒した最後の技は、直前にケラベルスが使用した技と全く同じだった。
疑問符が頭の中を飛び交う。
ノアに問いたい事が山ほどあったが、シャーロットはそれらを一旦頭の隅に追いやった。
質問攻めよりもまず先に、やる事がある。
「ノア君。命を救っていただき、ありがとうございます。お体は大丈夫ですか?」
「大丈夫。シャルこそ大丈夫? 【統一】の反動とかは」
「はい、ノア君が治してくださったおかげで、すっかり問題ありません。ありがとうございます」
「お礼を言うのは僕の方だよ。シャルが助けてくれなきゃ、僕は死んでいたからね。ありがとう、シャル」
ノアがニコッと笑った。
「っ……⁉︎」
シャーロットは息を呑んだ。
見惚れたわけではない。
緩められた彼の口元から、本来あるはずのないものが覗いていたのだ。
「の、ノア君……それは……⁉︎」
「あぁ——キバの事?」
そう。
ノアの口から姿を覗かせていたのは、狼のような鋭いキバだった。
「キバだけじゃないよ。こっちもね」
ノアが手のひらを広げて見せる。
その指の先からは、犬のように鋭利なツメが生えていた。
「本気出すと生えちゃうんだよね。すぐしまえるけど」
キバとツメがスッと消えていった。
シャーロットは、その様子をただただ呆然と眺めていた。
キバもツメも、ケラベルスのそれとそっくりだった。
考え得る可能性など、一つしかなかった。
ノア君は、おそらく——
「多分、今シャルが考えている事は正解だと思う。けど、ごめん。少しの間だけ、黙っててくれないかな。ちゃんと説明するし、その後はシャルの判断で動いてくれて構わないからさ」
「わかりました。では、ケラベルスはノア君が覚醒して倒したという事にしますか?」
「……うん、ありがとう。でも、いいの?」
隠蔽に協力していいのか、という事だろう。
シャーロットは口元を緩めた。
「ノア君が言ってほしくないのでしょう? でしたら言う理由がありませんよ」
「っ……!」
ノアが目を見開いた。
ふっと口元を緩めて、近づいてくる。
彼の腕がシャーロットを包み込もうとした瞬間、
「——お姉ちゃん、ノア!」
突如として教室に飛び込んできたエリアに、二人揃って飛びつかれた。
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