リアムの真実
その後、帰りの馬車の中で。
全てを思い出した私は眼鏡を外したリアムーーウィリアム・ツワラノサウレー公爵子息の前に座っていた。
そうだ、確かにこの顔、見覚えがある。
「もしかして……5年前……私が13歳の時……。デビュタントになりたての頃、公爵家のパーティに伺ったとき」
「うんうん」
「屋敷の中で迷子になって……そして見つけた最高級の家具に夢中になっていたら落ちてきたツボ、それから庇ってくれたあの公爵子息様……ですか!?」
「大正解」
リアムは両手でピースサインを作って笑顔になる。
「どんなドレスより螺鈿細工に目をキラキラさせた君が可愛すぎてさ。面白い子だな〜と思ってさ。この子が喜ぶような家具を作りたいって思って、宮廷魔術師の職業断って家具職人になったんだ」
「思い切り良すぎません!?」
「敬語じゃなくていいよ」
「思い切り良すぎない!?」
「ふふ、それでいいよ」
リアムは目を細めて嬉しそうに笑う。
「だってあの日君と出会うまで、人生楽勝すぎてつまんなかったし。勉強も簡単に首席になれるし、嫌なくらいモテるし、宮廷魔術師だって簡単に内定もらっちゃったし」
「あわわ……」
「でも、君や親父さんをあっと驚かせる魔法家具を作るのって、すごく難しかった」
リアムは言いながら、幸せそうに遠くを見遣った。
「一から家具の作り方を覚えて……魔術師としての知識を注ぎ込んで、新しい家具を作ってさ。初めて人生で、のめり込んで夢中になれることを見つけたんだ。奥深くて、とても楽しい。魔法家具を作って、社会に貢献するのも魔術師のあるべき姿だと思ったんだけど、どう思う?」
「それは御大層な信念ね……」
「と、言うわけだ。これから一緒に幸せになろうね。ヤドヴィガ♡」
◇◇◇
ーーそんなわけで。
王太子と公爵令嬢は結局婚約破棄をすることになった。
王太子は聖女とベッタベタに過ごして、公爵令嬢はすっきりとバカンスに行くことになって。
公爵令嬢は出立前、私とリアムに会いに来てくれたーー新婚ほやほやの、私たちの新居に。
「ありがとうございます。貴方のおかげで前向きになれたわ、家具屋の娘」
「とんでもないです。お気をつけていってらっしゃいませ」
「貴方も……幸せにおなりなさい」
ウインクを残して馬車に乗り、バカンスに向かう公爵令嬢。
「幸せ、ねえ……」
私はダズリングヒルズーー新興住宅街に建てた、新しいリアムとの新居を仰ぎ見る。
王太子の婚礼家具は全て私とリアムの結婚を祝福する婚礼家具になった。
「まさか、新婚で他人の破局済みカップルのイラストが描かれた家具を使う羽目になるなんて」
「あはは。面白いことになったよねえ」
リアムは笑う。
家具には金箔で王太子と公爵令嬢の名前が刺繍されまくっているし、
カーテンは特別製で王太子と公爵令嬢の姿絵が描かれているが、もうこの際これを使って生きるしかない。勿体無いし。
私たちは生き返った父と家族と、ツワラノサウレー家の皆さんに祝福されて晴れて結婚することになった。
仕事も順調で、父も元気でーー全ては、うまくいっている
◇◇◇
その日の夜。
王太子と公爵令嬢の顔が書かれたベッドリネンを柄物の織物で隠したベッドに腰掛け、私は隣のリアムに訪ねた。
「ねえ、リアム」
「ん?」
ネグリジェでもじもじとする私に、リアムが優しく微笑んでくれる。
私は素顔の彼が真正面から見れなくて、シーツにのの字を書く。
「勢いで結婚しちゃったけど、私なんかでいいの?」
「なんかって? どうして?」
「だって男爵令嬢よ? いつ没落するかわかんないような」
「ははは。そんなこと? 没落なんてする時はするし、しないときはしないよ。貴族だって誰だって。」
ガウン一枚でお風呂上がりの、綺麗なリアムは銀髪を揺らして笑う。
「国王だろうが大司祭だろうが、魔法で撃てば死ぬし?」
「ちょっと!!! 不敬!!!!!」
「はっはっは」
ひとしきり軽やかに笑ったリアムは、フッと真面目な顔をしてーー私の頬を撫でる。
綺麗な顔をしているけど、意外と働き者で大きな手。私の頬を確かめるように包み込む。
青い双眸に、真っ赤になった私が映っている。
「ヤドヴィガも言ってたでしょ? 爵位よりも大事なものがあるって」
「……言ったわね」
「そっちの意味でも……僕はきっと、ヤドヴィガを幸せにできると思うんだけど」
「それは……うん。リアムのことは……信じてる」
頷く私を、リアムは腕の中に抱きしめてくれた。
はだけたガウンから覗く胸板が、頬に触れて、体温がーー刺激が強い。
「僕はヤドヴィガを守るよ。たとえ国王だろうが、大司祭だろうが、ヤドヴィガを泣かせるものには負けない」
「……ありがと」
「魔法で撃てば一発だしね」
「だから実力行使はやめて!!!!!」
それから私たちは顔を見つめ合い、なんだか恥ずかしくなって照れ隠しに笑い合う。
「……ねえ。リアム。改めてお願いしたいことがあるの」
「何?」
おねだりするのは、少し勇気が必要だった。
「ちゃんとキスしてよ。勢いじゃなくて……結婚式の誓いのキスでもない、二人だけのキスを」
「もちろん」
嬉しそうに微笑んだ、リアムの顔が近づいてくる。私は彼を見上げる。
銀髪のカーテンに包まれた、私は世界で一番幸福な家具屋の娘だ。
◇◇◇
ーーーこのままいい話で終わればいいのだが、そうは問屋が卸さない!(家具屋の話なだけに)
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