家具屋の娘も泡吹いて倒れた
え????????
動揺する私の肩を抱き、リアムは眼鏡を外して頭を下げる。
「彼女ーー家具屋の娘、ヤドヴィガと私は彼女の父も公認の関係です。王太子殿下に本日こうして二人揃って伺ったのも、未来の婿として彼女の仕事に同行しているからなのです。……王太子殿下といえど、ヤドヴィガには指一本触れないでいただきたい」
今まで聞いたこともない、真剣で真面目なリアムの言葉に胸がドキドキする。
肩を抱き寄せる手が、男の人らしくて大きい。
さっきまでとは違う意味でパニックに陥る私に、王太子は身を乗り出して問いただした。
「おい家具屋の娘。彼が言っているのは本当なのか?」
そんな話知りません。
今初めて聞きました。
でも。
そんな話知らない。嘘嘘どういうこと?
でもここで私が婚約者ということでなければ、王太子のお手つきにされてしまう。
「あ……ああ……ええと……」
よ、よく考えて返事するのよ、ヤドヴィガ!!
私はしっかり考えた。
ーーお手つきになるメリット。
婚礼家具の受注が受理される。父が生き返る。
ーーそしてデメリット。
人生がここで確定してしまう。この王太子に身を捧げるなんて冗談じゃない。
それにこんな人、信用できないような気もするし。
そして。
私はリアムの横顔を見上げる。
背筋を伸ばして隣に立つと、銀髪青瞳の彼は涼しげに目を細めて微笑む。
急に、どんどん、リアムがカッコ良く見えてくる。
ーーリアムと婚約者になるメリット。
王太子の婚約を丁重に拒否できる。
そして、デメリットは。
「ヤドヴィガ。……どう?」
リアムは優しい顔をして、首を傾げ、銀髪を揺らして訊ねてくる。
「リアムは……嫌じゃないの? 私が婚約者になって……」
「嫌だったら、こんなところで宣言したりしないよ」
ああもう、ずるい。
私は顔を真っ赤にして、王太子に向かって頷いた。
「そうです……実は……私たち婚約者なんです……」
「そうか! それは悪かったな!?」
消え入りそうになる声で認める私に、王太子は態度を一転してあっさりと謝罪した。
「それはすまない家具屋の娘。君があまりに可愛いから、つい聖女モーニンカと一緒に侍らせていちゃいちゃしてみたいとか思ってすまなんだ」
「……は、はあ」
「しかし」
「は、はい」
「僕の質問に答えるまで、妙に返事まで間があったな?」
「……ええと……それは…………」
「もしかして二人の間には愛がないのか? 愛がない結婚をするくらいなら、僕の彼女になる方が良いのではないのか? ん?」
「え、ええと……」
そこ食い下がるの!? 諦めてよ!
焦る私の肩をぎゅっと抱きよせ、リアムが銀髪を揺らして肩をすくめる。
「申し訳ありません。残念ながら僕たち、恋愛婚約なんです。だって一介の家具職人の僕と豪商の一人娘、釣り合わないでしょ?」
「そうか? いやむしろ……いやいや、うーん……」
「彼女は照れ屋なんです。ね?」
目を合わせてにっこりと言われると、抵抗できない。
「そ、そうです……」
「そうなのか……?」
王太子はまだ、私たちを疑念の目で見つめている。
「じゃあその、チューとかもした仲なのか?」
「ちゅッ!?!?!」
「いや~、実は僕、公爵令嬢が固かったから何もしたことなくてだな……聖女モーニンカもチューしようとすると、こう、ビスケットを間に挟んで抵抗してくるし」
あんないちゃいちゃしてる聖女からも抵抗されてるのか……ちょっとかわいそう。
そう思っていると、リアムがけろりとした顔で答える。
「ええ、もちろんしたことありますよ」
「ええ!?」
「ね、したことあるよね?」
気がつけば私は顎を取られ、リアムに軽く触れるだけのキスをされていた。
「あ……」
リアムの海色を映し取ったような蒼い双眸が、至近距離で細くなる。
話を合わせて? と言わんばかりに。
「おお……尊い……」
私たちのキスを見た王太子が感涙し、ついにスタンディングオベーションを始めた。
「二人の愛は尊い……課金する価値がある。うむ。家具の代金は全額支払おう。家具は二人へのプレゼントとさせてくれ」
「本当ですか!! ありがとうございます!!」
「ははは、二人とも幸せになれよ」
拍手する王太子に私は頭を深々と下げる。
そこで、拍手に疲れた王太子がふと、思い出したようにリアムを見て言った。
「しかしいいのか? ウィリアム殿。君はツワラノサウレー公爵の次男だろう? 新興貴族の男爵令嬢ではお父上が納得しないのでは?」
「え」
待って。情報が、多すぎる。
「バラさないでくださいよ~。ヤドヴィガと結婚するために身分を捨てて、ただの職人として地位を築いて来ているのに」
「おっと失言」
王太子がてへぺろ、とお茶目ぶって肩をすくめる。
私はあまりの事態に、頭が真っ白になってーー倒れた。
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