馬車の中で
馬車の中で「そういえば」とリアムが私に話しかけた。
「ヤドヴィガ、婚約者はどうしたの? 親父さんが倒れたのに見舞いにも来ないの?」
「ああそれ? 実は私も婚約破棄されたのよね」
リアムの返事がない。
彼の顔を見れば、彼は瓶底メガネを光らせ、無表情で私を見ていた。
どんな目をしているのか見えないけれど、怖い顔をしているのはわかる。
「な、なにその顔」
「まって。僕聞いていないんだけど。あの貧乏伯爵家の四男と政略結婚するんじゃ?」
ずい、と近づいてくるリアム。
しまったな~今言うんじゃなかった。なんて思いつつ、私は気まずさで頭をかきつつ答える。
「うん。実は昨夜の婚約破棄パーティの直後、手紙が届いたのよ。『拝啓 大変お日柄も良い婚約破棄の候、いかがお過ごしでしょうか。婚礼家具全キャンセルならお前の家も没落するだろう。没落する男爵令嬢なんていらねえ。敬具』……ってね」
「嘘だろ……」
「ほんとほんと。だから私も、ちょっと公爵令嬢様の気持ちに共感しちゃったりして。あはは……」
「あははじゃないよ……」
リアムが口元を覆う。ショックを受けさせて申し訳ない。
「ほんとみんな婚約破棄あっけなくやりすぎよね」
「ああ……多分もうすぐ婚約破棄の法律絶対変わると思う」
リアムはじっと考えた顔をして、私をじっと見た。
「じゃあ、次の結婚相手ってもう決まってるの?」
「流石に決まってないけど、いずれ見つけないとね。私はお父さんの後継として、一緒にお店を盛り立てていく旦那様が必要だし」
「……条件は?」
「家族と仕事を大事にする人が第一かな。身分なんかより本人の資質よね。身分はあったほうがそりゃあ便利だけどーーでも最近は昔とは違って、貴族だからって既得権益も減ってきてるし。逆に平民だって、やる気と運があればお父さんみたいに男爵になれる時代だし」
「そっか。身分は関係ない、か……。僕にも望みはあるってことか」
「私なんて、リアムには勿体無いわよ。王宮魔術師になれる才能を持った天才魔術師様なのに」
面白い冗談で私を励ましてくれる、リアムが優しいと思う。
「少し元気出たわ。ありがとう。冗談でも嬉しいな」
「冗談のつもりはないよ?」
「そうね、いざとなったらリアムがいいなあ」
「そっか」
馬車がそこで宮殿に着いた。
「リアム、着いたよ」
「…………」
考え事をしていて、馬車が止まったことに気づいていないリアム。
彼は何かをじっと、色々考えている様子だった。
ーー私はリアムがどんな出自なのか知らない。
リアムのことで知っているのはーーいつの間にか魔法家具工房に弟子入りして、あっという間に独立して、うちの父にも認められるものすごい家具職人になった人、ということだけだ。
顔を隠して変人を貫く彼を、いろんな人がコソコソ噂話してるのは聞いている。
隣国の魔女の隠し子だとか、遠い辺境伯の私生児だとか、はたまたもっと高貴な人々のお忍びなんじゃないのか、とか。
でも、どんな人だって関係ない。
「リアム」
「ん? ああ、馬車もう着いたのか」
立ち上がって馬車を出て、私に手を貸してくれる。
彼の手を借りておりながら、私は笑顔でお礼を言った。
「……ありがとう」
「なにが」
「お父さんが倒れた翌日に、お見舞いに来てくれたのはリアムだけだよ」
私の言葉に驚いた様子を見せたリアムは、頬を赤くしてごほん、と咳払いする。
「そりゃ……当然だよ。親父さんにはこんな若造の作った家具を仕入れてもらったり、色々世話になってきたんだから」
「本当にリアムが結婚相手ならいいのになあ」
私は本心から呟く。
「……ねえ、ヤドヴィガ」
「何?」
振り返ったところで、ちょうど王太子様の従者たちが私を出迎えにやってくる。
私たちは会話をやめ、背筋を伸ばしてお辞儀をして、王宮内へと案内された。
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