二、初彼
九月二十三日
いつものようにTwitterでフォロワーのツイートを慣れた手つきで遡る。
すると、気になるツイートを発見する。
「誰か俺の心の癒しになって、泣
…やっぱり、弱っている俺は嫌いですか…?」
フォロワーの『かずま』のツイートだ。
一回も話した事が無かったが、 私は自分と同じように弱っていたり、悩んでいる人をほっときたくない。
なので、
「いいよー!弱っているの嫌いじゃないよ。」
と返信を送る。
相手に対しての哀れみなのか同情なのかただ単に自己満足なのか分からない自己本位の欲望だ。
それでもいいから唯一の居場所であったTwitterで誰かを救ってみたかった。
このやり取りをきっかけに私とかずまは個人的なやり取りの手段であるDMで頻繁に話すようになった。
異性と個人的に話す機会が現実でもネットでも無かった私は自然とかずまに惹かれていった。
九月三十日
私はかずまと付き合う事になる。
顔も声も知らない状態から始まるネット恋愛。その為、世間からのイメージも悪い。私は躊躇したが、どうしても癒しとなる存在が欲しかったのだ。ただ単に私はそばにいてくれる人がほしかった。理解してくれる人がほしかった。それだけだったのかもしれない。
初めての恋人で分からない事も多い中、かずまと過ごす時間は幸せな日々だった。
ネットから始まる恋も悪くない、むしろ良いと思うようになっていった。
Twitterで匿名で私に質問や意見などを言える機能の質問箱を使用していると、目を疑うような内容の書き込みがされていた。
「あなたを本気で思ってくれる人はいない。ネットだからいい態度取ってるだけ。どうせ裏切られる」
「あなたは歌い手にはなれない。ゲスボが歌い手を目指すとか笑うWWW」
「かずまくん可哀想邪魔」
どれも本当の事だからこそ傷付いた。
現実で居場所が無いからTwitterに依存した。それなのにTwitterにさえ居場所を奪われたら私の居場所はどこにあるのだろうか。仮想でも良い、それでも私は癒しの場所が欲しかった。それを否定されるのは悲しかった。
しかし、これを送ったのは間違いなくTwitterの人だろう。そう思うと怖かった。誰を信用したら良いのか分からなかった。所詮ネットも現実も変わらない。
質問箱での荒らしは度々続いた。内容は誹謗中傷や妬みを含んだものばかりだった。現実での陰口や悪口、ネットでの誹謗中傷に悩まされた。ますます人が怖くなった。
日に日にネガティブなツイートが増える私をかずまとkurahaが心配してくれた。意を決してかずまとkurahaにこの事を相談すると、二人は
「居場所になる」と言ってくれた。
初めてだった。弱い部分を見せても受け入れてくれる人達は。私はまだネットを、この人達を信用したい。自分を批判してくる人達に気を取られないで自分を大切にしてくれる人の存在を大切にしようと思った。
かずまと出会って一週間程が経った出来事。
かずまの幼なじみを名乗る『ゆかちゃん』とTwitterで知り合う。
ゆかちゃんは初めは私とかずまの恋愛を応援する程度だったが、日が経つにつれてかずまとの付き合い方に対して口出しをするようになってきた。
「今まで言わなかったけど男子と話してるのは浮気と変わらへんからねこの浮気者。あれだけいつも言ってたんにラムネさん最低!!!」
きつい言葉でゆかちゃんにそう言われた。
「Twitter上で話してるだけだよ、誰ともLINE交換してないし深い話もしてないよ。」
ゆかちゃんが浮気と言う意味がわからなかった。
ただ話してるだけなのに。どうして浮気と言われなければいけないのだろうか。
「自分がどう思うかより相手がどう思うかなんやさ。ラムネさんがしてる行為は浮気だよ。」
そうか、私が悪いのか。
いじめと同じだ。自分がどう思っていようと相手の受け取り方によっていじめかいじめじゃないか判断する。いじめを受けてきたにも関わらず、理解していなかった自分がいた。私は自分の都合の良いように解釈をし、かずまを傷つけている。そう思った私はゆかちゃんの言葉を鵜呑みにした。
しかし、かずまも普通に千人を超えるフォロワーの人と話をしている。私はダメでかずまは良い理由が分からない。
そう思ったが、私はゆかちゃんの言う通りにした。私はかずまを信用していたけど、かずまは恐らく私の事を信用していないと思ったから。
まずは所属していた歌い手グルーブを抜けて、ゆかちゃんが決めた十人程度の人だけをフォローして他の人はブロックし、鍵アカウントにした。
歌い手グルーブを抜けるのは並の事では無かった。メンバーの人とも仲が良かったし、もちろん悔しい。でも信用させることが出来なかった私が悪い、そう思った。
唯一良かった事と言えば、ゆかちゃんが決めた十人の中にkurahaが居た事だ。
kurahaまで縁を切るよう言われていたら、私は私で居られなかっただろう。
これで私はかずまとゆかちゃんに信用されると思っていた。だって私は大事な居場所であったTwitterの人達と縁を切った。躊躇したけど、どうしてもゆかちゃんに、かずまに信じてもらいたかったのだ。
私はこの二人に依存していた。自分の性格や行動を変えてしまうほどに。
葉は落ち尽くし、枯れた枝が刺々しく空を突き刺す。
気温と共に私の気分も下がる。
はしゃぐ小学生達が自分とは別世界の人間に見える。
帰り道一人で居ると、喧嘩して一切話していなかった瑞希が話しかけてきた。どんな罵声を浴びせられるのだろうか。私は自然と身構えた。
「今までごめんなさい。一緒に帰ろう」
瑞希の口から出た言葉は予想に反した言葉だった。私は驚いてすぐには言葉が出なかった。
「もう…遅いかな?」
瑞希が不安げな顔でこちらを見てきた。
「遅くない!こちらこそごめんね。」
瑞希には沢山苦しめられたり、仲間外れにされたりして理不尽なことをされたが、喧嘩の理由はお互いに悪かったのだ。
「でもどうして急に…?」
私と瑞希は喧嘩して話さなくなってから半年近くが経過していた。急に謝罪をしてきた意図が分からなかった。
「だって…あいな一人だもん。」
その言葉を聞いて私は小学生の頃を思い出した。小学生の頃、友達もいなければ話す人もいない。そんな私を見て話しかけてくれたのが瑞希だった。
しかし、瑞希以外に友達がいなかった私はまた一人になる気がして不安だった。だって私には瑞希しかいないけど瑞希には沢山の友達がいるのだから。私と瑞希は体育館の外で座って佇んでいた。
「私さ、一人になったらどうしようって、思うんだよね」
ふと胸に抱いている不安を瑞希に話した。
「何言ってるの!一人ぼっちにさせないから。どんな事があっても!約束するよ」
瑞希は当たり前のようにそう言った。瑞希はいつもその言葉どおりに私が一人でいる時は話しかけてくれて一人でいることはなかった。
恐らく私がクラスの子から仲間外れにされ、一人で帰る姿を見て話しかけてくれたのだろう。部活で仲間外れにしてきたりもしたが、あの時の言葉を未だに忘れずに守ってくれたのがそれを覆すくらい嬉しかった。
それからは時々見かけては一緒に帰ったりもしていたが、他の人達と楽しそうに話してる瑞希を見て私と帰るのが申し訳なくなってしまって自然と瑞希が帰る時間帯を避けて帰るようになってしまった。
楽しそうな雰囲気を壊したくなかったのだ。今の私はやつれてしまっているから。何が原因かも分からなかった。かずまに夢中で気にする余裕もなかったのだ。
十二月二十四日
クリスマスイブの日。
ついに私はかずまと会う事になる。