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猿と虫  作者: のんきや
2/2

(後編)

「海賊か」

ブルストリーは軽く唇を噛んだ。

「まさかマラッバでは・・・」

副長のレイ・アリューズが顔をこわばらせて言う。辺境部というのは警備の手が薄い上、比較的高価な鉱物資源が輸送されるとあって海賊が出没する率が高い。中でも厄介なのがマラッバ海賊だった。襲った船は必ず爆破する。

 当然警備側は救助を優先するから、すぐには追っ手をかけることができない。時間稼ぎと証拠隠滅の二重効果を持った手法である。

 現場に到着するまでにブルストリーは全ての手配をし終えていた。爆発物処理に当たる者、エウリリテ号の乗員、乗客を誘導する者、後方支援を行う者・・・

 先駆けの第一隊がエウリリテに乗り移る。悪いことにエウリリテ号は通常の乗客も運んでいた。月に二度の定期便だったのである。

 通常の貨物船であれば乗っている人員も少なく、また訓練されてもいるので退避活動はそう難しくない。しかしこれが一般乗客ともなると、そうそう簡単には、行かない。

「爆発物反応がありました。恐らく全部で60カ所余り」

イシュラインがそう報告する。

「座標を爆発物処理班へ送ってくれ」

「隊長、どうやらやはりマラッバのようです」

「今一つ目の爆発物を解除しました。タイマーにセットされた残り時間はおよそ21分」

「分かった。残り6分になったら全員退避」

慌ただしく指示と報告が飛び交う。そんな中で、まだ見習いの水樹の仕事はエウリリテ号から白竜号へ乗り移ってきた人々の誘導だった。

「こちらです」

まだ恐怖の色もさめやらぬ人々に場所を示す。と、一人の女性がすがりついてきた。

「子どもが、子どもがいないんです!」

「落ち着いて」

翠楓がその腕をつかんで言った。

「どこでお子さんと別れましたか?」

「第2デッキで・・・襲われた時とっさに隠したんです。せめてこの子だけでもと思って」

絶対出てはいけない、そう言い聞かせたのだという。その後、乗客たちは全員一室へ集められ、親子は引き離されてしまった。

「それで、それで、探したんです。でも見つからなくて!」

 恐らく皆が連れて行かれてしまった後、不安になった子どもは自分で動いてしまったのだろう。

「分かりました、探すよう指示を出します。さあ、落ち着いて。かやのさん、現場に連絡を」

「了解」

水樹は通信機に飛びついた。口早に説明をする。

「りょーかいっ」

グレースの元気な声がした。

 ちら、と時計に目をやる。全員退避まで残り7分ばかり。果たして間に合うのだろうか?

 そう思った水樹の目の端に、「305」の扉が目に入った。ひょっとしたら、そう思い部屋に飛び込む。白竜の分身である白い服の少年が訝しげな顔をした。

「おや、水樹、仕事は?」

「あのね、生体反応、調べられる?」

「どうしたんです?」

「子どもとはぐれたらしいの。もし怖がってどこかに隠れてるのだとしたら、普通の探し方じゃ見つけられないかもしれない」

「そりゃいけない!」

白竜は言うと勝手にスキャナを起動してざっとエウリリテ号に探りを入れた。

----・・・・・・?-----

 操作していないはずの部分が稼働している。中央制御室で作業をしていたイシュラインはおや、と不審気にモニタを見た。生体反応スキャナである。

 空いた目でざっと周りを見回す。見たところ誰も触っているようには見えない。

----白竜号か----

そうあたりはつけたものの、それにしても疑問が残る。白竜号が、何故?

「分かった。第三デッキだ」

白竜が場所を表示する。

「ありがと!」

水樹は飛び出すと通信機に飛びついた。

「グレース!第三デッキを探して!場所は・・・」

「水樹ちゃん、遅いよ!時間切れ!」

悲鳴に似たグレースの声が返ってくる。今や爆発まで残り時間6分を切ろうとしていた。退避誘導班も処理班も調査班も全てが退避を開始している。

「ロイ、ロイ!」

母親が泣き叫ぶ。水樹は乾いた唇を舐めた。残りおよそ6分。船にたどり着くまでに2分、第三デッキにたどり着くまでに1分、探し出すのに1分、退避に1分。ギリギリである。

「水樹!?」

翠楓の声を背に聞きながら水樹は子機ルームに飛び込んだ。

「白竜、お願い!」

「合点承知の助」

全ての手順を無視して、白竜号は、子機を発進させた。

「操縦はぼくに任せて、触らないでね」

 突如飛び出した一機にブルストリーが声を荒げる。

「誰だ!」

「私が追います」

イシュラインははじかれたように立ち上がると自らも子機ルームへ向かった。恐らく水樹である。それ以外にブルストリーの指示を破るような者はいない。

「水樹さん!戻って下さい!」

イシュラインは通信で叫んだけれども、水樹からの返事はなかった。水樹の乗る子機が、第三デッキにほど近いハッチに降りる。

「OK、急いで!ぼくが合図したら、絶対に戻って」

白竜号は、自動で扉を開きながら言った。水樹は、飛び降り、白竜が示した場所へと駆けつけた。ガランとした部屋。

「ロイ!ロイ!出てきて!」

早く、早く、早く、早く見つけなければ!水樹は大急ぎで手当たり次第に開いていった。が、どこにも姿がない。

「お願い、船が爆発してしまう!」

 気配だけはしている。と、そこへイシュラインが飛び込んできた。ぐるり見渡し、通気口ダクトに駆け寄る。

「そこだ!」

 網を外すと、その中に縮こまって小さな男の子がいた。おびえるその子を抱きかかえ来た道を引き返そうとする。が、イシュラインがそれを引き留めた。

「駄目です、戻っている暇はありません。第三デッキの救命艇がまだ残っているはずです。それを使わせてもらいましょう」

言うが早いかイシュラインは水樹を先導して走り始めた。走りながら腕にはめた通信機で白竜号本船に連絡を入れる。

「15号機、17号機を自動で退避させて下さい」

 残っている爆発物はおよそ25。その全てが爆発すれば、エウリリテ号は吹き飛ばされてバラバラになってしまう。そうなれば一巻の終わりである。

 残りおよそ72秒。水樹は、震える手で救命艇のハッチを開いた。子どもをまず乗せ、水樹が乗ったところでぐらり、エウリリテ号が揺れた。仕掛けられた爆弾のどれかが爆発を起こしたらしい。

「イシュライン技官!」

衝撃で飛ばされかけたイシュラインの腕を水樹がつかむ。辛うじてイシュラインが滑り込むと、水樹はすぐにもハッチを閉じた。その間にイシュラインが救命艇を発進させる。

「退避しました」

イシュラインが報告する。それと同時に白竜号からは分解線がエウリリテ号に照射された。おめおめと爆発を許して二次災害の元にすることはできないのである。

「ふう・・・何とか・・・助かったみたいです」

さすがに息を切らしてイシュラインが言った。

「ご・・・ごめんなさい」

水樹が縮こまる。

「水樹さん、作業において隊長の指示は絶対です。よく覚えておいて下さい。命に関わることです。それにしても・・・」

イシュラインはここで少し笑ったらしかった。

「あなたがこんなに無謀な方だとは思いませんでしたよ。まあ、無事に救出できてよかった」


「ロイ!」

母親が駆け寄り子どもを抱きしめる。ようやく安心したのだろう。子どもはわっと泣き出した。

 急に緊張が解けて倒れそうになる。それを支えてグレースが言った。

「ったくもう、水樹ちゃんてば無茶なんだから!わたい、水樹ちゃんが向こうに行ったって聞いて心臓止まるかと思ったんだよ?」

「あ・・・は・・・あはは、ごめん。夢中だったから・・・」

水樹が力無く笑う。と、硬い表情でやってきた翠楓が言った。

「かやのさん、隊長がお呼びです。イシュライン技官も」

 沈黙が重い。水樹は体をこわばらせてブルストリーの言葉を待った。完全な命令違反。どんな罰を言い渡されても不思議ではない。

「かやの君、退避に時間的な余裕を持たせてあるのは理由のないことではない。分かるかね?」

「はい」

小さな声で水樹が答える。

「理由を言ってみたまえ」

「それ・・・は・・・隊員の安全の確保と、二次災害の防止、不確定要因からくる不測の事態を未然に防止するためです」

「では、作業に当たって指示系統が明確になっている理由は?」

「一つには責任の所在を明らかにし、責任ある行動を促すため、また一つには、事態に当たって意見対立等により身動きがつかなくなるのを避けるため、です・・・」

「私は当初に残り時間が6分を切った時点で全員退避するよう指示を出したはずだ」

「はい・・・」

「そして、事の最高責任者は私だ」

普段は温厚に見えるブルストリーの目が今は鋭く光っている。

「この仕事は常に危険と隣り合わせだ。だからこそ、全てのメンバーがルールに従い、規則にのっとって行動することが必要になる。そうしなければ自分はもとより、他のメンバーをも不要な危険にさらすことになるからだ」

そう、水樹もそのつもりはなかったとはいえ、イシュラインを巻き込んでしまった。もしイシュラインがいなければ、恐らく水樹は助からなかっただろう。15号機もきっと宇宙の塵となり果てていたに違いない。

「申し訳ありません」

水樹はそう謝った。涙が溢れそうだった。あの子が助かったのはうれしい。けれども自分のしたことの恐ろしさを今じわじわとかみしめてもいた。あの時は夢中だったので気づかなかったけれども----

 すっかりしょげ返ってしまった水樹を前に、ブルストリーはわずかに表情を緩めた。

「かやの君、この仕事は人を守る仕事ではあるものの、それでも『死』に慣れなくてはならないものでもあるのだよ。あの子を助けに飛び込んだ君の気持ちは分かる。だが、それでも時には冷たいようだが、切り捨てなくてはならない場合もある。情だけでは成り立って行かない。辛い仕事だ。だが、また・・・誰かがしなくてはならない事でもある」

 まだ時間があると思った。あの時は。ギリギリながらもまだ時間があると。しかし実際には自分が思ったほどの時間はなかったのである。

 死に慣れよとブルストリーは言う。時に切り捨てなくてはならないこともあるのだと。それがどんなに辛い選択でも。

 泣いてはいけない。ここで泣いては。水樹は必死に涙をこらえていた。隊長の前で今泣いて軽蔑されるようなことだけはしたくない。

 ブルストリーはそんな水樹を幾分柔らかいまなざしで見ていたけれども、小さく息を吸うと、行ってよろしい、と低い声で告げた。

「あの子が無事でよかったな」

立ち去る水樹の背中にそう声をかける。水樹は顔も上げられないままぺこり、頭を下げると部屋を出ていった。


「水樹ちゃん!」

心配げな顔のグレース。

「あ・・・は・・・叱られちゃった」

出た途端に涙があふれ出た。無事でよかったな・・・ブルストリーの声が胸の奥に広がる。誰だって見殺しになどしたくはない。それでも、そうせざるを得ない時がある----

よしよしよし、グレースが水樹を抱えて頭を撫でる。

「隊長、ほんとはすごく心配してたんだよ。すごく怒っても、それはわたいたちのことを一生懸命考えてくれてるから、だから怒るんだよ。だから・・・」

「うん・・・分かってる」

水樹は涙をぬぐいながら言った。

「ブルストリー隊長にね、死に慣れなきゃいけないって言われた」

「ん・・・切ないよね」

今日は黄色のゴムで髪をくくったグレースが言う。

「だけど、水樹ちゃんはすごいよ。なんだかんだ言ってあの子を無事連れ戻して来たんだもの」

「すごくないよ。わたし、もうちょっとでイシュライン技官まで死なせるところだった」

「ん。イーさんいい人だからさ~、見てられなかったんだね、きっと。イーさんはもうこのお仕事慣れてるから判断的確だし。ブリッジにいたキルイスがね、風みたいに早かったってさ」

言ってびゅん、と手振りをする。

「・・・わたいも、ね、似たようなことがあったんだ」

「グレースも?」

ようやく涙の引いてきた水樹が驚いたような表情になる。

「うん・・・だけど、わたい、止められて行けなかったんだ。すっごく暴れた。暴れて、暴れて、わめいて・・・いっぱい泣いたよ。だって、目の前で死んで行くのをだまーって見てなきゃいけないんだもん」

 少し思い出したのだろう。涙声になりかけたグレースは、けれども次の瞬間にはいつもの快活な調子を取り戻して言った。

「そうだ、白竜のとこ行こう!隊長にこーってり絞られてきっと拗ねてるぞ。いいんだ、助かったんだから。三人で祝杯あげよっ」


 きらきらと色の変わる目。そこにどんな感情があるのか水樹には読みとれない。

「あの・・・」

水樹はおずおずと切り出した。

「隊長に・・・何か言われたりとか、その・・・」

「懇願されましたよ、二度とあんな危険な真似はしないでくれ、と」

笑って・・・いるのだろうか?その口調はどこか面白がる風があった。いや、普通の人なら確実にそうなのだけれども---?

「あの、その・・・すみませんでした」

ぺこり、頭を下げる。イシュラインはきっちりと水樹から距離を保ったまま軽く手を振った。

「謝る必要はありませんよ。その代わり二度とこんなことはしないで下さいね。いやもう、私も一瞬どうしようかと思いました」

それでも来てくれた。未熟な水樹を支援するために。不可能を可能にするために。

「それで、あの、なんというか、ありがとうございましたっ」

大きな声でお礼を言う。絶えず移り変わる目の色が心なしか優しくなったような気がした。

「いや、その・・・」

照れているのかもしれない。イシュラインが珍しく言葉に困っている。

 ほら、水樹、言わなくちゃ。いちばん大切なことを。水樹は自分で自分をそう励まし、一歩、二歩、イシュラインに歩み寄った。イシュラインがハッと姿勢を正す。

 虫嫌いの水樹は、常にイシュラインから一定の距離を保って行動してきていた。イシュラインも下手に近づけば却ってアレルギーを増幅するだけだろうと、それを今まで尊重し続けていた。唯一例外は子どもの救出にあたった、あの時だけである。

「あの・・・こんなことを今更言うのは、とても失礼だとは思うのですが・・・」

水樹は言って手を差し出した。

 大丈夫だろうか?イシュラインが警戒するようにゆっくりと手を伸ばす。細い細い手。

 水樹は乾いた唾を飲み込んだ。水樹の手をイシュラインの手がゆるやかに握る。大丈夫、乗り越えられる。だってあれは本当にささいなこと。イシュラインがしてくれたことに比べれば、針の先にも満たない小さなこと。いつまでも怖がってなんかいられない。

 少しひんやりとしたイシュラインの手。その手をしっかりと握りしめて、水樹は言った。

「かやの水樹です、よろしくお願いします」

と。


猿と虫 (終)

「猿と虫」これで完結です。同シリーズ話として、「過去から来た船」を公開しています。よければ、またそちらものぞいてやって下さい

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