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——「エピローグ」



 わざわざ気合を入れ厚い資料を作って私的な会議を開いたのは業務終了後すぐのこと。今代に仕える彼らは素直な連中が多いから、時間外に声を掛けてもこうして欠席することなく全員が出席してくれた。


 陛下から始まり四天王、結界管理室長、監視室長、各高官、三つから成る親衛隊の各隊長、そして我が部下達と、この城に於ける幹部たちが勢揃いし、瓏々たる顔触れだ。

 この面子には一つ共通点があるのだが、何かと言えば先月の一件の一連の流れ全てを把握しているメンバーだ。


 指示をする為に管理室にいた者、仕事をほっぽり出して野次馬していた者、残された映像を後ほど確認した真面目な者と様々だが、一人として彼女の戦いを未観戦の者はいない。



「さて。この場で論じたいのは他でもない、数日後には再び帰国する筈の勇者くんについてなんだが——」


 ……しかしそれは表向きだ。

 表向きは、彼女は故郷に帰国する。


 親善試合後、彼女は国へ聖剣を返却した。だと言うに闇の国へとんぼ返りしてきたのは、本人曰く観光の為である。

 だが、陛下の命でずっと彼女のそばについていた俺は知っていた。


 あれから数日経つがあの少女は未だ観光などしていないし、何より帰国するつもりすらないことを。


 俺のこの行動は、それを知り惜しくなったがゆえ……というわけだ。


 聖剣無き彼女は最早“勇者”ではないのかもしれないが、それでも——



「さて」


 それはともかく、この張りつめるような緊張感は良い議題を選んだ証ではなかろうか。

 資料に目を通している彼らを眺めつつ、気分良く俺は話を続けた。


「先日の活躍は資料に纏めた通り。ついでに資料十三ページには親善試合で見せた魔法の考察も載せておいたが、彼女は少なくとも現時点で高位の魔法使いと遜色無い実力者だろう。未だ底が見えた訳ではないその実力は二十代という若さを考えれば異常とも言える。早熟型なだけだろうって? いやいやそれでも充分だよ。光魔法使いという点で見れば私がこれまで出会った中でも最高峰の才能保有者だしな」


 まあ、今まで凄腕の光魔法使いがあまり発掘されなかった背景には、光の民は基本的に剣が好きというせいもあるだろう。


 彼らは魔学を多少齧りはすれども、付与魔法(エンチャント)を覚えた時点で満足してしまうのだ。

 光の民にとって魔法とは魔剣を操る為に必要な技術の一つであるというだけの話。よって、数多くの魔法を修めるため魔学に骨の髄まで身を浸すような者はごく一部な訳だ。


 その少数も、高貴なる青い衣を目指しているだけで、魔法はやはりただの手段に過ぎない。

 少なくとも、我々から見た光の民の魔法への愛とはその程度という認識である。


 その点、中々あの少女は魔法そのものを愛しているように見えた。



「それに——」


 好き勝手に話した後は勿体ぶって咳払いをひとつ。



「つまりだね。彼女、欲しいだろう?」



 対角線上に座す陛下が無言で口角を上げた。

 微笑みを絶やさぬ普段とはまるで別人の、実に悪い顔だ。公務中の彼はこういう所があり、一見して普段の甘さがなりを潜める。


「うーん。腕の良さは認めるけど、光の民だしねぇ。彼女をもし引き入れるなら“忠義の盾”として杖を奮って貰うことになるだろうが、その肝心の忠誠を果たして俺に誓ってくれるのかどうか……」


「彼女はまだ若い。まあ、我々からすれば少々若過ぎるぐらいだがね。調べたところその半生は中々に壮絶だ。資料の二十二ページから数ページにわたって記したが——」


 裏切りのマギアルッソ。

 その汚名を着せられた彼女は祖国では随分な扱いを受けていたようだ。


 部下に突貫で調べて来させただけでも資料が想定より厚くなってしまった程である。もっと本腰を入れて表層を掘れば更なる闇が垣間見れるだろう事は明白だった。


「彼女があの時命を張ってまで聖王を救ったのは個人的な友情からだろうし、その聖王すら病床のランリ殿下が快復されればすぐにでも玉座を譲ると私は見ている。彼女は祖国とこちらでの扱いの差を無意識にか比べている口振りでもあったし、実に御し易い。社会経験に乏しいその若さもこの点ではプラスに働くだろうさ。少し優しくすればコロっと落ちるぞあれは」


「……ふむ。皆は特に驚きも反対も無さそうな顔だけど、結構気に入っているのかな」


 陛下が水を向けると、口々に意見が出た。



「結界管理補佐を任される立場から言わせて頂けば、結界師に置くなら最重要視すべきは結界術の実力と考えます。そして彼女の腕前ならば、任せるに足ると判断します」


「あー、まあ、やっぱ幹部にももう少し華が欲しいから俺としてはオッケー」


「皆様の口の上手さ——ではなく人徳やカリスマを鑑みれば引き入れるのは容易でしょう」


「というか、光の民だからこそ良いんじゃないっすかね? 陛下はあちらと仲良くする為にこの数十年あれこれ心を砕いてきた訳ですし、ここらで一つ決定打を」


「少々心配は残りますが……まあ、忠誠心という点で見るなら冬香(とうか)さんも大概だったので問題はないでしょう。若いですし、きちんと教育すれば彼女よりも忠実な臣下に出来るのではないかと」


「ああ……そういえば……トーカ様は酷かったっスねー……畏敬までは要りませんが尊敬の念すら……」


「トーカ女史の話は置いても、面白い試みだとは思いますな」


「まあ、彼女が頷くかは分からないけれど……資料を読む限り、悪くないのでは?」


 「同胞ではないにしろ、同じく魔法を愛する者として、彼女のこの扱いは見過ごせないと思いますが」——意図してはいなかっただろうが、時任くんのこの一言が流れを決定付けた。


 一瞬、場がしんと静まり返る。



「……確かに。まあ。資料が正確ならこれはだいぶ酷いっすな。度を越してる」


「女王は保護したがってるように見えたが、当人にその意思がなきゃ儘ならないって事なのかねえ……」


「友人からの施しは受けたくないという事なのか……。まあ、気持ちは分かりますが……」


 腹心達の意見を静聴していた陛下が、資料を閉じた。


「——ふむ。皆の意見は大凡分かったよ」


 人の悪い笑みは、だがしかし随分と愉快そうだった。



「皆すっかり彼女のファンになっちゃったみたいだねぇ」


「では、陛下……」


「ああ。元より、俺からも提案しようかと思っていたんだよ」


 なんと、それは心の底から予想外だった。


 幹部達については、先代が先代なので、結界師に求めるハードルが随分と下がっていると見てそう心配はしていなかったのだが——


 陛下の場合は、てっきり次代の結界師には前々から目を掛けている何人かの魔法使いの中から声を掛けるつもりだと読んでいたのだ。


「意外だったかな。でもねぇ。ほら、考えてもみてよ。彼女は誰のものでもない。何故ならマギアルッソはとっくの昔に国から見捨てられてしまった。例え誤解故の過ちで、今は正されたとしても——積み重ねられた歳月は彼女へすぐには微笑まない。それこそ世代が変わらなければね。……今代聖王がどれだけ彼女を守ろうが、それは聖王陛下個人の欲だ。世間の総意は真逆に位置していると、資料を読む前から噂ぐらいは耳にしていただろう?」


 陛下はことも投げに言い放った。



「彼女は原石だ」



 青い双眸が不意に圧を放つ。


「——価値が分からない連中に渡してやる必要は、ないよねぇ?」



 …………成る程。俺は余計な仕事をしてしまったらしいと、ようやく悟ったのだった。



 *



「司さんから言い出すとは思わなかったなぁ」


 その夜、陛下から晩酌に誘われた。


「……そうかね?」


 こうして二人で飲むときは、決まって彼が幼少の頃から一等気に入っている展望室だ。夜の王都が灯す輝きを肴に、肩を並べグラスを傾けた。


「ユイちゃんのことはお荷物か何かだと考えていると思っていたよ。護衛を言い渡した時も嫌そうだったし」


「そりゃあのタイミングであんな命令を受ければ誰だってお荷物に思うだろうよ……。どちらかと言うとヘイトは彼女ではなく君に向けられていたが」


「あはは。あの時は子供の俺がごめんね」


「全くだ」


 頷き、グラスを空にすると、我々の座る椅子の間に挟まるテーブルから伊月くんがボトルを手に取ったのが視界に入った。


「やめてくれ。主君に酌をさせるのは気分が悪い」


「主君にタメ口の人が何言ってるの」


「貴方が私にそうせよと命じたのですよ、陛下」


 その手からボトルを奪うと、彼は不満げに酒を煽った。

 彼のグラスが空になるのを待ち、まずはそちらに酒を注ぐ。トクトクと音を立て、器はすぐに透明な滴で満たされた。



「司さんはどうして彼女を引き入れようと思ったの?」


「先刻説明した通りだが?」


「ミシロさんを呼び戻すようあれだけ言ってた人があんなことを言うから、だいぶ驚いちゃったよ」


 確かに俺は常々ミシロ=ハイラスコールを結界師として再雇用するよう働きかけてきた。

 当の本人はあまりやる気が無さそうだったが、それでも責任感の強い彼のこと、外堀を埋めてしまえば問題はないと踏んでいた。


「そりゃ、結界師と言えばハイラスコール家だろう。続投するかと思いきや、トーカくんを連れて来て彼自身は逃げてしまった。彼以上に結界師にふさわしい実力者は居ないし、当然だと思うが」


「だからどうして急に意見を変えたのか教えろって言ってるんだけど?」


「はっはっは。君、何故私に対してだけそんなに短気なのかね」


「説明不足なんだよねぇ、司さんは」


 …………。

 普段ならば笑って流すところだが、妙に刺さってしまった。何故ならば似たようなことをつい先日も部下に言われたばかりである。

 あまり自覚は無いのだが……。


 「彼女は……」。視線を落とすと、窓の下で煌めく様々な光が目に入った。

 星の瞬きとも似た文明の輝きを眺める裏側で、あの少女の姿が浮かんでくる。



 危なっかしく、控えめで、しかし大胆さと高潔さを持ち合わせた若き魔法使い。


 その名ゆえか、はたまた血筋ゆえなのか。


 随分と数奇な運命の最中にいるらしいと、側から見ていただけの俺にもその片鱗を感じ取れた。



 …………迷ったが、結局話すことにした。


「彼女は何やら複雑な事情を抱えているようだ」


「俺が知る以上に?」


「ああ。遺書をしたためていた」


「……へぇ」


 陛下は手中のグラスを揺らした。氷と硝子が鳴り合う音が、静かな室内によく響く。


「何だ、驚かないな」


「彼女もそれを案じていたからねぇ」


 彼女——一瞬意味を掴み損ね、しかしすぐに思い直す。


「聖王陛下が?」


 今夏の一件での伊月くんは全く格好の付かない有り様だった。結局、多くの民の命を救ってくれたのは異国の勇者殿と聖王陛下だ。

 しかも女王は今回のこちらの落ち度について「お互い様」であるとし、何も要求してこないときた。


 そういえば聖王陛下が帰国する前に、二人で密談に耽っていたっけか……などと少し前の様子を思い浮かべつつ、横目で整った顔を一瞥した。



 ——彼の女性顔負けの中性的な面も、金糸の髪も、穏やかな青の瞳も。立ち居振る舞いの柔らかささえ、何もかもが母君譲りだ。しかしながら、時折覗かせる表情は俺が心酔する彼の父君とよく似ている。

 この何かを企んでいそうな表情など、特に。


「彼女から、ユイちゃんの事を頼まれてしまってねぇ」


 困ったような口ぶりで、眉を寄せ。

 しかし口元には確かな笑みを刷き。


「“本来ならば己の勇者として手元に置きたいが、あの子にとって光の国は決して居心地が良いものではないだろう”……だから俺の国で、相応しい魔法職を紹介してやってほしいんだってさ」


「……成る程。今夏の件は個人的な貸し借りで多目に見てもらったのか」


「一応、国家間的には夜光戦争の時の貸しがまだ有効らしいよ。彼女の見解ではね」


「あの救援こそ、陛下が彼女や彼等へ借りを返す為に行った極めて利己的な行為だと知ればどう思うのでしょうな」


「……でも、間に合わなかったからねぇ」


「…………」




 ——二十一年前。

 ロルフ=マギアルッソが勇者としてこの城へやってきた時、陛下は長く臥せっていた。


 邪神がこの国に残した疵痕は数多く、眠っていたそれがふとした拍子に目覚めては各地で民の命を脅かす。

 それを滅することは不可能だが、かつて暴君がそうしたように、創成の魔導書(グリモワール)の力を借りれば封印ならば施せる。よって、極論ではあるが今の世の魔王の一番大切な公務とは邪神による疵痕の再封印にある。


 そうと思しき報告があがれば、陛下はすぐに現場へ馳せ参じる必要があるのだが——あるとき、その対処中に珍しく陛下は傷を負った。


 傷は癒えず、時の経過とともに彼を弱らせた。


 徐々に陛下は立つ事もままならなくなった。

 余命まで宣告されたとあっては、もはや隠す事も諦め、公にする期を図っていた。そしてまるでこちらが弱っているのを見透かしたようなタイミングで邪神被害の報告が同時期に何件も届き……。


 陛下に代わり四天王が現地へ向かいどうにか被害を最小限に食い止めるべく奮闘したが、限界は見えていた。

 いつもならすぐに解決してきた陛下が現れないことで、その頃には民の間にも陛下の不調の噂が広まり始めていた。


 そんな時だ。

 そんな時に勇者一行が現れた。


 剣聖、聖騎士、高貴なる青(ロイヤルブルー)——闇の国にも聞こえる有名どころの彼等三人には、何故か小さな子供がひっついて来ていた。

 聞けば剣聖の愛弟子であり、どうしても師の晴れ舞台を観戦したいと言って聞かなかったのだという。



 フードで顔を隠したその少女はアキと名乗ったが、自らを“オレ”などと呼ぶような口の悪いじゃじゃ馬だった。


 その少女は城の中を好き勝手に探検するものだから、あるとき臣下の制止も聞かずに現場へ向かおうと部屋を抜け出していた陛下とじゃじゃ馬娘が出会ってしまったのだ。


 あれは不慮の事故であり、そして我々にとっては救いでもあった。

 陛下の説得に参加していた俺も当時その現場に居合わせたが、陛下を見るなり少女の様子が一変したのだ。



 ——“ああ、だからか”


 一言そう呟き、少女は食事中にも取らなかったフードを下ろした。



 薄い布地からこぼれたるは艶やかなる天の青。

 魔力と似て似つかぬ不可思議な力の気配を纏い、その瞳は青く輝いていた。


 そうだ。

 あの日、彼女は我々にとっての救いの女神となったのだ。



「……それで。何を浸っているのか知らないけど、先の問いに答えてもらってないよ」


 気持ち良く過去を振り返っていると、じとりとした声が邪魔をした。


「いや、何。私は中々ユイくんを気に入ってしまったのでね。ここで死なれるのは惜しいと思ったのだよ」


「司さんが? 俺や父さん以外を? 気に入った?」


「……何かね、その心底不思議そうな顔は」


「ふふ。別に? 面白かっただけだよ」


 訳が分からぬままくすくすと笑われ、こちらとしてはあまり面白くない。

 酒を喉に流し込み、俺からも尋ねる事にした。


「君の方こそ、彼女を引き入れるつもりとは思わなかったが」


「だって聖剣使いだよ、聖剣の勇者。いや、彼女の場合は聖杖(せいじょう)と言うべきかな?」


 すると間髪入れずに弾んだ声が返って来るではないか。無邪気さすら含む声とは裏腹に、彼の瞳は野心に満ちていた。



「——俺はずっと、勇者が現れるのを待っていたんだ」



 「楽しみだなぁ」と。

 彼はそれ以上は語らず、ゆったりグラスを傾けた。




【魔法使いは夢をみる ep.01 勇者に憧れた君へ 了】

ここまでお読み頂きありがとうございました。

ep.01はこれで終了です。


小説情報に記載した通り、この作品はpixivにアップしている【WRL】シリーズの00〜09話までを大きく加筆修正したものとなります。


ユイの立場や心境はこれから大きく変わっていきます。

ep.01はいわばプロローグのような気持ちで書きました。


ユイの物語の続編として【WRL】10話以降も大幅に加筆修正し、いずれそう遠くない日にこちらへ投稿させて頂くと思います。

それまでは「完結済み」とさせて頂きます。


エピローグまで読んでくださった方へ、再びお目に留まる日が来ることを祈っております。


最後に、もしこの作品に対して「楽しかった」または「続きも楽しみ」と感じて頂けたなら、評価や感想を頂けると嬉しいです。



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