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 ——「親善試合・四日目」



「つ、遂に最終日……っ」


 大歓声の中、彼女は選手用の控え室でうなだれていた。

 そろそろ本番の時間だが、しきりに独り言をこぼし落ち着かない様子だ。


 深青の魔石を抱くように咲き誇る白銀の花は、光の国の国花であるサシェの花だという。少女勇者くんが手にする聖なる杖は、光の国の象徴として相応しい見た目をしていた。


 まるで芸術作品かのように美しい杖は、先日までと様子が違った。魔法を使う際にのみ輝いていた魔石が、今の段階から既に忙しなく点滅しているのだ。

 その輝きは、まるで雄弁に何かを話っているかのようでもある。

 その光を見上げ、勇者くんは震える声を絞り出す。


「グランシャイン……。何か言いたそう……」


 「昨日まで私一人で戦ってたのが気に入らないのかな」。迷うようにワインレッドの瞳を揺らし、少女は魔石に手を伸ばした。細い指先を光が覆う。


「今日で最後だもんね。次に聖剣と結ぶ勇者が現れるのはいつか分からないし……。せっかくだから、今日は君の力を借りて戦ってみたいと思ってるんだけど、いいかな……?」


 語りかける彼女へ返事をするように、魔石がいっそう強く輝いた。


「……うん。頑張ろうね」


 それを見届け、勇者くんは深く息を吸う。

 頭を上げたその顔付きは、控え室に入る前とは別人のように凛々しく見えた。



 *



 今のところ白星をあげていない勇者くんではあるが、別段それは珍しくもない。むしろ一人である特異性を思えば大健闘と評しても良い戦いぶりだ。

 特に昨日の若宮くんとの勝負は、数値だけを見れば今代になってからの彼を過去最高に追い詰めた勇者と言える。


(女性に弱い若宮くんらしい)


 だがまあ、彼をよく知る我々からすればさして意外さはなかった。



「ユイちゃんのお守りも、これで終わりですね」


 フィールドへ向かった背中を人知れず見送っていた俺へと声が掛かる。これは伊井田くんの声だ。


「ああ……。まあ、実際、ただ見ているだけだったんだがね」


 振り向かずに答えると、彼が隣に立った。

 一瞥した横顔は、相変わらず表情が無い。


「それが謙遜じゃないの、信じられませんね」


「良い休暇になったよ」


「一応彼女は客人なのに……」


「だからこそだよ。私が九割方手を出さなかったのは周知の事実なので、彼女の今夏の活躍は全て彼女自身が成し遂げた事だと既に皆が理解している」


「……というと?」


「プレゼンの手間が省けて良いだろう?」


「何でもかんでも省けば良いというものではないかと。少なくとも部下への説明不足は編集長の欠点だと思います」


「君ぐらいだぞ、そこまでストレートに物申すのは……」


 これで意外と繊細な所もあるのが彼の不思議な所だ。



「じきに分かる。それより、早くしないと陛下と勇者くんの試合が始まってしまうぞぅ」


「…………」


 歩き出すと、伊井田くんも無言で着いてきた。

 確認していないが、きっとその顔は無表情で、そして内心は不満に溢れているのだろう。



 *



 伊月くんは昔から有能な男だった。


 文武に優れ、魔導に愛され、そして好奇心に満ちていた。

 鍛錬を怠らなかった彼の弱点は、こと戦闘面に於けばその甘さ程度しか見当たらない。

 彼の祖父であるいつかの暴君にはなかったそれ。

 この弱点さえなければ、伊月くんはあの暴君すら上回るのかもしれないが——


(しかし他者をつい愛してしまうのは彼の長所だ……)


 伊月くんは殺生を好まない。

 “なるべくなら殺したくはないなぁ”というふわっとした理想が彼の基本スタイルだ。


 親善試合のルールも、彼が王位を引き継いでから大きく変わった。昔は結界魔具などは使用せず、降参するか、立てなくなれば負け、という実にシンプルなものだった。誤って殺しかけることも多かったのだが、今は万が一にも怪我をしないように工夫をし、緊張感を削ぐ代わりに娯楽性を追求した。


 使用している結界魔具は陛下と四天王で開発した素晴らしい強度のものではあるが——それでも、彼らが本気を出せば魔具自体が容易く壊れてしまうだろう。

 器用な若宮くんはともかく、伊月くんは比較的、手加減が苦手だ。親善試合の時にはいつもそれを気にして威力調整に細心の注意を払っている。


 もしも伊月くんに一泡吹かせることができるなら——そいつはきっと、彼からそんな気を回す余裕を奪い、ついつい本気を出したくなるような相手に違いない。

 伊月くんは殺生を好まないが戦いは好きなのだ。


 彼ならば、欲を出したところで実際に本気の攻撃を放つまではいかない。楽しもうとした時点で自覚し、そんな己を戒める。その隙さえ見逃さなければ……というところか。




『——改めて名乗ろうか。我が名は伊月=シスディリア。魔法の民を導く王だ』



 会場の空気は昨日までと明らかに違っていた。

 四六時中歓声で沸いていた騒がしいスタジアムに、今は静寂とも呼べる静けさが満ちている。誰も彼もが固唾を呑んで若き王と少女勇者を注視していた。

 彼らの一挙手一投足を見逃さんとしているのだ。


『さあ、君も。君の名をいま一度聴かせておくれ』


『……ユイ。ユイ=マギアルッソ。聖剣グランシャインを託された勇者として、あなたの前に立つ者です』


『君と戦える日を心待ちにしていたよ』


 陛下が召喚したのは、彼が普段愛用している漆黒の杖ではなかった。

 魔王が玉座と共に代々継いできた、魔王たる証。


 原初の魔法使いが定めし魔導の真理について記した創成の魔導書(グリモワール)——この世で唯一、本の形をした召喚魔具。

 世の召喚魔具の仕組みは、あれを読み解いて簡易的に再現しただけに過ぎない。


 彼があれを使用するのは、使命とも云える忌むべき仇敵との避けられぬ戦いに限ってのことだと記憶していたのだが——



「おいおいマジかよ……」


 城幹部用のVIPルームにて。

 ここに集まる誰もが予想していなかった事態を目の当たりにし、主君の前に浮かぶ深紅の本を見つめた。陛下がその手を翳すと、ぶ厚い表紙が一人でに開き、溢れた魔力の圧が風となり黒衣をはためかせた。


『ユイ=マギアルッソ。君は今までやってきた勇者とは違う。聖剣と真に結び、認められた本物だ。……だから、なのだろうねぇ。魔導書(グリモワール)が騒ぐんだよ。かつて闘った好敵手との再会を喜んでいる』


 好敵手——確かに、かつての暴君は魔導書を気に入って普段使いしていたというが。


(…………俺が思うよりもずっと、彼ははしゃいでいたのだなぁ)


 流石に呆気に取られてしまったが、納得もした。

 昨日まで戦いの最中以外は沈黙していた聖杖(せいじょう)が、どうして今日はあれほど輝いているのか。控室での様子に抱いていた疑問への解答を得た気分になった。


『これまで俺は親善勇者との戦いで魔導書を喚んだことはない。一瞬で終わってはつまらないからねぇ。しかし今はどうかその不公平を許してほしい。そして——君達がこちらの期待を裏切らないことを願っている』


 遠く離れたここにまで届く魔力の圧を前にして、しかし勇者は臆すことなく胸を張る。


『私は依然若輩の身。私自身の実力の程は、先日の戦いでお見せした通りです。……しかし、今日は少し違うところをお見せできるかもしれません』


 彼女は構えた。

 先日までとは異なり、今ばかり青く輝く聖杖を。


『私が聖剣グランシャインと結んだのは一時的な契りです。本来ならば既に途切れているべきそれが今まで継続していた理由は、きっと今日の為なのでしょう。あなた方の期待に沿えるかは分かりませんが——』


 青い魔石の光が鮮明さを増すほど、彼女を取り巻く周辺の魔力(マナ)と、彼女自身の魔力(オド)が増幅していく。



『……少なくとも、グランシャインはやる気のようです』



 そう言って、勇者は悪戯っぽく笑って見せた。



 *



 火花——などと表現するには生温い魔力光が、会場中を鮮烈に染めている。伝説に名を連ねる魔具を持つ二人の魔法使いの戦いは、何が起きているのか把握する事すら困難を極めるものだった。

 どちらかが魔法を放てば立ち所に相殺される。魔法がぶつかり合った際に発生する衝撃にも似た圧が、比喩で無く会場を揺らした。


 客席とフィールドの間には安全の為に四天王が直々に用意した結界が張られていたのだが、陛下と勇者の戦いの最中、それを何度も補強修復する羽目になった。

 創生の魔導書と聖杖の出力はあまりにも大きく、魔王城を守るそれと同等の厚みを誇る結界ですら破壊しかねないものだった。


 結界とはその複雑極まる構築式に見合わず理屈はシンプルなものであり、基本的には魔力を注げば注ぐだけ強度が増す。よって、VIPルームに集まっていた幹部全員で、何度も結界へ魔力を注ぎ込んだ。


 皆が手持ちの魔力回復用の魔法薬を何本も煽り、嘘のような強度となった結界ですら、しかし魔導書と聖杖が繰り出す魔法の前にはそれなりなダメージが入るのだ。その都度追加で魔力を注入する必要があり、我々にゆっくり観戦している暇など与えられなかった。



魔導書(グリモワール)同様、聖剣もまた大気中に満ちる魔力(マナ)魔力(オド)に変換し主人に渡しているようだね。……そして、ユイさんの扱う魔法が昨日までより洗練されている。聖剣による支援にも思えるが、あれは一体……」


 自然には元より魔力が宿っているが、それを我々魔法使いは“マナ”、体内で作られる魔力を“オド”と呼び分けている。魔法とはマナとオドの双方を使い完成する超常の業だ。どちらか片方だけでは成り立たない。


 仮に潤沢なマナをオドに変換できれば、我々の扱う魔法という学問はより進むだろう。しかしそれを変換する術は未だ無い——創成の魔導書を除いては。その筈だったが、成る程、時任くんの見立ては恐らく正しい。聖剣も同じ性質のものだったとは。


「あの魔導書は謎が多い古代の遺産だ。神器であるグランシャインと同じ性能なら、あれも何処ぞの神に授かったモンなのかねえ……」


「神の力があるんなら、邪神に通じなかったらしい点が負に落ちませんな」


「——格、だろうね。神としての」


 ぼやくトモくんへ、刻神クロノスに愛された時任の嫡男は冷静に指摘する。


「クロノスの力も、彼女より神格の高い神が関わる事象の前では無意味だ。魔導書に関係するかもしれない神は、邪神よりも神格が低いのだろう」


「神の世界も世知辛いもんなんすなあ……」


「なら、セラピア神は邪神と同等、もしくは上の神な訳か。なるほどねえ……」


 神々の事情について我々人間は無知と言ってもいい。

 この下界の他に神が棲まう天界があり、人間は死後に神々の管理する死者の国——天国へ行き、転生の機会を待つというが……その程度だ。全部でどれだけの神がいるのか。その神々の関係性はどうなのか。分からぬことばかりである。


「……つーか、陛下も全力で遊ぶつもりなら事前に伝えといてくれないもんかね……」


 若宮くんのぼやきには、俺を含め、誰もが内心で頷いていた事だろう。



 ——最早観戦は諦め、雑談に花を咲かせ始めた四天王を尻目に、俺はフィールドに立つ主君に想いを馳せた。


 彼は初級魔法とも揶揄される四大属性の精霊魔法を最も愛している。

 当然、初級魔法などと侮る事は誰にも許されるものではない。

 極まったそれは容易く相対する者の心を砕く。


 そんな彼の周囲を、精霊達が蛍の光が如く舞い踊っているのが遠目に見えた。

 色とりどりのその光は、漆黒を纏う我が君を引き立てる最も美しい装飾である。

 顔を見なくとも分かる。


(……ああ、実に楽しそうだ)


 かつては己にも向けられていたそれを思い出し、柄にもない感情への戸惑いを笑みの形で消化した。



「……少し、妬けてしまうな」



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