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 ——「親善試合・三日目」



 三日目の今日は風が強かった。

 光魔法使いの白い礼服が、俺の漆黒のローブの裾が、揃って南風にはためいている。



「——まさかあの時ナンパした子と、この大舞台で向かい合うとはねえ」


 今まで隣国の聖なる女王様の変装姿や常春の楽園のお忍び皇女様をそうと知らずナンパしてきた俺ではあるが、勇者までナンパするとは。さすが俺。


 王族美少女達とは違いあっさり心を開いてくれた初心な今代勇者は、花の銀杖を左手で握り締め、もう片手で気まずげに頭を掻いた。


「こちらこそ、まさかあのしつこい方が四天王の一人だとは私も思いませんでしたよ」


 試合の火蓋は既に落とされている。が、俺も勇者も未だ動いていない。


「そういや前に四天王の弱点は何かって聞きたがってたよな? 特別に教えてあげようか」


「いいんですか?」


 俺へ向けられた紅色の瞳には何の疑いの色も無かった。


「俺さあ、女の子に弱いのよ。特にユイちゃんみたいなかわいこちゃんね」


 すぐに落胆を顔に出した素直で可愛い少女勇者は、もういいです、と拗ねたように杖を構えた。





 女が親善勇者として抜擢されるのは史上初——いや、語弊があるか。初代勇者以来だ。


 かつて邪神の遊び場として目を付けられていたこの国にて、邪悪なる神と唯一やり合える男がいた。理不尽を絵に描いた暴君として長年玉座に座り続けた当時の魔王を、民は畏怖と共にこう呼んだ。


 神に最も近い場所にいる男、と。


 魔法は神の御業を目指して編み出された。

 その理想を現実にできるのはあの暴君しかいないと、誰もが信じていたらしい。


 その暴君は邪神と渡り合うだけの実力の持ち主だったが、それでも人と神の間には目に見えぬ隔たりがあった。

 神殺しという大罪を、人間如きが犯せはしないとでも云うように。


 追い詰め、逃げられ、その繰り返し。

 そんな時、暴君を支えた占術師がある予言をした。



 ——“勇者が現れる”



 邪神の謀略の末、夜の国へ堕ちた一柱の女神。

 それを救った女騎士へ、女神は己の力を過分なく分け与えた神の剣を授けたという。


 ————本物の、神の力を宿す剣。


 あの聖剣ならば国を蹂躙する邪神をも滅せるのだと、占術師は予言した。

 その剣は今で言う光の民達の希望だったのだろうが、邪神により長年蹂躙されてきた闇の民にとっても最後の希望だったのだ。


 希望の光の主人として、暴君と鍔迫り合い、遂には認められたという初代勇者——



 ユイ=マギアルッソ。



 伝説と同じ名を持つ今代勇者は、どうやら結界術が得意らしい。



 俺の繰り出す試合用の魔法は勇者を守る本命の結界には届かず、彼女自身が作り出した結界にその殆どを弾かれた。


(徐々に威力を強くしていってはいるんだが、まだ保たせるか。こりゃ悪くねえかも……)


 攻撃系はてんでダメらしいが、守りの腕前は大したものだ。


 ——魔王の臣下が座るべき役職には、いくつか空席が存在する。そのどれもがこの近年で急に空いてしまった予期せぬ穴だ。


 一身上の都合で夜の国へ渡って久しい四天王第四席の天才少年。


 “子供ができたからもう辞めまーす!”などと突然城を出ていった自由奔放な守りの要。


 前者は未公表ながら復帰の予定があるものの、後者については未だ次に誰を据えるか何も決まっていなかった。



「なあユイちゃ——ん?」


 せっかくなら可愛い子を城に増やしたい。

 そんな思いから口を開いた瞬間だ。

 防戦一方だった勇者が水の塊を弾として打ち出してきた。一歩横にずれてそれを避け——たら。


「おっ?」


 落ちた。

 恐らく幻術で何もないように見せかけていたんだろう。

 咄嗟に浮遊魔法を使い途中で落下を止めていなければ致命傷だった。腰を痛めて暫く遊びに行けなくなっていた可能性があり、肝が冷えた。


『おお〜っ! さあさあ皆様お待ちかね、今日の勇者ちゃんの愉快な戦略は、なな、なんとっ! 落とし穴作戦だ〜! 実に古典的! だがしかし、まさか我らが四天王リーダーが落とし穴に落ちる瞬間が見れるとはッ! ちょっと楽しい! もっと見たいッ! 勇者ちゃん、綺麗に落とせた今の気持ちは?』


「はい! これは実に気持ち良いです! ハマりそうです!」


『うーん良い笑顔! この調子で頑張ってね!』


 嬉しそうな声が遠くに聞こえた。

 今回の親善試合の司会に抜擢されたのは毎朝の天気予報でお馴染みの南雲(なぐも)アナウンサーだが、昨日までも薄々感じていた通り、ユイちゃんを応援している節があった。


「にしても深いなこれ。いつ掘ったのよー?」


 魔法で削り出された滑らかな穴は、五メートル以上の深さがありそうだ。

 楽しげに穴の淵から見下ろしてくる少女に思わず問い掛けると、彼女はニヤリと笑い、杖を構えた。


「えへへ……秘密です!」


 すぐさま転移魔法で地上へ戻ろうとしたが、上手く発動しなかった。なるほど、落とし穴内部には俺を閉じ込めるための結界が既に張られ、尚且つ隠蔽されていたらしい。


「なーんか嫌な予感がすんだけど……」


 昨日の祐司みたいに水攻めか?

 それともまさか杖に魔法を纏わせて飛び掛かってこないだろうな……。


 魔法を使えば今すぐ脱出することも可能だが、今まで見たことがないほど楽しげなユイちゃんを見ているとそんな気も失せた。負けてやる気はないが、せっかくだし見届けてやろうじゃないの。

 そんな水心を出したのが失敗だった。



「ばっ⁉︎」


 聖杖から噴き出したのは紫電の光。

 火花のように宙を走る稲光の束は俺へと狙いを定めてやってきた。


 今は魔具の結界が守ってくれるから怪我はしないが、臨場(ライブ)感を演出する為に痛覚を感じ取れる作りになっている。

 手足が痺れ、杖を危うく取り落としかけた。


『おおっと⁉︎ 今ので若様の結界耐久値がトータル半分を切りました! 今代若様のポイントをここまで削った勇者は史上初か⁉︎ 一気に勇者ちゃんが形成逆転だぁ——‼︎』


 威力にもさっぱり遠慮が見られず、昨日までの笑える攻撃とは一線を画していた。

 第二波がくる前に急ぎ脱出した俺は、ユイちゃんへ不満を訴えた。


「俺へだけ容赦無い仕打ちなのは何でよ?」


「葉さんは何となく何しても死ななそうだなあって」


「いやあ死ぬから。だから優しくしてくれないと——さあ!」


 俺の方からもお返しに紫電を召喚した。

 そもそも、雷魔法は俺の得意分野の一つだ。まさかそれでしてやられるとは思わなかった。

 昨日までのアイツらもこうやって油断して足許を掬われていたのかもしれない。


「ユイちゃんどう? 就職しない?」


「何のっ! 話っ、ですかっ!」


「実はいい話があるんだけどさあ」


 互いに撃ち出した魔法同士がぶつかり合い、相殺される。そんなやり取りの最中、さっき言おうとした誘いを口にした。


『さすが若様っ、こんな時にも女性を口説くのに余念がないッ! “月黒”で取り上げられていたあの問題の答え合わせが遂に叶うか⁉︎ まさかまさかの公開プロポーズなのか〜⁉︎』


 しかし、そんな茶々が入ったからか、ユイちゃんは揶揄われていると判断したらしい。


「あのですね! あれは誤解です! 私は葉さんとは一切怪しい関係じゃありません〜!」


『ええっ? でも勇者ちゃんはあの若様と旅をしてたんだよね⁉』


「しましたけどっ、確かに毎晩語り明かしましたけど! でも葉さんとは変なことはしてなくて、ずっと魔法談議しかしてません! この人は終始ただの魔法オタクの方でした!」


『そっ、そんなバカな——⁉︎ 若様がっ⁉︎ あの若様が⁉ いや、まあね、魔法が絡めばあり得る……のか⁉ えっ、ホントに⁉︎』



「……おいおい実況しなさいよ実況を。ユイちゃんも戦いに集中してよ」


 『大事な』「ことなので!」などと二人から反論があったが、大事なのは試合だろうが。


(いやまあ確かに珍しく事実無根な記事作られたおかげで困ってはいるんだが)


 掘り返すよりかは放って置くに限る。その判断で何も語らずにいたのに、これでは元の木阿弥だ。


 「あのなあ」。ため息を吐いた。会場中の興味が試合の行く末ではない部分に向かっている気がする。こうなってはと、俺も仕方なく口を開くしかなかった。


「ユイちゃんは俺のストライクゾーンから微妙に外れてんだって」


『ええっ⁉︎ どう見ても若様のストライクゾーンではありませんか⁉︎』


 確かに。顔が整っててスタイルが良くて胸もデカい。今のところ無駄な嘘もついていないし、百点満点ではある。

 だが——


「確かにストライクよ? でもユイちゃんの場合は親の顔が浮かんで駄目なんだって」


『は……い?』



 ——ユイ=マギアルッソという少女の存在は、実を言うと前々から知っていた。


 いつか来た面白勇者は口を開けば姪の話ばかりをしたからだ。異国への旅路へわざわざ姪のアルバムを持参して、異国の城で幹部や魔王相手に惜し気もなく披露して。仲間達からも呆れられていた。正に叔父馬鹿というやつだった。


 普通、勇者とはそこまで深く関わり合う事もないんだが……あの時もまた、城では問題が起きていた。


 眼前で目を丸くしているユイちゃんのように、あの男とその仲間たちもまた、事態解決に協力してくれたのだ。その時の活躍もあり、明るく誠実な勇者達は俺達の信頼を得た。

 揃って酒好きだと語った三人の為、連日のように宴を開き飲み明かした。


 だからこそ俺達の記憶の中には今もあの陽気な勇者一行の存在が色濃く残っている。

 あれからまだたった二十一年しか経っていない。

 当然ではあるが、ユイちゃんは未だ二十そこらの子供な訳だ。


「ちょーっと若過ぎるのよねえ……。あと六十……八十年位経てば良い感じになりそうなんだけど」


「……………………」


『ですが若様はこれまで光の民も気にせずナンパしてきたんじゃ……?』


「まあな。俺も今まで知らなかったが、幼少時代の写真を見たことがあるか、そんで親と面識があるかどうかが運命の分け目って訳よ」


『は、はあ……』


 手を出そうと思えば出せるんだが、進んで手を出そうとも思わない。何とも微妙なラインにこの少女はいる。


「だからあの記事は事実無根。ユイちゃんがさっき語った所が正しいのよ。分かったなら試合再開——」


「…………………………私は」


「……ん?」


 ずっと黙りこくっていた少女勇者が、ゆらりと揺れた。

 その刹那、少女の魔力(オド)がぶわりと高まったのを感知する。


 さっきまでの——いや。昨日までの試合で見せていた姿は嘘だったと言うようなその魔力量には思わずにやけた。


「何々? やっと本気出してくれんの?」


 道往きの杖を構え直す。俺も新たに魔力を練り直し、来るであろう次弾に備えた。

 これほどの魔力を注ぎ込んだ攻撃だ。もし仮にいなせなければ、残りの結界耐久値を思えば俺の敗北となるだろう。



「………………私はっ!」


 ————来る。


「子供じゃ! ないんですが——⁉︎」


 まさかの絶叫を皮切りに、勇者の姿が掻き消えた。

 だが、俺にはその居場所が分かっている。上手く魔力の気配を隠したようだが、まだ実力不足だ。

 背後に転移してきた微かな気配を頼りに、半身を捩り、結界で守りを固めた杖でその一撃を受け止めた。


「……っ」


 俺の金の杖と、風を纏う聖なる銀杖がぶつかり合う。

 闇魔法では再現が難しい光の特殊魔法の一つに、付与魔法(エンチャント)がある。武器などに魔法を付与し、纏わせる。魔剣技術とも呼ばれるその技は、昨日までの試合でも何度か見せていた。


 全ての魔力を込めたであろう一撃を易々と受け止められるのは堪えたか、ユイちゃんは悔しげに俺を睨め付けた。



挿絵(By みてみん)


「はい、俺の勝ち」



 魔力を指先に集め、その額にデコピンひとつ。

 少女を守る結界は、呆気なく砕け散った。



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