——「親善試合・一日目」
「ふふ、良かったですねミシロさん! こんなに良い席のチケットを譲っていただけて!」
「ああ、そうだね由利香。君が良い候補を見繕ってくれたおかげだよ」
マジカルスタジアムには一般客席の他にVIPルームの用意がある。普段ならこういう時には前以て関係者に伝えておけば融通してもらえるが、しかしあの子が勇者であると知ったのは既にチケット完売後の事だった。
だから珍しくその手が使えなかった時にはだいぶ焦ったが——
「金に糸目をつけず買収したの間違いじゃ?」
まあ、人生なるようにできているらしい。
「ははは。双方合意の上なんだから何の問題もないだろ?」
生真面目な松治はまだ何か言いたげだったが、その視線は黙殺した。
VIPルームは十数人まで入れるよう設計されており、まあまあの広さがあった。寛ぐ為のソファや食事を囲む大テーブルが設置されている以外は特に何もなく、簡素なものだ。
とは言え、本命の設備については悪くない。
フィールドの真横に設置された観覧用のテラス席で直接試合を眺めることもできるし、窓は大きいから室内にいてもいいし、壁には遠見の魔導モニターが設置されているからそれで楽しむこともできる。
テラス席には一応結界が施され、魔法がこっちに逸れてきても問題無いようになっている。むしろ迫力を感じようと、それ目当てにテラスで観覧するVIPルーム利用者が殆どだろう。
今日から四日間は休暇を取った。のんびりあの子の戦いを観戦するつもりだ。屋敷に住み込ませている少数の使用人達も皆興味があると話したから、一緒に連れてきている。
テラス席で食事をしながら、前座の魔法パフォーマンスを眺めた。
もうすぐにユイの出番がやってくる。
「噂のノエルお嬢様が、まさか勇者として国へいらっしゃるとは思いませんでしたね」
「そうだね。……随分、成長したみたいだよ」
感慨深そうな執事長の山谷へ頷いては見せたものの、ぼくの心には疑念があった。
————あの子は本当にノエルなのか?
いつか拾ったあの子が行方不明の神童だという事は、とっくの昔に知っていた。緑髪赤目で歳の頃も同じなんて、誰が見たってすぐ気付く。
だが、あの子はノエルと名乗った。
ユイ=マギアルッソなど知らないと。
記憶喪失——その言葉は何処まで本当だったのか。
底抜けに明るく無邪気で、愚かとも云えるような言動を繰り返していたノエル。そんなあの子が時折見せる冷めた瞳や知恵の片鱗は、普段の様子とはかけ離れたものだった。
そう、まるで無理やり別人を演じているかのような——
(……だが、再会したあの子は……)
今夏ようやく出会えたあの子とは、まだあまり話せていない。
事件を解決した後、登城した時に見かけて挨拶を交わした程度だ。
冷めた瞳で、控えめに笑っていた彼女の姿は記憶の中にあるノエルの一面とよく似ていたが、何故か上手く重ならなかった。
ユイ=マギアルッソだった頃の記憶を取り戻し、ユイとして生きる決心をした——そう話していたが、この胸には妙な違和感が燻っている。
魔法が嫌いだったノエル。
魔法が好きそうに見えるユイ。
食器などを右手で持っていたノエル。
杖を左手で握るユイ。
笑い方が違う。
雰囲気が違う。
ぼくを見る目が違う。
——正に別人だった。
ノエルがかつて隠していた本質こそが今の彼女なのだろうか?
……でもなあ。
『——おおーっと! 勇者ちゃん、自分でずぶ濡れにした地面で盛大にズッ転けた〜⁉︎』
マイクを通した実況者の声がぼくを思考から引き戻した。
「ああっ、ユイちゃん!」
「ノエルん⁉︎」
(……なーんか、前は“演じているんだろうな”と思ってた間抜けさが、妙に板に付いてるんだよなあ……)
まるであれが素みたいだ。
(……長年演じることで演技力が上達した……のか?)
——親善試合初日の相手は、ハルくんが夜の国に渡ってしまった今、一番に序列が低くなった第三席だ。
闇魔法の真髄ともいえる暗示や洗脳を得意とする彼だが、まあ地味だし、すぐには十八番を見せる事はせず、パフォーマンス性重視の魔法を選んで使っている様子だった。
ユイを本気で狙う様子もなく、わざと外したりしながらじわじわ追い詰めていくつもりらしい。
「おお、花火だ」
ユイはユイで、聖剣の杖を相手に向かって突き付けたかと思えば、その先端から色とりどりの火花を放っている。
綺麗だが、威力はまるで無さそうだ。
魔王側の——とりわけ今代のエンタメ重視路線はいつものことだが、ここまでそれに寄せてきた勇者も類を見ない。
「ははは。ユイはさっぱり勝つ気がなさそうだね」
それだけならまだしも、ユイは魔具の結界の他に自前で結界を用意し、わざと当たりに行っている。
しかも結界が砕ける際に否応でも可視化してしまう魔力片をわざわざ魔力で更に色付けし、目立たせているときた。まるで光り輝く花弁のようで美しいが、それには何の意味もない。
まさか初っ端から勝ちを諦め、道化に徹する気でいるのか?
「確かに……。綺麗ですが、綺麗なだけですねえ……」
目に華やかだが迫力は無い。
これは玖珂くんの方もどう決着を付けるか悩んでいそうだ——なんて思っていたら。
『な、なんと〜っ⁉︎ 聖剣で! いやさ聖なる杖で! トモ様の頭をぶん殴った——‼︎』
魔法で玖珂くんの目の前に転移したユイが大きく杖を振りかぶり、彼の脳天に思い切り聖杖を振り下ろす姿を目撃した。
『いってえ⁉︎』
戦う彼らも、結界魔具の他にマイクを装着している。頭を抱えて蹲った玖珂くんの悲鳴は会場中によく響いた。
『むっふっふー! どうですか! 昨日寝ないで考えた私の必殺技です!』
そんな彼を見下ろし、ユイは自慢げに腰に手を当てている。
『それ杖じゃなくて槌鉾で繰り出すべき技っしょ⁉︎』
『魔法使いが魔法を使わず杖でただ殴るだけ——こういう迫力も大事かと思いまして! ほら! 全国に放映されると聞きましたので!』
『奇を衒わず素直に魔法を使え魔法を!』
『ではお言葉に甘えて——』
『うおおッ⁉︎』
場に似合わぬ至近距離での言い合いの最中、ユイは今度は風精霊の力を纏わせた杖でもう一度玖珂くんに殴りかかった。間一髪の所で地面を転がり身を交わした玖珂くん。彼が立ち上がったところで追撃、また逃げる——
しかし彼が逃げ場に選んだ先にはさっきユイが自ら転んでいた水溜りがあり、彼もまた鈍臭い男なので予想通りにすっ転んだ。そこをすかさず杖で殴りに行くユイ……。
「ははは! こんな間抜けな試合は初めてだな。面白くなってきた」
「いいぞ〜ノエルん! そこだ! いけ! トモくんは運動音痴で隙だらけだから殴り放題だぞ〜!」
「ユイちゃん! いいフォームですよ! 頑張ってください!」
つい皆で盛り上がってしまったが、ふと視界の端で肩を落とす山谷に気が付いた。いつものクールな鉄面皮が崩れ、ハラハラと焦りを顔に出している。
「嗚呼……坊ちゃん……! お召し物が——」
…………。
そういえば彼はぼくの屋敷に来る前は——
結局、少し本気を出すことにしたらしい玖珂くんが勝利を収めると、山谷は露骨に安堵していた。
『はあ。良かったです。途中はまさかこんな方法で勝っちゃうんじゃないかとハラハラしました!』
そしてユイは、負けたのに何故か嬉しそうにインタビューを受けている。
『えっ。ほ、本気でやりましたよ! わざと当たりに行ってるように見えた……ですか? それはそのっ、色んな魔法を間近で見てみたくてですね……!』
………………やっぱり、魔法、大好きだよなあ。
理由は不明だが、ノエルの魔法嫌いは筋金入りだった。あれがどうしてこうなるんだ。
魔法を好きだった頃の記憶を取り戻した結果——と云えばそれまでかもしれないが、どういう折り合いをつけたんだかは気になるところだ。
今度会ったら、聞いてみるか。




