——「ふたりの会話」
魔王城の、医務室にて。
私とアイリは静かに目を覚ました。
さまざまな検査を終えると、美しい女医からもう暫く寝ているようにと念を押され、問答無用でベッドに押し込まれてしまう。どうも、説明によればもう少し検査をしなければならないらしい。その用意は闇の国にしかないので、聖王であるアイリもそれが終わるまではここにいるという話だ。
私達の間のカーテンは開けられて、しかしその他の周囲は覆われて見えない、擬似的な二人だけの空間。
女医が少々席を外すと声をかけて出て行くと、アイリがぽつりと言った。
「……なあ。私の“青”になれよ」
「……急に何ですか……」。どきりと心臓を掴まれたようだった。無理やり平静を装ってそう返すのが精一杯だ。
「此度の件でようやくロルフ師匠の疑いも晴れた。マギアルッソのお前に対する偏見も消え、残るは新たな勇者の伝説のみ……。もう誰にも文句は言わせん。なあ、いいだろう?」
「…………嫌です」
「理由は」
「だって……高貴なる青は守護の象徴、でしょう。独立戦争時に命を懸けて仲間を守り抜いた青き衣の魔法使い——初代聖王の妹君を讃えてその役職が生まれました。つまり“青”が守るのは王ではなく国、ひいては光の民ですよね」
「……まあ、そうだな」
「民とあなたの命を天秤にかけてなお、民を選べるか……私には、分かりません」︎
素直な心を口にすると、彼女は一瞬だけ間を開けて「そうか」と呟き、それ以上何を言うでもなく黙り込んでしまった。ちくりと罪悪感に襲われて、私の口は急ぐように続く言葉を吐き出した。
「でも、君がピンチになったらまた助けに行くよ。何処へでも、何度でも」
「——……」
「だから私を青に据えるのは金輪際諦めてね」
「分かった?」と念を押し、ふと気になってアイリの方へと寝返りを打つ。彼女は私の方へ横向きになりながら、背を丸めていた。
「……うん……」
先刻までとは打って変わった弱々しい声。
長い睫毛にきらめく雫を見つけ、ギクリとする。
彼女は私の視線から逃れるかのように頭までシーツを引っ張り上げ、すっぽりとその姿を隠してしまった。
「えっと。……な、泣かないで……」
「いや泣いてねーし」
「えっ、どう見ても……」
…………。
「…………ぐすっ」
医務室に、鼻を啜る音が時折響く。
しばらく何も言えずにそれを聞いていた私ではあるけれど、徐々にこちらの視界まで潤んできてしまったのには困った。
「…………あ、あーちゃん〜〜」
「お前こそ泣くなよ……」
「だって、なんか……分かんないけど……泣きたい……」
…………そっか、と口に出した後に納得した。
私は泣きたかったのかもしれない。
一頻り泣くと、なんだか疲れだけが残った。