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【03】



「おや……? 私は彼女の始末を命じた筈でしたが、この短時間で随分と手懐けられてしまったようだ……」


 男は私達を見てクッと口角を上げ、顎に蓄えた髭を撫でた。


「やはり私達は相性が悪いようですね。私のことを覚えていますか?」


 暗い双眸に捉えられると背筋が凍った。

 妙な迫力があった。


「……二十年前、私を殺した(﹅﹅﹅)人……」


 緊張と共に口を開くと、仙頭は「ええ」と薄く微笑んだ。

「それなのに、まさか蘇ってしまうとは……」


「アイリは——聖王さまをどうした」


「おや。まさか助けに来たのですか」


「…………」


「その友情は素晴らしいですが、しかしもう遅い」


「……成り代わりの魔法の完成までは、まだ猶予があるはず」


 すると仙頭は「普通なら」とまた笑った。仄暗い笑い方が、男の不気味さに拍車をかけている。


「貴女と手を繋いでいるそこの少年が手伝ってくれたんですよ」


「せっくん何したの!」


「……うぅ……」


 思わず睨んでしまうと、セイブルは情けなく眉を下げて瞳を潤ませた。


「もっと短く済む呪い……作れって言われたから……」


「その少年は天才なのですよ。文字通り呪いの申し子だ。創作魔法にここまで秀でた者は魔法の国にもそう居ない——それも呪い分野に偏向しているとなれば、私が飼う以外にその才を活かす手はなかった。あまり責めないでやってください」


 歌うように男は言う。


「さあ、セイブル。戻ってきなさい」



 私は震える手を強く握り、セイブルの一歩前へ出た。


「せっくんは渡さない」


 アイリに会えば、きっとどうにかなる。

 背負った温もりが私にその確信を与えてくれた。しかし仙頭を掻い潜って地下へと降りる手立てが思い付かないのもまた確かである。


「——セイブル」


 一向に動こうとしないセイブルにか、仙頭は表情を変えた。


「貴女、何をしたんです」


 仙頭の手中に黒い木の杖が現れ、私達の足元に魔法陣が輝いた。しかし何の効果も体感しないまま、すぐに光は消えてしまう。


「……今のは何だ……誰が邪魔を……」


 仙頭から笑みのようなものが消え、残ったのは重さを感じる眼差しのみ。

 声音だけで誰かを呪ってしまえそうな地を這う声でブツブツと独り言を落としていく様は、先ほどセイブルが見せた様子に何処か似通っていた。

 よく思えば、口調もさっきまでのセイブルみたいだ。


 今の隙に電撃玉を食らわせられないだろうかと、こっそり裏ポケットへ手を伸ばし、ざらついた玉を握りしめる。

 強行突破しかない——か?


「(……せっくん。強行突破しようと思う。一緒に来てくれるよね)」


「えっ」


 小声で宣言すると、セイブルは狼狽えたようだった。



「だっ、ダメだ!」



 そして彼は私にとって予想しない行動に出た。

 繋いでいた手を勢い任せに引かれ、私は尻餅をついてしまったのだ。その際に手が滑って二人の指先が離れてしまう。


「——ッ」


 もう一度、急いで彼に触れないと——急ぎ手を伸ばしたが、無意味に宙を掴んだだけで、指先は届かなかった。


「う、あ……ぁあ……」


 セイブルは数歩後退るようによろめくと、両手で頭を抱え、苦しげに悶え始めた。


「……セイブル?」


 その異変に仙頭も気が付いたようだった。

 私は立ち上がり、もう一度セイブルに触れようとした。

 しかし振り上げられた長い足に蹴り飛ばされ、叶わない。体が一瞬宙に浮いた。腹部に熱い衝撃が走り、声が出ない。苦しい。痛い。痛い。手のひらから電撃玉がすり抜けて落下していく様が、やけにゆっくりとして見えた。


「これは……」


 床に投げ出された体。じんじんと燃えるように痛む腹部を押さえ、歯を食いしばった。


「その剣、は——なるほど」


 仙頭の声が聞こえる。からくりがバレたみたいだ。どうしよう。どうする。どうするも何も、こうなったら、もう、最優先はアイリであるはずだ。でもどうやって地下牢へ。行けるだろうか、立ち上がれるだろうか、走れるだろうか。いや、否、行かなければならない。私は走らなければならない。その為にここにいるのだから!


「セイブル。今なら私の言葉を聞けますね? ……彼女は亡霊だ。私が丹念に殺してあげた筈なのに、蘇ってきてしまった死に損ない……私の後継として、後始末を任せます。仮に友だと言うのなら、友として慈悲をくれてやりなさい」


 腕に、足に力を込める。


「……セイブル。さあ、早くなさい」


 カツ、コツ、硬い足音が徐に近付いてくるのが耳から伝わる。

 腕をついて、どうにか身体を起こす。

 私は力を振り絞り、そこから逃げた。

 仙頭の、説教台の方へと——


「っ、あ、」


 フードが。掴まれて。そのまま顔から地面に押し倒され、のしかかられると、ギリギリとうなじを締め上げられる。視界にチカチカと白が揺れ、意識が朦朧とした。


 ……でも。泣き声が、嗚咽が、聴こえて。すぐに苦しみから解放された。床の上で転がされ、セイブルと向かい合う。彼は涙に濡れた瞳で、短剣を手にしていた。


「だ、ダメだ……どうして、止まらない……‼︎」


 そのまま切っ先は私の喉元へ突き付けられる。


「先ほど私の声が聴こえなかったのは、彼女が背負う聖剣の仕業でしょう?」


 ギリギリと不快な金属音が耳につく。

 痛みはなく、首をただ圧迫されている——ああ、そういえばお城で渡された魔具を付けていたんだっけ。そう考えた刹那、バキ、と何かが割れる音がして、喉に小さな熱を感じた。剣を握る腕はぶるぶると震えている。


「その少女に触れれば呪いを無効化される——しかし少女自身は呪われたまま。つまり、既存の呪いのみに加護が働く……些か乱暴ですが、そう当て嵌めれば納得はできる。ならばセイブル、貴方が編み出してくれた新しい呪いで再び縛ればよい。それだけの事だった」


 その推察は惜しくも外れているのだが、しかし新しい呪い——即ちセイブルの呪術ならば効くという結論だけは当たっていた。


 「いっ、嫌だ」。薄目で見上げたセイブルは、目を剥いて大口を開き、必死に訴えた。


「嫌だ、嫌だ! やめて、言う事なら聞くから! 誰だって呪う! どんな呪いも作ってみせる! だから彼女だけは——ユイちゃんだけは、殺したくない!」


「……おや? ……ふふ。初恋は美しい記憶のまま封じておくものですよ、セイブル」


「嫌だぁっ……‼︎」



 ——セイブル、は。

 せっくんの手は震えたままだけれど、しかしそれ以上迫ってくることは無かった。涙をこぼしながら、目をつぶり、眉に深く皺を刻み——私が両手で抑えているとはいえ、成人男性と子供の力では焼け石に水なのは明白だ。

 つまり彼は、彼自身の力で、必死に抵抗してくれているのだ。


 身体を苛む魔法に精神で打ち克つ事例が無いわけではないが、それはとても苦しい闘いだ。それとも聖剣の加護が少しだけでも効いているのか、はたまたその両方か。

 やがてセイブルは力無く私の名を呼んだ。


「……ユイちゃん。ボクを殺して……異能を使えば、キミならできるでしょ……?」


「——‼︎」


「呪い魔法を使えるって知っても仲良くしてくれたのは、ユイちゃんしか……ボクの……ボクの、たった一人の……」


 震える声の先は続かず、手が押し返され、首に先ほどより大きな痛みが襲った。

 殺して、と嘆願した瞳を見た。

 蜂蜜色の、優しい目を。

 そこに迷いがないのを確認し、深く深く息を吐く。


 私は己の右腕に輝く腕輪を一瞥した。

 ——異能を封じる魔具。シフィー所長が私に着けさせたものだ。



「……殺さないよ」


 心臓が大きく脈打っている。

 安心させてあげたくて、蜂蜜色と目を合わせ……微笑んでみる。



「だって私は、ここに“友達”を助けに来たんだから」



 一瞬、だけ。

 セイブルの手から力が抜けた。

 その隙を見て私は腕輪を取り外した。


 ……意識を研ぎ澄ませる。

 魔法を使う時よりも、もっともっと集中する。余計な事をしないように。命を奪ってしまわぬように。


「聖剣の加護も得られぬ状況からどうやって助けるおつもりで?」


 煽る声を聞き流し、私はセイブルだけをただ見つめた。

 どうやって助けるか?


 それは、異能を使って。


 ——私にとって異能というものは、生まれ持った化け物だ。いつもは誰にも迷惑をかけないよう、誰も傷付けないよう、ずっと奥底に封じ込めている正体不明の化け物。


 魔法を使うエネルギーであると同時に生命を繋ぐ元でもある魔力を、他人から容赦なく吸い上げる魔力喰らいの力。マギアルッソの秘術による制約無しでは制御できない、呪いにも似た力。


 最初からこの異能に頼っていれば、きっと話は簡単だった。だけどこれは魔法無しで制御できるような代物ではない。失敗すれば周囲の人々を殺してしまう可能性が非常に高い。だから選択肢には入れられなかった。


 ——だけど。

 今はそれでもやるしかないんだ。

 せっくんから、少しだけ魔力を貰い——契約する(﹅﹅﹅﹅)




(少し、もう少し、あと少し……今だ!)


 舌の先を歯に挟み、思い切り——


「——ユイ=マギアルッソの名に於いて!」


「えっ、あっ⁉︎」


「セイブル=クラウンフィール、汝の器は我が預かる……‼︎」


「んんンー⁉︎」


 そして彼の襟を引っ掴み、無理やりに唇を寄せる。

 舌を差し込み、先ほど噛み切った傷口から溢れる血を与えると、二人の体を挟むように上下に二つの魔法陣が重なって現れ、私達は光に包まれた。契約陣と呼ばれるこの特殊な魔法陣は基本的に結界の役割を果たすので、今はどのような妨害魔法も受け付けない。


 マギアルッソの正当後継者たる者のみが受け継ぐ魔力喰らいの異能を制御する、唯一の術——契約魔法。


 それは、周囲のすべてから見境なく、命尽きるまで魔力を奪い取ってしまう異能を制御する為だけに編み出された。

 契約者からのみ適切な量の魔力を得られるように。

 そして、異能で誰も殺してしまわぬように。

 ただ、それだけのために。


「我が血は汝を縛る鎖となり、我が声は汝を導く楔とならん! 汝は我に全てを明かせ。しかして我も汝にこの全てを委ねよう! いざ、いざ、此処に交わすは血の契り! 我等を繋ぐは永久(とこしえ)なりし力の根元——‼︎」


 契約魔法は、私と契約者の魔力の器を繋ぎ合わせ、異能の力で契約者の魔力を吸い上げ自分のものにしてしまおうというものだ。

 故にこそ、かつてマギアルッソは“折れぬ剣”として名を残した。決して魔力の尽きない戦士として、主人の隣に立ち続けた。


「契約はここに刻まれた!」


 高らかに呪文を唱え、契約魔法を完成させる。

 汲み上げようとする意思のまま身体に満たされる魔力はセイブルのものに他ならず、それこそが契約の成立を告げていた。


 ……契約などと名乗っているが、こちらの血さえ与えてしまえばこのように問答無用で相手の魔力を支配できるというのだから、中々に悪質である。



(幼児化の呪いが邪魔をしないかは賭けだったけど——)


 一定以上の魔力保持も許さないという呪いの効果は、幸いながら再現されていない。おそらくは魔力の器を繋げるという特異性が上手く働いているのだと思う。

 私が汲み上げているのはセイブルの魔力であって、自分のものではないからだ。呪いの効果が個人の器を制御するものだと仮定すれば辻褄は合う。この場合は、呪いの制御範囲外なのだろう。



「——流れ星の杖(トゥインクル・ロッド)、“おいで”!」


 左手に杖を召喚し、私は右手に電撃玉を掴んだ。



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