表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/45

part.07 勇者【01】



 私の単身突入プランは「駄目だ。危険すぎるよ」と魔王様に一考もせず切り捨てられた。


「君は知らないかもしれないけど、既に敵の居所は掴んでいたんだ。にも関わらずこの数日間手を(こまね)いていたのは、敵の本拠地に呪いが蔓延していたからなんだよ」


「呪い、ですか」


「潜入した者は皆、すぐに幼児化の呪いに掛かってしまった。今の王立公園と同じだ。あの呪いを犠牲無しに解呪できる方法は、未だに見つかっていないからねぇ……」


 それなら、やはり私しか適任はいないだろう。口を開こうとした私だが、静かな青い瞳に睥睨され、出掛かった声が引っ込んでしまった。


「僕の言いたいところが伝わっていないようだねぇ。君なら確かに呪いは大丈夫かもしれない。でも、分かっているのかな。君は最後まで一人で戦わなければならなくなるんだよ」


「……」


「例えば、君にこちらで用意する魔具を持ち込んで貰えれば、それを支点に魔法を届けることもできるだろう。でもそれは現時点で実現可能と断言できるものではない。魔具の効果があちらの妨害に負けるかもしれないし、結局のところ魔力を辿って呪われる可能性がある以上、我々から相手に直接攻撃を仕掛ける事はできないんだよ。精々が君に結界を用意したり、念話で指示をする程度しかサポートできない」


 彼は笑った。



「二度——いや。三度破れた相手に、弱体化した状態でどう勝ちを収めるつもりかな?」


 聞き分けのない子供を諭すように、宥められている。

 私はそれでもと、もう一度口を開いた。


「……確かに私では実力不足です。今は魔法も使えませんし、子供の体では大人には敵わない。でも、それは魔王様も同じでしょう? いえ、むしろ……この場合に於いては、あなたよりも私の方が奇跡を起こせる確率は高いかもしれませんよ」


「……へえ?」


 負けじと見据えた眼前の青をいつかは海のようと思ったが、今のそれは揺らぐ気配がまるでなく、頑なで、凍り付いているかのようだ。

 そんな彼へ向け、今もなお光り輝く聖剣を見せつけ……私は再び笑顔を浮かべた。



「私は一人で戦いに行くのではなく、グランシャインと共に友を救いに行くのですから」



 *



 あの後——トモさんの口添えもあり、どうにか魔王を頷かせることができた。


 「グロウレディスを救うのは、マギアルッソの——勇者の役割でしょう」と。その一言が決め手だったように思う。 


 魔王陛下は諦めたように頷き、私へ向けて頭を下げて見せたのだ。

 そして、突入の際に持ち出してほしい魔具があるとかで魔王様直々の案内でトモさんと共に結界管理室とやらに足を運んだ。そこには(ステッキ)を手にしたミシロさんがおり、彼は私がここにきた理由をすぐに察してしまったようだった。


「駄目だよ。危なすぎる」


 魔王とほぼ同じ事を言う彼は、しかし私のずるい一言で口を噤んだ。


「ミシロ、私のこと助けてくれるって約束したよ」


 守ってくれるんでしょう、と。

 言外に含ませたところを、彼は正確に察してくれたようだった。



 ——騒めく管理室内は何人もの人々が忙しなく歩き回っている。壁一面には幾つものモニターが設置され、そこにはどうやら王立公園が映し出されているようだ。

 中央にある三つ連なる池をメインに映したモニターが一番大きいが、その右隣にある同サイズのモニターだけは唯一何も映っていなかった。


「話は纏まりました?」


 管理室の責任者だろう漆黒のローブの人物と話し込んでいたトモさんが、特に変わらぬ様子で戻ってくる。彼の後ろに魔王の姿も見えたが、誰かに指示を出しているようだ。


「ユイちゃん、これを」


 そして彼に渡されたのはチョーカーだった。

 金色で、透明な魔石が埋め込まれている。


「通信、発信、簡易結界。三つの魔法が込められた魔具っす。装着者をそこのモニターに常時映し出し、音声会話も可能で、二級までの攻撃魔法なら弾く。結界については気休め程度だけどもね。こいつは遠隔魔法の支点となる。ルートを指示しながら、場面に合わせてユイちゃんのサポートができる筈だ」


 説明を聞きつつ首に装着すると、中央右のモニターに私の姿が映し出されたのが確認できた。見る限り、周囲数メートルまで補足できるみたいだ。

 こんな事を言っている場合ではないけれど……少し、恥ずかしいような……。


「敵はおそらくこのポイントにいる。管理小屋だね」


 モニターの一つに地図が表示された。

 ミシロさんに示されたのは鏡池よりも奥に進んだ林道エリアだ。聞けば、ミシロさんが新たに張った監視用の結界内で唯一捕捉できないポイントらしい。無理やり暴こうとすれば、こちらが呪われる可能性があるという。


「魔具をつけた君が小屋に潜入できれば妨害を解く糸口ができるはずだ。……とはいえ、まずは鏡池に転移して宝物を先に入手した方がいいんじゃない?」


 「宝物って?」。ミシロさんと話していると魔王様がこちらへやってきた。


「聖王より預かった宝をいつのまにか紛失してしまったのですが、探索魔法の結果、何故か鏡池の中に落ちていることが分かりました。……救出にあたりとても役に立つものなので、この寄り道だけは許して頂きたいのですが」


「一体その宝というのは何なのかな」


「……虹の雫、です」


「それは——どんな病魔もたちどころに癒すという……?」


 魔王が息を呑むのが分かった。


「囚われた聖王さまに使用できれば、成り代わりの魔法すら解いて見せるでしょう」


「……分かった」


 頷き、陛下は漆黒のマントを翻した。


「目標は無差別呪術事件の解決。仙道巡を下し呪いの使用を阻止すると共に、聖王陛下を救出する。危険な任務だが、こちらでも最大限のサポートを行うと約束しよう。……ユイちゃん。よろしく頼むよ」



 *



 私の身体には潜入魔法と一括りにされる様々な魔法がかけられた。

 消音、透過、探知妨害……魔法の鍵を知る者にしか私の姿が見えなくなるというものだ。モニターや城の関係者には見えるだろうが、一般人や敵には私の姿を捉えられない。


 それに加えてミシロさんが結界も張ってくれたが、以前偽セイブルに結界を飴細工かのように破られた過去を思えば、これは気休めにしかならないだろう。もちろんミシロさんの結界と私のそれでは精度に差がありすぎる代物ではあるけれど、今回の場合はそういった物差しが何の役にも立たないのだ。


 ——そうした下準備を終えて転移させられたのは鏡池のすぐそばだった。


 三つの丸い池の周囲には背の低い草が茂り、木々が空間を作り出している。普通、林や森の中といえば鳥や他の生き物の鳴き声がしておかしくないのだが、やけに静かだった。風も無く、木の葉のざわめきすらないこの空間は私に妙な不気味さを抱かせた。


『聴こえる?』


 脳に直接話しかけられたような奇妙な感覚に、どきりとする。借りた魔具による交信だ。


「はい」


『さっき魔法をかけたから、そのまま池に入っていいよ。濡れないはずだ』


 水に濡れない魔法とは、私の知識にないものだ。

 どのような理論で成り立つものなのか——思いのほか大きく深い池を前に私は一つ深呼吸をした。

 靴の先を水に浸ける。思い切って身体ごと沈めると、私の周囲に分厚い空気の膜のようなものが出来ているのに気が付いた。空気を一定の場所に留めておく魔法、なのだろうか。それにしてはきちんと身体は沈んでいき、浮き輪のように浮かぶこともない……。


(息もできるし、便利だなあ……)


 まるで地上を歩くのと変わらない。静かに池の底に着地した私は、七色に輝く石を探した。目的のものは親指の第一関節ほどしかないサイズである。

 中々見つからず、次は中央の池に移動した。


『左手の奥。何か光っているよ』


「!」


 指示された場所を探る。

 少し土に埋もれていたが、確かにそこには光る何かが落ちていた。


(これ……結晶のペンダント?)


 整えられていない楕円状のクリスタル。

 ゴツゴツしたそれは今の子供の手のひらに収まる程度のサイズで、錆び付いたチェーンがついている。

 私はそれに見覚えがある気がして、とりあえず首から提げて服の下に収納した。


(…………あ。結晶の近く、まだ何か光って——)


 池に差し込んだ光を反射して、小さいけれど、確かに何かが輝いている。私はしゃがみ込んだ。手に取ったそれはネックレスで、トップには雫型の石が付いている。


「あった……‼︎」


 思わず声を出してしまってから気が付いた。

 ……普通に喋れるんだ、と。


 私は虹の雫を先程と同じように首から提げ、大事に服の下に隠した。池のへりをよじ登り、地上へ出ると、その後はしばらく指示される通りに林の中を進んだ。

 普段は観光地となっているだけあって人の踏み慣らした道があり、走り抜ける事に一切の問題はなかった。



 管理小屋というのは、周囲の景観に溶け込む素朴な木製ロッジだった。こじんまりとした一階建てのそれを見上げ、気を引き締める。

 この中にセイブルが……仙頭が潜んでいるかもしれない。


『突入のタイミングは君に任せる。突入次第、こちらもすぐに結界を構築しモニターする』


「分かりました」



 あまり時間はかけられない。私は腕を伸ばし、ドアノブに手をかけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ