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part.06 虹の行方【01】



「——つまり、ノエルん(﹅﹅﹅﹅)になる前の……ユイちゃんだった頃の記憶を取り戻した今は、ユイちゃんとして暮らしてたんだな」


 短く切った明るい灰色の髪、温厚そうな顔立ち、鍛え上げられた体。

 今はソファに掛けているけれど、立ち上がればすらっと背の高いこの男性は柏原(かいばら)松治さんといって、ミシロさんの義理の家族兼ボディーガードをしている人だ。ノエルはかつて「マツにぃ」と呼び慕っていた。


「そしてこの国へ来た理由は親善勇者に指名されたから、ですか……」


 黒髪を一つにまとめた涼しげなこの女性は花崎(はなさき)由利香さん。

 ミシロさんの義理の家族であり、秘書を務める人物だ。ちなみに由利香さんも女性にしては結構背が高い。ノエルはかつて「ユリねぇ」と呼び慕っていた。


「まあ、なんかそういう感じらしいよ」


 難しい顔をする二人に挟まれて座りながらも、ただ一人軽く笑みを浮かべて見せている金髪のハンサムがミシロ=ハイラスコールさん。

 彼は……詳しくは分からないけれど、社長的な地位にいる人、だと思う。その昔は先代の魔王に仕えた四天王でもあったというから、かなり有能な人物であろうことは確かだ。


「子供の姿になってんのは、変態呪術師に呪われたからなんだってさ。……さあ、詳しい事情を聞こうじゃないか?」



 ——あの後、私はハイラスコール邸のリビングに通された。テーブルと大きなソファが部屋の中央に配置された広々とした空間で、奥の方にはテレビや本棚といった家具もあり、どこか生活感が垣間見える。

 用意された冷たく美味しいアイスティーとサンドイッチを頂いていた私は、慌てて口の中のものを嚥下し、コップをテーブルに戻した。


「七名家って知ってましゅ……知ってる?」


 つい敬語で話しそうになって、慌てて口調を直す。ノエルは皆さんへ向けて必ずタメ口で話していたからだ。暫くはノエルのふりをするつもりなので、口調には今後気を付けなければなるまい。


「独立戦争時に活躍した、光の国の英雄七家ですよね?」


「にゃん。でも、デルマータとクラウンフィールは二十年前の夜光戦争で血が途絶えてるのにゃ。そしてゆっちゃんから見た今回の事件の発端は、死んだはずのクラウンフィール家の次男・セイブルとそっくりな姿の男に出会った先月の終わりにゃ……」


 図書館で出会った旧友そっくりの彼に話しかけ、襲われたあの日——


「さっきもお話しした通り、ゆっちゃんは勇者としてお城に滞在してて……」


 私が座るソファに立てかけてもらったグランシャインを一瞥し、視線を戻す。


「観光に出かけた先で偽セイブルと会って、襲われたのにゃ。間一髪でお城の人に助けてもらえたんだけど、そんな事もあったから観光は諦めてお城で大人しく親善試合の日を待ってたのにゃ」


 魔王の幼児化については触れなかった。口外無用と釘を刺されているからだ。


「でも……ゆっちゃん、あーちゃ……アイリ女王さまから頂いたとっても大切な品を失くしちゃった事に気が付いたのにゃ。たぶん、襲われた時に落としちゃったんだと思う」


「なるほど? それで外に出て——」


「にゃん……。探索魔法を試したら、王立公園の鏡池っていう場所が怪しいって分かったにゃ。三つ丸い池が連なった場所が映ったから……」


「そこに観光に行ったの?」


「行ってないから、どうしてそこに落ちてるのかは謎なのにゃ。キラキラしてるから、カラスが拾って落としたのかもって思ってる……」


「それで、その品物は無事見つかったんですか?」


「ううん……立ち入り禁止だったし、そこで偽セイブルに襲われちゃったにゃ。その時に呪われて、今の姿になっちゃった」


「子供になってからの数日間は何を?」


「魔王さまがつけてくれてた護衛の人がゆっちゃんのこと助けてくれて、異能力研究所って場所に軟禁されてたにゃ」


「軟禁……?」


「……ほ、保護」


 けふん。言い間違えた。



「この呪いは偽セイブルを追ってたお城の人も掛けられてて、既に対処法が判明してたにゃ。応急処置に必要な設備があるのがその研究所だったみたいだけど……。しぴぃ所長、魔王さまの命令だからってお外に出してくれないし」


「まさか……逃げてきてしまったのですか?」


「……にゃん……。襲われた時、偽セイブルがこんなこと言ってたの……」



 ——“グロウレディス、マギアルッソ、アインス……私の障害となり得るこの三家の異能だけが気掛かりでしたが、これでようやく全ての不安が消える”



 三人はちらりとそれぞれの顔を見合わせたようだった。


「アインスの長男とも連絡が取れないし、光の城の事務局に問い合わせても、いつもと違って“忙しい”の一点張りで繋いでもらえないし……。それならって騎士をしてる友達に聞こうと思ったら、所長、お電話貸してくれなくなっちゃったんだもん」


「電話持ってないの?」


「一番安いプランだからこの国で使えないのにゃ……」


「貸そうか?」


「ううん。ここに来る前、公衆電話から連絡取れたのにゃ」


 そういえば——と、あの時気にしないようにした奇妙な現象を思い出した。


「ゆっちゃん亜空間にお財布しまってるにゃ。呪いのせいで魔法使えにゃいから、手持ちが無くて最初は諦めたんだけど……あの時、勝手に受話器が落ちた上にお金まで入ってたにゃ……」


「…………何それ?」


「オバケかと思ったけど、何だったのかにゃ……」


「……ふぅん。へえ?」


 ミシロさんは何かピンときたような、何処か面白がるような顔をした。きょとんと見つめたが「それで、騎士のお友達から情報は得られたの?」と続きを促されては、聞くに聞けない。

 私は数時間前にヒカルから得た情報を彼らに伝えた。


「アインス一族は軒並み倒れ、王子は無事だが聖王は寝たきり……さらに聖王と思われたそれが紛い物、か」


「女神からのお告げというのが気になりますね……聖王陛下にはそのような御力が?」


「夢見の泉って場所で沐浴をして身を清めるのがグロウレディスの御子の日課にゃ。その沐浴中は女神さまとお話ができるって前に聞いたことがあるにゃ」


「そのお告げに従ってノエ——ユイちゃんに聖剣を託したのか」


「……聖剣だけじゃないにゃ。私が失くしちゃったものも含まれてる筈だから、まずはそれを取り戻そうと思って王立公園を探してたのにゃ」


「そういえば、その落し物って?」


 落とし物は、陽光の下で七色に輝く美しい魔石だ。

 それは聖剣の創造にも使われたという女神の涙。

 グロウレディスの人間しか扱えない女神の権能を、誰もが扱えるよう封じ込めた尊く希少なもの。


「虹の雫——光の国の、国宝にゃ」



 *



「よかった、サイズはピッタリですね」


 男性陣を残し、私は由利香さんに別室へと連れ出された。そこには恰幅の良いメイドさんが待ち構えており、その手には子供服が握られていた。

 あれよという間に二人の手で着替えさせられた私である。


「お洋服ならちゃんと着てたのに、なんで……」


「確かにノースリーブの白いワンピースはとてもお似合いでしたが、それでは顔を隠せないでしょう? そう思い、子供用の夏物のローブを用意して頂いたんです」


 私が着替えさせられたのはフリルの飾りが可愛い袖無しシャツとプリーツスカートだ。そして、落ち着いた紺色のローブを上から羽織らされた。ローブは長袖ではあるけれど薄く軽い生地で、大きな猫耳フードが付いているのが特徴だろうか。子供用とはいえ魔法使い用らしく、裏ポケットが沢山ある。


(フードで顔を隠せるのは有り難いけど、それならローブだけでもよかったような……?)


 更に子供でも取り扱いが可能な護身用の魔道具——簡単な魔法が込められた使い捨ての魔具のことだ——を裏ポケットが全て埋まるぐらい持たされて、ローブがずっしりした。


 聖剣も、ちゃんとした固定ベルトを借りて背負うと、紐でどうにか括り付けていた時に比べて身動きが取りやすくなった。


「ありにゃとございます」


 目下は、虹の雫の探索を最優先に動くことで話がまとまった。恐らくは敵の監視下にいるだろうアイリが何らかの呪術で戒められていようと、虹の雫さえあれば解くことができるし、何なら私自身に使ってもいい。


(と言っても、虹の雫はある程度の回数を使えば砕け散るもの……)


 私が授かったあれが新品なのか否かで話は変わってくるのだが、確かめる術も無し。

 自分に使うのではなく、聖王を無事に助け出す為の保険として所持しておくのがいいだろう。


「ただ気掛かりなのは鏡池の立ち入りが禁止されていたって点だね。普段なら憩いの場として解放されてるんだけど……王立施設の管理は王家の管轄だっけか。確認取ってみるか」


「それにピンポイントで出会すってのも妙じゃないか? 詳しく聞く限り、敵はその立ち入り禁止の区画内から出てきたみたいだしなぁ……」


「……敵の根城である可能性もある、と?」


「まあ、用心した方がいいだろうな」


 そう言ってミシロさんは懐から深紅のケータイを取り出した。何かボタンを操作した後、耳に当てている。


「……やあ、久しぶりだね。……はは。珍しいだろ? 実は聞きたいことがあってさ。王立森林公園の鏡池についてなんだけど……。……ああ。久々に足を運んでみたら立ち入り禁止じゃないか。あれ、どうしたんだい?」


 私達はソファに座ったまま、静かに通話の終わりを待った。



「……ふーん?」


 手持ち無沙汰で、何となくミシロさんのお顔を観察してみた。何を言われたのだろうか、ピクリと片眉を持ち上げている。


「…………は? なんでぼくが」


 更には眉を寄せ、片目をすぼませ、どうも不愉快そうに表情を歪めてしまったではないか。私はその表情変化に少しハラハラしてしまう。どうしたんだろう、と。


「ぼくは忙しいんだよ。人手不足ならカルタにでも声を掛けてよ。こっちはようやく久々に家族が揃って——……言うじゃないか」


 終いには声まで低くなってしまい、それを受けてか由利香さんたちまで重い空気を纏い初めてしまう。ピリピリとした空気に変化したリビングの雰囲気にそわつく私の前で、徐ろにケータイを閉じたミシロさん。


「……何を言われたんだ?」


 松治さんが鋭く問う。ミシロさんは深くため息を吐いてから「ごめん」と頭を下げた。


「陛下からの勅命だ。ぼくに手伝わせたいことがあるから今すぐ登城しろってさ」


「なっ……今はもう城の関係者ではないミシロさんがどうして呼ばれるんです⁉︎」


「深刻な問題が起きて人手不足なんだと」


 ……もしかして、魔王サイドはミシロさんも聖王救出のメンバーに引き入れるつもりなのだろうか。


「ノエル……ユイ。ごめんよ。陛下の勅命を断るってのは正直厳しいんだ。松治と由利香は置いて行くから、二人とここで待っていてくれるかい?」


「それは仕方にゃいけど、でも、待つって? 私達だけで鏡池に……」


「駄目だ」


 重く、首を横に振られてしまう。


「そもそも、鏡池に立ち入り禁止令なんて出してなかったんだってさ。あっちの完全なる管理不足だ」


「——ユイちゃんを襲った男の本拠地である可能性が高いんですね」


 真剣な顔をした由利香さんが確かめるように言うと、ミシロさんは浅く頷いた。


「ああ。今がどういう状況か、ついでに確かめてくるよ。もしもまだ事態が進展してないなら……鏡池に近寄るのは危険だろう。いくら二人が優秀でも問答無用で幼児化の呪いを掛けられちゃ何もできないし、ユイだって今は魔法が使えない。正直、考えられる対抗策が一切無い。ぼくが一緒なら結界術や潜入魔法で相手に悟られないよう忍び込むことはできたかも知れないが……なるべく早く戻るから——」


「……ミシロしゃん」


 松治さん達は目を伏せて黙っている。

 申し訳なさそうに言葉を紡ぐ彼を遮ったのは、私だ。


「もしかすると、呼び出された理由はゆっちゃんの頼みと同じ理由かも……」


 彼は何も言わなかったが、穏やかな秋色の瞳が鋭くなった。



「仮に、もしそうだとしたら。セイブル=クラウンフィールの裏にいる真犯人について私が既に掴んでいること——是非伝えて欲しいのにゃ」



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