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【07】



 何という幸運だろうか。

 私は特に苦労もなく、すんなりと研究所から脱出できてしまったのだ。


(まあ、だいぶ迷ったけど……)


 道中で誰かに見つからないかとヒヤヒヤしたが、意外にも何の障害も無く、普通に正面玄関から出ることができた。

 ただ、問題はここからだ。


「ここ、どこかにゃぁ……」


 おそらく一度も歩いたことのない街で、更に夜。しかも目的地が何処にあるのかすら不明とくると、我ながら考えなしにも程がある。背中の聖剣グランシャインは幼児化した私の背丈の半分以上ありとても重いし、素早く動くこともままならない。


 高いビルの隙間から城のような影が見えたので、ひとまずそちらへ向かって歩き出してみる。アスファルトと呼ばれる滑らかな道を、魔導車が疎らに通り過ぎていく。魔導灯のぼんやりとした光を頼りに、私は煉瓦で舗装された歩道を一人歩いた。


 人目を避けるため暗がりを選びながら行く道は、やけに心細く思える。

 そんな時、ふと目についたのは暖色の灯りに照らされた公衆電話だった。四面ガラス張りの細長い空間に、ポツンと電話が置かれている。



「公衆電話って、国内しか使えないのかなあ」


 自分のケータイは国内のみの契約となっており、闇の国から光の国へ掛けることはできない。だからヒジリくんやホワイトパレス事務局への電話は研究所のものを拝借したけれど、実はまだ連絡したい相手がいたのに「もういいだろう」と所長ストップがかかり、その後は「あっちも忙しいんだろうさ」と私の要請を悉く流され続け、諦めるしかなかった経緯があった。


 中へ入り、説明書きを探す。電話のかけ方について記した金属板が扉の内側に貼られていた。どうやら電話番号を打ち込む前に特殊な番号を追加すれば、料金は嵩むものの国外——光の国、夜の国への通話も可能らしい。ちなみに花の国はというと、同じ電話の技術を使っていないので無理とか何とか難しい言葉で書いてあった。


「あ。……お財布、亜空間だった……」


 生まれた期待はすぐに萎んだ。よく考えれば私の荷物はグランシャインのみ。正真正銘の一文無しである。魔法が使えないとは本当に不便だ。ため息をついて電話ボックスから出た私だが、その瞬間にガタンと物音がして文字通り飛び上がった。


「にゃっ」


 騒ぐ心臓をなだめつつ、音の正体を探る。

 ——受話器だ。先程まで確かに電話の横に収まっていたはずの受話器が、本体と繋がるコードを頼りにぷらんと宙に落ちているのだ。


「お、おば、おばけ……?」


 何がどうしたら勝手に落ちるの……?

 恐怖に手足が震えたが、しかしそのままにしておくのも……と、受話器を元の位置に戻しにいくことにした。手にした受話器からはツーツーと音が聴こえてくる。そして、あることに気がついた。


「お金……入ってる……?」


 なんと、ディスプレイには既に銀貨が二枚入っているのだと表示されているではないか。


「お、おばけだ……⁉︎」


 お金なんて入れていないし、私の他には誰もいない。受話器が落ちた理由も含めて謎だらけだが、故障か何かなのだろうか……。

 ……勝手に使うのは、本当なら、よくないのかもしれないけれど。

 生唾を飲み込んだ私は、恐る恐るボタンへ指先を伸ばした。上の方は届かないから、爪先立ちをしながらどうにか番号を入力する。軽快なコール音は一分ほど続いたと思う。



 やがて、『もっ、もしもし⁉︎』と、懐かしい声が耳に届いた。時間が時間だし、公衆電話からだし、魔王城にいた頃に連絡を取ろうとした時には繋がらなかったし、出てもらえない可能性も大いにあった。私は安堵の息を吐き、受話器を両手で握り直した。


「もしもし、ひーちゃん? ゆっちゃ……ユイだよ」


『ユイ⁉︎ ほんとに?』


「にゃん。ちょっとね、そっちで起こってることについて話が聞きたくて」


 ひーちゃん——ヒカル=ライトリバー。幼馴染であり、親友である女性だ。女だてらに騎士として活躍する彼女は、聖王騎士団の中でも唯一女王の護衛として召し抱えられる親衛隊の隊長を務めている。


『……ユイも知ってるんだ。陛下がお倒れになったこと……』


 それはいつも元気な彼女には似合わない沈んだ声だった。


「予想してた程度で、詳しくないのにゃ。よかったら教えて欲しくて……。その、公衆電話から掛けてるから、できれば手短に……」


『一部口外は禁じられてるから、僕から言えることは少ないけど……。でも、うん。ある程度なら話せると思う。それ以外にも、実は僕もユイに話したいことがあったんだよ。何度か電話したんだけど……』


「めんちゃいこ。私のケータイ、外国じゃ使えないのにゃ。それで、話したいことって?」


『陛下が倒れたのと同日——もう一週間前だね。ヒジリくんが刺されたんだ。それだけじゃない、アインスの一族が軒並み……。まあ、みんなすっごく強いからね! みーんな一命は取り留めたし、命に別状はないんだけど! ……ただ、まだ意識が戻らないんだよ』


「……そっか。ヒジリくんも。ランは?」


『殿下は大丈夫。ただ具合が悪いのに陛下を癒そうと無理して女神の権能を使ったから、今は寝たきり……』


「じゃああーちゃんは治ったの?」


『……それが、目覚めなくて。ヒジリくんと違って外傷もなくて、襲われた形跡もないのにずっと眠り続けてるんだよ……。耳元で叫んでも叩いても起きないし……』


「……………………」


 女神の権能——光の国を守護する癒しの女神セラピアは、どんな病や傷も癒してみせる。悪しき呪いすら問答無用で解き放つ凄い方だ。

 かつて女神の危機を救ったグロウレディスの一族を愛し、その権能を貸し与えてくださっている。だからアイリや、その兄であるランリなどは、女神の持つ癒しの力を使うことができるのだけれど……。



『僕が……、僕がもっと早く旅行から帰って来てたら……。そしたら悪い奴なんて近付けなかったし、来ても絶対倒してやったのに……』


「ひーちゃん……」


 彼女のライトリバー家もかつての七名家の一つ。

 三番目(サード)に位置した騎士の家だ。彼女の剣の腕前と、彼女が継ぐ加護さえあれば、確かにこのような事態にはそもそもなっていなかったかもしれない。

 何と声をかければ良いか、咄嗟に良い言葉が浮かばなかった。


『……ごめん。今は嘆いてる暇ないよね。まだ伝えきれてないし!』


「……まだ何かあるの?」


『うん!』


 ちらりと見せた弱々しさを綺麗に隠して、ヒカルは明るく話を続けた。


『実はさ、僕がお見舞いに行ったら、ヒジリくんが少しだけ目を覚ましたんだ! それでユイに言伝を頼まれたんだよ』


「……なんて?」


『——“すまない”って、一言だけ』


「……。ヒジリくんもブレないにゃぁ……」


『あはは……そっちはまあいつものアレだけど、本命はこっち! あのね、事件の前にヒジリくんが陛下から預かってたらしい言伝もあるんだよ!』


「あーちゃんからも……?」


『うん。ちょっと待ってね、メモごと預かったんだ』


 バタバタと走り回るような音がしたと思ったら、すぐに『お待たせ!』と大きい声が鼓膜を震わせた。



『“セラピア様から御告げがあった。勇者に宝を渡しなさいと。それらは全て、ユイに託してある。次は勝てよ”』



「……——」


 ヒカルが読み上げてくれた言伝を、脳内で反芻する。

 目を閉じるとアイリの顔が浮かび、脳裏では彼女が読み上げてくれているような錯覚に陥った。脳裏に浮かび上がった彼女は、まるで何もかもが分かっているかのような、余裕綽々な女王の笑みを湛えている。


『ユイ、陛下から何かもらったの?』


「…………うん。ありがとう。これでよく分かったよ」


『もしかして陛下達を襲った犯人分かったの⁉︎』


「……それはたぶんヒジリくんもよく知ってるから、起きたら聞いて」


『分かった!』


「ところで……ひーちゃんは今はお家?」


 もう電話を終わらせても良かったのだが、通話時間はまだまだ残っているようだ。ならばと新たな問いを投げかければ、返ってきた答えはノーである。


『ううん。今はね、アイリ様の寝室にいるよ』


 それもだいぶ予想外の答えだった。


「あーちゃんの部屋……? にゃんで?」


『護衛をしてるんだ。僕は陛下の剣だからね! 夜にお部屋に入るお許しを貰えてるのは、侍女の他には僕だけだし……。だから最近は毎晩お側に付いてるんだよ』


「じゃあ側であーちゃんが寝てるの? あーちゃんと二人きり?」


『そうだよ』


「——ちょうど良かった! ひーちゃん、頼まれて欲しいのにゃ!」


 おそらく、ここ最近で一番に大きな声となってしまった。それに気付き、深呼吸してクールダウンに努める。


『ど、どうしたの? 僕何すればいい?』


「前にあげたお守り——」


 私は自分の首から提げているネックレスを握りしめた。小さな小さなコルク瓶に聖水を詰めたものが付いているこれは、いつか私が仲良しの友人達に贈ったお揃いのプレゼントだった。


「今も持ってる?」


『もちろん。大好きなユイがくれたんだもん、仕事中だっていつもつけてるんだよ』


「ありがと。じゃあね、瓶越しにあーちゃんの姿を確認して欲しいんだ」


『よく分かんないけど分かったんだよ』


 ヒカルらしい返事を聞くと、何だか久々に笑みがこぼれた。少し余裕を取り戻した心で待つこと数分。


『お待たせ!』


 ちょうどディスプレイに表示された残金が銀貨一枚に減った。まだ余裕があることに安堵しながら、ヒカルからの情報を待った。


『驚かないで聞いてね。なんとね、ユイが言った通り瓶越しに見たら、陛下のお姿が見えなくなっちゃったんだよ! なんで⁉︎』


「やっぱり……」


 予想通りの結果であったことを、喜ぶべきか嘆くべきか。なんでなんでと電話口で騒ぐ声を聞きながら、ぼんやりと今後について思いを馳せた。


『ユイ、説明してってば〜』


「……ふにゃ。軽く説明したら切るにゃ。もう行かなきゃいけないから……」


『うんっ』


「ゆっちゃんがあげたそれね、中身は聖水なのにゃ。聖水は悪しきを選別する鏡——紛い物はその水面に映らない」


『……えっと……つ、つまり……?』


「そこにいるアイリは偽物ってことにゃ」



 一息に言い切ると、ヒカルは無言になった。私の知る彼女なら驚きの声を上げそうなタイミングだけど——と、少し不思議に思いながら言葉を続ける。


「危ないモノだから、壊れないようにひーちゃんはそのまま偽アイリを守ってあげてね」


 『…………うん』と、たっぷりの間を空けて答えた声は低く小さい。この反応を受け、私にはある推測が浮かんだ。きっとこれはもう周知の事実であり——そして、先程彼女が言っていた口外が封じられている部分こそがこれなのだろう、と。


 光の城の関係者の中でこの事実に辿り着けるような魔法使いは果たして居ただろうか?

 それとも——


「ところで、闇の国の人達も関わってきたにゃ?」


『…………』


 受話器の向こうで、少し空気が張り詰めた——そんな気がした。


「……そっか。うん。分かったよ」


 黙りこくってしまった嘘がつけない素直な親友へ、私は見えもしないのに曖昧に笑った。


「色々、教えてくれてありがとう。……あのね、心配しなくて大丈夫だよ。何とかなる為の材料は、もう揃ってる筈だから」


 返事を待たず背伸びをして受話器を置くと、私は深く長いため息を吐き出した。ボックスから出て空を見れば、もう白み始めている。わしゃわしゃと左手で髪の毛をかき混ぜて、ため息をもう一度。



「“次は勝てよ”って言われても……流石に、この状況でリベンジはきついにゃぁ……」



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