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【06】



 異能力研究所は壮大な建物であった。正味五歳前後の子供の身体になってしまった今では、さらに大きなものとしてこの目に映った。

 闇の国には魔法管理局という総合機関が存在している。魔法研究所、魔科学研究所、魔法薬研究所、異能力研究所——王都には魔法に関する様々な王立の研究所があるようだが、それら全てを管理しているのが魔法管理局だ。

 中でも異能力研究所が一番大きいのだと、シフィー所長が自慢していた。


「異能力——魔法に類似し、しかし魔法ではない神秘の力」


 所長というからには忙しい身であろうに、何故かシフィー所長はずっと私につきっきりで色んな話をしてくれる。


「魔法とは魔力、公式、呪文、それらで成り立ち、魔学とも称される立派な学問だ」


「異能力は違う」


「異能とは何も必要としないイレギュラー——魔法ですら叶わないような事象すら起こし得る神秘の力だ」


「魔力が枯渇していようが、理論上実現不可能だろうが、大気中の魔力(マナ)に呼びかけずとも発動する本来有り得ない事象」


「傷を癒す、心を読む、嘘を見抜く、時を操る……。魔力を使わず意のままに精霊の力を操る者もいる。血筋で同じ力を継ぐ者、突然変異的に力を持ち生まれてくる者、様々だ」


「異能力は千差万別、常識では考え難い異能も数多い。何せ異能は制御難度の差はあるものの、基本は“思考するだけ”で発動可能だ。モノによっては生きている限り延々と異能を発動し続ける制御不可能型もある」


「現在我が研究所で把握できている異能は四千五百六十二種。この数はこれからも際限なく増えていくだろう」


「特に、異国のそれは我が国で観測されていない風変わりな異能ばかりらしい」


「異能も希少性とその影響力により、魔物と同じランク付けが成されている。例えば元素を操る異能。炎、水、風、雷、その他にも幾つか。それらを意志の力で制御する異能力者は古からよく見られた。古くは精霊術師(ルーンマスター)と呼ばれた連中だな。どう扱うか、どの程度制御が可能なのか、それは各人によって違うが——そういった異能は現代でも観測例が多い。よって基本はランクで見れば最下位であるDに位置する。一元素だけでなく、複数元素を思いのままに操れるのならばもっと高い評価になるがな」


「お前のその異能。この国の物差しではSSS(サード)級に相当する」


「つまり最高ランクだ! 闇の民ですら僅か数パーセントしか観測されていない。魔物ならば異能を操る化け物の中の化け物——何だ、その顔は。何? この話は昨日聞いた?」



「……そうだったか?」


「……そうか。……記憶にないんだが。可笑しいな……歳か……?」




 ——シフィー所長は一度語り出すと止まらないらしい事は昨日今日で思う存分理解した。


 別に暇な時ならば幾らでも話を聞くけれど、今はそうじゃない。私はストローからオレンジジュースを吸い上げて、ぷくっと頰を膨らませた。


「そんなことより、早くゆっちゃん光のお城に行きたいの!」


 大きく白い机を挟んだ向かい側。私に用意されたパイプ椅子よりも豪華な革張りのキャスターチェアに腰掛けている所長は長い足を組み替えた。……余談だけれど、この研究所で目覚めてすぐの頃よりは舌が回るようになった。無意識のうちに言葉遣いが幼児のようになってしまうのは変わらないが、少しはマシになったと言える。


「私の一存ではどうにもならん」


「お城の人に頼んでくれるってゆった!」


「そのお城の連中から音沙汰が無いんだ。仕方ないだろう」


 むむむむむ……。


「早くしなきゃあーちゃん達が危ないかもしれにゃいのに……」


 そう。そうなのだ。

 私がこんな姿になってしまった元凶である先日の事件。私を襲ってきた()セイブルは、幼児化の呪いで倒れた私に油断したのかこんなことを口走った。


 ——“グロウレディス、マギアルッソ、アインス……私の障害となり得るこの三家の異能だけが気掛かりでしたが、これでようやく全ての不安が消える”


 マギアルッソ家唯一の生き残りである私がこのように襲われたのだ。しかもあの言い草は、あたかも私がターゲットの中で一番最後に狙われたかのようであった。つまり、グロウレディスとアインスの二家には既に同じような危機が訪れている可能性があるのだ。


 光の王家グロウレディスの血を引くのは、今世では女王アイリとその三つ子の兄ランリだけ。ランリは十数年前癒しの女神にすら快癒させられぬ病に伏し、それ以降ずっと闘病生活を続けている。


(本来、“呪い”なんてものは女神の加護を授かるアイリ達には効かないはず)


 しかも厳重に守られているはずの王族を狙うなんて無謀も甚だしい。

 特にアイリの第一執事であるヒジリ=アインスは武道全般に通ずる達人であり、彼は異能の力により文字通り魔法が効かない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)。他にも騎士団や兵達が守っているし、容易に近付くことすらできないはずだ。


 ただ、不可能ではない。

 以前アイリから聞いたことがあるのだが——完全なる女神の加護を得るには光の国に居なければならないらしい。特に王城では万全の加護を得られるが、城から離れれば離れるほど加護は薄まると。つまり国外にでも連れ出せば“そこそこ耐性がある一般人”程度まで加護の力が落ちてしまうし、そうなれば呪うことも可能だ。

 更に呪いを自由に編み出せる敵の特異性を思えば、幾らでも方法は考えられた。


 仮に本人を呪うことができなくとも、命を奪う(﹅﹅﹅﹅)目的ならば周囲の人間を片っ端から呪い、手駒にしてしまえばいい。世に知られる呪いならば対策は講じられているし効果は無いが、この幼児化の呪いのように、従来の対策ではどうにもならない呪いを用意すればいいだけのこと。そして相手はおそらく、それを容易くやってのけてしまうのだ。


 せめて無事を確認したくヒジリくんに連絡を試みたが、何故か出てくれない。光の城の事務局へ掛け、身分を明かし繋いでもらおうとしたのだが、説明も無く「出払っております」の一点張り。

 そういえば、数日前からずっと連絡が付かなかった。

 もしかしてあの時には既に——

 こんなの、不安にならない方が可笑しいじゃないか。



「とにかく。ユイは研究所で大人しくしてろ。便りがないのは何とやらと言うだろう?」


 所長はこちらの不安などお構い無しに、既に何度か聞いたような言葉を繰り返した。



 *



 所長に幾ら訴えたところで、確かに意味はないのかもしれない。国に雇われている身であるこの人にとって、城へ何度も要請することは難しいだろう。

 そのように諦めがついたのは研究所で何日か過ごした頃だった。


「仕方にゃい……こうなったら」


 異能力研究所に夜はこない。深夜でも廊下は明るく、夜通し研究に没頭する所員も多いらしい。とはいえ私が一人きりになるのは夜だけであった。朝になると所長が私の寝所として充てがわれた部屋へやって来て、朝食から夕食までずっと同じ空間に居ることを余儀なくされる。


 そもそも、この生活自体が妙ではないか?


 シフィー所長は千余名の所員を抱える研究所のトップなのだ。そんな人がどうして一日中私をそばに置こうとする?

 今のところ彼が仕事をしている姿を目撃していない。所長はひたすら私に話しかけてくる。まさか新人教育でもされているのかという程詳しく研究所での働き方を教えてもらっている次第だ。これもまた変といえば変だが、私が言いたいのは新人教育(これ)ではない。


 城からアクションが来るまで研究所で大人しくしていろと所長は言う。何度も何度も、私がしつこく光の城へ行きたい、駄目ならばせめて魔王城へ行きたいと言う度に、同じように繰り返すのだ。

 私は偽セイブルのターゲットらしいし、外に出てまた襲われては事だ。だから「研究所にいろ」と言われるのかと自己解釈していた。陛下直々に保護管理を仰せつかっていると発言していたし、それも別に間違ってはいないだろうけれど——


 しかし、私を守る目的でいるのなら、そもそも一番安全な場所こそが魔王城ではないのかという疑問が湧く。

 何せ王の住まいだ。国で一番安全でなければおかしい。それなのに魔王城にすら近寄れないのは私の存在が邪魔だから——だからこそ所長は私が脱走しないよう監視しているのではないか、と私はこの数日を経て結論を出した。


 グロウレディスとアインスも狙われていることは伝わっているだろう。この国で起きている事件に隣国の王族が巻き込まれる可能性が少しでもあるならば、何かしらの行動はするはず。


 ——私が目覚めた時にはもうその行動を終えていたとしたら?

 既にアイリ達に何かが起きた後だとしたら?


 要警護の客人を守っている余裕は、ないかもしれない。

 深夜三時。着替えを済ませ、聖剣を背に括り付けると、私はそっと部屋を後にした——



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