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part.01 不思議な同行者【01】


 闇の国の首都までは、大体一ヶ月ほどかかるらしい。まずは森を越え、港町ジルを目指すことになる。そこから闇の国への船が出ているとのことだった。一週間の航海を終えればもう闇の国だ。入手したばかりの通行証を使って関所を通過し、魔王城のある王都へ向かう。詳しい道程は知らないが、二週間ほどで辿り着けるとそれだけはガイドブックに書いてあったからきっと間違いない。

 寝床である大樹の枝の上に腰掛けつつ、立てたばかりの計画を脳裏で反芻する。特に問題はないはずと、私はひとつ頷き、左の中指に嵌めた指輪を一瞥した。


「おいで」


 体内を巡る魔力の内、ほんの一握りを指輪に込めれば、それは秘された真の姿を解放する。手中で光が形を成し、瞬きの間に煌く銀杖が現れた。

 ——光の国の王都スイファンからジルに着くまで、普通なら馬車などを乗り継いで五日はかかる。しかし私は馬車がそこまで好きではなく、ここでまず第一のショートカットをすると決めた。

 ここで使うのが魔法だ。

 それは創造神(カタリベ)がこの世を創る時に使用したという神の御業を再現するべく編み出された手段であり、日々の暮らしを助けるものから戦う為のものまで、出来る事は多岐に渡る。

 離れた土地へ一瞬で移動することができる転移魔法という便利なものがあって、私はそれがお気に入りだった。

 かつては呪文や魔法陣の描写が必須だった魔法も、進化を重ね、今やその全てを省略できる。余分に魔力を要したり、難易度が跳ね上がったりするから、理由なくそれらを省略する魔法使いは魔力にも才にも恵まれたごく一握りかもしれない。私はといえば、目立ちたくないというただそれだけの理由から省略技術を愛用していた。


 ——そうしてあっさりと辿り着いたジルの町は活気に溢れていた。

 町を形作る白煉瓦は太陽の光を反射し、まるでそれ自体が煌めいているかのよう。海風に乗って、何処からか鼻腔をくすぐる芳ばしい香りが運ばれてくる。この活気は王都と比べても遜色ない。一見しただけでは分からないが、異国からの客人などもこの中には多いのだろう。

 突然町中に現れた私に通行人から注目が集まったが、この手にある杖を見て魔法と悟ったか、彼らの興味はすぐに散っていった。

 ただ一人を除いては。


「今の転移魔法だよな? お嬢ちゃんどっから来たのー?」


 狐色の髪をオールバックにした長身の男性が私に近寄ってきたのだ。全体的に細身で、菫の垂れ目が何とも色っぽい。綺麗な顔をしていて、視界が華やかだ。でも、相手をするのはなんだか面倒そうに思えた。

 なので視線を逸らして足を踏み出すと、男は当然のように私について来てしまう。これには困った。


「ジルに来たってことはやっぱ闇の国へ旅行いくの? 最近流行ってるもんな〜」


「…………」


「今代聖王になってから光と闇の交流が増えて行き来も当たり前になったから、この町にも闇の民が結構いるし」


「…………」


「とはいえこの町、中々治安が悪いからなー。女の子だし気をつけた方がいいぜ」


「…………」


「ところでどこ行くの? そっちは町の出口よ? 港は逆だぜお嬢ちゃん」


「…………」


「おっ方向転換? やっぱ港行くのね——っと」



 早く飽きて何処かに行ってくれないかと、ひたすらに口を噤んで歩いた。いつまで続くのかと思われたそれを終わらせてくれたのは突然の突風だ。

 示し合わせた訳でもないのに私達は揃って足を止めた。そこまでは良かったが、風に煽られ、被っていたフードが背中へと追いやられてしまったのには焦った。

 急いでフードを目深に被り直し、隣に立つ男を盗み見る。彼もこちらを見ていたようでパチリと目が合ってしまい、心臓が騒ぐ。まるで身体が凍り付いたかのようだ。薄い唇がゆっくりと持ち上がる様を、ただ眺めるしかできなかった。


「変わった色の髪だな。世界樹の葉みたいで綺麗だ」


「——……」


 しかし男は私が恐れたような反応をせず、ただ薄く笑みを浮かべただけだ。


「……世界樹って、創造神が一番最初に創ったっていう……?」


「そうそう。ありゃ一度は見ておくべきよ? あんな潤沢な[[rb:魔力 > マナ]]を宿した巨大な木、他の国じゃ拝めないからな」


「…………」


 この人はもしかすると光の民ではなく、花の民なのかもしれない。世界樹とは花の国にあるという伝説の木の名だ。

 密かに安堵の息を吐いたのも束の間。ふと周囲を見れば、行き交う人々や露天の主から視線を浴びているのに気が付いた。私は性急にその場から立ち去ったが、しばらくしてあの男が隣に追い付いてきた。

 「急にどうしたのよ?」と、彼は当然のようにまた隣を歩き出す。

 何でも無いと口早に答えつつ、私は歩を緩めた。さっきまで感じていた不快感はもう無かった。



「……あの、どうして着いてくるんですか?」


 とはいえずっと着いて来られるのも困るので、一応尋ねておく。


「ああ、俺のことは空気だとでも思っててくれていいのよ。返事をくれたら嬉しいけど着いて行くのは気にしないでほしいっつーか。まあ大事なことだからもう一度言うが、俺いますげえ暇だから返事くれたらそりゃもう最高に嬉しいけどな? あ、でも騎士団の詰所に行くのは勘弁ね」


 男の横顔は何だか楽しげだった。


「……随分とわがままな空気ですね」


「空気に返事してくれるとはお嬢ちゃん優しいねえ」


 何なんだろうこの人。……少し面白いし、着いてきても、まあいいか。


「言っておきますけど、私はお嬢ちゃん(﹅﹅﹅﹅﹅)なんて歳じゃありませんよ。だから若い子と話したいんだったら他のところに流れた方がいいと思います」


「そうなの? お嬢ちゃん幾つ?」


「さあ、幾つでしょうね」


 何となく会話を楽しみつつ港を探した。青い屋根、白い煉瓦……光の国は女神様が身に付けていたとされるこの二色を愛しているから、どこへ行っても街並みは代わり映えがしない。よって、来慣れていない街へ来たという感慨は無かった。強いて言えば、潮の匂いがすることだけは新鮮だろうか。


「そういや今、この辺りの海にクラーケンが出没してるみたいよ」


「クラーケンってあの海深くに居るっていう巨大な魔物ですか?」


 本で読んだことがある。普通、魔物には固有名が付かないが、定期的に出没し、尚且つ強力な場合は別なのだと。確かクラーケンは特定の海域に棲むイカやタコが魔物になってしまったパターンだったはずだ。


「そうそう。本当にお嬢ちゃんが闇の国への旅行者なら、残念だけど今は船出てないぜ」


 「えっ」。さらりと続いた内容には驚かされた。本当だとすればなんと間の悪い……。


「俺も本当は今頃船の上のはずだったんだけど、急にそんなのが出ちゃったから渡れなくて困ってるのよこれが。……ここは真っ直ぐ」


「クラーケンが出た場合はいつも聖王騎士団が討伐を任される筈ですけど……」


「今はその到着待ちって事らしい。あ、そこ右ね右」


「到着待ちかあ……いつ頃来るんですかね」


「さあなぁ。早めに来てほしいもんだよなー」


 となると、この後は寝る場所を探す必要があるらしい。むしろ一旦森に帰る方が安全だろうか?



「で、ここ曲がって……よし、港が見えたな」


(……何だかんだ港まで道案内してもらっちゃった気がする)


 確かに、男の示す先には海があり、大きな観光船が何艘も沖に浮かんでいるのが見えた。今回の旅の支度に協力してくれた聖王の執事から利用を勧められていた豪華客船・セントムーン号らしき姿もあった。

 ここまでの道とは違い、港のそばは人が少ない印象がある。鴎が我が物顔で闊歩している道を通り過ぎ、私はチケットの購入窓口へ向かった。とにかく港の人間に詳しく話を聞いてみなければ。

 当然のように空気の人も着いてきたが、「チケット売り場はあそこね」と、また道を教えてくれたので、素直に礼を告げた。彼はまるで同行者のような振る舞いで窓口まで着いてきたが、もはや私は何も言う気にならなかった。


「すみません、闇の国への船はどれも出航停止中と聞いたのですが本当ですか?」


「ええ、申し訳ございません。オルフェン海域周辺にクラーケンが出没しており……」


 窓口の人間は一人だけで、まだ若そうな青年だった。


「討伐隊はいつ頃到着予定でしょうか」


「伝達によれば聖王陛下は先日、王都の高名な魔法使い様に任務を与えられたとか……」


 「とはいえ、王都からここまで五日は掛かりますからねえ……。あと数日はお待ち頂くようかと……」と窓口の男は困ったように苦笑を貼り付けているが、私はその内容に目を丸くした。


(あれ、騎士団じゃないんだ。珍しい……)



「その代わり、日付指定はできませんが、出航再開の折に優先的に乗れるようにご案内するため、チケットの販売は通常通り受け付けております。購入されていきますか?」


「……そうですね」


「行き先と、希望の船はございますか?」


「闇の国に、セントムーン号で」


 すると横で話を聞いていた空気の人が「俺と一緒の船じゃん」と嬉しそうな声を上げた。彼は花の民かと思ったが、行き先は闇の国のようだ。国々を回っているのだろうか? それにしても、私は王家からの資金援助があるから豪華客船に乗れる訳だけれど、この人は随分と裕福らしい。


「では、確認のため通行証を提示していただけますか?」


 通行証には出身国と名前、顔写真などの情報が載っているから、できれば出したくはない。しかしそんな我儘を言える訳もなかった。

 ポケットから通行証を取り出し窓口に差し出すと、今までにこやかな営業スマイルで対応していた受付のお兄さんが驚愕の表情を浮かべたものだから、またか (﹅﹅﹅)と、諦念が湧く。通行証と私を交互に見ているが、今の私はフードを目深に被っているのでどれだけ眺めたところであまり分からないと思うのだけれど……。


「あ、貴方がユイ様ですか……⁉︎」


 しかし彼の声は私の予想と違って非難の色を孕んでおらず、その違和感に首を傾げた。


「はあ、まあ、確かにユイという名ではありますが……あの、何か不備でも?」


「ご到着お待ちしておりました! まさかこんな早くに来て頂けるなんて……‼︎」


「……はい?」


「すぐにオルフェン港管理局へ連絡致しますので少々お待ちくださいませ!」


「あの、ちょっと……?」


 ——何だこれ。訳が分からず、何処かへ電話をし始めた受付を前に私は頭を掻いた。やがて話が終わったのか、受付の青年が明るい表情で私を見上げた。


「すぐに局長がご挨拶に伺います。ここで少々お待ち頂けますか?」


「……あの、話が見えないのですが。私はそんな偉い人に挨拶に来ていただくような人間ではありませんよ。何か誤解があるのでは」


「ユイ=マギアルッソ様ですよね? 王室お抱え任務を蹴った孤高の天才魔法使い! 死亡説を叩き斬って蘇った不死鳥!」


「…………へ?」


 きらきらと、輝く瞳で見られている。

 ……どうして?


 「その、実は……」と、彼は人目を気にするようにキョロキョロと辺りを見渡した後、声を潜めてこんなことを言った。


「あまり大きな声では言えませんが、ファンなんです」


「ふぁ、ファン……?」


「自分も光魔法を齧っておりまして……。いえ、本職に出来るほどの器には恵まれなかったんですが……マギアルッソの方々が記された魔導書には大変お世話になりました」


「………………」


「さらに全光魔法使いの憧れ、あの“青”を断るなんて最高にロックな事をやってのけた方がまさかこんなに可愛らしい方だとは……このギャップもまた素晴らしくロックですね! 今回の討伐隊はたった一人と聞いて驚いたのですが、貴方なら納得です。魔法使いなのにたった一人で海の悪魔と戦うとはまるでロックを極めたかのような——」


「……っ?」


 困惑、だった。

 困惑で脳内が埋め尽くされる。

 ファンだなどと、マギアルッソの人間であるこの私に向けて好意的な感情を向けてくるなんて——輝いた視線を受け止めきれず、私は顔を俯かせた。


「……そ、それよりっ、ちょっと待ってください! 討伐隊がたった一人? まさか私がクラーケンを倒すとでも?」


 そう、余計な話はいいから、今気にすべきはこれだ。受付の青年も我に返ったようで、口早に謝罪したのち、「そう聞いております」と肯定した。


「ですが“青”に選ばれる実力があるのですし、ユイ様なら全く問題ないですよね?」


「……あのですね、どうもこうもそんな話は聖王よりお聞きしておりません。何かの間違いです」


「ええ? しかし伝達が……。それに実際ここへ来ていらっしゃいますよね……?」


「それは——と、とにかく、電話貸してください! お城に確認しますから!」


 受付が手にしていた電話の子機を半ば無理やり奪った私は、聖王の執事をしている友人に直接繋がる番号を打ち込んだ。ここ数年、たまに聖王から困った依頼を押し付けられ、その度に確認の電話をしていたので番号は覚えている。


「ヒジリくん! どーいうことですか!」


 勢いよく問いかけると、電話口からこれ見よがしなため息が聞こえてきた。


『ああ、間違えて知らない番号なのに取ってしまった。切ろう』


「えっ……わ、私だよ? ユイだよ? 分かってるくせに切らないでよぅ……」


『どちらのユイさんで?』


「……マギアルッソのユイさんです」


『ああ、なるほど。クラーケンの件ですね』


 こちらが話す前からどうして知っているのかと、そんな事を訊くのは野暮だろう。私とて薄っすらと察してはいたのだ。彼は主君と同様、よく面倒事を押し付けてくる。


『もう着いたんですか? 昨日依頼したばかりなのに流石はユイさんですね』


「昨日そんなことは依頼されていませんよ」


 眼下では受付の青年が困った顔をしている。私も、似たような表情になっているかもしれない。


『勇者の人生とはこれつまり人助けの旅である——と、かの有名な雨宮(あまみや)智也(ともや)も自書で発言しています。つまりそういうことですよ』


 雨宮智也——闇の国の人気作家だったような、そうでもないような……。

 確か光の国の勇者をモデルにした主人公の冒険活劇譚が(ユイ)の子供の頃に流行って……いやいや、そんなことはどうでも良くて。


「そもそも討伐隊はどうしたんですか。ヒカルは? 確か特殊な魔物の討伐は、騎士団の中でも一番に腕の立つ彼女の親衛隊が担当ですよね?」


『ヒカル様は花の国で長期バカンス中です。先日、謁見中に聖王陛下も仰っていたと思いますが』


「……そ、そうだっけ……?」


『——大丈夫だって。お前が強いことを知ってるからそもそも彼女はユイに聖剣を託したんだ。まさかクラーケン如きに遅れは取らないだろう?』


「うっ……」


 不意にプライベートで会った時の砕けた口調に変わったヒジリくんに、思わず言葉が詰まる。


『さて、もう疑問は解消しましたよね? 私も忙しいのでこれで失礼いたします』


(うぅ……また断り切れなかった……)


 私は悔しい気持ちで数分間続いた通話を終えた。



「……電話、どうもありがとうございました」


 受付の青年に子機を返し、私は手のひらを突き出した。


「この手は一体……?」


「とりあえずチケットをください。……そうですね、一番いい部屋で、請求書をヒジリ=アインス宛で書いて頂けます?」


「えっ、アインスってあの⁉」


「早くお願いします」


「あ、はいっ、ただいま!」


 請求書は全て城の経理に回せと言われていたが、ついつい腹癒せにヒジリくんの名前を使ってしまった。帰国後に怒られるだろうけど、もう知らない。

 ややあって、国から援助された旅の資金と引き換えに船のチケットと通行証を受け取った。チケットは国花が金箔で捺された美しいものだった。


「クラーケンはどの辺りで出たかご存知ですか?」


 青年は引き出しから一枚の紙を取り出した。どうも、この周辺の地図らしい。


「今朝はこの辺りで目撃されたそうです」


「ふむ——あと、管理局の番号を教えていただけますか」


 「ええ」と快く頷くと青年は地図に赤いペンで情報を書き記し、それを私へ差し出してくれた。


「ありがとうございます。では」


「お、お待ちくださいっ! 局長がそろそろ——」


「すみません。私、偉い人は苦手なんです」


 踵を返すと、視界に黒いベストと白いシャツの人物が一瞬映り込んだ。

 思わず左斜め後ろを振り向くと、すっかり忘れ去っていたあの人がまだいたのでギョッとする。


「まだいたんですか?」


 「イイ感じに空気だったろ?」と、彼は何食わぬ顔で言った。


「今からクラーケン倒しに行くの? 面白そうだし俺も一緒に行っていい?」


「良いですけど、面白いことなんて何もしませんよ」


 それだけ言って歩き出す。

 男もまた当然のように私の横を歩いた。


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