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part.05 いつか望んだ再会【01】



 あれから数日間城に引きこもってみたが、セイブルが捕らえられたという情報は入ってこなかった。

 度々客室へ顔を出してくれる葉さんの話によれば、伊井田さんが助けてくれたあの時、彼はセイブルへ魔法によるマーキングを施していたらしいのだが、それも上手く作動していないという。探索魔法を阻害した呪術の結界とやらが邪魔をしているのかもしれない。今は図書館の入り口に設置された監視カメラに録画されていた情報をもとに、人海戦術でセイブルの行方を追っているようだ。


 ——そろそろ私が外を歩くべきでは?

 むしろ囮になってほしいと要請でもされるかと思ってすらいたのに、そんな気配もない。私はやはり客人であるからして、そのようなことは頼みにくいのかも……などと気を回した結果、試しにぶらついてみようかという結論に至った。

 護衛を手配してもらわなければと、まずは滞在中の世話役として紹介された侍女頭に相談したのだが、何故か既に用意は済んでいると告げられた。

 疑問を呑み込み城門へ向かうと、外から戻ってきたらしいトモさんとお会いした。彼は黒いローブを小脇に抱え、暑そうに手団扇で風を作り出している。確かに、今日の日差しはかなりのものだった。風も吹いておらず、私もこんな時でなければ涼しい城に引き篭もって魔導書でも読んで過ごしたいと思う。


「お出掛けっすか?」


「ええ、まあ……出掛けた方がいいのかなぁと……」


 素直に答えてみると、彼はきょとんと瞳を瞬かせた。


「特に予定がないなら無理に出歩かなくてもいいんじゃないっすか? 危ないし」


 そんなことを言われ、首を傾げた私である。

 もしや彼には話が共有されていないのでは……と考えかけて、ならば危ないなどという単語は出てこないかと思い直す。


「囮になったりしなくてよいのでしょうか?」


 ずばり、訊いてみた。

 するとトモさんは深く頷いて見せるではないか。


「そういうのは最後の手段っすよ。そもそもこんな子供を囮にするとか、流石の陛下もそんな人道に反したことは——」


「私は大人なのですが?」


「へ?」


 何やら誤解を受けているらしいと悟り、ついつい口を挟んでしまった。


「私は大人ですので、お間違えの無きようお願いします」


「……う、うむ。すみません。ちょいと言葉を誤りました」


「⁉︎」


 繰り返し主張すると、眼前のトモさんは深々と腰を折ってしまった。


「こ、腰が低すぎでは……⁉︎ そんな、頭を下げて頂くほどではありませんので!」


 私よりも背の高い彼のつむじがよく見える状況など、別に望んでいなかったのに。軽く口頭で謝られる程度だろうと思っていたのに、ここまで言っても彼は中々頭を上げようとはしなかった。周囲で仕事に励んでいた兵士や侍女達がざわめいている気がする。


「俺は……きっと時代遅れなんすよ……」


「何がですか⁉︎」


「葉さんと違って城に引き篭もってばかりなもんで、まだ光の民との認識の差みたいなもんを把握しきれていないかもしれん。ユイちゃんには失礼ばかり言って申し訳ない……」


「気にしていませんので! 早く頭を上げてください!」


 しょんぼりとした様子で頭を上げた四天王第三席。この方はもしかすると見た目よりもずっと真面目……いや、繊細な方なのだろうか……? あまり出会ったことがないタイプの偉い人だ……などと、前にも抱いたような感想を胸に、私は戸惑っていた。何だかいじめてしまったみたいで気まずい。



「これ食べます……?」


 これは勘だが、トモさんも似たような気まずさを感じているのかもしれない。広い袖口から透明なセロファンに包まれた何かを取り出した彼は、それを私の眼前へと差し出した。


「おまん……じゅう……?」


 “おまんじゅう”——包みにプリントされた文字を読み上げてみる。見た目としては茶色くて丸っこく、恐らくはお菓子だと思う。


「美味しいんすよ。俺のお気に入りのおやつでして」


「なるほど、いただきます」


 私もとりあえず亜空間からリンゴを取り出してみた。


「一方的に貰うのは悪いので、良かったら。私のおやつです」


「これはご丁寧にどうも」


 互いに真剣な顔でおやつのトレードを行なっていると、我々に近付いてくる人がいた。

 こんな暑い日にもキッチリと襟元を締め、ローブを羽織っているその人は四天王第二席の時任さんだった。見るからに暑そうだが、本人はこの熱気を感じていないかのように涼しげな顔をしている。城門の方からやってきたので、彼もまた外から戻ってきたところだろうに、鼻筋の通ったきれいな顔には汗一つかいていないのが実に不思議だった。

 時任氏と会釈をし合っていると、彼の隣まで移動したトモさんが彼のローブのフードを引っ張った。


「祐司、お前暑くないのかよ……」


 「生地が痛むだろう」と嫌そうに眉を寄せ、時任氏はトモさんの手から逃れるように一歩横へ移動する。


「君は何の為に魔法を修めているんだい? こんな猛暑日こそ魔法の出番じゃないか」


「少なくとも夏の暑さをやり過ごす為ではないっすな。俺の魔法はいつか二次元への夢の扉を開く為の手段に過ぎないのだ」


「相変わらずだね」


「何を仰る。同じ穴の狢っしょ?」



 何やら仲の良さそうなやり取りをぼんやりと眺めた。


(二次元……平面の世界?)


 亜空間とは別の次元の狭間を開拓する道を探している、ということだろうか。そして時任さんの厚着の秘密は魔法による何らかの工夫……。

 暑さを凌ぐ魔法……。


(いいなあ……)


 私なんて、まだ外に出てから十数分しか経過していないと思うのに、もう汗ばんできている。衣服はこの場にいる誰よりも涼しい半袖と短パンなのに正直もっと脱ぎたいし、水浴びをしたいし、欲を言えば涼しい客室へとんぼ返りをしたい気分だった。

 記憶が確かならば時任氏は創作魔法を得意としていたはずだ。暑さをどうにかする魔法は私の知識にはないので、彼のオリジナルかもしれない。


「そういえば、二人はここで何を?」


 気のせいか、時任氏の視線は私の手元に——おまんじゅうに注がれていた。


「おやつのトレードをしていました」


「そうそう。そうなんすよ」


「…………なるほど」


 我々におまんじゅうとリンゴを見せ付けられた時任さんはと言えば、顎に手を当て、少々考え込むそぶりを見せた。そして「手を出してもらえますか?」と微笑まれたので、よく分からないながらもおまんじゅうを亜空間に収納してから手のひらを差し出した。


「では、僕からもお近付きの印にこれを」


 彼がパチンと指を鳴らすと、我が手の上にコロンとした何かが現れ出でる。


「これは……飴玉ですか?」


 こちらも透明な紙に包まれて、両端をキュッと絞ってある。肝心の飴玉はまるで冬の青空のような、氷のような、何とも涼しげな色合いをしていた。


「ええ。僕が調合したものです。舐めると涼しくなりますよ」


「! それはもしかして……」


 思わず期待の眼差しを向けると、彼は微かに顎を引き、翡翠の瞳を細めた。それはしっとりとしながらも色っぽさを感じる笑みだった。

 妙にどぎまぎしつつ、私も亜空間からお礼の品を取り出す。さっきから渡しているこれは私が暮らす森で採れたリンゴであり、冬の備えとして貯めておいたものだ。


「で、では、私からはこれを……」


 よく分からないおやつ交換会を終え、私は手中の品に目を落とした。舐めると涼しくなるという魔法の飴玉を今食べるかどうか悩み——結局、すぐに口に含んだ。

 口に広がったのは甘みを伴う清涼感。ミントによく似た味わいだ。そして何より、舐めた途端から本当に先刻まで私を苦しめていた暑さがスッと引いたのには驚いた。


「……! 凄いです、本当に涼しい……」


「喜んで頂けて良かった」


 整った顔に浮かんだふんわりした微笑みを直視してしまうと、少し気恥ずかしくなった。落ち着かず、口早に改めて礼を告げる。



「祐ちゃん俺には? 俺にはないんすか?」


「今ので在庫は最後だから諦めてくれ」


 我々のやり取りを羨ましげに見ていたトモさんが時任氏に食ってかかる様子を眺めるうち、ふと冷静になった。

 結局のところ、私は今日出掛けるべきなのだろうか?

 トモさんには止められたけれど……。



「——そうだ、伝え忘れるところだった」


 不意に声を低くした時任氏。彼はさっきよりも声を潜めて言った。


「例の件だが、部下から先程それらしき男が見つかったと報告があった」


「!」


 しかし、彼の整った顔は浮かない。


「ある施設で目撃されたと聞き確保に当たらせたんだが、逃げられてしまった。更に……」


「更に……?」


「確保に当たった人員は軒並み子供になってしまったんだよ」


 幼児化——私の脳裏に浮かんだのはこの城の主である魔王の姿だ。


「陛下にはもう?」


「ああ。陛下の命で異能力研究所に部下を頼みに行った帰りだ。幸い、一命は取り留めたからよかったが……」


 張り詰めたお顔の二人を見つめ、私は手のひらを強く握り込んだ。


「じゃあ、セイブルは……」


「……ええ」


 私の動揺を肯定し、時任氏は物憂げに目を伏せた。


「無関係では、ないでしょうね」



 *



「僕は件の男に見覚えはないよ。ただ……お忍びで城下へ降りた日の夜に子供になってしまったからねぇ。僕が気付かない内に街で呪いを受けたのだろうと考えていた」



 ディナーの時間——今の所、夕食は初日のランチ同様に魔王や四天王と席をご一緒する事が多い。四天王は日によって誰かしら居ない時もあるが、魔王は必ず席についていた。

 今夜の話題は私が食前に想像した通りのものだった。


「陛下の時と比べれば、発症までに数時間の差がありますな」


「何か条件があるのか、それとも相手が自由に設定できるのか……」


 普段の食事中よりも会話が多いからか、席に着いている面々は私を含めてあまり食が進んでいなかった。


「ユイちゃんはどうして小さくされなかったのかねえ」 


 葉さんがそんなことを言ってくるので、少し考えてみた。


「私はマギアルッソの人間なので、そういったものに対して多少の耐性があるような……ないような……」


「どっちなのよ」


「いえ、普通に呪われるときは呪われるので……」


 曖昧に笑って誤魔化していると、時任氏が口を開いた。


「セイブル=クラウンフィールはユイさんを狙っていると聞きましたが、何か恨まれるような覚えは?」


「そう、ですね……」


 幼少期の彼の姿を思い出す。

 長い銀髪と白い肌、華奢な体で、最初は“お姉さん”だと誤解したっけ。


「気の合う友人だったと思っているのですが……喧嘩などもした覚えがないですし……」


「家同士の関係なんかはどうなんすかね?」


「数代前の当主達が犬猿の仲で、顔を合わせる度にいがみ合っていたらしいとは聞きますが、マギアルッソとクラウンフィールは昔から比較的穏やかな関係で……」


 むしろ七名家という括りで見るならば、マギアルッソの天敵は二番目(セコンド)の位にいるアインス家の方だろう。聖王家の側近として仕え続けたアインス一族にとって、誰よりも聖王と親しい——それこそ友として必要とされ、また指南役を務めてきたマギアルッソはあまり面白い存在ではなかったようだ。


 アインスもまた武に秀で、独立戦争時には目覚ましい活躍を残しているのだが——今の世に広く語られるのは勇者と姫君が女神を救った英雄譚でしかない。当時肩を並べて戦ったはずのアインス家や他の名家は、まるでオマケのような扱いとなっているのが現状だ。


 主君にも身を守る術を身に付けさせようとしたマギアルッソと、主君を守る役目こそが己であると自負するアインスでは、色々と噛み合わない所もあったようだし……。

 度々、表にはとても出せないような洒落にならない衝突を繰り返していたアインスと比べれば、他家とのあれやこれやなんてどれも可愛らしいものである。



「叔父も、クラウンフィールのおじさまとは仲が良かったですし……」


 ついボヤいてしまうと、時任氏に不審そうな顔をされた気がする。見れば各々の視線は食事ではなくこちらへ注がれていた。


「マギアルッソの当主はロルフくんの兄上——ユイちゃんの父上じゃなかったかな?」


 魔王様に尋ねられ、なるほど、と頷いた。叔父との仲など無関係ではないかと言いたいのだろう。


「確かに実父が当主ではありましたが、父は病弱で、末期は殆ど病床から出ることが叶わなかったようです。叔父は剣聖としての地位もあり、また、父の死後は次期当主である私を引き取って育ててくれていたので……」


「実質的な当主の役割も熟してたって訳か」


「はい。叔父はクラウンフィールの方達とは度々同じ任務に就いて戦っていたようですし、それなりに交流があったと思います」


 子供目線から見て、叔父は誰とでも仲良くなれるタイプの大人だった。何処に行っても人気者で、歓迎されていた。

 その数少ない例外こそがアインスや……本家、だったように思う。


「子供には分からないような確執が無かったとは言い切れませんが……どう、なのでしょうね。私自身は、おじさまにもセイブルにも、よく助けて頂きましたから……」


 それとも——叔父のことで恨んでいる?

 それはあり得るかもしれないが、しかしあの言い方は——



「そういえば先程言ってましたけども、呪術が効かない事もあるってのは何なんすかね?」


 一瞬だけ下りた沈黙を破り、トモさんが新たな問いをぶつけてくる。


「女神の加護があるので、クラウンフィール以外の術だと多少掛かりが悪いらしいですね」


「クラウンフィール以外?」


「繰り返しますが、私達には——七名家には、女神の加護がありますから。女神様はクラウンフィールの術師を信用されていたのだと思いますよ」


「女神様、ねえ……」


 闇の国は一神教ではない。この世界には多くの神々がいて、光の国では恩義あるセラピア様だけを特別視しているが、この国では個人の好きな神を好き勝手に信仰していると聞く。そのせいなのか何なのか、あまりピンときた顔をされなかった。


「だから、私に呪いが有効であれば——などと言ったあの日のセイブルは妙なんです。あの発言はクラウンフィールの彼がすべきではありません」


「……操られているにしても、なら別の呪術師に執着されているということになるわけですけども」


 「心当たりは?」と、更に問いを重ねられた。



「……………………それ、は」


 誰の顔も見られず、膝の上で重ねた掌に視線を落とす。

 すぐに答えられなかった私を、この人達はどう見たのだろうか。

 それは分からないが、彼らはそれ以上追及してくることはせず、食事は静かな空気の中終わった。



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