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【02】


 彼の姿が見えなくなる頃には身体は自然と自由になっており、私はすぐさま図書館から飛び出した。

 王立図書館のすぐ前は噴水の広場だ。青い葉をつける並木と石のベンチは憩いの場として愛されているのか、来た時と同様に周囲には人が多く見受けられる。ざっと見渡したが、その中に長身で銀髪の男性は見当たらなかった。

 ——こんなに謎を残したまま立ち去るなんて流石に酷い。


(ユイ)の友達だからって油断しすぎた……)


 今度はこちらも魔法を使って、意味深な言動の全てを暴いてみせる——そう息巻いた私は魔具を亜空間から取り出した。いつか恩人から誕生日の祝いに贈られたこの水晶玉は、遠見の魔法や探索魔法を映し出すのに便利な魔具だ。魔力を増幅する力があり消費魔力が少なく済む上、細かい調整も効きやすい。



「お?」


 空いていたベンチに腰掛け、杖を召喚し、早速水晶玉に魔法をかけた。しかし魔力で宙に浮かべたそれには何の情報も映らなかった。


「そんなとこで何してんのよ?」


 確かに私は探索魔法があまり得意ではない。腕の良い占い師のように見たことも触れたこともないような物を探すことは私には不可能だ。でも今回探すのはさっきまで目の前にいた相手だし、魔力の波長だってまだ少しは覚えている。こんな好条件が揃っているのに成功しないのは、おそらく相手がこういった魔法を弾く結界の中にいる為だろう。


 探索、遠見——これらは便利な魔法だが、プライバシーのかけらも無いものではある。昨今は住居に結界を施し、覗き対策をするのが一般的だ。

 それでも探索魔法ならば結界の干渉しない一番近い場所が分かるはずなのだけれど——


「……おーい?」


「にゃっ」


 覗き込んでいた水晶玉に顔が映り込んだので驚いてしまった。よく見れば、いつから居たのか目の前で屈んでいる人がいる。長い指でツンと水晶玉をつついたのは葉さんだった。


「い、いつからそこに……」


「さっきから」


 私の隣に腰を下ろした葉さんは水晶玉に興味津々のようだった。


「この透明度は一等級か? 中々いいモン持ってるじゃないの」


「はあ」


 確かにこの水晶玉は澄んだ水のように透明ではあるけれど、私には魔石の良し悪しはよく分からない。葉さんは魔石にも詳しいのだろうか……。


「お仕事中ですか?」


「可愛い子に会えたし今から休憩タイム」


「はあ」


「ユイちゃんは誰か覗いてんの?」


「人探しです」


 「何も映ってないぞ」と水晶玉を指され、ため息を吐いた。


「なんか、何も映らないんですよね……」


 せっくんは私の知らない防御策でも施しているのだろうか。はたまた、ただ失敗しているだけだろうか。


「ほーん……? 俺にお願いしてみる?」


 諦めて水晶玉をしまおうかとも思ったが、私はすぐさま考えを改め、亜空間からリンゴを一つ取り出した。


「これくらいしかないのですが、お願いできますか……?」


 葉さんが魔法を使うところを見てみたい。

 いつか宿屋で語り合った時にも何度か見せてはもらったが、探索魔法のような、どの民でも扱えるよう考えられた共通魔法については実演してもらっていなかった。


「リンゴよかほっぺにチューがいいんだけど」


「ならいいです」


 にんまり笑って己の頬を指差した葉さんへ間髪入れずにそう返せば、彼は「冗談だって」と笑みを深め、リンゴを受け取ってくれた。ちなみに、リンゴはすぐに今度は彼の亜空間へと掻き消えた。

 いつも葉さんの左耳に揺れている羽の形をした可愛らしいピアス。あれこそが彼の杖の仮の姿だ。特に立つこともせずに彼は杖を召喚したが、葉さんのそれは背丈に合わせたのかとても長い。

 開いた足の間に杖の先端をつけ、肩に立てかけるようにポジショニングしているが、少し邪魔そうだった。


「誰探してんの?」


「旧友です。さっき会った時に暗示魔法のようなものをかけて悪戯されたので、私にまだ彼の魔力の残滓が残っているかと」


「それなら探しやすくて助かるわ」



 笑顔で頷いた後。

 葉さんは顎に手を当て「…………。悪戯? 悪戯って何よ?」と妙に真剣な顔をして私へ向き直った。


「動けなくされただけなので問題ありません。すぐに解いて貰えましたし」


 それよりも早く見たい。

 急かすと、何やら納得がいかなそうにしつつも葉さんは水晶玉を手に取った。

 魔法陣と呪文は省略したのか、程なく魔石は淡い光に包まれる。



「…………ん〜」


 覗き込むように見つめた先では、パチパチと、中で火花のようなものが弾けていた。普通はこんなものは見えない、と思う。葉さんへ視線を移すと、彼は渋い顔をしていた。


「ユイちゃんの探し人は何者だ?」


「というと?」


「妨害が掛かってるから何も見えなかったんだろうが、こいつは呪いの一種だな。無理やり解くとこっちが呪われる可能性がある」


「呪い——なるほど。それは葉さんでも解けないものですか?」


「……そりゃ俺程の天才となれば解けるが、こんな面倒な術とくりゃ流石に準備は必要になるさ。すぐには無理よ」


 口を動かしながら、葉さんは私へ押し付けるように水晶玉を返してきた。


「呪術師を探してんのか?」


「ええ、まあ。恐らく。きっと」


「この国じゃ全ての呪術師に魔法管理局の監視が付いてるから、問い合わせるのが一番安全な道だが……理由がなきゃ開示はされないし、諦めた方がいいぜ。そもそも呪術の結界張ってる時点で——いや」


 言葉を切ると彼は杖を消し、足を組んだ。


「一体どういう知り合いなのよ?」


「幼馴染みです」


「なら光の民か……」


 菫色の瞳が物憂げにこちらを一瞥する。


「知らないのかもしれないが、この国じゃ呪術の使用には色々と制限があるのよ。新たに習得するのは既に禁じられてるし、魔術と同じ扱いだ。光の国にいる感覚で呪術を使うと捕まるぞ」


「……もしかして、図書館の呪術書の棚が空だったのは……」


「陛下の命で回収したからだな」


 光の国では呪術について記した魔導書も未だに流通している。呪術結晶の創作には犠牲が必要とはいえ、中には穀物や果実、魔石などを代替品として使用した法に触れない範囲で済むものもあるので、そういった類ならば許されているからだ。


「異国の民なら一度目は捕まってもすぐ解放されるだろうが……態度によっては今後の入国が禁じられる場合もある。まあ、幼馴染みなら忠告しといてやってよ」


「はい」


「……じゃあ、俺はそろそろ行くわ。今代はみんな真面目だからさ、あんまりサボると怒られるのよね」


 へらりと笑って、葉さんは並木の向こう側へと去って行った。

 光の国の要人と云えば外出時だけでなく城内ですら付き人や護衛を連れ歩いていたものだが、今のを見る限り彼は一人らしい。四天王は魔王の直属の部下のようだし、かなりの地位にいるはずだけれど……。


(四天王ってどんな仕事してるんだろう……)


 ふと見上げた空には、黒い雲が立ち込めていた。



 *



 せっくんを探すのは一旦保留し、私は再び図書館へと舞い戻った。

 先の会話でこの国での呪術の歴史というものが気になってしまい、闇の国の近代史について記された本を片っ端からかき集めた次第だ。

 個別に仕切りがついた一人分の読書スペースに陣取ってからは黙々と文字に目を通した。


 ——呪術魔法は、魔術(﹅﹅)とよく似ている。


 今は禁じられた和の国の秘術——魔術という学問は、かつて犠牲を対価に魔法以上の威力を発揮させることができた。しかも才能に左右される魔法と違い、相応の手順を踏めば万人が扱えた。

 しかし植物や鉱物だけならまだしも、人間や動物まで対価とする魔術が増えた結果——終の国と戦争が起き、こうして禁じられた。魔術の生贄の為に終の国の人々がさらわれる事件が多発したのが戦のキッカケだった。


 呪術魔法も、普通の魔法とは違い、使用者に必要とされるのは魔力のみ(﹅﹅﹅﹅)

 大量の犠牲を凝縮して創り出した呪術結晶と呼ばれる魔石さえあれば、知識がなくとも他人を呪う事ができるのだ。


 “結晶魔法”——こう記される場合もある、いわゆる特殊魔法。

 これも今は人に向けた使用や、人間や動物を犠牲に呪術結晶を創作することは禁じられている。それでも魔術と違い細く生き延びているのは、ひとえに呪術しか効果が無いような魔物も少なからず存在しているからである——と、今まで私はそう認識していたけれど。

 どうやらそれは光の国の場合であり、闇の国ではもう少し厳しい対応が取られているようだった。



(およそ六十年前に起きた呪術犯罪を皮切りに、呪術師への警戒を強化……)


 数人の呪術師がとある村で人々を唆し、結果的に魔王や四天王を動員させるほどの大事件を起こした……。詳細は見つからなかったが、最終的に五百名を超える犠牲者が出たという記載だけでも充分に事の大きさが窺えた。


 事件についても気になり、一度席を立って何かないかと本を探した。魔導書以外にほぼ興味を向けたことのなかった私としては、目的の本がどんなカテゴリに分類されるのかすらさっぱり見当が付かず、早々に諦め司書に訊ねに行ってしまった。

 両手で抱えるような大きさの本を手に席へ戻り、意気揚々とそれを開く。


 白糸(しらいと)村呪術犯罪事件の項目は比較的すぐに見つかった。


(意外と……詳しく書いてないものなんだなぁ……)


 事件の起こりは約六十年前。負傷者千七百十二名、死傷者五百六十二名。首謀者は——


「え」


 主犯として挙げられている名は幾つかあるが、その中の一つに私は見覚えがあった。


仙頭(せんどう)(めぐる)……」


 忘れるべくもない。この名を私はよく覚えている。

 どくどくと、心臓が嫌な音を立てた。

 ……胸の中で誰かが騒いでいるかのようだ。


「………………」


 意外な——嫌な名前を見かけて動揺してしまったが、まあ、今更何を思うでもない。そのはずだ。


(呪術について調べるのは……まあ、このくらいでいっか……)


 私はそっと表紙を閉じ、大量に持ち出してきた本を全て戻しに掛かった。



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