表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/45

【03】



(……何だろうこの豪華な面子)


 まさか昼食のメンバーに四天王三人も含まれているとは思わず、私は内心で驚きを隠せなかった。

 隠れている可能性もあるが、昼食が用意された部屋の中には一人も兵士が見当たらなかった。調度品などの全体的な雰囲気は先程の応接間とそう変わらない。食事テーブルは小さめで、これはおそらく八人掛けだろうか。両端に陛下と私が座り、こちらから見て右に時任さん、左手前から葉さん、トモさんという配置だ。


 純白レースのテーブル掛けの上には、王都へ辿り着くまでの道中で食べたような光の国で見かけない料理が並んでいる。旅の途中で葉さんが説明してくれたが、闇の国では和食という和の国発祥の料理が好んで食べられているそうだ。


 終の国はあまり料理文化が発展していなかったらしく、本当かは知らないが「終の民は食材を生で齧るか焼くだけだったのよ」などと話していた。それに比べ、和の民は食への研究も魔術同様に熱心に取り組んでいたとか。

 光の国では小麦がよく育つので、小麦を挽いて作ったパンや麺が主食だった。

 闇の国ではそれが米とご飯に置き換わるようだ。米料理はこの夏に初めて口にしたが、これが中々私の好みに合うのだ。

 でも、今日は食事を味わう精神的余裕がないかもしれない。それだけが残念だった。



「ねえねえ、君は——」


 ご機嫌そうな魔王はあれこれと話を振ってくるので、私は緊張しながらそれに答えた。四天王とも実に仲が良さそうだった。こんな感想を抱くのは失礼にあたるだろうが、現在の魔王は少年の姿であるため、四天王と笑顔で話す様は親戚の兄達に可愛がられる子供のように見え、正直和む。私の抱く緊張感を除けば、何とも砕けた雰囲気で食事が進んだ。


 魔王の様子が可笑しくなったのは、葉さんが時任氏へ向け「彼女、女王様ともそれなりに親しいみたいよ」と発言したのがキッカケだったように思う。



「——アイリちゃんと?」


 愛らしい姿の魔王が、聖王のファーストネームを呼んで目を輝かせたのだ。


「どういう関係なの? 彼女は元気にしている?」


 キラキラ輝く瞳を、上気した頰を意外に思う。

 今までの話題と明らかに食い付きが違った。


「かつて同じ師に学んだ仲でございます。旅立ちの前にお会いしましたがご健勝のようでしたよ」


「彼女とはよく会うの?」


「せいぜい年に数回程度でしょうか」


「へぇ、仕事で関わりがあるとか?」


「いえ、そういったものは全く」


 どう話せば良いものか悩み、私は一瞬視線を上へ投げた。


「彼女はパーティーがお好きなので、その度に私のことも招待してくださるんです」


「パーティーか。いいなぁ。僕もよくパーティーを企画する身でねぇ。本当は彼女も招待したいんだけど、迷惑になるから駄目だとみんなが止めるんだ……」


「へえ、そうなんですね。聖王様を……」


「もっと多く会いたいのに……」


 何となく四天王の顔を順に眺めたが、誰とも視線が合うことはなかった。

 少年魔王は臣下たちの微妙な反応を意に介さず、相変わらずニコニコしている。


「普段関わりもない相手を招待するということは、よほど気に入られているんだねぇ」


「何でも彼女には王室お抱えの誘いもあったとか」


 さらりと葉さんが与えた情報に、また魔王様の瞳が輝く。


「そうか、君は“王室付き魔法使い(ロイヤルブルー)”か! ……あれ? でも関わりがないということは……断っちゃったの?」


「そうですね。私はあの色を背負うに足りる腕ではありませんでしたので」


 聖王は穢れなき純白を身に纏い、それを守る光魔法使いは深い青のローブで身を包む。

 女神様が愛し、女神様が身に付けているという気高い二色。


 高貴なる青(ロイヤルブルー)を身に付けることが許されるのは、王室付き魔法使いのみであることからそう呼ばれている。


「今は王室付き魔法使いが居ないと聞いていますが、いずれ——という事でしょうか?」


 時任さんが静かな声でそんなことを言うものだから、私は笑って首を振る。


「いえ、私がその任に就くことはないでしょう。あまりそういうのは得意ではありません」


「でも王室付きを求められるということは、君にはそれだけの実力があると彼女自身が判断しているからだろう?」


 伊月陛下からの言葉に少し困ってしまう。私がロイヤルブルーに指名された理由というのは、少し特殊なものだからだ。しかも誰かに簡単に明かせるようなものではない。


「……青い衣に求められるのは魔法のみではありません。確かに魔法(それ)だけを切り取れば、他の者より少しは得意かもしれませんが——総合的に優れた者なら他にも居りますから」


 王室付きということは政にも少なからず干渉することになる。私は教養が無いし、政治的なものもよく分からないから、なったところでボロが出るだけだろう。


「それよりも今気になるのは、たった一人で挑みに来た点だと思いますけれどもね」


 話の流れを変えたのはトモさんだった。


「あー、そうね。基本は三〜五人で来るもんなあ」


「確か彼女の叔父君がここへ来た時には、他に魔法使いと騎士を連れていましたね」


「今でも覚えてるぜ……あの騎士の加護は反則すぎる……」


「トモはこてんぱんにやられていたねぇ」


「陛下、止してくださいよ。あれは自分も気にしてるんですわ……」


「あの時来た魔法使いが、先代のロイヤルブルーだったかな」


 口々に話す彼らをぽかんと眺めた。叔父が勇者の任を与えられたのはもう二十年近く前のことなのに、この人たちがきちんと記憶しているとは思わなかった。


「よく覚えていらっしゃるんですね……」


「闇の民は永い時を生きるから、記憶力がいいんですよ。……でも、ユイさんもそうなんじゃありませんか?」


「え?」


「我々の記憶力は、人間と比べて膨大な魔力を宿すが故に付与される所謂オマケです。半魔人となる魔力があるのなら、貴女も周りの人間と比べてそれを実感する機会があったんじゃないかと思ったのですが」


 時任さんの解説に思わず聞き入ってしまう。

 光の国では半魔人についての理解が今尚薄く、違いについて記された文献なども見かけた試しがない。

 ……しかし、記憶力が良いと自覚するような場面はあまり無かったように思う。


「半魔人の記憶力についてはまだ研究途中ではあるけど、昨今の有力な説はこうだ。ある一部の分野に関してのみ、半魔人はとても記憶力が良くなるんだよ。それ以外は、我々と比べればやや精度が落ちる。もちろんただの人間より遥かに多くの事を記憶できるみたいだけどね」


 首を捻っていると、陛下からも追加で情報提供があった。


「一部の分野、ですか」


「そう! その人が関心を示す分野に於いて、半魔人の彼らは我々以上の記憶力を発揮する——ユイちゃんには覚えがあったかな?」


「うーん……あまり、思い当たるフシがありませんね」


「ふむ。ふむふむ。ならば勇者殿、貴殿がお好きなものは?」


 トモさんが恭しく尋ねてくる。


「好きな——魔法、でしょうか」


「一度読んだ魔導書の内容ならすぐに思い返せる、一度学んだ魔法式は忘れた試しがない……そういうのに心当たりは?」


「……ああー。確かに。言われてみれば他の本はさっぱりですが、魔導書ならその内容は忘れませんね。見聞きした魔法式も」


 あまり意識したことはなかったが、私はこと魔法に関して“暗記”に対する労力を割いたことはない。たぶん己は生まれつき魔法が得意なんだな、これが才能ってやつなのかも、などと他人事のように考えていたが、そんな理由があったとは思わなんだ。


「……へええ。そういう恩恵があるからだったんですね。考えてもみなかったです。やはり“魔法の国”ですね、“騎士の国”には入ってこない知識です」


 闇の国——ひいてはかつてこの国が二国に分かれていた時の片割れ、終の国こそが魔法の元祖だ。和の国と混ざり闇の国となってからも、その文化は失われていない。


「君も魔法を愛する学徒なら、きっと僕の国は素晴らしい刺激になるはずだよ!」


「滞在中、王立図書館に足を運んでみると面白いと思いますよ。古今東西、大陸中の魔導書が収容されていますから」


「王立図書館……是非足を運んでみたいです」


 そうでなくとも本は好きだ。

 嫌なことも辛いことも、何も考えずに済む時間を与えてくれる。

 明日にでも行ってみようかと、私の胸は弾んでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ