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part.00 勇者とは

挿絵(By みてみん)



 ——part.00 勇者とは




 虫の声と、木の葉のざわめき。

 頬を撫でる風はぬるく、柔らかい。

 森を見守る大樹の上。特に太く育った枝に腰掛け、私は一人空を眺めていた。今にも消えそうなほど月が細い今夜は星の瞬きがよく見える。


「あっ、ノエル、今の見た? 流れ星だよ」


 語りかけるも返る声はない。

 もうずっと、そうだ。

 いつも私はひとり、ここにいる(﹅﹅﹅﹅﹅)と信じる彼女へといつかのように話しかける。

 ————ノエル。

 ああ、いつか。

 いつか、また。


(君と話せたなら——)


挿絵(By みてみん)






 我が光の国は今でこそ平和そのものだが、ほんの二十年前にはそうでもなかった。因縁ある夜の国とついに戦争が起こり、沢山の尊いものが失われた。


 しかし繰り返すが、今は平和そのものだ。


 世界の何処か——遥か遠くには広大なる地がひろがっていると聞くけれど、今の技術で行き来できるのはほんの一部の海域だけ。このあたりの海には大きく三つの島国が存在している。


 一の島には闇の国、魔族の住まう魔法の国が。

 二の島には花の国、自然を愛する民の住まう楽園が。

 そして三の島には光と夜、二つの国が存在する。


 かつて闇の国の魔法使いが興したと伝わる夜の国では、何故か魔力の少ない人間がよく生まれたという。そこで虐げられた非魔法使い達が手を取り戦い作り上げた理想郷。それこそ騎士の国と謳われる我が祖国、光の国である。


 騎士の国とはいえ、独立戦争時には国の方針に逆らってまで味方についた魔法使いも数多かった。それ故にか、少ないながらこの国でも魔法使い足り得る魔力の持ち主が生まれてくることもある。

 昨今はその数も徐々に増え、騎士の剣は魔法により強化されるのが当たり前となったし、光の民独自の魔法も発展してきた。私は一応、その光魔法使いの端くれである。


 現在夜の国とは永久終戦協定を結び、互いに不可侵の地となっている。かの戦争で支援を受けたことをキッカケに近海一の大国である闇の国とは同盟国になったし、穏やかな花の民が攻めてくる心配も無く。

 ——ところで話は変わるのだが、同盟国となった闇の国とも、実は少なからず因縁が存在している。


 夜の国との独立戦争の際に夜王との一騎打ちを果たした伝説の騎士。勇者と語り継がれる彼女は聖剣グランシャインを手に勝利を導いた。


 その、勇者が。


 魔を払う聖剣が。


 かつて最強と謳われた闇の国の王——魔王に目をつけられた事がある。


 勇者は仲間と共に彼の国へ渡り、何度も魔王と戦ったが、終ぞ決着は付かぬまま。勇者が老いて聖剣を息子に託すと、当時の魔王は玉座を別の者に譲り、そのまま互いの大切なものを奪い合う戦いは終わりを告げた。


 その時の出来事を華やかに脚色した勇者の冒険譚は今も国民に広く愛されている。

 伝説から何百年も経とうという昨今であるが、しかし二国の間では勇者と魔王の戦いは今も儀礼的に続けられていた。

 何も互いの宝を、土地を奪い合おうというわけではない。

 もちろん互いを憎んでということでもない。


 むしろ近年は貿易や交流も増え、彼の国の魔法と科学の合成分野——魔化学の知識を取り入れた魔導機器なども光の国でメジャーな存在となってきているし、互いの国に行き来する旅行客も増加の一歩を辿っているという。


 ならばその戦いは何の為か?

 詳細な理由は分からない。ただ、永い時を生きる魔族の、魔王の、暇つぶしのようなものなのだと——かつて勇者に選ばれた騎士が語ってくれたことがある。


 そもそもこのイベントはあまり公になっていないことで、知っているのはかつて聖剣の管理権を持っていた七名家の一番目(ファースト)マギアルッソ家の人間か、光の国を代々治めてきたグロウレディス家、それらの家に近しい者ぐらいだろう。



「——私が、勇者……ですか?」


 聖王の御座(おわ)すホワイトパレスへ招かれた私は、美しい聖王から妙な依頼を出された。彼女が突拍子もないことを思い付くのはいつものことだったが、しかし、流石に「それはない」と思う。


「私は剣なんてろくに扱えませんよ」


「ユイよ、忘れたか? 我が国に伝わる聖剣グランシャインは仮の姿。実際は持ち主の求めに応じどんな姿にも変化する万能なる神の石だ」


 聖王の艶めく藍色の髪は癒しの女神に愛された証。癒し手である聖王は、玉座に深々と腰掛けて笑っている。


「前勇者を派遣してから早くも七年——そろそろ勇者を立てるべき時期だ……しかし私の一番の騎士は生憎と休暇(バカンス)中でな。そこでユイの存在を思い出したんだ」


「……何故そこで一介の魔法使いである私を思い出すのでしょう」


「だってお前強いだろ? しかも勇者の子孫ときた」


 この人は、女王陛下であるというのに相も変わらず口が悪い。


「お断りさせていただきます」


「餞別をやるぞ?」


「……餞別、ですか」


「虹の雫だ」


 「⁉︎」虹の雫——魔石の中の魔石。癒しの女神に愛された王族の人間が数年に一度しか創り出すことの出来ない特別な魔石で、それさえあればどんな病魔や怪我も一瞬で治癒すると言われている。


「そ、それって国宝じゃないですか!」


「ありえんとは思うが、万が一死にかけたらそれを使うといい」


 聖王が白く細い指を鳴らすと、側に控えていた彼女の執事が私の前に細長い箱を持ってきた。箱に描かれた白い花は王家の紋章だ。

 彼が箱を開けると、純白の鞘に収まった細長い剣が姿を現わす。


「いえ、だから私は旅には出ませんよ」


「決定事項でございます」


 無理やり箱を押し付けられて納得がいかない。私は聖王を見上げた。彼女の勝気な瑠璃の瞳は愉しげに私を見つめていた。


「ユイ、アストラルから聞いたぞ。お前森で野宿してるんだってな?」


「……それが何か?」


「この話はそれを小耳に挟んだからこそ、という訳だ。親友の窮地とあらば何とかしてやりたくなるのも友情ゆえさ。旅の資金も援助しよう。これはただの祭り(﹅﹅)であるからして、命を落とす心配もない。ただの楽しいイベントさ。勝ち敗けにはこだわらずただ一度戦ってくれば良いだけだ。……さて、質問だが、お前は一体何が嫌なんだ?」


「…………め、面倒くさいです! 闇の国へ行くなんて。遠いし、これから暑い季節がやってきます。私は夏が嫌いなのです……」


「なんだ、そんな理由か……」


「そんな理由、ではありません。大事な理由です!」


「もうつべこべ言わずにさっさと行け。……これが虹の雫だ、失くすなよ」


 聖王が何かを投げてよこしたので、(すんで)の所でキャッチする。危うく落とすかと思ったが、ネックレスチェーンがうまく手に引っかかった。

 チェーンの輪の先で揺れる雫を、私は呆然と見やる。光を反射して七色に輝くそれはまさしく文献で見た虹の雫そのものだ。


「こ、こんな凄いものを投げないでください!」


「ちゃんと首から下げておくんだぞ。もしも闇の国へ向かわなかったら国宝泥棒になるかもしれんからそれも気を付けろよ」


「泥棒ってなんですか! お返しします!」


「闇の国へ旅立つユイへの餞別だからな。旅立たなかったら契約違反だ、詐欺だ、つまり泥棒だ」


「なら要りませんよ!」


「……さて、私は公務で忙しい。あとは宜しく頼んだぞ、ユイ=マギアルッソ」


「え、あの……聖王様? 本気なんですか?」


本気(マジ)だ。なるべく早く出立してくれよ。ちなみにあちらの国が気に入ったら無理に帰って来なくていい。上手くやれよ」



 ——斯くして、不本意ながらも私の短い旅は幕をあけたのだった。


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