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焦熱  作者: 天水しあ
9/16

 食後はいつも、葉佳とたわいない話をしたり、山を散策したりして過ごした。


 あれから、毎日は何ら変わり映えなく穏やかに過ぎている。ただ自分の心を除いて。


 『私がどうにかしてあげる』 

 『もうじきよ』


 本当に? 半信半疑ながらも、やっとこの、一縷の光さえ射さないおどろおどろしい感情から解放されるのだという安堵もあった。


 だけど――日が経つにつれ、不安が募っていく。


 葉佳は何ら変わらない。毎日どこからともなく食料を調達してきて、なにくれと身の回りを世話をしてくれる。柔らかな笑みをたたえたまま――それ以外の何かをしている様子はみえない。


 「何をしようとしているのか」

 「それともただの聞き間違いだったのか」

 「あれは自分を落ち着かせるための嘘だったのか」

 「そもそも――実は何もかもが嘘なのではないのか」


 途切れない問いかけが頭を絶えず巡る。


「どうかした?」


 白湯を差し出しながら、葉佳が問うてきた。いつもの優しい笑みで。


 ――この笑顔は嘘なのか?


 「ありがと」たどたどしく縁の欠けた茶碗を受け取って、口に運ぶ態で葉佳から目を外す。


 白湯は熱からず温からずで、すんなりと喉を通り、体の芯に染みていく。

 いつも差し出される白湯の温度が違う。起き抜けは温く、夜が更けると温かい。


 ――この心配りまでもが嘘だと?


 「お替りは?」優しい声。


 たとえ何もかもが嘘だとして――それでも、僕は生かされている。彼女がいなかったら、伯父に殺されるか餓死するかのどっちかだったはず。


 朱有は空になった茶碗を差し出しながら、小さく笑った。「もう十分だよ、ありがとう」



 翌日。


 「今日はね、いいものがあるの」いつもより遅く迎えに来た葉佳が、随分と明るい声でそんなことを言った。


「何?」

「帰ってからのお楽しみ」


 葉佳に手をとられ、引っ張られるように、朱有はその後に続く。日が落ちた杉林は、足元が危うい暗さになっていたが、「早く早く」とばかり葉佳はどんどん先へ進んでいく。

 子供みたいだな――知らず口元が綻んだとき、ギャアと甲高い声が頭上から降ってきて、朱有は頭上を仰いだ。

 葉群れの隙間から覗く夕空を、鳥の黒い影が、連なって渡っていくところだった。やけに赤々しい空に響く悲鳴じみた鳴き声は、何故か胸をざわつかせる。

 思わず先を行く葉佳に声をかけた。


「今日は、随分鳥が飛んでいるね」

「そう言われると、そうかもしれないわね」


 しかし葉佳は歩みを緩めることなく、おざなりな返答である。心を「いいもの」が占めているのだろう。朱有は小さく笑って、手を引かれるままにその後に続いた。


 堂に帰ると、「手に入ったから」と葉佳が差し出してきたのは、濁酒。

 これも行路神へのお供えだな――思いながら、朱有はありがたく頂戴する。久しぶりなのですぐに酔いが回った。


 いい気持ちで横になると、たちまち瞼が落ちてくる。


「今日はきっと、いい夢が見れるわ」


 ひやりとした手が、優しく髪を撫でているのを感じる。朱有は安らかに眠りについた。


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