讐
「そう、だったの……」
驚きの声をあげ、葉佳は目を伏せる。
そうして何かを口にしかけて、やはり――とばかりに口を噤む。それを何度か繰り返していることに、朱有が気づいた。
「どうかした?」
たまりかねて問うと、葉佳はしばしためらう様子を見せたものの、やがて重い口を開いた。
「あの、頬に傷のある男は、よくここに来ていたわ。口元にほくろのある女の人を連れて」
「え?」
継母のことだ。何だってあの二人が――こんなところで、一体何を。
「男は言ってたわ。まず長男を殺して、そのあと自分の兄と弟を殺せば、あの家の男は幼い次男しか居なくなるから、きっと自分が呼び戻されるに違いないって」
まず殺す? 誰を?
――僕を?
たちまち血の気が引いていくのが、はっきりと分かった。
話は続く。
「女は、男の言うことに、なんでも『諾』と答えていたわ。言われるがまま、という感じだった。――それから、流浪者に心当たりがあるから、とか、金をどうする、とか、色々話し合っていたわ。でも、まさか貴方の身内だなんて知らなくて……」
そう言うと、葉佳は小さくごめんなさいと言った。
それは仕方ない。
葉佳は、二人が何者かなんて、知る由もないんだから。それ以上に、身を隠すことに必死だったんだろう。そんな物騒な話をする連中に、見つかったらどんな目に遭わされることか。
あいつらが来るたびに、床下に身を潜めていたのだろうか。さっきの僕みたいに――なんて痛ましい。
それにしてもあの二人。
そうか、それであの堂内は小奇麗だったのか。まさかただ話し合うだけだったのではあるまい。
愚息を心配する祖母に頼まれ、継母は渋々、という態で伯父の様子を見に行っていたのは薄々知っていたが、内心大喜びだったのか。
下等な者同士、似合いの仲だ。
だが継母と伯父がつるんで、結果みんな殺されてしまった。
「――あの女、下女の分際で後添えとして迎えられる厚遇を受けながら、よくも……」
怒りで震える身体を、とめることはできなかった。
「許せない」
今すぐ伯父を殺したい。
墓を暴いて継母の死体を鞭打ちたい。
そうして、鳥や獣にあいつら身を食いちぎらせたい。
言い尽くせないこの苦しみと同じだけ――いや、それ以上の目に遭わせたい。
温厚だと言われてきたし自分でもそうだと思っていた。そんな自分がここまでの怒りを覚えたのは、生まれて初めてのことだ。
朱有は、自分が、得体のしれないものになってしまったことを知る。
怒り憎しみなんて言葉では言い表せない、黒く澱んだ、二度と這いあがれない沼に落ちてしまった。
汚泥に塗れた身はいまや、醜く、愚かで、恥ずべき存在になってしまった。
家族に囲まれて笑っていた、「正しい」自分は死んでしまった――いつしか、口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「じゃあ、私が手伝ってあげる」
それは軽やかな声だった。
思わず隣の彼女を見る。
葉佳は、まるで家の手伝いを申し出た幼子のような、無垢な笑みを見せていた。
「私が、あなたの無念を晴らしてあげる。心残りがあると、それにいつまでも気持ちが囚われて他のものが目に入らなくなるでしょう? 私もそうだったから分かるわ」
女衒に騙されたことを言っているのだろうか――朱有がそんなことを思ったとき、葉佳の表情がにわかに改まった。
「でも今は違う。心晴れやかで、あなたとの毎日だけを考えていられる。あなたがずーっと一緒にいてくれるって約束してくれたおかげよ。感謝してるわ。だから」
それは、思わず目を逸らしたくなるような、妖艶な笑みだった。
「私がどうにかしてあげる」