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焦熱  作者: 天水しあ
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 強く身体を揺すぶられ、朱有はどうにか目を開ける。


 唸りながら瞬きを繰り返すと、漏れ入る日光を背に受け、表情の見えない葉佳が自分を見下ろしているのが分かった。


 「どうしたの?」間延びした声で問うと、彼女は切羽詰ったように早口で、


「人が来るわ。急いで起きて。隠れないと」


 それはまずい――咄嗟に思い、飛び起きた。

 葉佳に急かされるまま慌てて堂外に出ると、すでに日は高い。まだ起き抜けの身体にその陽射しは余りに眩しく、思わず階段を踏み外した。

 膝をついた背に手がかけられ、「さあ早く、この下へ」


 葉佳に縁の下押し込まれ、「できるだけ奥に、急いで」その声に従い、朱有は奥へと這い進んだ。


 振り返った。

 階段の隙間から、葉佳の色褪せた緋の裙子スカートがちらついている。

 もういいかな――ほうっと息をつく。

 そこで初めて足元を見回せば、動物の死骸や正体不明の塊といったものはないものの、じめじめとしており、決して心地よい空間ではない。


 だというのに 僕はどうしてこんなところで身体を縮めているんだ? 


 葉佳に言われるままこんなところに入ってしまったけれど……思っていると、ガサガサと草を掻き分ける音が、人声とともに近づいてきて――身が硬くなる。

 どんどん近づいてきた足音。階段を軋ませながら、薄汚れた褲子ズボンがどかどかと、彼の目の前で上がって行った。


「いやあ疲れたな」

 ――この声!


 朱有は思わず、床下に耳を押し付ける。


「本当に」と同意する声――それは間違いなく伯父親子のものだった。


 彼らはどうやら楊梅や桑の実といった果実を採りに山に入ってきたらしい。その際ここで休息するのがいつもの流れであるようだった。

 先日葬儀をあげたばかりというのに――忘れかけていた怒りで腹がうずく。


「やれやれ、村の長が未だに山で楊梅狩りというのも、面倒なものだな」

「親父、もう虎にいなくなってもらえばいいんじゃねえか」

「兄貴のいうとおりだ。これからは村の連中に取りに来させて、俺たちに運ばせよう。そうだな、鳥でも射た矢を見せて、『俺たちが虎を退治した』とでも言えば、あいつら馬鹿だから、きっと信じるって。で、ますます俺らを怖がって、言うことをきく、と」


 甲高い、耳障りな笑い声。


「だよな。ちょっと背後の草や木を揺らしてやっただけで、虎だってびびりやがって。馬鹿もいいところだ。まさか、あんなにうまくいくとは思わなかったよなあ」

「うまくいくといえば――こうも易々とあの家に戻れるとはな。あの女まで殺られたのはちと残念だったが……。いい身体してたんだがなあ。おまけに俺の言うなりだったし」

「でも親父、あれ以上の女、世の中ごろごろしてるぜ。あの程度の女と後腐れなく切れたんだから、やっぱりあの破落戸ごろつきには感謝しねえと」

「それもそうか」


 三人は下卑た笑い声が、耳も奥で粘つく。


 その後も下劣な話が続いたが、彼らは足の早い楊梅が気がかりな様子で、間もなく堂を出て行った。



「もういいわよ」

 屈み込んだ葉佳に外から声をかけられて、朱有はのそりと縁の下から抜け出す。


「どうしたの? 顔色も悪いわ。まさか、今の男たち知り合いなの?」

 葉佳が心配げに朱有を見上げて、問う。

 朱有は人の踏みしだいた跡の残る草むらを睨みつけながら、どうにか声を出した。


「あれが僕の、伯父たちだ」


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