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〔11月12日 早朝〕
シャロンワーズ家の人間は愚鈍だ。
父・母・妹・弟・使用人に至るまで己が凡人であることすら理解できず、日々他人を愚弄することで悦を噛みしめるような人間しかいない。生まれながらに容姿に優れ、他人を尊敬し、努力という才能で幼少期から己を磨き続けるアリスはその中では異端の存在だ。
端的に言うと凄く嫌われている。
「キース王子とは順調だろうな?」
「………………」
「声を出すなよ。お前の声を耳にするだけで、せっかくの朝食が台無しになってしまうからな。お前はただ、頷くだけで、いい」
「…………(コクリ)」
「そうか、せいぜい捨てられないように努力しろ。お前のように愚図で器量のない小娘を王子の嫁に添えてやったわたしの努力を無駄にするな!」
「醜女のお姉さまがいまも次期王妃の座についていられるのは、お父様の裁量あってのもの。もっと感謝するべきですわ!」
「そうだろう、流石は私の可愛いサーラ。父の偉大さがよく分かっているな」
「はい!もちろんですわ」
「それに比べて姉のお前は本当に可愛げがない。少し勉強ができるからと威張り腐って、まったく愛嬌がない!だから手紙のひとつも貰えんのだ!」
「それはしかたありませんわ、お姉さまの顔では恋人どころかお友達だって寄り付きませんもの。知っています?学校でのお姉さまの仇名、ヒキガエルなんですって!」
「あははははは!これは傑作だな!確かに、そっくりだ」
「………………」
これがシャロンワーズ家のいつもの朝食だ。
馬鹿の一つ覚えのように「無能なお前を次期王の嫁に据えてやった俺マジ有能感謝しろよ小娘」という頭の悪い話を毎朝壊れたラジオのように繰り返す男は間違いなく血の繋がったアリスの父であり、それに毎度全く同じ返答でこちらを見下す知能指数の低い母と妹もまごうことなく己の家族だ。とても恥ずかしい。未だに養子だと言って欲しくてたまらない。
(キースとの婚姻が継続してるのは、城の施設目当てって言ったらなんて顔をするかしら)
家族に対する嫌悪感に似たそれは、なにも昨日今日で抱き始めたわけではない。物心つく頃にはすでにこの感情はあって、早々に彼らを捨てて就職しようと人生計画を練っていた。そんな家を存続させる気のないアリスが今までキースとの婚姻を破棄しなかったのは、ひとえに王室専用の施設が目的である。
レンが8歳のときに「新薬を開発したいけど温室が無い」とぼやいていたので、誕生日プレゼントとして温室の使用許可書を発行したのが始まりだ(この頃にはキースをとっくに見限っていた)。
新薬は1年ほどで完成したのだが、次は城の構造を知りたそうにしていたので機密文書を管理している部屋への入室許可書を。次の年は確か発行が面倒になりその部屋のスペア―キー勝手に作ってそれを………と毎年貢ぐためにズルズルと関係を続けていたに過ぎない。ただの金蔓といっても良い。
(もともとレン以外はジャガイモにしか見えないけど、キースが善人だったら罪悪感でトマトくらいには見えたでしょうね)
はにかむレンの顔は1秒もかからずに思い出せるが、対照的にキースの顔はいくら時間を掛けても金髪に碧眼のジャガイモしか出てこない。アリスが薄情なわけではない。昔から気が多いくせにアリスだけは敵視し、顔を見せないキースが悪いのだ。
(いまの意中の相手は新入生で、この時期にはわたくしとの婚約破棄まで秒読みだったはず。確か日付は……)
「そうだ、12月13日は大事なお客様がいらっしゃるから空けておいて頂戴ね」
(そうそう12月13日で………え?)
「大事なお客様?」
「それってエマさんのことですか?!」
「―――!?」
突然登場したエマの名前に、アリスは食後の紅茶を吹き出しかける。妹のサーラが怪訝そうな表情を浮かべているがそれどころではない。
エマ、いまエマと言ったか。
「この間、肌に良い化粧品を紹介していただいてね。そのお礼もかねてエマさんを食事会に招待しようと思っているの」
「それはいいですね!」
「トマは本当にエマさんが大好きなのね」
「はい!彼女はとても魅力的ですから」
「その日はキース王子も呼ぶだろう。懇意にしていることをお伝えしたくてね」
「カールアー家とはいい取引相手、恩を売っておく意味でもよいと思いますわ」
エマ・カールアー。カールアー家の養子であり、キースが熱を上げている新入生である。
そして忘れもしない12月13日。身内だけで開かれる細やかなパーティの席でアリスはキースから婚約破棄を言い渡されると同時に、12月7日に学園で行われたお茶会にてエマを毒殺しようとした犯人として家から勘当される。
ごくりとアリスは唾を飲み込んだ。
「アリス、あなたの参加は決定事項よ。今回は勉学を言い訳にすっぽかすような真似は止めて頂戴ね」
「………(コクリ)」
「え、姉上も参加させるんですか?」
「キース王子がいらっしゃるのにその婚約者が欠席するなんて、恥ずかしくてできないでしょう? 我慢なさい」
「はーい……」
「どうせ動かないから、いてもいなくても変わらないわよ」
「それもそうか!」
下卑た声も嘲笑もアリスも耳には届かなかった。
夢は可能性の未来を見せることは出来ても、確定した未来を見せることは出来ない。だがアリスは身内のパーティが12月13日にあることを知っていた。事前に言われたからではない、夢でそう聴いて参加していたから。それはつまり、今朝の夢が夢ではなかったということ。
(わたくしは確かに一度殺された?)
確証はない、だが首に残るあの違和感があれが夢ではなかったとアリスに言うのだ。
お前は一度死んだのだ、と。
読んでくれてありがとうございます!
続きは明日投稿しますね!