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プロローグ



「出ろ」


乱暴に鎖を引かれ、少女は牢屋から引きずり出された。

この地下牢に投獄されてから2週間、ろくに食事も水も与えられず放置されていた少女は衰弱し自分の足で立つことすらままならない。美しかった顔はやせ細り、腰まで伸びていた白銀のような御髪は無残に切られ血で汚れている。


(やってしまった、やってしまった。こんなはずではなかったのに)


痛かった、苦しかった、酷い眩暈と空腹で気持ちが悪い。だがそんなことはどうでもよかった。

空腹で幻覚が見え始めたことも、斬られた腕が痛むことも、口汚く罵られ唾を吐かれることも、家族に婚約者に友人に見捨てられたことも、これから死ぬことですらどうでもよかった。

少女の後悔はただひとつ。

レン(推し)とお泊り旅行に行けなかったことである。



(ひとつ屋根の下で、同じ空気を吸って、同じご飯を食べられる最高のイベントだったのに!どうして!わたくしはいま牢獄などにいるの!!)


予定通りなら今日の朝一番に出発して今頃は現地に到着「寒いね」なんて呟きながら暖炉に火をくべて笑いあっているはずだった。

お風呂上りの湿った髪、上気した頬、寝間着姿の無防備すぎるお姿を合法的に眼球に録画できるチャンスだった。あわよくば薄い唇の端から涎を零す(願望)寝顔を心のシャッターに永久保存することが出来るはずだったのに。はずだったのに。

いくら瞼を開こうとも瞳に映るのは麗しい推しの寝顔でなく、じゃがいも顔の見知らぬ兵士。少女の目から自然と涙が零れる。


(はあ、どうせ死ぬなら推しの太腿に挟まれて圧死したかった………)


だが身体は動かない。腱を切られた足と折れた腕では、彼の太腿に飛び込むどころか這っていくことすら出来なかった。

鎖を握った兵士は横たわったまま動かない、否、動けない少女に舌打ちし腹に蹴りを入れる。勢いで身体が転がるが呻くことすら出来なかった。再び舌が鳴る。

兵士は鎖を短めに持つと、少女を気にすることなく階段を登り始めた。ちゃりちゃりと鎖の音がし、続いて引きずられる音が付いてくる。


「1月8日、これより大罪人の処刑を始める」


初老の男性の声に沸き立ち、群衆の声が広間に響き渡っていく。

少女は階段に四肢を打ち付けながら断頭台に引きずられていく。枷を外され仰向けにされると、処刑台に首を固定された。

ああ、死ぬのか。

まるで人ごとのように思った。


「この者は神の教えに背き闇の眷属であるアンデットを学内にて召喚、罪のない子どもたちを殺害し続けた。犠牲者は学園の半数。神に愛された子どもたちを、(おの)が身勝手な欲により蹂躙した罪は重く情状酌量の余地はないと陛下は判断なされた。よってこの者を斬首刑に処す」

「殺せ!!」

「さっさと殺せ!」

「人殺し!」

「息子を……わたしの息子を返して!」

「この悪魔!どうしてお前なんかが産まれてきたんだ!」

「人殺し!」

「地獄に落ちろ!!」

「執行官、前へ」


ナイフを握った男が前に出る。

民衆が投げた石が少女の額を割り血が頬を汚す。

謂れのない罪で裁かれることに興味は無い、お門違いな殺意もどうでもいい。レンの太腿に挟まれて鼻血を垂らしながら「気持ち悪い」と罵られて死ぬ夢が叶わなかったいま、絞首も斬首も火刑も少女にとっては変わらない。ただ命が終わるだけ、それ以上でもそれ以下でもない。


(ああ、でも、次に生まれ変わるなら今度は喧嘩別れだけはしたくありませんわね)


縄が斬られる。

ギロチンの刃が勢いよく滑り落ち、少女の首を斬り落とした。

少女――アリス・フランソワ・ド・シャロンワーズの人生はこうして幕を閉じた。







はずだった。





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