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短編

冒険者、冬の時代

作者: NOMAR


「みんな、すまん……」


 トゥギ町の冒険者ギルドの中は、冷えきっている。誰もが暗く静かで、まるで葬式のようだ。

 いやこれも葬式のようなものか。誰もが動きを止めてうなだれている。ギルドマスターのディグは、かつては歴戦の冒険者であったその大柄な身体を小さくちぢこめるように、深く頭を下げている。


「トゥギ町冒険者ギルドは、もう、終わりだ……」


 ここにいる全員が揃って静かに、溜め息を吐いた。


 冒険者。魔獣や魔族から人々を守り戦い、商人や巡礼者の護衛を請け負い、危険な地域に遠征しては希少な薬草、珍しい鉱物、魔獣素材を採取する。腕っぷしに度胸が必要な職業で、小さな村を魔獣から守ったりと人々からはそれなりに敬意を持たれている。

 いや、持たれていた、と言い直すべきか。


 その冒険者達の相互支援の為に結成されたのが冒険者ギルド。

 だが、人類の敵たる魔王は百年前に滅ぼされ、魔王の従えた魔族は人類領域からいなくなった。魔獣の被害も少なくなった。

 

 魔族との戦争の終わった平和な時代。

 かつての戦いの爪痕、戦災によりいくつかの村が消え、町が消え、難民や孤児は増えたが、今年で終戦から百年。その傷も癒えてきた。


 魔獣の被害が無くなれば、魔獣討伐の依頼も少なくなる。危険な魔獣が少なくなれば、希少な薬草も採取は難しくは無くなり、栽培研究も進む。鉱物も魔獣、魔族に怯えることなく採掘できる。

 最近では希少な魔獣が絶滅すれば、生態系が狂うと動物愛護団体が煩く言うようになってきた。

 年を追うごとに冒険者の仕事が無くなっていき、それはこのトゥギ町の冒険者ギルドでも同じこと。


 冒険者、冬の時代の到来。


 もはや魔獣との戦闘も少なく、魔族も何処へ姿を隠したのか、見つけることも困難だ。街道で魔獣に襲われる被害も少なくなり、冒険者のすることが無くなっていく。


 ギルドマスター、ディグは暗く沈んだ顔をゆっくりと上げる。


「……もはや王家からの支援も無くなり、冒険者に依頼される仕事も無い。トゥギ町冒険者ギルドは閉会する。ここに残る皆には、隣の街ゴゥラの冒険者ギルドへと推薦文を用意する。あちらも経営難らしいが、まだ冒険者の仕事はあるという。……俺の代でこの町の冒険者ギルドが無くなるというのは、皆にも、先達に申し訳無いが」

「ギルマスのせいじゃ無い、これも時代の流れだ」


 一人の男が諦めとともに呟く。ギルドの中にいるのは、八人の冒険者。二十年前には八十人を越えた冒険者の数が、今ではその十分の一に。他に取り柄があるものはさっさと転職し、ここに残るのは冒険者しか取り柄が無い、不器用な奴等ばかりだ。俺も含めて。

 

「いつかこういう日が来るかと、考えてはいたが」

「ここんとこすっかり依頼は無かったからなあ」

「はあ、次の仕事、どーしよ」


 誰もが憂鬱にうなだれる。ギルマスの目に涙が滲む。こういう雰囲気は苦手だ。俺は持ってきた酒樽をわざとゴスンと音を立てて床に置く。


「せっ!」


 振り上げた拳を打ちつけて酒樽の蓋を割る。その音に長い付き合いになった同僚の冒険者達とギルマスが注目する。


「終わりなら終わりで、打ち上げといこうか。このギルドの思い出でも語りながら、朝まで飲むとしよう」


 明るく、無理にでも明るく言いジョッキに酒を汲み皆に渡す。こういうのも、このギルドで一番になってしまった俺の役目というものだろう。ギルマスに酒を入れたジョッキを渡す。


「ディグ、今まで世話になった。ほら、乾杯の音頭を頼む」

「……すまんな、グーリィ」

「違うだろ、俺達の新しい門出を祝福しろよ」


 肩を叩き促すとギルマスのディグはジョッキを掲げ、声を張る。


「冒険者に厳しい時代だが、皆に幸大からんことを祈って、乾杯!」


 トゥギ町冒険者ギルドの最後の日。俺達はこの冒険者ギルドで、これまでどんな依頼をこなしてきたかを、その自慢話と笑い話をつまみに飲みあかした。ギルマスのディグを見ると、一回り小さく縮んだように見えた。思い返せば、俺がこのギルドに入ったときには見上げていたディグが、今では俺の方が背が高くなり、見下ろすようになっていたからか。

 長く過ごして来た冒険者ギルド、その建物の中、ケンカでついた壁の傷、隅にある割れたテーブル、空っぽの掲示板、見回していると鼻の奥がツンとする。誤魔化すようにジョッキを煽り天井を見上げる。既に泣いている奴もいるが、俺が泣くわけにはいかない。

 これでも俺はこのギルドでトップの銀一級の冒険者グーリィだ。冒険者が必要の無い時代と言われても、冒険者として生きることを、そのちっこいプライドにすがって、これまで生きてきたのだから。


 二日後、俺を含めた六人の冒険者は隣の街ゴゥラに向かう。トゥギ町に職を見つけることができた二人は冒険者を辞めた。ギルマスのディグは片付けるものを終わらせてから、ゴゥラ街に向かうという。

 ゴゥラ街への道中、同僚の冒険者達と話しながら道を進む。


「冒険者ってのも、潰しの効かない仕事だよな」

「そうね、倒すべき魔獣が少なくなれば、ほんとどうすればいいのか」

「魔族との戦争も無くなって、戦場で手柄を立てて仕官するってのも大昔の話だし」

「あ、でも傭兵ギルドは最近募集が多いらしいぞ」

「北の方ではなにやらキナ臭いってな。キャルタノ国が軍事演習とかって」

「汎ユクロス教と改ユクロス教の対立も、過激になってきたって言うし。北方では護衛の仕事も増えてるみたいだ」


 それを聞いて俺は顔をしかめてしまう。


「魔獣から人々を守る為に戦う冒険者が、人を相手に戦う事を生業にするのか?」

「睨むなよグーリィ。そういうのが割り切れるんだったら、俺も冒険者辞めてとっくに傭兵ギルドに行ってるって」

「あぁ、俺も要領悪くて踏ん切りつかなくて、それでダラダラと冒険者続けていたわけだし」

「今更、他にできることも無いし」


 傭兵ギルドの方が実入りが良さそうと、さっさと転職してしまった、もと冒険者は多い。

 だが俺は冒険者というものに、今も誇りと憧れを持っている。だから冒険者を辞めることもできずに、今もこうしてズルズルと冒険者稼業を続けているのだが。

 小さなプライドを守る為に、生活苦に喘ぐ、か。小さな頃から冒険者ギルドは町にあって、冒険者が近くにいて、それが当たり前だと思っていた。これが無くなるとは思わなかった。だが、時代から必要とされなければ、消えていってしまうものらしい。

 この先どうするか、どうすればいいのか。

 ゴゥラ街への道中、俺は考え続けた。頭を使うのは得意じゃ無いが、考えずにはいられなかった。

 どうすれば冒険者は生き残れるのか。


 ゴゥラ街に着き、この街の冒険者ギルドへと登録作業をする。この街でも冒険者の数は少なくなっていた。どうやら俺達のように他の町から来たという冒険者もいる。

 そしてゴゥラ街でも冒険者への仕事の依頼は少なかった。もとからこの街にいる冒険者に優先させて依頼を回す。そのことに文句は無い。彼らのいるところにいきなりやって来たのが俺達だ。

 しかし、冒険者への依頼そのものが少ないとなれば、俺が依頼をこなして報酬を得る機会も少ないということだ。

 このままでは不味い。


「ギルマス、少し話があるんだが、いいか?」

「トゥギ町から来た銀一級のグーリィか。何の話だ?」


 俺はゴゥラ街に来るまでの旅の道中で考えていたことを、ゴゥラ街冒険者ギルドのギルドマスター、髭面のモカドに話してみることにした。


◇◇◇◇◇


 ゴゥラ街の大通りを歩く。トゥギ町よりも人は多く店も多い。商店通りでは店先で客を呼ぶ声が聞こえて賑やかだ。屋台からは旨そうな匂いがする。

 俺はゴゥラ街見物と、キョロキョロと辺りを見ながら大通りを歩いていると、一人の男と肩がぶつかった。


「お、すまん」

「……てめえ、」


 暗い声を出す男の視線の先を見れば、地面に落ちた串焼き肉。俺がぶつかった拍子に落としてしまったらしい。


「こいつは、悪かった」


 片手を上げて詫びを入れるが、男は俺を睨んだまま。


「……いい加減、頭に来てたんだ。てめえ、もう許さねえぞ」

「いや、そんなに怒るなよ。串焼き肉一本の代金を払おうか?」

「これを見ろ! 俺の服もタレで汚れたんだよ! それだけじゃねえ! グーリィ! てめえ、冒険者ギルドでも、新参者は礼儀をわきまえろ! この他所もんが!」


 唾を吐いて怒鳴るのは、このゴゥラ街で昔から冒険者をやっている、剣士のボルモスだ。ボルモスは唾を飛ばして言う。


「いいかグーリィ! この街周辺の魔獣を狩り、この街を守ってきたのはゴゥラ街の冒険者だ。仕事が無いからって他所から流れてきた新入りが、このゴゥラ街でデカイ面すんじゃねえ!」

「しかしな、ボルモス。この街の冒険者としては、俺は新入りかもしれんが、」


 俺は左手で力こぶを作り、右手で腕をペチペチと叩いてみせる。


「冒険者ってのは腕っぷし(コイツ)が全てだろ? そこに新入りも古株もあまり関係無いだろう?」

「言うじゃねえか、グーリィ。じゃあその古株の経験の差ってのを教えてやるよ」

「おい、ボルモス、俺は銀一級でボルモスは銅一級だろ? そういうのは銀級に上がってから言ってくれ」

無礼(ナメ)やがって、トゥギ町なんてシケた田舎町でトップだったからって、それがこのゴゥラ街で通用すると思うなよ!」


 ボルモスは吠えて背中に背負った剛剣に手をかける。紐を外し、鞘をガランと道に落とし、剣先を俺へと向ける。

 ゴゥラ街の大通り、何事かと注目していた街の人達が、ざわつき俺達から離れていく。小さくキャアという悲鳴もあがる。

 俺はやれやれ、と首を振り腰の長剣を鞘から引き抜く。


「ボルモス、先に抜いたのはお前だからな」

「グーリィ、二度と無礼(ナメ)た口をきけねえようにしてやる」


 ボルモスが振り下ろす剛剣を俺は長剣で受け止める。力任せに跳ね上げてボルモスがよろけたところを、腰を沈めて膝を薙ぐ。ボルモスは機敏に足を上げ後方に飛び退く。

 追いかけるように突きを繰り出せば、剛剣の腹で突きの軌道を逸らされる。返すボルモスの剛剣が俺の右肩を浅く切る。服に薄く血が滲み、見ている街の人達のざわめきが大きくなる。


「おっと、銅級のわりになかなかやるじゃないかボルモス」

 

 俺が挑発するとボルモスは、ふんと鼻を鳴らす。


「銀級とかいってもその程度かグーリィ。今、頭を下げたらゆるしてやるぜ」

「侮られて、冒険者がやっていけるものかよ」


 俺が打ち込みボルモスが受ける。ギン、ガギンと鋼の打ち合う音。大通りの一角が今や男が二人、意地をぶつけ合う剣撃の真っ只中に。

 街の人達は巻き込まれ無いようにと下がりつつも、俺達からは目を離せない様子。酔っぱらいのケンカはよくあることでも、魔獣との戦闘を生業とした、剣士同士の本気の打ち合いなど、街の中で見ることはまず無い。

 俺とボルモスは十合、二十合と打ち合う。ボルモスの剛剣が俺の胸を狙い、俺の長剣がボルモスの首を斬る軌道に狙いを定め、


「やめろバカ者ども! 往来で何をやっている!」


 轟く大声で、俺とボルモスはピタリと止まる。こちらに駆けてくる途中の衛兵も、大声に驚いて足を止める。

 大声を張り上げ俺達を止めたのは、この街の冒険者ギルドのマスター。髭面のモカドだ。


「冒険者が街を騒がせて、何の真似だお前ら?」


 凄みを効かせるモカドにボルモスは、ふん、と鼻息鳴らして言う。


「新参者に礼儀を教えてやっただけだ」


 俺は俺で、


「実力の違いというものを教えてやろうかと、な」


 ボルモスを挑発するように言う。この街で昔から冒険者をやっているボルモスに、好意的なのかファンなのか、街の人達の中に俺を睨むのがけっこういる。

 ギルドマスター、髭面のモカドは腕を組み溜め息を吐く。


「お前らはいつもいつも……、わかった、そんなにド突き合いがしたいなら、その場を用意してやる!」


 ◇◇◇◇◇


 その日の夜、俺とボルモスはテーブルに差し向かいで座り酒を飲む。ここは冒険者ギルドの中。何も貼られていない掲示板が寂しい。ここで時間を潰すように酒を飲んでいるのは、俺とボルモス以外には三人。


 剣士ボルモスの隣に座るのはボルモスと同じパーティメンバー、というか相棒、というか、もしかしてボルモスの彼女か? やや背の低めのけっこう可愛い女弓士が、ボルモスの厳めしい顔を横から不安そうに見上げている。

 そのボルモスもかなり酒が回った感じで、ぼんやりとした声で俺に尋ねてくる。


「おい、グーリィ、こんなのが本当に上手くいくのか?」

「解らん。誰もやったことの無いような博打だって、何度も言っただろう? 上手くいくか、失敗して馬鹿を見るか、まだ解らん」

「ギルマスは上手くやってくれるのか?」

「そのギルマスの帰りをこうして待ってるんだろうに」


 俺は瓶を取り、空になったボルモスのグラスにウイスキーを注ぐ。俺もグラスを煽り、炒った豆を摘まんで口に放り込む。


「まぁ、上手くいかなかったとしても、街を騒がせた罰金程度でさほど痛くも無い。他所から来た新入りの冒険者がやんちゃしたってことで、多目に見てもらえることに期待だ」

「バカバカしいとは思うが、俺もこうして乗った以上は上手く行って欲しい。グーリィ、俺が切った右肩はどうだ?」

回服薬(ポーション)でもう治した。浅いキズだ」

「グーリィ、お前、わざと当たりに来たな? 打ち合わせと違うだろう?」

「ボルモスの剣は素直で読みやすい。それに少しは流血でもある方が、盛り上がるだろう」


 俺とボルモスの剣撃を見ていた街の人達は、怯えて引いてはいたが、その場から逃げるのはいなかった。俺とボルモスの斬り合いを興味の目で見ていた。

 俺とボルモスは前もって打ち合わせて、大通りで斬り合いを演じた。ギルマスには衛兵が来る前の、盛り上がったとこで止めてもらうように頼んでおいた。

 街の人達の様子を窺ったところでは、脈アリというところだが、はたしてどうなるか。

 ギルドの扉をズバンと開けて、ギルマスの髭面のモカドが帰ってきた。


「日にちが決まった。青鱗の月、第二週の末日。街議会から許可も取れた」

「街の人達は、どうだ?」


 ギルマスの後に続いてギルドに入ってきた双剣士の女が、酔った息をけふっと吐く。


「月輪鈴の酒場で話はフッといた。皆、この珍事に盛り上がっていたねえ。剛剣士ボルモスは生意気な新参者を思い知らせてやれって。賭け率は七対三で地元人気のボルモス優勢ってとこ」


 女双剣士は酔った目を細めて楽しげに言う。


「ねぇ、ギルマス。ボルモスとグーリィだけじゃあ無いって聞いたけど?」

「ああ」


 髭面モカドが深く頷く。ニヤリと唇が動く。


「ゴゥラ街冒険者ギルドの冒険者武闘会、開催だ」


◇◇◇◇◇


 冒険者は腕っぷしが取り柄だ。魔獣相手に怯まず闘い、人の住むところを守る。依頼が少なくなって見せ場が減ってはいるが、冒険者の戦闘技術はまだ錆びついてはいない。

 この冒険者の戦闘技術を活かして、冒険者という職を未来に繋げる方法は無いかと俺は考えた。

 その考えをギルマスに提案した。このままではこのゴゥラ街の冒険者ギルドも閉会と解っていたギルマス、髭面モカドは俺の話に乗ってくれた。

 冒険者の戦いを見世物にするのはどうだろうか、と。

 俺は提案したものの、細かいところをどう考えてどう詰めていけばいいのか解らない。ゴゥラ街冒険者ギルドの中で、計画に賛同した冒険者と話し合い、策を練る。

 このままでは冒険者という職は無くなるということに、不安を感じていた冒険者達。俺の話を最初はバカにして、次に真面目に考えてみて、実行できるかどうかと考えてくれた。


 今回は観客の安全を考えて、魔術士、弓士といった遠距離戦闘、飛び道具は無し。戦士、剣士といった接近戦のみ、とした。

 観客からは木戸銭をとり、賭けについても冒険者ギルドが主宰する。第一回の冒険者武闘会は一対一の闘いを六回。俺とボルモスは最後の大取りだ。

 治癒術士に大量の回復薬(ポーション)を用意して、集まった観客の興奮する声の中、次々と試合が進む。


「昔は闘技場というのが王都にはあったらしいわね」


 俺の出番はまだ先だ。テントの中で俺のセコンドにつく女魔術士、ディアディスが言う。


「百年前の人魔戦争の終戦から、戦いを見世物にするのは野蛮だという厭戦気分の中で、闘技場は無くなったって」

「それを聞いたから、今の時代に冒険者の戦闘を見たがるのもいるか、という話になったんだろ」


 前の試合に決着がついたのか、観客席から歓声とブーイングの声が聞こえる。金を賭けた観客は試合に出た冒険者よりも、喜んだり悔しがったりしているようだ。


「平和になったからと、こういうのを金を出しても見たがるようになったのか?」

「平和、ねえ。この冒険者武闘会も野蛮で道徳的では無いと、ケチをつけられてるわよ」

「どこから?」

「学校普及の為の教育推進委員会だって」

「学校、か。昔は教育なんて貴族の為のものだったが、今では平民も学校で学べる時代とは」

「そのために税金も高くなったのだけど。ついでに学校じゃ、読み書き計算以外に道徳なんてのも教育してるらしいわ。犯罪抑止のためだって」

「だから子供は入場不可にしたんだろ。冒険者武闘会は子供には刺激の強い見世物だ」

「流血アリの大人向けで、博打アリ、教育には悪そうだからね」


 ディアディスが俺をジッと見る。ゴゥラ街の冒険者ディアディス。俺の話に乗って頭を捻ってくれた、頭の切れる女魔術師。


「なんだ? ディアディス」

「グーリィ、見世物になっても、冒険者をやりたいの? やり続けたいの?」

「俺はずっと冒険者だった。俺には他にできそうなことも無い。だから冒険者を続けられるのなら、そのためにちっとは形が変わるのも仕方が無い。それに、」

「それに?」

「なんて言えばいいか……、冒険者が無くなる、っていうのが、イヤなんだ。なんだか危ない気がしてならないんだ。今の平和が続くってことに、なんだかイヤなものを感じていて、これをどう説明したものか」

「……ふうん?」


 ディアディスが首を捻る。落ち着いた感じのイイ女のディアディスが、そうして謎を解くように考える仕草だけは、子供っぽく見える。

 テントの外から声がする。


「グーリィ、ディアディス、そろそろ出番だ。客はスゲェ盛り上がってるぞ」

「おう」


 テントを出て急拵えの武闘会場へと。観客の歓声、金を賭けたのがどれだけいるのか、珍しい戦いの見世物に血が騒いでいるのか。

 長剣士グーリィ対剛剣士ボルモス。本日の冒険者武闘会、最後の勝負が始まる。街の大通りで吹っ掛けた剣撃が宣伝になり、因縁の対決と演出した俺とボルモスの試合が。


◇◇◇◇◇


「「カンパーイ!!」」


 ゴゥラ街冒険者ギルドの中は盛り上がっている。もう何度目の乾杯か解らない。

 大一回冒険者武闘会は成功した。観客から集めた木戸銭の合計。賭けの胴元としての利益。けっこうな額になった。

 何よりゴゥラ街の住人が盛り上がって楽しんで、それを成したのがこの街の冒険者ということ、その上で稼ぎにもなった、というのが気分をよくしている。

 双剣士の女は試合にも勝って更に気分がイイらしい。テーブルの上に胡座をかいて座り、大口開けてバカ笑いしている。


「あっはっはっはあ! あたいが、このあたいが『美麗なる雌豹の二つ牙』だってさ! 美麗! び、れ、い、なる雌豹ー! あはははは!」

「姉さん、サイッコーっす!」

「イイねイイね! 久しぶりに景気よく稼いで、街の住人が歓声あげて! イイねー!」

「まさか、こういう稼ぎ方があるとはね」

「グーリィ! 次の大二回冒険者武闘会は、あたいと勝負だ!」

「おい待て! グーリィと再戦するのは俺だ」

「ボルモース、時間切れで審判による判定負けのボルモス君はぁ、出番を譲りなさいよう」

「ボルモスは観客の前で『次は俺が勝つ、判定の余地無く』と格好つけたから引っ込みがつかないんだろうが」

「だいたいボルモスはー、手加減してもらって時間切れに持ち込んだんでしょーに。グーリィが本気出したら、すぐに決着がついて観客が沸かないからって」

「うるっせえぞ! グーリィに並ぶ銀級なんてウチにはいねえだろうが! 偉そうに言うがミュールだって銅級だろうが!」

「あたいは銅一級ですー、あとひとつ上がれば銀三級なんですー」

「銅一級なら俺と同じだろうがよ!」

「次回は弓士も参加可能なルールで」

「弓士と魔術師は、流れ弾が客席に行かない工夫を考えないと」

「壁で囲むと客からは見えないし」

「冒険者武闘会がウケるなら遠征もアリじゃない?」

「地方回りの芸人みたいなことをするのか?」

「どう? ダメかな?」

「それに加えて他の街の冒険者ギルドと対抗戦なんてどうだ? こっちは団体戦とかにして」

「ギルド対抗戦か、そうだな、他の冒険者ギルドにも教えてやらないと」

「見世物なんて、どうかなーと思ってたけど、やってみれば観客にウケてたし、喜んでたし」

「ルールを詰めないと。三戦目でザックの額から血が吹いたときは、客が引いてたし」

「治癒術師と回復薬(ポーション)があるから、大ケガも治せはするが」

「顔面への攻撃は禁止、とするか。特に相手が女だとやりにくい」

「はーん? なーに? 負けた言い訳ー?」

「あー、はい、負けた負けたよ負けましたよ、女豹の姉さんはお強い」

「くふふん、では、酌をせい! くはは!」


 冒険者達にとっても、久しぶりのスカッとした珍事となったようだ。試合でケガをした者もいるが治療は終わらせて、治癒術師に治りが悪くなるから酒を呑むなと言われても、うるせえと言って呑んでしまう。

 やたらとはしゃぐ女双剣士が、いいムードメーカーになっているようだ。


 俺は部屋の隅のテーブルにいる女魔術師、ディアディスのところへと。


「呑んでるか?」

「呑んでるわよ」

 

 女魔術師ディアディスは喧騒を眺めるように、隅のテーブルでワインを呑む。俺も椅子に腰を落ち着け、ディアディスに礼を言う。


「ディアディスには面倒なことを頼んでしまった」

「まったくよ。思いつきは面白いけれど、細かいところとか、後は任せた、なんて」

「ディアディスとギルマスがいろいろと考えてくれて、ここまで来れた」

「まぁ、ギルマスも皆も、暇なのにどうしていいか解らないって日々だったから、いい刺激になったみたいね」

回復薬(ポーション)も随分と仕入れてくれたし」

「今や回復薬(ポーション)は値崩れしてるから」


 ディアディスはワインに酔った目をとろんとさせて息を吐く。色っぽい。魔術師で錬金術師というディアディスはごてごてとした黒いローブで、首から上と手首から先しか肌の見えない格好。なのに妙に色気がある。


「知ってる? グーリィ、回復薬(ポーション)が安いワケを?」

「かつての人魔戦争で、量産するための体制が進歩したから、だろう?」

「半分正解。それに加えて、今は戦争してないからよ。回復薬(ポーション)を大量に消費する戦場が無いから、回復薬(ポーション)は売れ残って安くなる」

「かつての戦争のおかげで、回復薬(ポーション)が安く買えるようになったのは、皮肉なことだが有り難いことだ」

「買う方にとってはね。売る方にとってはたまったもんじゃ無いわ。作っても売れ残る。頑張って作っても過剰供給で安く買い叩かれる。それで利益は少ない、いいとこ無しよ」


 遠く見るように呟くディアディス。彼女のグラスにワインを注ぐ。ディアディスはグラスの赤色を揺らして、その向こうの冒険者達の浮かれ振りを眺める。


「ねぇ、知ってる? 北の情勢。汎ユクロス教と改ユクロス教の対立が、いよいよ戦争になりそうだって」

「何故、魔王も魔族もいなくなったというのに、人の国同士で戦乱となるのか」

「グーリィは経済を知らないの?」


 言ってディアディスはテーブルの上に銅貨をひとつ置く。


「ひとつの小さな町にパン屋がひとつ。このパン屋はどうなるかしら?」

「何故パン屋? パン屋がひとつしか無いのなら、そのパン屋は儲かるんじゃないか?」

「これは例えよ。そのパン屋が儲かったとして、パン屋は儲かるらしい、と噂になり、真似をして新しくパン屋がもうひとつできたわ」


 ディアディスはテーブルの上に銅貨をもうひとつ置く。二つの銅貨がテーブルの上に並ぶ。

 何故、パン屋の話なのだろうか? 俺はディアディスの謎解きに乗って少し考えてみる。


「パン屋が二つになれば、競争になるんじゃないか? うちのパンはうまいとか、うちのパンは安くて腹持ちがいいとか、客に人気のパンを作ろうと、どちらも安くて旨いパンを作ろうと、頑張るんじゃないか?」

「その二つのパン屋の努力が実って、安くて美味しいパンができて、お客が集まった。それでパン屋は人気があって儲けもいいらしいと更に噂になってしまう。そして、この二つのパン屋を真似して、この小さな町に新しいパン屋が増えて、ついにパン屋が十軒になってしまった」


 ディアディスがテーブルの上に銅貨を次々に並べる。


「グーリィ、そうしたら、どうなると思う?」

「どうなるって、小さな町にパン屋十軒は多すぎるだろう?」

「そうね。そしてパンは過剰供給になる。競争して値下げ合戦を繰り返し、パンひとつあたりの利益は微々たるものとなり、作ってもパン余りの町でパンを高く買ってくれる人はいなくなる。この状況でパン屋が利益を出すには?」

「……なんだか、今の俺達、冒険者の状況に似ているか。依頼が少なくなった、今の冒険者ギルドに」

「これでパン屋が利益を出そうとすれば、」


 ディアディスはワインのボトルを持ち上げて、テーブルの上の銅貨の上に置く。


「同業他店を潰してパンの過剰供給という状況を変える」

「おい、それは、」

「ま、そんなことをしてしまえば、悪い噂ができて小さな町では店を畳むことになるかしら?」

「そんなことをしてまで、パン屋を続けなくても」

「グーリィ、あなたは冒険者を辞められる?」


 俺は何も答えられなくなり、黙ってグラスの酒を飲み干す。ディアディスが空いた俺のグラスにワインを注ぐ。


「イジワルだったわね。グーリィは銀一級だというのに、この街の冒険者に依頼を優先してくれる。そして冒険者の稼ぎを増やす為に冒険者武闘会なんて考えて、いろいろしてくれた」


 酔いの回った流し目でディアディスは俺を見る。


「優しい人ね、グーリィは」

「俺は、冒険者ということに、誇りがある。それは同じ冒険者にもだ。仲間で足を引っ張り会うような無様は、冒険者らしくは無いだろう」


 かつての人魔戦争で活躍したのも冒険者達だ。人を守る為に魔獣と、魔族と戦った、その先達を貶めるような真似などできるものか。


「ディアディス、何故パン屋の話を?」

「今の平和が続くことに、何かイヤなものを感じると言ったのはグーリィじゃない。だから、私も考えてみたのよ」


 ディアディスが視線をテーブルの上の銅貨に落とす。


「平和な時代、回復薬(ポーション)は安くなった。人魔戦争では回復薬(ポーション)の消費が激しく、今より高値で売り買いされていた。作れば作っただけ売れたのよ。そして百年前の人魔戦争でも、その前線であった南部は酷いものだったけれど、前線から遠い北部は潤った。戦争景気で儲けを出したのが大陸北部の国々」

「戦争で、儲けた?」

「経済は、商売の基礎は売りと買い。需要と供給で成り立つの。どういうことか解る?」

「いや、俺はその、そんなに頭は良くない。金を払って物を買うこと、か?」

「平和が続けば生産者が増える。さっきのパン屋が十軒というのも、平和だからできてしまうもの。平和が続けば、供給が需要を上回る。そして経済が回らなくなる」

「……」

「反対に戦争はありとあらゆる物資を消費して、底無しの需要を産み出すわ。人魔戦争の時、大陸南部は戦争で荒れ果てた代わりに、北部は利益を得たのよ。そして人魔戦争が終わり北部は売るべき場所を失った。今の北部は、どの国もパン屋が十軒という有り様。北部が儲けを出すには売るべきところが欲しくて、大陸の何処かでまた戦争が起きて欲しい、というところかしら?」

「パンを売る為に戦争が欲しい、だと?」

「平和は供給を産み、戦争は需要を産む。需要と供給の均衡を保つには、戦争と平和が両方都合良くあって欲しい。経済とは需要と供給の二つがあって成り立つもの。荷車の車輪のように二つで一組。戦争という車輪だけでは動けない。平和という車輪だけでも走らない。戦争と平和という二つの車輪が揃ってこそ、経済という荷車は走れるようになる」


 ディアディスの言葉に背筋が凍る。酔いが覚める。


「人にその自覚があるか無いかは解らないけれど、戦争がある時代の方が豊かだった、というのが大陸北部の国々。汎ユクロス教と改ユクロス教の争いも、もとのユクロス教の解釈の違いから対立したというけれど、人の社会が、経済が、かつての豊かさを求めて戦乱の種を育てているのではないかしら?」

「戦乱ともなれば、十軒のパン屋でも、売れるところがあるというのか?」

「前線のパン屋は潰れて無くなり、平和なところから運んで来るパンが売れるようになるでしょうね」

「物を売る為に人と人で戦争を起こすなど、バカげている」

「平和の中で飢え死にするか、近くの争乱で稼ぎを得て生き残るか、人が選ぶのはどちらかしら?」


 ディアディスは赤いワインを口に含む。そのワインが何故か、血を溶かしたもののように見えた。


「人魔戦争が終わり百年。これからは人人戦争の時代になるのかもね」


 平和が続くということに、俺は何かイヤなものを感じていた。この平和が続いて欲しいと願ってもいたが、平和であれば俺のような冒険者は依頼が無く、稼ぎを失う。

 時代が変わったと言えばそれまでのことだが。平和であるというのに、貧困も餓死も無くなりはしない。それどころか餓死が増えている地域がある。

 平和の中で何か暗い種が育ち芽吹くような、そんな不気味な予感。ディアディスの語ったものが、俺の感じていたものなのだろうか?


「ディアディスの言ったことは、全て理解できた訳では無いが、その経済の為に人は戦争を起こすというのか?」

「人魔戦争時代の豊かさをもう一度、となれば有り得ることではないかしら?」

「それは、まるで魔王と魔族が敵としていてくれた方が良かったとでも?」

「人としては人外が敵というのは、同胞と争わずに済むから有り難いことかもね。相手が人では言い訳できないわ。自国は平和で他所の国に戦争して欲しい。自国の余剰生産品を売る為に……。ユクロス教の分裂は誰が企んだものかしら? それとも、戦乱という商売の機会を求める人達の、無自覚な行動の結果?」

「俺には、解らん」

「私の推測も何処まで突いているか、大きく外れてはいないと思うのだけど……、情報と要素が足りないわ」

「物を売るためだけに、戦争になるように仕向ける者がいる?」

「利を求める人は無慈悲になるわ。今の時代、商人の持つ力が大きいから……、いえ、時代の流れに、経済の流れに、人が流されているだけのことかも……」

「飲み過ぎたか? ディアディス?」

「ふう、頭が回らなくなってきたわ。ごめんなさいグーリィ。祝いの宴でこんな話をして」

「いや、聞けて良かった。完全に理解できた訳じゃ無いが、ふに落ちたところもある」


 物が少なく、求める者が多ければ高く売れる。物が余れば、安くとも売れなくなる。冒険者武闘会がうけたのも、今の時代に戦いを見世物にするのが無かったから。

 闘技場が無くなってから、戦いを見世物にする平民の娯楽が無かったから。それが目新しく見えて人が集まったから、か。

 だが、それは食い物を高く売ろうとすれば、飢える人が多いほど良いということだ。例えそれが真理だとしても、気にくわない考え方だ。


「隅っこで静かに何を考えてる? グーリィ?」


 話しかけてきたのは髭面のギルドマスター、モカドだ。髭に隠れてないところが赤くなっている。こちらもかなり呑んでいる。


「グーリィの言ってたもう一つの方、上手くいくかもしれん」

「本当か? ギルマス?」

「ああ」


 俺が冒険者武闘会の他に、もうひとつ考えていたもの。


「最初にグーリィの言ってたのを聞いたときには、なんだそりゃ? とも思ったが。ダメもとで教育推進委員会に話してみりゃ、意外に真面目に俺の話を聞いて、検討してみる、とよ」

「じゃあ、冒険者が学校の講師になるというのは?」

「読み書き計算ばっかりで頭でっかちを育てるのもいいが、子供には運動もさせた方がいいだろって、グーリィの受け売りを言ってみりゃ、なるほど、だってよ」


 冒険者ができることで職になるもの。冒険者の売りは腕っぷしだ。その冒険者の戦闘技術を学校で護身術として教えるのはどうだ? というのが俺が言ってみたこと。


「くわえて、ディアディスの言ってた実践的な魔術の指導。平民でも素質のある奴に魔術の、それも応用の仕方というのを教える講師に、経験のある冒険者はどうだ、というのも言ってみた」

「それでなんとかなりそうか?」

「解らんが感触は悪くない。銀一級のグーリィには一度、教育推進委員会に話をしてもらいたいんだが」

「俺にできることなら」

「頼む、……このまま、この冒険者ギルドも無くなるかと思っていたが、ちっと忙しくなりそうだ」

「無くなったら俺が困る。売り込むにはどうすればいい?」

「そこはこれから詰めていく。今日のところは冒険者武闘会の成功を祝おう」


 髭面モカドは俺の背中をバンとひとつ叩き、まだ騒いでいる冒険者達の方へと。

 視線をディアディスに戻して見れば、ディアディスは眉を顰めてテーブルを見ている。


「どうしたディアディス? 冒険者が学校で子供の講師に、というのが気に入らないのか?」

「講師、というのはいいけれど、その学校の方がね」

「学校に何かあるのか?」

「平民にも読み書き計算を学ぶ機会を、国民全てが知恵をつけて国を豊かに。道徳を教育に取り入れ、犯罪の抑止に。その効果は出てきているけれど……」

「いいことじゃないか」

「そのために税もあがったわ。学校の運営の為に。だけどそれよりも……」


 黒衣の魔術師、ディアディスが声を潜める。


「学校というのは兵士を育てる施設としても優秀なのよ」

「なんだって?」

「画一的な教育で作戦を理解し連携行動を取れる兵士を育成する。道徳の教育で愛国心を教えて、国の為に都合の良い人材を育成する。国が学校の運営に力を入れたのは、長期的な、やがて来る戦争の準備の為に、ではないかしら?」

「それ、は、邪推し過ぎじゃないか?」

「……そうかもね。ごめんなさい、私はつい暗い方に考えが行ってしまうのよ」

「いや、俺には思いつかないことを考えてくれる。ディアディスの話は、その、おもしろい」

「他の人が思いつかない事を言い出したのは、グーリィでしょう。そこは銀一級の冒険者……、いえ、誰よりも真摯に冒険者であるグーリィならではの、責任感かしら?」

「買い被りだ……、なぁ、ディアディス」

「何かしら?」

「俺は冒険者であるということに、誇りがある」

「突然ね」

「改めて口にすれば気恥ずかしいが、俺にいろいろと教えてくれた先達に恥じぬ冒険者であろうと、いつも考えている。その冒険者としての、気構えとか、心構えなんていうのは、子供に教えるのは、伝えるのは、どうすればいい?」

「さっきの学校の講師の話? そうねえ……」


 ディアディスは拳を顎に当てて小首を傾げる。


「教本でも作ってみる? 冒険者の理念、冒険者の精神なんていうのを綴っておいて、それを教育に使う、とか」

「教本か、どうつくればいい?」

「そうねえ、過去の有名な冒険者の格言を集めて……」

「おい、グーリィにディアディス、隅っこで今度は何をこそこそ企んでいる?」


 俺とディアディスの会話に割って入ったのは、上機嫌の剛剣士ボルモスだ。


「グーリィ、こっちに来い。第二回冒険者武闘会を盛り上げる案を考えろ」

「もう次か、気が早い」

「何を言ってる? 鉄は熱い内に打て、だ。街のモンが盛り上がってる内に次をやるぞ」


 俺が席を立つとボルモスが肩を組んでくる。


「生意気な新参者のグーリィを誰が凹ますかって、そういう話になってるらしい。で、俺とお前は因縁のライバルだとよ」

「俺が煽ったのもあるが、なんだか俺が嫌われ者の悪役のようだ。俺とボルモスとは仲が悪い振りをした方がいいか?」

「はっ、ギルドの中は関係無い。人に見られなきゃいいんだよ。ギルドの外では目を合わせたら、『やんのかコラ』ってやっときゃいい」

「そんな芝居することになるとは」

「おい、これはグーリィが言い出したことだろうが」


 ボルモスと肩を組んだまま酔っぱらった冒険者達のところに行けば、出来上がった女双剣士がぐりんと首を俺に向ける。


「お、来た。でー、次回は銀級を鼻にかける生意気グーリィへの挑戦権をかけてー、試合するって感じの話になってるんだけどー」

「それなら冒険者の階級を、街の人にも分かりやすく見せたりするといいのか?」

「いいね、ついでに誰が人気があるか聞いてみる?」


 ギルドマスターのモカドが髭を撫でながら言う。


「試合のルールをもうちょい詰めて、あとは装備か。見映えのいい装備を用意して」

「それさ、装備じゃ無くて衣装って言うんじゃない?」

「次は弓師の出番を」

「魔術師はまた裏方?」

「それが嫌なら魔術師戦の試合ルールを考えろ」

「どうすれば客を巻き込まずに試合できんだろ?」

「女豹っぽく見える装備って、何?」

「姉さんは尻尾でも着けてみたらいいんじゃね?」

「姉さんサイコーっす! 露出度も上げていくっす!」

「イイねー、更に美麗になっちゃうよー、あたい」


 浮かれた冒険者達の酒宴は朝まで続く。


 依頼を受け魔獣と戦う冒険者。人に害を成す者と戦い、人の暮らしを守る。

 魔族がいなくなり、魔獣も少なくなり、見探索の土地も迷宮も無くなっていき、冒険するところが消えていく。

 いずれは冒険者という職業が消えていくのだろう。

 それが時代の流れというものか。それとも社会の流れ、経済の流れに揉まれて消えるのか。


 だが、金の為に戦乱が必要だとか、稼ぐ為に悲惨があるといい、というのは何か間違っている。

 人というのは時代に流されるだけの、社会の家畜でも、経済の奴隷でも無い筈だ。

 俺は冒険者だ。その小さい誇りを支えにこれまで生きてきた。先達から教えられた冒険者としての生き様、在り方を、人として格好いいものだと思っている。信じている。

 例え冒険者が世に必要とされなくとも、冒険者の精神は、冒険者の魂は、人に必要なものだと思う。

 これが俺の独り善がりだとしても。

 出来うる限り、冒険者というものを未来に遺したい。人を守る為に培われた技術を、自然の中で脅威に立ち向かう精神を、未知に挑む冒険心を。

 そのためにどうすればいいか、俺に何ができるのか。

 

 冒険者、冬の時代。

 いずれ消えゆく定めだとしても。

 かつて在ったものを、

 大切なことを伝え遺す為に――




読了感謝

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。それにスムーズに読めました。構成がしっかりしているのは、NOMARさんの土台になる知識がしっかりしているからでしょうね。
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