第九話 「友達」の為に
誰も、その場から動こうとしない。いや、多分動けないのだ。
当たり前だ。こんな異様な死体。ホラー映画でだって、こんなのは出てこない。
「おえっ、お゛え゛え゛え゛え゛っ」
遂に耐え切れなくなったのか、誰かが吐いた。潮の香りに、胃液のすえた臭いが混じる。
――死体はまだ、腐り始めてはいないらしい。血の臭いも潮風に流され、それほどまではここまで漂って来ない。
だからだろうか、あまり現実感がない。死体じゃなくて、よく出来た人形なんじゃないかと思ってしまう。
五つの死体を、よく観察する。最初は首以外のパーツは無造作に付けられたものと思ってたけど、違う。
右手は、右手だけで。左手は、左手だけで。
靴を履いているから解らないけど、恐らく足の方もそうなのだろう。向きもバラバラじゃなく、きちんと統一されている。
それは、とても冒涜的だけど、とても美しいもののようにも見えた。
「ちょっと、香苗!?」
突然上がった声に、ハッと我に返る。見れば赤澤が皆から離れ、死体の括られた木に近付こうとしていた。
「何してんのあんた!?」
「……皆を降ろす。このままじゃ可哀想だから」
こちらを振り返り、毅然と赤澤は言い放つ。その目は少し、赤く腫れ上がっているように見える。
「皆も、手伝って」
続けられた言葉に、皆がどよめく。この異様な死体に近付く事に躊躇しているのか、誰もすぐに動き出そうとはしなかった。
「どうしてこの子達がこんな姿にされたのか。それは解らない。けど……どんな姿になっても、この子達は私達のクラスメイト。ずっと皆で楽しくやってきた友達……。その友達がこんな風に晒し者になってる姿、私は見てられない。せめて安らかに逝かせてあげたいよ」
「……香苗……」
言いながら、赤澤の目から涙が零れた。それに触発されたのか、他のクラスメイト達も次々と嗚咽の声を上げ始める。
「……ごめん、香苗。そうだよね。こんな姿にされちゃっても、私達、友達なんだもんね……」
「私、手伝う! 皆で降ろしてあげよう!」
「あたしも!」
銘々に涙を流しながら、クラスメイト達が死体の括られた木に集まっていく。そして手分けして、木から死体を降ろし始めた。
それを私は、冷めた目で見つめていた。本当にこいつらは、友情ごっこが好きなようだ。
けど、それもいつまで続くか……。こいつらが自分だけは助けてくれと、そう泣き叫ぶ時が来るのが楽しみだ。
「黒井さん、何ボーッとしてるの! 黒井さんも早く手伝って!」
一人動き出さない私に、クラスメイトが声をかける。私は昏い期待を胸に秘めながら、死体を降ろすのに苦戦するクラスメイト達に駆け寄った。
「……これからどうする? 香苗……」
何とか五人の死体を降ろし終わった後。すっかり憔悴した様子のクラスメイトが、そう赤澤に聞いた。
「信じられないけど、これをやった誰かがこの島にいるって事……だよね……。これって……」
「迎えの船は明日まで来ないし……どうしよう……」
再び辺りの空気が重く沈んでいく中、赤澤だけが何かを確かめるように死体を見回している。そして、死体から目は離さないまま口を開いた。
「……やっぱり、足りない」
「え?」
「皆、気付かない? 昨日海岸に行ったのは六人なんだよ?」
「……あ……」
赤澤の指摘に、私は心の中でほくそ笑む。――そう。やっと気付いたか。
「外に出たのは六人、括られてた死体は五つ。残り一人はどこにいったの?」
「香苗……それって……」
「ここにいない一人は……もしかしたら、まだ生きてるかもしれない」
クラスメイト達が、その言葉に再びどよめいた。それが一旦治まるのを待ってから、赤澤は続ける。
「皆を殺した誰かに捕まってるのか、逃げ延びたけど帰り道が解らなくなっちゃったのか……とにかく、別荘まで戻って来たくても出来ないのかもしれない。なら、皆で探しに行くべきだと私は思う」
「で、でも……もし私達まで襲われたら……」
「勿論丸腰じゃなくて、持ってきた荷物や別荘にある物で出来る限り武装してだよ。これをやったのがどんな相手か……そもそも一人なのか複数いるのかは解らないけど、それなら迂闊には手を出せないと思う」
皆が息を飲む音が、聞こえた気がした。そうして暫しの沈黙が流れた後、一人のクラスメイトが声を上げた。
「……探そう、皆で。友達だもん、放って置けないよ!」
「……うん!」
「皆で探せば、きっと大丈夫だよ!」
皆の顔に、活気が戻っていく。一人の為に、全員で力を合わせる。それは端から見れば、何て美しい友情。
私という生贄を糧に、得たものでなければ。
「そうと決まったら、一度別荘に戻って作戦会議しよう。この子達も、きちんとベッドに寝かしてあげたいし」
「そうだね」
そう言うと皆は、誰からともなく死体を担ぎ始める。その顔に、もう恐怖や嫌悪の色はない。
――馬鹿な奴ら。全部こっちの思惑通りに事が運んでいるとも知らないで。
死体を五つだけ人目に晒すようまどかに指示したのは、私だ。そうすれば友情ごっこが大好きなこいつらは、必ず残りの一人を探しに行くと踏んだのだ。
そしてこいつらが私をどう扱うかも、大体想像はついている。後はそれに乗るだけだ。
思う存分、話し合うといい。私達にとっての次の贄が、誰になるかを。
私は顔を俯かせ、誰にも見られないように一人、嗤った。