第七話 虐げる者、虐げられる者
「げほっ、ごほっ……」
「さよなら。地獄で永久に後悔して」
骨が見えるほど深く喉を切り裂かれ、自分の血の海に溺れるクラスメイト。その額に、まどかの鉈が振り下ろされる。
まるで西瓜のように、クラスメイトの頭がぱっくりと裂けた。潰れた脳漿が隙間から飛び散って、血溜まりの中にぺちゃりと落ちる。
「ふう……これで五人目。順調だね、陽子ちゃん」
「そうね」
こちらを振り返り、まどかが笑う。顔に付いた返り血さえなければ、見た相手を和ませる笑顔だなと私は思った。
辺りを見回す。在るのは私達二人と、無惨に転がる五つの死体。
あれから私達は、他のクラスメイトの目が逸れた隙に一人ずつクラスメイトをさらってきてはこの森で虐殺した。最初の一人以外は、まどかのやりたいように殺させた。
何故。どうして。何で私が。
意識のあるまま連れて来られたクラスメイト達は皆、そんな顔をしながら死んでいった。悲鳴を上げられると面倒だからと真っ先に喉を潰させたから、憶測でしかないけど。
何故? そんな事も解らないなんて、やっぱりこいつらは狂ってるとしか言い様がない。
私の、中学最後の一年間を奪っておいて。それでのうのうと生きていけると思ってただなんて、全くもって腹立たしい。
自分でも不思議なくらい、人を殺した事による罪悪感や後悔、恐怖はなかった。寧ろ、私を苦しめてきた奴らが一人ずつこの世からいなくなっていく事に爽快感すら覚えた。
私が受けてきた仕打ちを考えれば、これは当然……の筈だ。大丈夫。私は狂ってなんかいない。
「あと一人かあ……次はどうやって殺そっか?」
「それなんだけどまどか、次は向こうが声を出せる状態で捕まえて」
「いいの?」
「うん、もう悲鳴を誰かに聞かれる心配はないから」
「皆ー? どこ行っちゃったのー?」
まどかの問いにそう答えながら、ちらりと海岸に目を遣る。海岸では漸く異変に気付いたのか、一人残った青柳が他のクラスメイトを探し始めている。
青柳が最後になったのは、偶然なんかじゃない。私が、まどかにそう指示したからだ。
あいつには、とことん恐怖を味わって貰わないと気が済まない。泣き叫ばせて命乞いをさせて、それから無慈悲に殺してやりたい。
私より生贄に近いところにいた癖に私を踏み台にして青春を謳歌した、あいつだけは許さない。
青柳が、だんだんこっちに近付いてくる。私はまどかを振り返り、次の指示を出した。
「まどか、ここまであいつを連れてきて」
「うん!」
満面の笑顔で頷いたまどかが、勢い良く飛び出していく。青柳もまどかに気付いたようで、近付くまどかに顔だけを向けた。
「え、あなただ……きゃあっ!」
言いかけた言葉が、途中で悲鳴に変わる。まどかに素早く抱え上げられたせいだ。
「何するの!? ねえ、離して!」
慌てたように青柳が暴れるけど、まどかはびくともしない。そして為す術もなく、青柳は私のいる森へと連れ込まれた。
「よいしょっ」
「きゃっ!」
雑に地面に転がされ、青柳がまた悲鳴を上げる。その目が、無表情で彼女を見下ろす私の目と合った。
「……お昼ぶり、青柳さん」
「黒井さん……?」
青柳の目が、信じられないものを見るように見開かれる。私はそんな青柳の腹を、全力で蹴り上げた。
「がはっ!!」
みっともない声を上げながら、半回転しうつ伏せになる青柳の体。その目が――目の前にあるソレを捉えた。
「ひ……ひいいいいいいいいっ!?」
響き渡る、ひきつった悲鳴。見えない顔は今頃、恐怖に歪んでいる事だろう。
だって青柳は今、私が木に寄りかかるように座らせた五人の友人達の死体と対面したのだから。
「ぐえっ!!」
震える青柳の背中を、思い切り踏みつける。潰れた蛙みたいな声と共に、青柳の短めの二つの三つ編みが小さく揺れた。
「探してたんでしょ? 見つかって良かったじゃない。何悲鳴上げてるの?」
「く、黒井さん……まさか、これ、黒井さんが……」
「陽子ちゃんは一人だけだよ。後は私!」
呆然と呟く青柳に、得意満面といった様子でまどかが答える。靴越しに、青柳の震えが一層強くなるのが解った。
「なっ……何で、何で、何で、何で」
「本気で解らない?」
「解らないよ……だって、さっきまで皆で、楽しく遊んで……ぎゃっ!」
白々しい事を言う青柳の背中をもう一度踏みつけてから、再び仰向けに転がし直す。これで、無様な青柳の顔がよく見える。
「陽子ちゃん、今度はたっぷり時間かけていいんだよね? 私解体やりたい!」
「いいよ。じゃあ押さえといてあげる」
「えっ……解体って……何……」
目を見開き頬をひきつらせる青柳は無視して、その腹の上に馬乗りになる。まどかは血に濡れた鉈を取り出すと、青柳の右腕を踏みつけて固定した。
「まさか、ねえ、止めて、お願い」
「それじゃあまずは一本目!」
青柳の懇願を聞くものなど、誰もいない。鉈は勢い良く振り下ろされ――青柳の右腕を、肩口から切り落とした。
「ぎゃああああああああああっ!!」
「えへっ、やったあ! 一発で落ちた!」
切り口からシャワーのように噴き出した血が、青柳の野暮ったいデザインの眼鏡のレンズを顔ごと汚す。私とまどかの体にも、勿論青柳の血は振りかかった。
一気に濃さを増す、鉄錆の臭い。今の私にとってそれは、香り高い香水のように思えた。
「腕っ、腕、私の腕が、いやあああああああっ!!」
「次は左腕~!」
今度は青柳の左腕を踏みつけ、まどかが鉈を振りかざす。青柳は身を捩らせ抵抗を試みるけど、二人がかりで体を押さえられてはそれも無駄だった。
振り下ろされた分厚い鉄の塊が、青柳の左腕を体から切り離していく。けれど入り方が悪かったのか、その動きは肉を両断し切る前に止まる。
「あっちゃー。落とし損ねちゃった」
「も、もう止め……」
「……じゃあ、もう一回だね」
まどかが力任せに鉈を引き抜き、もう一度振り上げる。青柳の懇願は、またも聞き入れられる事はなかった。
――ごとり。
「ああああっ、あああああああああっ!!」
今度こそ両断された腕が、力なく地面に転がった。両腕を失った青柳が、股の間でじたばたと暴れ狂う。
「ははっ、芋虫みたい」
「たすっ、助け、黒井さん、助けっ」
返り血と涙でぐちゃぐちゃになった顔で、青柳が私を見上げる。そんな青柳をどう追い詰めてやろうかと、私が考え始めた時だった。
「ねえ、何でこんな事するの? あんなに皆、仲が良かったじゃない、ねえ」
「……は?」
「私達、クラス全員仲が良かったじゃない。皆皆仲間だったじゃない。なのに、どうして」
――プツン。
一転の曇りなく、本気の目でそう言った青柳に、私の中の何かが切れた。
「陽子ちゃん?」
突然立ち上がった私に、まどかが不思議そうな目を向ける。自分の思いが伝わったと思ったのだろう、眼下の青柳の顔に安堵が広がっていくのが解る。
「解って、解ってくれたんだね、黒井さ」
「……解る訳ねえだろうがこのキチガイ女あああああ!!」
全体重をかけて、全力を込めて、青柳の頭を踏み潰す。青柳の眼鏡がパリンと割れ、フレームが有らぬ方向にねじ曲がった。
「ふ、ふが」
「そりゃお前らは全員仲良しだっただろうよ! その影で! 私は! 地獄のような日々を味わってきたんだ!!」
反論する間を与えず、何度も踏みつける。何度も何度も何度も。
そのうち靴の裏に、何かネチョネチョしたものが付き始める。それでも、私は足を止めなかった。
「何が全員仲良しだ! 私はクラスの一員じゃないって言いたいのか! 散々私をいじめといて、こんな時だけ友達ヅラしてくんじゃねえっ!!」
「陽子ちゃん、陽子ちゃん」
「お前なんかクラスじゃぼっちだった癖にっ、たまたま生贄にならなかったからってでかい面しやがってっ!!」
「陽子ちゃん、その子、もう死んでるよ」
私の肩を叩いてそう言ったまどかに、ふと我に返る。足元をみると、脳漿を巻き散らかしピクリとも動かなくなった、既に原型を留めていない青柳の頭があった。
興奮に上がった息を吐き、暫し死体を見つめる。――これをやったのが、私?
「陽子ちゃん」
放心し立ち尽くす私を、まどかが不意に抱き締めた。その柔らかくて温かい感触に、小さく胸が高鳴る。
「頑張ったね。偉かったね。陽子ちゃんの気持ち、伝わってきたよ。本当に辛かったんだね」
「……まどか」
昂っていた熱が、引いていくのが解る。代わりに感じたのは、どこか温かい感情。
――そう、私は今、確かに安らぎを感じていた。
「でももう大丈夫だよ。これからは、私がいるからね。卒業しても、ずっと友達でいようね」
誰が。お前みたいな殺人鬼なんかと。理性は、そう叫んでいる。
けれど、そう言われて嬉しいと感じ始めている私は――何?
「……うん、ずっと友達だよ」
口から漏れた言葉が虚言なのか本心なのか、もう私には解らなかった。