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第六話 饗宴の始まり

 森に隠れたまま様子を見続けていると、こちらの思惑通りに皆思い思いの場所にばらけ始めた。この島には自分達しかいないと思い込んでいるから、警戒もしていないのだろう。

 総ての事が、こっちに好都合に運んでいる。二人がかりなら、一人ずつこっそりこの森に引きずり込むのは訳ない筈だ。

 そう考えている間にもクラスメイトが一人、私達の潜む森の辺りを通りかかる。まどかに目で合図すると、まどかもこくりと頷いた。


「――行くよ」


 私が告げると同時、まどかは陸上の短距離走の選手のような速さで木陰から飛び出していく。その予想外の速さに、一緒に飛び出そうとした私は思わず呆気に取られる。

 そうしている間にも、まどかはみるみるクラスメイトとの距離を詰めていく。足元が砂で足音があまり立たないせいか、クラスメイトはまだまどかの接近に気付く様子はない。

 まどかが右手に持っていた金槌を高々と振り上げる。そこでクラスメイトは漸くまどかの方を振り返ったけど――もう遅かった。


「ぎっ……!!」


 悲鳴を上げる間もなかった。素早く振り下ろされた金槌は、クラスメイトの脳天に吸い込まれるように直撃していた。

 糸が切れたように、崩れ落ちるクラスメイト。けれど彼女が倒れるより早く、まどかの第二撃が顔面を襲う。


 ――めきり。


 そんな音が、立ち尽くす私の所まで聞こえてきた気がした。口内に金槌を捩じ込まれたクラスメイトは、膝を着いた体勢のまま後ろに傾ぎ、そして倒れた。


「よいしょ、っと」


 まどかの最初の一撃で脳震盪のうしんとうを起こしたのか、倒れたまま動かないクラスメイトをまどかが軽々と肩に担ぎ上げる。そしてそのまま、呆然と立ち尽くす私の元へ戻ってきた。


「連れてきたよ、陽子ちゃん!」

「え、あ……」

「陽子ちゃんが行動は素早くって言ってたから、パパッと済ませちゃったけど……これで良かった? 陽子ちゃんも殴りたかったんじゃない?」


 疲れた様子も見せずに言い放つまどかに、私は何と返すべきか解らなくなる。今目の前で起きた事が、ただただ信じられなかった。

 見知ったクラスメイトが襲われた事にじゃない。人を殴り付けてケロッとしている、まどかの異常性にでもない。

 まどかの身体能力は、私の想像を遥かに超えていた。言っている事は過激でも、この華奢な体じゃ人一人殺すのも苦労するだろうと思っていた。

 違った。スピードも力も、まどかのそれは同世代の少女をゆうに超えていた。

 私はやっと、まどかが本物の殺人鬼なのだと理解した。まるで映画にでも出てくるような、常人を凌駕する力を持つ殺人鬼――。

 私の口元は、いつしか笑みを浮かべていた。――出来る。まどかの力があればきっと出来る。あいつらを全員殺せる!


「――ううん。私はまどかより足も遅いし力もないから、私が行ってたら逃げられてたかもしれない。上出来だよ、まどか」

「なら良かった! じゃあこれからどうやって殺す?」


 肩からクラスメイトを下ろし、まどかがキラキラした目で問い掛けてくる。クラスメイトを見下ろすと、まどかの二撃目で砕けたのだろう、ぽっかりと開いたままの口の向こうにぐちゃぐちゃになった血塗れの歯が見えた。

 意外にも、恐怖は感じなかった。それどころか、悦びに体が震えるのが解った。

 私をいじめた奴が今、私の前でこんな無様な姿を晒している。それが、堪らなく、快感だった。


「叫ばれても面倒だし、このまま頭をグチャグチャにしてやればいいと思う」

「頭をグチャグチャにするんだね! 任せて!」


 私がそう告げると、まどかがクラスメイトの横に膝を着く。そして細かく痙攣を繰り返すクラスメイトの頭に、再び金槌を振り下ろした。


 ぱきり。


 まるで小枝が折れるような音と共に、金槌は呆気なくクラスメイトの額にめり込んだ。初めて聞いた頭蓋骨が割れる音は、あまりにも、あまりにも味気ないものだった。


「よいしょ」


 まどかが金槌を引き抜くと、その先端には血と髄液が混ざったような粘ついた液体が付着していた。微かに見える塊は肉だろうか。それとも脳髄だろうか。

 また金槌が振り下ろされる。今度は鼻。高めの鼻が、一瞬にして縦に押し潰される。僅かに開いた鼻の穴から、血が一気に吹き出してくる。

 次は目。柔らかい眼球は、当然金槌の威力に耐え切れなかった。ぐしゃりと潰れて血に染まったそれは、もうどこが白目でどこが黒目なのかも解らない。


「あ、あ、あ゛、」


 悲鳴と言うよりは反射的に出ているだけという感じで、クラスメイトの口から血の混じった涎と共に声が漏れる。意識なんて、きっともうとっくにないだろう。

 目の前で行われる、目を覆いたくなるような凶行。それを見ても私は、ちっとも恐ろしいとは思わなかった。フィクションではこういう時、恐ろしさのあまり腰を抜かしたり吐いたり漏らしたりするものなのに。


「……ふ、ふふふ」


 気が付くと、笑い声が声になって出ていた。いい気味。これこそきっと、天罰というものだ。


 そう、私は今――心の底から嗤っていた。


「他の子も殺さなくちゃいけないから、そろそろ終わりにしよっか。陽子ちゃん、トドメは一緒にやろ!」

「え?」


 その時まどかが自分の右側の地面をポンポンと叩き、私を呼ぶ。私は呼ばれるがまま、クラスメイトの体を跨いでまどかの隣に膝を着いた。


「はい、握って」


 差し出された金槌の柄を、恐る恐る握る。横のまどかを見ると私を安心させようとしているのだろうか、こちらを向いて優しい笑顔を浮かべていた。


 ――大丈夫。私がいるから。


 まどかの目が、そう言っている気がした。金槌を握る力が、知らずのうちにグッと強くなった。

 ――やってやろう。この一年間の憎しみを、自分の手でぶつけてやろう。


「よーし、せーのでいくよ! せーのっ!」


 まどかの掛け声に合わせて、手にした金槌を全力で振り下ろす。まどかの力も加わったそれは猛スピードでクラスメイトの頭に落ちていき――。


 ――その脳髄を、頭蓋骨ごと周囲に撒き散らせたのだった。

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