第十八話 決着
ナイフを腹の脇に構え、突進する。それを赤澤は、上から包丁を振り下ろす事で迎え撃つ。
「づっ!」
私は慌てて立ち止まるけど、包丁の刃は私を逃さず左肩を浅く切り裂いた。灼熱の鋭い痛みが、肩から全身に走る。
続けて赤澤が、出鱈目に包丁を振り回す。私はこれ以上巻き込まれないよう、急いで距離を取った。
「アハハ……私の理想を壊す奴は皆死ね!」
狂気の笑いを顔に張り付けた赤澤が、包丁を振り回しながら迫ってくる。切り裂かれた肩が、じわりと熱を持ってくるのが解った。
近付けば斬られる。でも近付かないと殺せない。
暫しの葛藤。その間にも私の体は、大きな木を背にするように追い立てられていく。
このままじゃ後がない。――ならば。
「うわああああっ!」
覚悟を決め、私もまた大きくナイフを振り回した。ナイフと包丁がかち合い、ガキンと高く鋭い音が辺りに響き渡る。
お互い全力で武器を振り回した為、私達は同時に軽く仰け反る。ここだ……赤澤より早く、動く!
私は背後の木の根に足をかけて踏ん張り、何とか体勢を立て直す。そして赤澤の胸に向けて、全力でナイフを振り下ろした。
「……フフッ」
けど赤澤も、そう簡単にやられてはくれなかった。赤澤はわざと踏ん張るのを止め、体が後ろに倒れるのに任せたのだ。
ナイフは空振り、私もまたバランスを崩す。そのまま縺れ合うように二人、地面へと倒れ込む。
「ぐっ……」
「アハハハハ!」
そこに私の下敷きになった赤澤が、私の背中に思い切り包丁を突き立てた。突き抜ける痛み。体の中に異物が入ってくる違和感。
「がはっ……!」
喉の奥から込み上げてくるものに耐え切れず咳き込むと、下にある赤澤の顔に血が降りかかった。もしかしたら、肺が傷付いてしまったのかもしれない。
「こんのお!」
負けじと私も、赤澤の喉元目掛けてナイフを振り下ろす。けれどその一撃は外れ、ナイフは虚しく地面を突き刺す。
「フフフフフ、痛い? 痛いよね? ねえ?」
楽しそうに笑いながら、赤澤が刺さったままの包丁をグリグリと動かしてくる。その度に私は咳き込み、赤澤の体に血を撒き散らした。
これは……応急手当ぐらいしか出来ないこの島では、致命傷を貰ってしまったのかもしれない。そう思っても、不思議と死への恐怖はなかった。
どうせ死ぬならなおの事――赤澤だけは生かしてなるものか!
私は地面に刺さったままのナイフから、パッと手を離した。それを見た赤澤が、勝ち誇ったように笑う。
「ふうん、諦めるんだ」
「ハッ……誰が諦めるかよ!」
そう言って、私は両手を赤澤の首にかけた。私の狙いに気付いたらしい赤澤の顔色が変わるが、もう遅い。
「グエッ!」
そのまま全力で、赤澤の首を締め付ける。赤澤の手が、包丁から離れたのが解った。
「人を殺す方法はなあ……刺し殺すだけじゃねえんだよ……!」
「グエ……ェ……」
私の体の下で、赤澤が手足をばたつかせもがく。けれど私は決して、手の力を緩めない。
勝った。そう思った瞬間、赤澤の手が大きめの石を握ったのを私は見た。
「グウッ!」
「ギャッ!」
石を握った赤澤の手が、私の頭に直撃する。そのあまりの衝撃に、一瞬私の意識が完全に飛ぶ。
意識の戻り切らない私の体を、赤澤が全力で突き飛ばす。私は敢えなくバランスを崩して尻餅を突き、その隙に赤澤は私の下から逃れて激しく咳き込んだ。
「うぅ……」
まだ目眩を起こしている体を、何とか立て直す。殴られた際に皮膚が切れたのだろう、頭から流れ出た血が右目に入り込んで視界を奪う。
今なら赤澤は隙だらけだ。でもナイフは、赤澤のすぐ近くにある。私が拾うより先に、赤澤が手に入れる可能性が高い。
ならどうすれば――。
「……あ」
その時私の脳に天啓が降りた。そうだ。もうこれしかない!
私は急いで、自分の背中へと手を伸ばす。そして背中に刺さったままの、包丁の柄を掴み取った。
「ぐ……っ!」
力を込めて、背中から包丁を引き抜く。途端に傷口からドクドクと血が溢れてきたけど、気にする余裕はなかった。
最後の気力を振り絞り、私の血にまみれた包丁を両手で握る。赤澤は未だ、荒い呼吸を繰り返していた。
「……赤澤アアアアア!」
勢い良く身を起こし、赤澤に駆け寄る。赤澤は急いでナイフを取ろうとするけど、それより私が赤澤の元に辿り着く方が一秒だけ早かった。
「ゲホ……ッ」
「死ねぇ、赤澤ァッ!!」
力一杯振り下ろした包丁が、赤澤の脇腹に刺さる。私はすぐさま包丁を引き抜き、もう一度赤澤を刺した。
引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。引き抜く。刺す。
その動作を、何回繰り返した事だろう。出血に眩んだ頭に我に返った時には、赤澤はカッと目を見開いたまま動かなくなっていた。
「……」
そのまま見つめる。……瞬きはしない。口に手を添えてみる。……いつまで経っても息が手にかからない。
――死んだ。赤澤は、確かに死んだ――。
「ゴホッ!」
そう認識した瞬間、大量の血を吐き出し、私もまたその場に倒れた。